永遠の1/2(半分)。だから、一生分傍にいる証を、いつかください。
「で! どこ行きます?」
休日。誘いをかけた後輩の言葉に、その場の二年が顔を見合わせた。
始まりは幸村の、「たまにはみんなで遊びに行こうか」だ。
都合がついたメンバーは偶々に元学校違いの幸村、真田、柳、赤也、白石、千歳、忍足、向日。「たまにはいいんじゃない? 同じ学校同士でつるんでもあれだし」と言われて今に至る。
「まあ、全員の行きたい場所行くんは時間無理やし。…どないする?」
「そうだね。今日は後輩優先ってことで、赤也の行きたいとこ最初でどう?」
「てか、この場に一年は切原しかいねえし」
そう言う向日も反論する気はない。
「じゃ、あそこ行きましょ!」
「「あそこ?」」
はもったのは白石と千歳だけだった。多分、忍足と向日もなんとなく察しがついていたのだろう、と後日柳が言った。
「ゲーセン…。まあ、切原くんらしいか」
ついたのは所謂アミューズメントパーク。
あちこちで鳴るゲーム音に、馴れない真田が顔をしかめた。
「みなさんあんま来なそうっすよね。こういうとこ」
「そらな」
「俺もあんまり来なか」
「俺はたまに来るー」
「俺も岳人の付き合いで来るわ」
「とりあえずなにやります?」
「こういうとこってみんなバラバラになるんやない?」
「折角一緒に来てんすよ? つまんないじゃねっすか」
「そうだな、最初はみんなで動くか」
「流石柳さんわかってる!」
「じゃ、どれやるん?」
「……えー、あ、あれ!」
赤也が指さしたのは、ゲームセンターにはどこにでもあるもの。
「パンチングマシーンか」
「……大体、一番強いヤツは目に見えとる気がすったい」
「まあ、言うなや千歳…」
「じゃ、俺行きまーす」
赤也が小銭をいれて、構えると起きあがった的目掛けて拳をたたき込んだ。
「……117…」
「…まだまだだな赤也。もう少し鍛えなさい」
「うー…」
「ちゅーか、どう考えたかて一番は真田やろ…」
「そうやんな…」
「てゆーか侑士、これ一番不利なん俺じゃね?」
「やろな」
向日に答えている間に柳、千歳がチャレンジしたらしい。千歳のはじき出した数字が浮かんだ。
「うっわ、130!」
「流石千歳…」
「ばってん、絶対真田のほうが上たいよ」
「まあな」
「ふん」
真田が前に進み出た。ごくりと唾を飲む赤也の前でたたき込まれた拳に、ついで数値が浮かんだ。
「うわ! 139って…トップの人の数値あっさり上回りよった」
「怖いわ真田〜」
大阪人二人の意見は皆同じなのか、ノートに書き込む柳と幸村以外は皆化け物という目を向けている。
「ちゅーか、俺真田の後? ものっそう嫌や」
「頑張れ侑士…」
「どう考えたかて越えるわけあらへんのに…」
ぶつぶつ言いながらやった忍足の数値はあっさり千歳を下回った。
「ほら、こないなもんや」
「でも俺よりは上ちゃうん?」
「まあ、蔵ノ介よりはな」
「力だけなら白石のほうが下と?」
「千歳、お前それ…」
「まるで『全体的には白石の方が上なのに』って言ってるようだよね」
「…いや、幸村、そげん意味じゃなか…」
「そういう意味に聞こえたわ…」
「まあまあ侑士…」
俺は白石の後でいい、どうせ最下位だしと後ずさった向日の前で、白石は構えると足を踏ん張って打ち込んだ。
「…あ、149…。150行かへんかった」
「って149!? 真田の上!?」
「白石!?」
白石の出した数字に驚く千歳と忍足に白石はけろっとコツ?と笑う。
真田も驚いている中、笑っているのは幸村だけだ。
「コツ!?」
「ああ、えー、足場踏ん張って助走はつけずにミートする瞬間狙って。
まあ、人殴る時と一緒?」
「いや人はそんな殴らない…」
「蔵ノ介…四天宝寺がさりげなく不良ってほんまやったん?」
「いや、そないなわけあらへんけど、…金ちゃんが喧嘩売って倒した奴らがたまに仕返しに来るしなぁ…。大抵こんなもんやろ、テニス部は」
「こんなもんって…」
「ばってん、俺はそげん強くなか」
