「白石。そういや、今日オサムちゃんが話があるって?」
 三月の終わり。春。暖かい陽気の中、校庭の桜もそろそろ咲きそうだ。
 そんなある日だ。謙也に言われて、「ああ」と白石は頷いた。
「ほら、獅子楽の千歳ってヤツが来るって」
「あー」
「こんな時期に?」
 一氏の言葉に「事情はあまり詮索しない」と注意する。
 白石は時計を見遣って、ベンチから立ち上がった。
「時間や。ちょお行ってくる。健二郎、頼むわ」
「わかった」
 頷いた副部長に背を向けて校舎の方に走り出す。
「そういや、千歳かな? 橘かな? 忘れたけど、九州二翼の片方が、去年の大会で、俺ら見ていきなり大声あげたことあったやんな?」
「ああ、あったなぁ。あれなんやろ」





 中庭に面した一階の連絡通路。
 教師の駐車場の方を見遣ると、そこに並ぶ桜の木は今にも咲きそうに蕾を綻ばせていた。
「春やなぁ」
 そう呟いた。連絡通路の向こうから、見慣れない長身が歩いてくる。
 足下は下駄だ。
 そちらをはっきり振り向いた瞬間、彼も自分を真っ直ぐに見た。


 桜の花弁が見えた気がした。まだ、咲いていないのに。


 彼が、視線の定まらないような顔を綻ばせたのだ。桜が咲いたように。
 すぐ、泣きそうに笑って、駆け寄って白石に手を伸ばす。


「…千歳!」


 彼の名前を呼んだ。何度も呼んだ。手を伸ばして、抱きついた。背中を抱く、懐かしい手。


「…蔵」


 自分を呼ぶ、低くて優しい声がした。

 見上げると、ひどく優しく微笑む顔がある。
 手を伸ばして頬に触れると、キスが降りてきた。



「…会いたかった……………」






 忘れていたのに、そう思い続けた。
 彼に会いたい。わからないけど、彼に会いたい。

『あなたに会いたい』

 誰かも、顔も、名前もわからないのに。





 夢の終わりには、会えるように何度も祈った。
 目が覚めたら、あなたに会えますように。







 繋いだ手が、今度こそ、離れないように。











 THE END


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 携帯サイトの2000ヒット記念兼本館一周年半記念リクエスト募集の一個。

 2009/06/12