恋人よ連れていって

愛の日付変更線








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日付変更線
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 日が沈んでいく。
 一年、最後の太陽が沈む。
 少なくとも、日本という国の太陽は、今年これが最後だ。
 死んでいくようだ、と千歳が言った。

 千歳の誕生日は大晦日だ。
 四月に転校してきた千歳の誕生日に、傍にいるのは今年が初めてになる。
 ワンルームのそこそこ古いアパートのテレビの前に居座って、財前は居心地も悪そうに千歳を振り返った。
 千歳はさっきから、ベッドに座ってなにやら本を読んでいる。
「なに、読んではるんですか」
 言外に、誕生日一緒がいいからと呼びつけておいていい度胸やなと伝えるが。
「ん? 年始めになに食べよーと考えちょった。光、なにがよか?」
 腕振るっちゃるよ!と明るく言われて、毒が抜けた。
 この人はこういう人だ。毒を吐くだけ無駄だと悟っただろう自分。
「桜餅」
「今は十二月たいよー…………」
「もうすぐ一月ですわ」
「それでも桜餅はどこにもなか」
「それをどうにかするのが職人です」
「俺は職人じゃなかね」
「ですね」
「光…会話放棄してなか?」
 ようやく気付いた千歳が、こたつに頭をことりと乗せてぼーっとする財前の顔を覗き込んだ。
「光、眠かね?」
「…ちょっと」
「もう十一時たい。無理なかよ。寝てよか。ベッドおいで」
「ここでええです…」
 半分夢の世界においでされていたし、正直ベッドに行きたかったが、やめた。
 誕生日にベッドを占領するのは悪いし、なにより誕生日、否年の変わりくらい、この人の傍にいたい。
「……」
「光。無理するんじゃなか。寝てよかよ」
「…………じゃ、あんたもここ寝てください」
「光?」
 こたつ敷きに横にぱたりと倒れて、その隣を叩く。
「新年に起きたら、あんたの顔が隣にあるのがええです」
「……光」
 千歳は感動したように瞬きして、ちょっと待つたいとその場から立ち上がった。
 どうしたんだろうと思いながら、財前は寝やすい体勢を探す。
 基本パイプベッドで寝ているから硬いのは大丈夫だが、なにもない敷布だけでは頭が痛い。
 と、頭の隣にぽんと長いクッションが置かれた。
「これ、前に白石にもらったたい。一緒に枕にしよ」
 千歳がそう言って財前を見下ろし、頭を撫でると、隣に潜り込んだ。
 きついとしか言えないが、一緒がよかったし入れないほどではない。
 隣に潜りきって、ぽすと頭をクッションに埋めた千歳を見遣って、財前は安堵する。
 この人は、年が変わった瞬間消えたりしない。
 そう思う。思えた。
 眠気で重い頭を持ち上げて、クッションに乗せるとそのまま手を伸ばして千歳の胸の服を掴む。
「光?」
「もうちょっと」
「…?」
「もうちょっと、傍。…あんたの匂いがしない」
 寝ぼけ眼でそうねだられて、千歳はほんなこつ参ったと呟くと財前の傍に身体をよってその顔を腕の中に抱きしめた。
 そうすると鼻孔を彼の匂いが満たして、安心する。
 そのまま瞳を閉じた。
 安らかな眠りはすぐ訪れた。



 ふ、と意識が浮上する。
 財前は寝起きがいい。
 視界は真っ暗だった。身をよじると、千歳に抱きしめられているのだとわかった。
 そのまま視界をこじ開けるようによじると、千歳の寝顔が見えた。
 彼も眠ってしまったらしい。
「…ちとせ、先輩」
 呼んでみたが、起きる気配はない。
 少し視線を変えると時計が見えた。
 あと二分で十二時になるところで、外の暗さから今が真夜中だというのは間違いない。
 一時間未満か、と寝ていた時間を思った。
「千歳先輩」
 起こすためでなく呼んだ。
 日が沈む。
 今日、千歳の家に行く途中、沈む夕日を見た。
 最後の夕日。
 死んでいくようだ、と千歳は言った。
 最後の、落日だったからだろうか。
 今日、太陽は死んで、明日生まれ変わると言いたいのか。
 大昔、天が動いていると信じていた人はどうだったのだろう。
 死んでいくようだと言った千歳。
 彼の、九州の記憶は、死んだのだろうか。
 あの日、九州を離れ四天宝寺の一員になった春に。
 或いは、橘と決着のついたあの夏に。
 四天宝寺を辞めようとした、あの日に。