「なにいうてん。千歳はいっつも手ぇポケットに両方つっこんで足だけで倒しとる癖して」
「そうやったと?」
「そうなんやって」
「怖いわ怖いわ四天宝寺ー…」
「今は四天宝寺じゃないよ」
つか、これ俺やらなくてもよくね?と向日。
「じゃ、俺やろうかな…」
「あれ、そういえば、部長ってこれ強いんですか?」
「精市は強いぞ」
「どんくらい…?」
「ああ、見ていればわか」
る、という声と同時に音が響いた。
「あれ、白石と1しか違わなかった」
「!?」
咄嗟に振り返った忍足が見た幸村の数値は150。ぽかーんとする千歳や赤也を余所に、抜かれた白石はおーすごいと暢気だ。
「……なあ侑士」
「なんやがっくん…」
「俺、やんなくていいよな…?」
「……そやな。これは、………拷問や」
最初のゲームは、幸村に軍配が上がった。
「あ、これ! これやるっ!」
「ああ、格闘ゲーム」
「切原好きそうやもんな」
「「好きなんだ」」
ハモって言った柳と真田に、千歳が爆笑した。
「切原、十人抜きとかしたら教えて」
「了解っす!」
「興味あるんか千歳」
「それなりに」
「ふうん」
「あ、白石。今から予約しとうてよか?」
「なんの」
「冬休みの宿題写させて」
「嫌や」
「…あっさり拒否ると?」
「当たり前や」
「ちゅーか、千歳他人の写すタイプやったん? 俺、そういうんは謙也で、千歳は自力やと思っとった」
「侑士は千歳を誤解しとる。こいつは身近に出来のいい仕上がった宿題があると、暢気な顔して写すヤツや。ちゅーか、八割が橘くんの所為」
「…獅子楽時代に橘が世話焼いたせいか…」
「だけん、白石の宿題、間違った箇所が一個もなかもん。
字も綺麗で写しやすかし」
「それはわかるが蔵ノ介の所為にすんな」
「うっしゃ! 二十人抜いた! 先輩! 見てまし…」
振り返って絶句。
背後にはいつの間にか忍足しかいない。
「忍足さん、みなさんは」
「各々やりたいとこ行ったで」
「なんでっすか!」
「いや、暇で」
「てか、柳さんくらいいてくれていいんじゃないっすか!? あの人データとりたいでしょ!」
「そらお前が絶対どんな技で勝ったとか事細かに報告してくれるんがわかってるからやろ。聞かなくても」
「じゃ負けた時は!?」
「その場合もお前は事細かに報告してくれるやろ」
「…う」
「って、乱入者来たで」
「っきやがった! 今の俺は超絶に機嫌悪い! 秒殺だ!」
「……ん? お、お……」
画面にKOの文字が浮かぶ。
「…お前が秒殺されてるやないか切原」
「…あれ?」
「…相手、誰や」
「…弱」
向こう側から漏れた声に、切原は身を乗り出した。
「あんだとてめえっ!」
「……あ」
向こう側から顔を出した黒髪に、忍足もきょとんとする。
「財前?」
間違えようもない、切原と同じ一年の財前だ。
「お前、こういうとこ一人で来るんか」
「たまに…。てか切原やったんか、今の」
「うわなんでお前が…」
「強いな財前」
「てか切原が弱いんですわ。こいつリーチ長い武器使ってるから、武器浮かしてやれば簡単にコンボ入るんです。あと、切原、お前実は左昇竜拳コマンド弱いやろ」
「…う」
「やから、倒すのは簡単です」
「解説どうも。俺ら幸ちゃんや蔵ノ介と一緒なんや。合流するか?」
「白石先輩もおるんですか。なら合流させてください」
「千歳もおる」
「あの人はいりません」
白石が頭を、鴨居にぶつけるのは、中学二年の頃、見慣れた光景だったという。
彼も、なにも普通の教室の扉の鴨居などにはぶつからない。そこまで高い身長ではない。低くもないが。
彼がぶつかるのは、クラブハウス棟の奥、元図画工作室と呼ばれる使われていない小屋の扉だ。
その元図画工作室は、二年の始めに運動部の中でも矢張り一番戦績のよかったテニス部が、二年初めの生徒会議会で多い部費と一緒に勝ち取ってきた部屋で、その時の功労者は部長になったばかりの白石ではなく、ノリと商売なら四天宝寺の右に出ないのではと噂されていた当時の三年の副部長だ。
