声をからして 身を切り裂いて








---------------------------------------------------------------
メビウス
---------------------------------------------------------------







 それでも、いいって思ったんだ。


 空は青い。
 学校への連絡を済ますと、白石は携帯を折り畳んだ。
 こんなことは渡邊がやるだろうが、自分がやりたいと言ったのだ。
 自分で言わせてくれ、部長として。
 負けました、と言わせて欲しいと。
「白石、連絡終わったと?」
 千歳が駆け寄ってくる。
「ああ、『がんばりましたね』やって」
「…」
 白石の口調に滲むものに、千歳は苦笑した。
「……白石、…」
 伸びた手が、その白金の髪を撫でた。
「…ちょ、なんやねん」
「……白石は、ほんなこつ強かね」
「…………」
 言うと、彼はどういう顔をしたらいいかすらわからない顔をした。
 そこが、彼の弱さだと思うし、強さでもあると思う。
 器用に、笑えばいいのに。不器用に泣けばいいのに。
 どちらにもならない白石は、弱くて強い。
「……白石、白石は…部長として一勝したと。
 負けたごつは俺たちたい」
「……部長や。……部のために、悔いないでどないする」
 零されて、ああそうだなと思った。
 キミはそういう、部長だ。
「ちょお待ちなっせ」
「千歳?」
「ジュース、頑張る部長さんのためにパシってきちゃる」
「おい…」
 制止する暇もあらば、千歳が走っていってしまうので、白石は見送って。
「……いらんっちゅーねん」
 初めてのように苦笑した。


 コートに面した柱の下に座る。
 千歳はものの数分で帰ってくるだろうし。
「なんだ、部長が一人か?」
 声がして、振り返ると眼帯をした一人の金髪の姿。
「橘くん」
 不動峰の橘だった。
「そういうキミも、部長やのに一人やん」
「まあ、社交辞令だ。気にしないでくれ」
「…ふうん?」
 白石がなんともなしに頷くと、隣いいか?と聞かれた。
「どうぞ。公共の場やし」
「じゃ、遠慮なく」
 とん、と隣に座った橘が残念だったなと言った。
「けど、…頑張ったって思う。負け惜しみちゃう」
「そう思わないさ。うちだって、頑張ったと思ってる。悔しいのは、仕方ない」
「そっか」
 その視界にちらつく、右目の眼帯。
「………」
 自然、痛みに瞳を細めてしまっていたのだろう。橘が笑った。
「…あ、すまん。俺は痛いちゃうんに」
「…いい」
「………橘くん」
「ん?」
「……キミは、……千歳を加害者にしたかったんか」
 そう零した。
 痛かったのは、自分じゃないんだ。
「……」
「千歳の目のことは聞いとる。キミの所為やってことは。
 けど、…よかったやないか。けじめとかなくても。
 キミが、キミまで被害者になったかて…誰も救われへん」
 一息で言って、すまんと謝った。
 橘の顔を見れない。
「………白石は、」
 橘は言いかけて、立ち上がる。
 気分を害しただろう。だが、これ以上は謝れない。
 あのとき、誰より痛かった千歳。
 痛みが、痛い。
 勝手な感傷に、自分はなにをやっているのだろう。
 なにを。
「……」
 その時だ。手が、顎に触れた。
「……」
 橘の手だ。くい、と上向かされて、無言を通していた白石は自然橘の顔を見上げる。
 真剣に、見下ろす顔に痛い胸。
「……痛いか?」
「………、俺やない」
「そうか。白石は、千歳の傍なんだな」
 恋人なんだな、と笑った。
「………」
「白石、謝るなら、こっちがいい」
「…え?」
 一度俯かせた視線をあげる。
 その顎をもたれたまま軽く口付けられた。
 突然の、あまりのことになにも出来ない。
 橘の顔が離れても、なにも言えなかった。
「……………」
「手ぇ付けちょった。千歳にはりかかれるたい」
「……た」
 呼ぼうとして、たくましい腕に遮られる。
 腕を捕まれて引き寄せられ、痛みに顔をしかめる。
「……このまま、最後までしとうてもよかばい?」
 橘の腕の中に囲い込まれて、言葉が浮かばない。
 その手が、そっと白石のハーフパンツから出た太股をなぞった。
「…」
 びくりと身を震わせた顔にもう一度口付けられる。
 可愛い、と。
「た…」
 もう一度近づこうとした唇が、大きな手が白石の口を塞ぐことで遮った。

「なんばしとっと」

 千歳、振り返ってふさがれた手の下からそう呼んだ。
「なんばしとっと。桔平」
「…お前のもん、もらおうと思ちょったけん。やめとくたい」
「お前は後輩のケツでも追っちょれ。これは」
 白石を無理矢理自分の腕の中に抱き込んで、千歳は呻るように低く言った。
「俺のもんたい」
「ああ、すまんな」
「桔平、性格悪くなったと」
 それだけ言って、千歳は白石の腕を引っ張ってその場を後にする。
 逆らえず腕を引かれながら、白石が振り返った先、橘はどこか満足そうに笑っている。
 もしかしたら、こうなることが望みだったのかもしれない。




