好きって言えよ! Side:S いつか、離れてしまうから。 だから、言わない。 ずっと、内緒。 だから、俺に優しくしないで。 Side:C きっと拒むだろう。 離れるなというなら、離れない。 でも、彼はきっと俺が嫌い。 だから、ずっと言わない。 「千歳」 小石川の言葉に、千歳は「ん?」と顔を上げた。 彼の手元には、本。 だが、それを千歳は全く見ない。 傍の寝台に眠る白石の髪を、撫でるよりも柔らかく、起こさないように触る。 眠る白石を見る千歳の視線は、どこまでも優しい慈しむモノ。 どこまでも、真っ直ぐな、愛しいという瞳。 保健室の寝台。白石は、貧血で体育の時間に倒れたらしい。 「…飯、食わんと」 「ああ。そぎゃん時間な」 「…これ」 どうせそんなことだろうと思った。小石川は持っていたパンとジュースを千歳に手渡す。 千歳がきょとんとする。 「食べろ」 「え? よかと?」 「どうせ、お前飯と、白石なら白石とって食べへんやろ」 「…」 千歳はわかってる?と言う風に笑う。 無邪気ですらある笑みだ。 「…千歳、てさ」 「ん?」 「……告白せえへんの?」 小石川は自分の分の昼食が入った袋を片手にさげたまま、そう問いかける。 真っ直ぐに千歳を見つめて。 千歳はへらりと、寝台に腰掛けたまま笑った。 「出来んよ」 「…しない、やなく?」 「出来ん」 「……なんで?」 「……あんたが聞くと?」 千歳の視線は語っている。言葉にせず。 『片思いの人間が、それを言うな。怖くて言えないなら、怖さをわかるはずだ。報われなさを、知っているはずだ』 …そう言われたら、なにも言えない。 小石川は溜息を吐く。 「一個、聞いてええ? それ以上言わへんから」 「ん?」 「…白石を好きになったこと、後悔しとる?」 千歳は綺麗に、顔一杯に微笑んで首を左右に振る。 「ううん」 白石は、目を覚まさない。 自分の進路調査票を片手に、白石はずっと考え込んでいる。 「あれ? 白石、まだ?」 謙也が前の席から覗き込んで、白いそれを見た。 意外そうに。 「…んー」 有耶無耶にするように笑う白石の髪を、謙也は軽く撫でる。 「同じ進路書いたら?」 「え?」 「千歳と」 謙也の言葉に、白石は瞬きを驚いたようにしたあと、儚そうな笑みで首を振った。 左右に。 「親が困るわ」 「白石の親が?」 「うん」 「…そうかな」 「それに、…千歳が一番困る」 教師がおらず、適度に騒がしい教室では、誰も白石と謙也の会話を気にしていない。 「…千歳が? 白石に追われて?」 「うん」 「……あいつが、……」 謙也の言葉を、白石は首を左右に振って否定した。それ以上は言うな、と。 好きだなんて、わかるのに。 二人の気持ちは、同じなのに。 決して、お互いに見せない、二人は似ている。 徹底して、ただの部活仲間を一貫して通す。 謙也が白石の気持ちに気付いたのと、同じく、小石川が千歳の気持ちに気付いた。 白石は謙也に、千歳は小石川だけに話す、秘め事のような気持ちを。 『詰ってくるから、質が悪い』 小石川の談だ。 同じ片思い組が、うるさい、と。 千歳は自分がレギュラーから落とした小石川には優しい。気を遣う。 その千歳がそう言うということは、余程いらないお節介なんだろう、と小石川は言う。 「素直やないから?」 小春は、がらがらとかき氷機を回している一氏にいちいち注文を出しながら、そう答えた。 「そうやったら話早いんやけどなー」 「他がネックっぽいし。両方」 家人がいない一戸建ての家は静かな空気がする。 小石川は寮生だが、一日だけ実家に帰るというので、一緒についてきた。 器を持ってきた小石川の手から小春がそれを受け取る。 