「六角は種類が暢気そうで羨ましいです」
 全国大会二日目。青学の応援に来ていた六角の面々を見て、同じく(といっても彼は応援ではなく偵察だろうが)来ていた比嘉の部長が言った台詞。
 六角の面々は一瞬にして怒りに顔を染めた。馬鹿にされた。そう思った。
 木手の方は、何故そんな顔を黒羽たちがするのか一瞬わからないような顔をして、それから、ああと自分の言い方の間違いに気付いた。
「いえ、暢気だなというか…言い方が悪かったですね。要は、なんていうか、喧嘩の質が気楽な種類に終わりそうでいいな、と」
「……えー、それは一応誉めてる?」
 多少冷静な佐伯が、木手の口調から馬鹿にするつもりはなかったという感情をくみ取って聞いた。
「ええ。仲がよいから、喧嘩しても冗談で済むのだろうな、と」
「……まあ、しても終わる頃には海遊び行ってるけどね。比嘉は喧嘩すると悲惨なの?」
「悲惨ですよ。平古場クンを筆頭にみんな武術家な上感情型ですから。
 まず誰も先に謝りませんしね。武術家は一般人にそれを使ってはいけないと言い聞かせたおかげか一般人相手には加減しますが、お互い武術家同士が相手だと、しないし」
 一度平古場クンが甲斐クンと血みどろになるまで殴り合ったことがあって、二人ともしばらく口を利かなかった、と木手は疲れたように言った。
「なるほど。それで羨ましい」
 黒羽の方も落ち着いたらしい。そう呟く。
「ええ。そういう形もあるんだな、と。……そろそろ行かないと。すいませんでしたね。俺の勝手な干渉に巻き込んで」
「…いや」
 試合の時とはうって変わった態度に、黒羽はそうとしか言えず木手をぼんやりと見送る。
「では失礼します。青学の応援? 頑張ってください」
 最後にそう言っていった木手が、もし同じ学校だったら彼も矢張り自分たちと同じだったのだろうかと思って、あり得ない妄想にため息。
 その一年後に、それが実現することを彼らは知らない。


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*裏のあなとなの北麗入学前のまだ知らない頃の六角と木手。

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 他の部員が解散した後の部室は静かなのが普通だ。しかし立海大附属の場合、そうではない。少なくとも、一年エースと赤い髪の二年が帰るまでは、うるさい。
「丸井先輩ー早く帰りましょうよ〜俺もーおなかすいてすいて」
「馬鹿赤也! レギュラーのみで話があるっつーから残ってるってお前わかってっか?
 柳の話聞いてた?」
「聞いてたけどお腹すいたもんはすいたんスよ。じゃあなんかください」
「くれってなにを」
「食べ物。丸井先輩なら飴とかガムとかあんでしょ?」
「ねえ。少なくともてめえにやる菓子はねえ」
「あ、ひでえ!」
 ぎゃーぎゃーと言い合う二人を、今日はジャッカルは止めない。
 もうすぐ真田と柳が帰ってくる。あの二人が帰ってくれば、自然おとなしくなるからだ。
 そうこう思っているうちに、足音が聞こえた。次いで、扉のノブを回す音。
 ぴたり、と切原と丸井の言い合いが止まった。多分、真田の「たるんどる!」の怒声を想像したんだろう。
 その甲斐あって、入ってきた真田は怒声を発する手前で止まって、帽子の鍔を軽く引くと後ろから入ってきた柳に説明を求めた。柳は扉をしっかり閉めてから、全員に向き直った。
「で、なに話って」
「大したことじゃない。ただ一応記憶に留めておいてくれ、程度の話だ」
「だったらミーティングの時でもよかったのでは?」
「写真があがってきていなかった」
「写真…」
 部活で言われる写真というと、大会で注意すべき学校のデータ用に撮っている写真のことだろうか。
「プロテニスの井上さんが撮って来てくれたんだがな。これだ」
 机に柳が数枚の写真を並べた。一目で、地方が予想出来る。写真の中の選手は皆肌が浅黒い。
「……えー……沖縄の学校?」
 切原が、疑問符を一応つけて聞いた。柳が頷く。今までに大抵の要注意校はこうやって写真やデータを見せられて、把握させられてきた。その中になかった学校ということは、今年特別強くなった学校なのだろうか。
「沖縄比嘉中。多分、来年の全国では九州地区を制してあがってくると思う」
「……来年? 今年じゃなくて」
「今年の大会は終わっただろ」
「今年は比嘉中はブロック大会で獅子楽に敗退した。全国大会には出場していない」
「……じゃあ、要注意なのは獅子楽で、比嘉中じゃないんじゃねえか?」
「なにを言う食欲魔人。その獅子楽が比嘉に勝っていたのは、橘と千歳がいたからだ。
 二人は先月に獅子楽を辞めた。つまり、来年の獅子楽は比嘉に勝てる望みがないということだ」
「…………よくわかんね」
「主将の男が個人戦のベスト8まで勝ち残っている。他の部員は運悪く、対戦オーダーでその主将と早々に当たるゾーンにいたので、勝ち残ってきてはいないが」
「……そこそこ、強いってことか? 全国のベスト8だよな」
「当たり前だ。九州のベスト8だったら話にもならない」
「つまり、注意しろ、ってこと?」
「そういうことだ。なにしろ一敗も許されないんだからな」
 今は不在の幸村を指して柳は言った。
 誰が相手だろうと負けるつもりはなかった。
 写真を丸井は手に取る。
 神経質そうな、幸村とは真逆のような部長。
「………」
(沖縄、…比嘉中…か)











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