 どん、と痛みが背中に走るほど更衣室のロッカーに押しつけられて、顔をしかめた。
「白石」
 低く呼ばれて、白石はそっと千歳の顔を見上げた。
 暗く、嫉妬に歪んだ顔に、目眩がする。
「白石、なにされたと?」
 追求する声に、背中が震えた。
「………なにも…ッぁ」
 否定した途端、太股を深くなぞられた。
 そのままハーフパンツの中に入り込んで、千歳の指が下肢のそこをひたりと下着越し、触れる。
「なにされたと」
「…………」
 うまく言えなくて、迷って俯く。
「…ぁ…っや」
 下着ごとそこに指を軽くつっこまれた。
「……言う…っ…から」
 千歳の腕に捕まって、下肢に走るしびれに耐えて紡ぐと、ならいいと指が抉ることをやめた。
「…キス、されて……していいかって言われた…だけや」
 言った途端、強く顎を捕まれてロッカーに頭が押さえつけられる。
 そのまま深く口付けられた。
 口内を歯列を割って蹂躙する舌に任せて、小さく声をあげる。
「…ん………んん」
 しばらくそう好きにして、千歳が口を離すと唾液がつうと伝った。
「他は、ほんなこつにされてなかね?」
「…うん」
「ならよか」
 指が下肢から離される。
「………千歳」
 手の甲で拭わないまま、その唇で呼んだ。
「白石、無防備過ぎたい。なにされよーと」
「…千歳、」
「…なんね」
「…俺が、悪い」
「………」
 千歳はその言葉に、眉を顰めて白石の首をくいと持った。
 そのまま肩を押さえられて固定される。
「……っ」
 首筋をちり、という痛みが走っていく。
 上から下へ徐々に落とされていく千歳の唇が、首筋を赤い花に染めていく。
「俺が…っ」
 鎖骨をかまれて、一度仰け反りながら紡いだ。
「俺が…橘くんが悪いて言うたから…」
 千歳の口の攻撃が止まる。
「…やって、そやないか…。同じことして、千歳、…絶対あのとき痛かった…!」
「…白石」
 千歳の声は、驚きだった。
「……でも、ごめん」
 続いて謝ると、千歳は手を離して、それから白石の頭をそっと抱き込んだ。
 そのまま背中までそっと腕に包まれる。
「…ごめん」
「……よか。……俺こそ、すまんたい。白石に、痛か思いさせちょった。気付かなかった。
 俺は、いつも自分のことで一杯で、…気付かんね。
 いつも、白石に痛か思いさせる。その血を見て、初めて痛か思いさせたって気付く。
 俺は…馬鹿たい」
「……橘くん」
 自分の腕を今日は背中に回さず、千歳の胸にただすがるように服を掴んで、呟くよう言った。
「橘くん…俺が千歳の傍やなかったらあないなことせんかった」
「……どげん意味?」
「橘くん…きっと千歳に怒られたかったんや。
 千歳、目の時怒らなかったんやろ?
 やから、ああすれば罵ってくれるって思って…多分」
 やって、去る時の橘は、とても安心した顔で微笑んでいた。
 と紡ぐと、俺はほんなこつ気付かん馬鹿たいと千歳が言った。
「桔平にも、痛か思いさせちょった」
「………でも、」
「だけん、俺は桔平は許さなかと。俺の白石の唇奪ったけん」
「……うん、許してやるな。それでええ」
 まるでメビウスのように、そうじゃなきゃ回らない二人の絆。
 傷のような、絆。
「………痛いか?」
 頬を胸板に寄せて、問いかける。
 なにがとは言わなかった。
 目が、とも。胸が、とも。
 ―――――――――――――声が、とも。
「………白石」
 声が降る。
 頭上から、優しく。
「しばらく、こうしちょって。
 俺の傍、おって。
 …白石しか、俺の痛みば、癒せんね」
「………お持ち帰りしたってええんやで」
 ホテル二人部屋やし、と言うと、きょとんとした顔が願ってもないと笑った。
 だから、ならないで。
 橘、キミは、暗闇にならないで。
 とこしえの暗闇が、千歳の右目にあるようには、


 ならないで。





「うわーすごい跡っスわ」
 ホテルに帰って、自分の部屋でシャワーを浴びていると、遠慮なく風呂場の扉を開けて入ってきた後輩が首筋のいくつものキスマークを見てそうぼやいた。
「お前、ちょっと遠慮しろや」
 苦笑して、いやそう頼んだのは自分なんだがと切れていたシャンプーを受け取る。
「千歳先輩?」
「…まあ」
 ちゅーか他におったら困るやん?と言うと、それもそうですねと後輩。
 その時、部屋の扉の開閉音がした。
「…誰かおると?」
「あ、俺です」
 財前はそういうと、じゃあ部長、襟のあるの着てくださいねと言って風呂場を後にした。

「千歳先輩」
 遠くで声がシャワーに混じって聞こえる。
「ああ、光。どげんしたと?」
 ほのぼのと聞く千歳を見上げて、後輩は一言。
「ヘーンターイっ」
 と残し去っていったらしい。扉の音がした。
「…変態」
 ぽつりと呟いた千歳の声が聞こえて、白石はぶっと吹き出した。



 ならないで。
 キミは、ならないで。

 愛する暗闇はひとりでいいから。

 キミはならないで。

 俺は、暗闇一人を愛していくから。
 キミは光の中にいて。



「白石〜」
「変態やってな?」
 タオルを巻き付けて風呂場から出ると、子犬のような顔をした千歳に迎えられる。
「…阿呆」
 その顔を裸の胸に抱き込んで、額にキスをする。
「お前だけでええんや。こんなことするのは」
 やから、
「ちゃんと、激しいシてな?」
 言って笑ってやると、痛いほど抱きしめられた。
 そのまま半乾きの皮膚に指が走っていく。
「白石」
 低い声が、優しく呼ぶ。
「……好いとうね」

 うん。

 やから、俺だけのもんでいて。
 俺の暗闇。
 キミだけで、キミだけでいいから。





 きっと。










===========================================================================================

 半周年記念SS第一弾。
 千歳×白石。
 千歳×白石・財前×白石・千歳×財前が投票で3トップだったので三つとも書くことに。
 橘×白石でもあるってどんだけ茨…。
 フリーテキストなのでご自由に。ただし著作権だけは残してくださいませ。