部活時間。それは、四天宝寺男子テニス部の、試練の時間だ。 「………………………」 練習試合形式のその日。試合の行われているコートを見て、明らかに目を潤ませた部長が溜息を吐いた。こう、惚れ直す、的な感じの。色なら、ピンクとかそのあたりの。 「……千歳、カッコエエなぁ…」 「部長。…部長? あの、部長!?」 「…千歳。…あ、なに?」 しっかり恋人の名前を呼んでから、部員を振り返った部長に、部員の方がびっくりする。 聞こえていそうにないのに、しっかり聞いている。 さっきまでが嘘のように手際よく指示を出す姿はやはり部長以外のなんでもない。 あれで、部活には真摯だ。やたらに。他の学校の部長より、真面目で、強い、チーム第一主義の理想の部長。 しかし、たまに、いや、結構な頻度、おかしい。 遠くで見ていた財前が、はぁと溜息を吐いた。こっちは、うんざり気味の。 試合を終えた今年度からの転校生こと、千歳は部長・白石の傍に駆け寄ると、その身体をぎゅっと抱きしめた。ついでに、唇にキス。唇にキス。部活のど真ん中で。 「ただいま。蔵。…寂しかったばい…」 「千歳、おかえり。相変わらずかっこよかった…!」 「蔵が見とってくれたからばい…」 「惚れ直したで…」 「さっきん白石も相変わらず綺麗か…。謙也に嫉妬するところばい」 「俺は妬いて欲しい…。それだけ千歳が俺を好きってことやろ…? …変?」 「変やなか…」 千歳は白石の額を軽くこづいて、キスをもう一度。 「そぎゃん小悪魔なとこが、たまらんばい…」 「千歳…」 「そこのバカップルー。部活中や部活中!」 応援用のメガホン片手に叫んだ小石川は、多分無理だなと思っている。が、直後、 「あ、ほな、十分休憩! 次はゾーン練習やで」 部長、白石の声がその場に響く。 「…しっかり仕切れんのやから、あいつの頭は女脳や……」 「ドンマイ健二郎…」 男脳は一つのことしか出来ないて言うもんなぁ、と謙也がフォローをそっといれた。 「あいつら、いつからやっけ?」 「えー? 気ぃついたときには既に……」 部室で休憩しているレギュラーは、謙也、小春、小石川だ。 白石達や他は外だろう。 「あれ? なんか白石の様子ちゃうなー、と思った時には、もうその日からアレやろ?」 きっかけがわからん、と小石川。 「それまでアタシらのこと、部活中は控えなさい、とか言うてたのにね。蔵リン」 「小春たちの方がまだ可愛いわ。見てて妙な気持ちにはならへんもん」 「なんか、こう……えろいっちゅうの? 妙な気持ちになる」 「せやけど、そんなん見せたら、千歳に下駄でがつん、やもんな」 「あいつがさ、白石ナンパしたヤツの頭に下駄クリティカルヒットさせたって噂、マジ?」 謙也がおそるおそる、小石川に聞く。その顔は、嘘であって欲しい、だ。 「マジ」 「うわっ! 頭、大丈夫やったん?」 「……」 食いついた謙也に、小石川があからさまにげんなりする。語りたくもないという風に。 「…なに? 健ちゃん。なにがあったん?」 「……あー、ほら、千歳の下駄な? 6キロ。片方。 それ、軽量版持ってんの。あいつ。普通の下駄くらいの重さの」 「え? そうなん?」 「うん。なんか」 「なんで?」 「俺もそう思て聞いたら……」 「え? 軽量版?」 「そう、持っとるんは聞いたけど、なんで?」 丁度、昼休みだった。確か。 千歳は中庭のベンチに座っていた。 「飛び道具」 けろっと答えたので、俺はしばらく理解が追いつかなかった。 …追いつかなかった理由は、千歳のその膝を枕に白石が寝ていた所為もある。 「白石になにかした奴らとか、しようとした奴らとかに? すぐ投げられっけん」 「…でも、そんな日に限って普通の方履いとるかもしれんやろ? それともその下駄オンリー?」 顔をひくひくさせて聞いた自分に、千歳は微笑んだ。