シロップは、遠山と石田が買いに行った。 白石と千歳は呼んでいない。意味がない。 「つまり、白石は千歳が九州帰るやろってことを気にしとって、千歳はそもそも断られること前提なんや」 「……ネガティブ馬鹿」 「こら、光」 「千歳先輩にしか言うてません」 一足先に、自分の器に氷を取って、シロップなしで食べていた財前がぼそぼそと突っ込んでいる。千歳しか馬鹿にしない、と彼は言う。 「オーソドックスな方法なら思いつくんやけどね」 「オーソドックスな方法っていうと、あれか?」 「そうそう」 お互いをお互いの名前で呼びだして、と小春。 「でもあいつらは、そん程度やと口割らんしな」 「口割るて、謙也くん…それは尋問」 突っ込んだ財前に、謙也は一言「うるさい」とだけ返す。財前も追い打ちはかけない。 「………なぁ、そういや、千歳て」 小石川がふと、顎に手を当てて呟くように言った。 「ん?」 「あいつ、俺の片思い相手知っとったっけ?」 「え? いや…」 「多分、いる、以上はしらんはずやけど、…健坊、どないしたん?」 「……いやー……ちょお、な」 小石川はしばらく考え込んだあと、謙也の肩をぽん、と叩いた。 「多分、なんとかなる。命は危なくない」 「え? なにが?」 「謙也、命、俺に寄越せ」 「―――――――――――――は?」 にっこりと小石川は笑っている。なんか、怪しい。 メールが小石川から入った。 『七夕やから、願掛け。全員集合な』 最寄り駅に謙也を待たせとくから、と追記があった。 千歳は寝起きで怠い身体を動かして、電車から降りた。むっとした熱気が肌を包む。 「よ、千歳」 「謙也」 駅構内で待っていた謙也の傍に駆け寄ると、謙也は半袖シャツにジーンズ、足は草履という夏らしい格好で手を振った。 「下駄じゃなかの?」 「お前とペアなんか死んでも嫌や」 「…ひどかね」 駅を出て、数分も歩くと、すぐ民家しかない住宅街に出る。 「小石川の家ってここの街やったと?」 「うん」 「あいつ、滅多に帰らんとやろ」 「よう知っとんな」 「まあ」 千歳が小石川を気遣っているというのは伊達ではないらしい。 人気のない、アスファルトばかりが熱い道を歩きながら、謙也は草履なことを軽く後悔する。 「あ」 「どげんしたと?」 「もうすぐ着くて連絡しろ言われたんやけど、…携帯忘れた」 「ああ。貸そか?」 「サンキュ」 千歳の携帯を受け取って、フリップを開く。 嘘は吐いていない。メール文も「もうすぐ着く」。 ただし、送信相手は白石だ。小石川じゃない。 ぱちん、と音を立てて携帯を閉じながら、内心冷や汗を掻いた。ミスったら、しばらく地獄か、絶交だ。 「健二郎」 「あ、早かったやん」 夕方の四時になって小石川の家に顔を出した白石を迎えたのは小石川だ。 「他のみんなは?」 「あいつらは、笹の飾り付け。親に聞いたら、出そうと思って裏にあるて言うから」 「あー」 くすくす笑った白石は不意に、ポケットで振動する携帯に気付いた。 取り出して、開くと受信メール一件。 「なあ、白石」 「ん?」 「千歳、好きっていうん、言う気ないんや?」 携帯を落としそうになった。小石川の単刀直入で、唐突な言葉と、メールの所為だ。 小石川の言葉にも驚いたが、メールの送信相手にも驚いた。千歳。 「…い、わへん」 「ふうん」 「健二郎…驚かさんといて」 「…別にそんなつもりないんやけど。…七夕やん?」 「う、うん?」 疑問符を浮かべて顔を上げた自分の前には、やけに真剣な顔をした友人。 彼の伸ばした手が、白石の頬に触れる。 「健二郎?」 「…俺が、欲しい言うたら、付き合う?」 「…?」 「白石が」 「………」 絶句した。脳が追いつかない。 「嘘やろ?」 