実際、その年の文化祭、一番の売り上げを記録したのはその三年がいるクラスだった。
そのテニス部の備品置き場になった元工作室の扉は、やや小さかった。鴨居も低かった。
しかし、既に身長が一般生徒より高かった石田や小石川は下げる癖があって、平気だった。謙也はその当時まだ低く、ぶつかる程高くなく、一年だった財前はそこまでの身長など当然ない。
しかし白石は当時、謙也より少し高く、小石川より少し低かった。
丁度、ぶつかる高さに頭があった。
そのため、彼は入るたびに頭をぶつけた。何度も何度も。
白石も、普通の部屋や教室でも下げなければならない身長なら癖が身に付いたのだろうが、普通の場所ではまずぶつからない。おまけに彼は考え性で年中なにかしら考えながら動く。その調子で工作室にも行くから、頭を下げずにぶつかるのだ。
そんなわけで、二年の時、白石が備品を取りに行って年中頭を押さえて帰ってくるのは見慣れた光景だった。三年になってそれはなくなった。
白石に癖が身に付いたのではない。二年の夏の終わりから副部長になった小石川がそこに行く役目を「白石の頭が馬鹿になる前になんとかする」と言い張って請け負ったためである。
しかし、小石川が偶々休みの日、千歳と一緒に久しぶりに工作室にモノを取りに行った白石は、矢張り頭をぶつけたそうだ。それも行きだけではなく帰りもしっかりと、と千歳談。
「…アホだな」
淡々とコメントした柳の横で、そうたいと笑った背中が傾いだ。
背後で白石が蹴った体勢であげていた足を降ろす。
「意外と足癖が悪いな…。いや、意外じゃないのか」
先ほどの話を思い返して言い直した柳に、それは兎も角と白石。
「勝手に話すな。…侑士?」
人権侵害や、と怒った白石の肩を忍足がどこからともなく来て抱いた。
「あれ、やらへん?」
「…侑士。俺、これ…」
「ええから」
ちゃりん、と忍足が小銭を入れたのはエアホッケー。
出てきたホッケーを軽くかしんと叩く。
「苦手そうだな。白石は」
「…そうかねぇ?」
「……あの渋りようはそうだろ……、実際そうらしいし」
柳が目の前の光景を見て、驚いた後ほら、と千歳に見るよう促す。
「…蔵ノ介。次はもうちょいゆっくりやるから…」
言葉も弱々しく言った忍足が緩く叩く。
そのまま走ったホッケーを叩き返す筈が、白石の手は中途半端に上から押さえてしまい、その結果後ろに動いたホッケーが白石側のゴールに落ちた。
忍足側にポイントが入る。
「……自殺点何回目ですか白石さん」
「うっさい切原!」
「…既に「くん」付いてねえし。…キレてんなあの人」
「あー…真っ直ぐ打つから」
慰めるように忍足が言った。
真っ直ぐ、と意識してホッケーを叩く。
しかしそれは真っ直ぐ過ぎて、そのままゴールに入ってしまった。
白石の手は過ぎた場所を叩いていて。
「…蔵…。遅い」
「…、…手加減しろや!」
「しとるがな…」
もうええ、お前が打て。と渡される。
渡されたホッケーを置くと、上からおそるおそるおっかなびっくりの手つきで押さえる。
いや、叩くもんじゃないんですかと後から来た財前がぼやいた瞬間、それが滑ってまた自分のゴールに入った。
「……………」
「……」
「手加減する言うたやろ」
「…いや、その時点で負けられたら手加減もなにもないし」
忍足もフォローのしようがなく、どないせえっちゅーねんという口調だ。
「……」
「絶望的に下手ばいね。白石」
なんで普通に打てなかと、と言った千歳の口を咄嗟に柳が塞ぐが遅かった。
「一言多い!」
怒鳴った白石がその腹を殴って、もうしらんと歩いていってしまう。
「…千歳。お前、アホか。正直過ぎや」
「ホントっスよ。みんな敢えて言わなかったことを」
忍足と赤也に言われても千歳は呻くしかない。
あいつ、本気で殴った。と千歳が言うのを、当たり前だ、と柳が瞬殺した。
「それにしても、白石がエアホッケーがダメとは驚いた」
「昔からや。下手っちゅーか、アカンねんな。なんか」
「だったら誘うな」
「…いや」