まるで無邪気に。 「いや、交互に。俺、わかっとよ。白石になにかある日は……。 朝にわかったい。 こう、運命―――――――――――――」 「わかったわかった悪かった!」 以下、強制終了。 「て」 その場の小石川以外の二人が、なんとも言えない顔を見合わせた。謙也は、コケた姿勢を持ち直したところだ。 「…運命デスか」 「運命やって……」 「「「はぁ……」」」 「あれ、なにこの空気?」 がちゃ、と扉が開いて、白石が入ってきた。背後に当たり前のように千歳。 お前の所為です、と言えたら楽だ。 「千歳。お前、白石との馴れ初め一回話せや」 そう言った小石川は半分ヤケだ。毎日巻き込まれるのだから、それくらい知る権利がある、と言いたげに。 部室内のベンチに座り、その膝に当たり前のように白石を乗せて、更に身体を抱きしめて、キスしてから、千歳は首をそちらに向けた。 「そこはセットか!? それ(座って〜キスまで)はセットなのか!?」 「落ち着け健二郎」 「……で?」 千歳は考えるそぶりを見せて、それから笑う。にこやかに。 「馴れ初めらしきもんはなかよ?」 「嘘吐け」 「ほんになか。やって……」 千歳はそこで、ポ、と顔を染めた。赤く。腕の中の白石の顔も赤い。 (え? あれ? 俺、桃色の地雷かなんか踏んだ…!?) 「…赤い糸やったけん……」 そこで初めて、小石川は後悔した。聞いた愚かさを。 赤い糸。いくらなんでも嘘だろう。だが、顔がお互い嘘じゃなく赤いのが、怖い。 「職員室で初めて会って、挨拶に握手した手が初めてふれあった時に、こいつをもう離したくなか…て」 「俺も、離れたない…って」 「すいませんもういいです。もうええ」 「……自分から聞いといて」 「自分から聞いてなんやけど、勘弁して」 手でジェスチャーまでして遠慮する小石川と謙也を見遣って、それから白石は千歳に更に密着して、物憂げに溜息を吐いた。 「健二郎らはええなぁ…」 「……? どないしたん?」 いつもの白石らしくない流れだが。 「…千歳。俺、不安やねん」 「そこで千歳なんや。俺やないんや…」 外野で小石川が呟く。スルーされるが。 「同じとこ行くて約束したやん高校」 「うん」 「もし、受からんかったらどないしよ…」 「そぎゃんわけなかよ。蔵は頭よか」 「せやけど、…万一なんかの悪戯でってこともあるやん?」 「受験に、悪戯て…?」 「…しらん。俺にふるな謙也」 再び、外野。 「用紙が他のヤツと入れ替わったり、自分のだけ去年の問題用紙が配られたりとか…」 「ないから。あったら謝罪のち入学させてもらえるから」 外野からツッコミ。聞いてないが。 「…怖いねん」 「蔵…なにがあっても、俺は蔵の傍に行くと。一生、傍におるったい。 絶対大丈夫ばい…」 「…千歳」 二人は見つめ合って、互いを抱きしめるとキスをする。 くどいようだが、部室には他に三人部員がいるのだが、構っていないのはいつものこと。 横からずっと突っ込んでいたが、空しくなった。そんな小石川は、結局また明日も突っ込むのだろう。 「…カノジョが欲しいなぁ…。謙也、光でええからくれ」 「光は俺のや。他あたれ」 「さて、ユウくん構いに行きましょ」 引退するまで、あと数ヶ月。 いっそ、なにもかもダメな部長ならいいのに。と誰かが呟いた。 他ではやたら完璧だから、余計困るのだ。文句も迂闊に言えない。 「…………とりあえず、…しばらくラブロマンス見たない…」 部室を出て、小石川はぽつりとそう言った。 ======================================================================================= 携帯サイトの2000ヒット記念兼本館一周年半記念のフリーリクエストの一つ。 作成日時:2009/06/15 |