 そう考えると胸が痛んだ。

 勝手だと、千歳をあの日思った。
 ごめん、と千歳は財前が許すまで傍にいた。
 最初で最後の二人のダブルスに、別に怒ってはいない。
 すごい人だと思ったし、悔しかったけど。巻き返すモチベーションはいつだってある。
 ただ、

 ただ、なにも言ってくれなかったその優しさが、憎かった。

「…………千歳、」

 ああ、どうしてこの人、俺のものじゃないんだろう。

 俺のものだけど、俺のものじゃない。

 伸ばした手が、その頬を撫でる。

 この人を、いつだって動かすのは橘だ。
 この人の一部は、間違いなく橘のものだ。

 ああ、どうして、

 この人の全部が、俺のものじゃないんだろう。

「………ちとせ」

 もう一度呼んだ。
 起きて。嘘でも、俺だけのものだと言って。
 嘘でいい。
 一年の最後くらい、安心をくれよ。
 それくらいのわがまま、善いはずだろう?
「千歳」
「もう一回」
 びくりと手が頬から離れた。
 はっきり目を開いて、千歳は笑った。
「もういっかい、呼んでくれたら言うと」
「……」
「な、光」
 くれるの、だろうか。
 わがままを、嘘を、安心を。
 あと、一分で新しい一年。
「……俺の」
 声が、掠れた。
 どうか、ください。
 この人を、俺にください。

「俺のものに全部なって…千歳」

 すぐキスが降った。
 一瞬で、離れた唇が耳元で伝う。
「嘘はいわんね。これはほんなこつ」
「……」
「俺は、お前のもんたい。全部、お前のもんたい。
 桔平にやった分も、お前にやるたい。…光」
 好いとうよ。
 そう告げられた瞬間、時計の針が、十二時を指した。
「…あけましておめでとう、光」
「…。っ……………」
 声なく、泣き出した財前の頬を撫でて、その大きな手に涙が触れる。
「っぁ…ち」
「ん?」
「…千歳せんぱ…っ………」
 泣いて、その胸にすがりついた。
 大きな腕が、強く抱きしめてくれた。
 最後の、最後の日付変更線。
 最初の、日付変更線にくれた、優しい安心。
 太陽は死んでも、想いは死なない。
 好き。
「千歳…ぱ……好き……」
「うん…。好いとうよ。…光」

 運命のように、変わった日付が、どうか、来年も再来年も訪れますように。

 ずっと、この人は俺のものでいるように。

 新しい一年が、この人と共にありますように。

 ただ、そうその腕に願った。

 神様なんかに願わない。
 かなえてくれる、人は―――――――――――――世界でたった一人だから。




 たった一つの、俺とあんたの、変更線。









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 半周年記念SS第一弾。
 千歳×財前。
 千歳×白石・財前×白石・千歳×財前が投票で3トップだったので三つとも書くことに。
 何故千歳×光が一番甘いんだ…。
 このサイト主カプちとくらだよな…?半周年記念アンケートと物語アンケートでちとひかが人気高いのが不思議…。
 4/4のホワイトディの人気は謙蔵か千光かやおいかどこが人気なのか誰か教えてください。
 この三つのテキストは全部歌のタイトルから。「メビウス」はジャンヌダルク。「メールの涙」「日付変更線」はAKB48。
 フリーテキストなのでご自由に。ただし著作権だけは残してくださいませ。