幸村に笑われて、少しはマシになったと思うやろ、あれ以降からテニス始めたし強いし、と忍足。
「…でも白石が機嫌斜めじゃ、やばいかなぁ」
「ああ…」
「え?」
赤也の疑問に、今日は何日だ、と柳。気付けば千歳がいない。白石を追ったのだろうか。
「……十二月二十六日っしょ?」
「出かけると言った理由だがな」
精市が、と。
「…クリスマスは過ぎてますよね?」
「大晦日」
財前が不意に言った。正解、と幸村が笑う。
「千歳の誕生日。大晦日当日は白石と二人がいいだろうから、今日は前祝い。
あいつらは実家に帰らないって言うし」
寮生の一時帰宅は明日からだ。
寮は残るのも可で、千歳や白石、謙也も残るらしい。寮生ではないが、忍足もこちらで年越しする、と言う。
「…愛されてますよね、千歳さん」
「千歳先輩は白石先輩一人に愛されればええんやろけどな」
きょろ、と結構広いアミューズメントパークを探す。
すると、アミューズメントパークに面した隣のフードコートにその姿があった。
「白石」
呼ぶと、不機嫌でもなさそうな顔が顎で前の席を示した。座れ、と。
「…?」
言われた通り座った千歳を、向かいの席の白石がくっと笑った。
「お前、犬か。素直過ぎるわ」
「白石になら飼われてよかよ?」
「…、」
すぐ、いらんと言うと思ったが、彼は困ったように笑うだけで。
「…これ」
ホンマは、当日に渡したかったんやけど。
そう言われて、テーブルに置かれたのは小さな包み。
「?」
「開けてみぃ」
言われた通り、開けるともう一つ箱と、紺色の手袋。
「…プレゼント?」
そう聞いた自分の顔は真っ赤で、もしかしたらという期待で一杯で。
聞いた彼の顔も、赤かった。
「…、編み方、…聞くん恥ずかしかったんやから、嫌とか言うなや」
誰、とか聞く暇がもったいない。
すぐぎゅ、と抱きしめてきた千歳を、今回ばっかりは拒まず、白石がぽつりと腕の中で囁いた。
「…もらって、やろうか?」
「…え?」
先ほどより、小さな声が三つの言葉を紡いだ。
本当に小さくて、聞き間違いかと思って、でも真っ赤になっているお前がいるから多分自惚れじゃない。
『お前』
「うん」
向かいに座り直して、千歳は答えた。
「もらって。一生。…返したらいかんよ?」
「…返すかアホ。………離せるか。…ずっと、欲しかったんや」
惚れてからの約二年間をナメんなや。
そう、嬉しいことばかり言ってくれるのはお祝いのつもりか。
それとも本心を、他の日では言えないからか。
「お前のバースディやなかね?」
「…そこでそういうこと言うから嫌やねんな」
自分をこれ以上、可哀相にするな。
あの日、図画工作室について言った日に彼は打った頭を押さえながら言った。
ついしてしまう女癖を、彼はそう言った。
いつか悪者にされて、今よりもっと可哀相になるぞ、と。
目を怪我したことを、千歳は親ほど悔いていない。
それでも、自分はまだ子供で、そうである以上その怪我は「可哀相」で。
その上で行った行為は、もし露見したら「あの事故が原因で荒れてしまったんじゃないか」と思われる。他人はそう言う。可哀相になるのは、お前と橘だ。
白石はそう言った。
やめろとはっきり言われてないのに、敵わないと思った。
あの日から、いつか彼の物になりたかった。
真っ直ぐ自分を見る、呼ぶ、声。
その手が一生触れるものに、なりたかった。
1/2
「…で、なんで千歳はこんな公衆の面前で泣いてるんだい?」
「…俺もしらん」
その千歳の手元には、もう一つの箱。
中身はチョコレート。白石が、当日は恥ずかしいと言った。
余すところなく本心だった。彼のものになりたかった。
飼われたいのだろう。犬のように。
一生、離れないで繋いで欲しくて。
そう、俺の物と扱われるのが自然な犬のように、なりたくて。
彼は笑わない。その代わり、お前は人間やと突き放した上で飼ってやる、もらってやる、と言う約束。
二つの背中。それで一人なんだ。
だから、一生傍にいてそれが当たり前と言って。
毎年これから、飽きるほど。