心臓がうるさい。早く手を頬から離して欲しい。だが小石川の手はぐいと白石の腰を抱いた。 早く離れないとと心が急いだ。だって、ここには千歳が来る。 自分にメールなんて、今までなかったのに。 「嘘て言える証拠ないと思うんやけど…」 「やって、嘘や! やって健二郎が好きなんは…」 「黙っとって?」 彼の大きな手が顎を掴んで、引き寄せる。間近に顔がある。 喉から声が出たが、悲鳴に似てしまった。目を思わず閉じる。 傍で、乾いた音がした。 白石が、いつまで経っても来ない感触に、目を開けると、小石川に拳を向けた千歳と、拳をあっさり片手で防いだ小石川の姿。 「遅よう。千歳」 「…ふ、ざけとう!?」 「まさか」 どっからどうみてもふざけた物言いを放った小石川は千歳の手を払うと、白石の身体を片手で自分に引き寄せた。 「お前が告白せえへんから。俺も我慢やめるし」 「…小石川が好き…なの、って」 「白石。この状況でなに言うてん」 「ばってん、それはいけん」 「白石が嫌がってる、なら却下」 小石川は白石を抱く手を離さない。白石は腕の中に抱き込まれながら、おかしさに気付いていた。 何故、自分の元に千歳からのメールが。何故千歳が怒っている? 何故、小石川がこんなことをする? だって、小石川が好きなのは違う人だ。 彼は一途で、だから、 「戦線離脱しとる人間に、うだうだ言われたないし。 お前言うたやん? 片思いで、思いを告げない俺には言われたないて。 …俺は言うたで? …逃げてる腰抜けに邪魔される謂われはない」 そもそも彼はこんな言葉を、他人に向けない。 たとえホントウの恋敵でも。 「…、れは………、そんな風な、言い方したくなか」 千歳の声から、焦りが消えていく。ただ、切ないと、募る気持ちを抑える声。 怒りはもう、見えない。 白石も、理解した。小石川の行動の意味も、千歳の言葉の意味も。 小石川は自分と千歳の背中を、押すためだ。 それを、千歳も理解した。 「…なら、どんな言い方なら満足やねん」 小石川の手が、白石の身体を離して、とんと背中を押す。千歳の方に促す。 「カッコつけてるようにしか見えへんわ。傷付きたないて。 …結局傷付く癖に。このまま白石と離れたら」 白石が千歳の傍に立つと、泣きそうな顔と視線があった。 震える、大きな千歳の手が、白石の頬に触れた。 そのまま、後ろ頭を抱かれて、引き寄せられた。 抱きしめられる。 耳元で、呻るような声が、低く呼んだ。 「白石」 あまりに切なくて、胸が痛い声。 ああ、もういいと、言いたくなった。わかったから。 わかったから。 「…好き、や…」 千歳の名を呼んで、そう有りっ丈の思いで告げる。すぐ千歳の腕がきつく自分を抱きしめて、髪にキスが落ちる。 「…れも」 千歳の声は掠れている。何度も、呼吸をして、彼は言った。 「俺も、…好いとう……」 「…ちゅーか、お前、しっかり拳ガードして……殴られたるんかと思った」 「俺、千歳に対してそこまで気前ようないから」 家の裏庭の、笹が飾られた縁側。 笹には、もう既に七人分の短冊がかかっている。 「そうやな。健二郎は痛いん嫌いやもんなぁ…」 「ワイも痛いん嫌やで?」 石田の言葉に、遠山が元気よく手を挙げた。「そういう意味なんかな…」と財前が呟いた。 「ミスったら、俺も一蓮托生って意味やんな? 健二郎」 「そうそう。ただ、実際、あそこで千歳が素直にならんかったら俺の方がキレた」 「あ、俺も」 「俺も」 小石川、謙也、財前の順に言葉が続く。 「つまり、みんな白石の味方で……千歳の味方おらんの?」 一氏の声が微かに同情的に夏の風に震えて消えた。 誰かが、人徳って大事や、と言った。 2009/07/07 |