*知念の父親設定捏造。第三者の死を扱ってます。



「大変だ! オジイが若返っちゃった!」
 高校の入寮日から一週間。自分たちの寮の二階ホールにたむろっていた甲斐たちにそんな言葉をぶつけたのは何故か元六角の佐伯虎次郎。
 意味が分からない。
 それ、六角の黒羽とかにいう台詞じゃねーか? と平古場が一番最初のリアクションをした。
「いや、バネさんは俺がボケてもダビデじゃないからって激しくつっこんでくれないんだ」
「そんな理由かよ…」
「で、なんでボケる先が俺たち?」
 自慢ではないが、今年この学校の新入生。同級生になった佐伯たちと、自分たち元比嘉中メンバーはこの高校に集った連中の中で仲の良さのワースト1だと自覚がある。
 その副部長であった佐伯が(そもそも彼はあの日、自分たちに一騎打ちを挑んだ張本人ではなかったろうか)、そんな気軽なボケを何故自分たちに、と甲斐は平古場と顔を見合わせた。
「オジイ、って…顧問? あの」
 ややずれたことを知念が言った。
「そう」
「…名前、ある?」
「あるけど、知らない。誰も」
「そう」
「おーい、本題ずれてるずれてるずらすな知念くん」
 そんなつもりはないだろうが、そういう傾向の知念を甲斐が止めた。
「で、なんなんばぁ? 六角はひっかかからないから、俺たち?」
「うん、そう」
「なんで」
「…え?」
 佐伯がぽかんと首を傾げた。端的な平古場の疑問。
「騙すってか、呆ける相手なら立海連中とかのほうがおもしろくねえ?」
「やー、考えたよ? 一応」
「考えた結果が俺たちか。なんで立海は却下?」
「んと、…幸村とかは笑ってくれそうなんだけど、真田が…真に受けそうで」
 やめてやれ、って手塚に止められたんだ。と同じ寮の名前を出した。
 手塚は佐伯と同じ寮に入寮した。この高校は、男子だけで寮が三つある。
「……真に受けるってか……若い顧問って信じそうな気がする」
「てゆーか、あそこはボケに本領発揮の人種がいんじゃん?」
「あー、仁王」
 田仁志がそういえば、と手を打つ。
「ペテン師だから」
「それもある。さすがに嘘で仁王には勝てないね」
「てか、なんで嘘つこうと思うんさ? わざわざ」
「あれ? 今日何日かわかってない?」
「……今日」
 佐伯の言葉に、平古場が手元の携帯でカレンダーを開いた。
 そんなことしなくても時刻表示に日付はあるのだが、平古場の携帯は日付が見難い。
「…四月一日?」
 平古場の言葉に、佐伯がうんとうなずいた。
 そういえば。
 学校がまだ始まっていない。新入生の自分たちはまだ部活参加ができないから、日にちを明確に最近把握しないのだ。
 そういえば今日はエイプリルフール。それでボケという嘘をかましに来たのか。
「で、嘘吐く相手が俺たちなわけか?」
「そうだよ」
「そりゃ…また」
 絶句。とも言う。
 因縁浅からぬ相手を騙したい気持ちはわかる。ならもっと信じられる嘘を吐け、と平古場は思った。
 せめて、木手が今日調理場でゴーヤ入りサンドイッチを作っていた、とか。
 それなら信じたのに。あり得るから。
「てゆーか、四天宝寺がいるじゃんか? あそこ嘘吐くにはいいじゃん。
 いちいちつっこみうるさそうで」
「やー、あそこはさ、もうボケまくってそうじゃない。白石あたりが」
「白石なのかよ。忍足とかじゃなくて」
「一番真面目そうなやつをもってくんな。候補に」
「…真面目かなぁ? 白石って。一番こういうの、ぬかりないと思う」
 その佐伯の信頼はどこから白石に向けられているのだと甲斐はただおかしく思った。
 まだ授業をともにしてもいない相手に。
「で、立海、四天宝寺、六角が候補から潰れて…」
「青学は? 手塚は信じないだろ?」
「あそこは駄目。不二がいるから」
 よくわからない理由だった。不二は確かに佐伯の幼馴染みらしいと聞いたがそれが駄目な理由なのだろうか。
 妙にはっきりした佐伯の「駄目」という断定。
 ますます、佐伯はわけがわからない人間だ、と不知火。
「で、比嘉のみんななら、とてもすごく激しく俺につっこんでくれる! って思ったんだよね。だから来てみたんだ」
 予想通り、リアクションがナイスだった、と佐伯からわけのわからない信頼。
 そんな男前な笑顔をこんな理由で向けられたってうれしくない。正直。
「…なぁ、凛」
「んだよ裕次郎」
「俺らいつからツッコミ芸人になったっけ」
「なってねえ。最初から」
「だよな」
 なんなの佐伯のこの信頼は。と甲斐。
「びっくりした?」
「つーか、おまえの嘘より、おまえっていう存在に今日びっくりさせられた」
「それはよかった」
「「「「よくない」」」」
 ツッコミは今度はその場の全員だった。木手は今、自分たちの代表で不在だ。
 今年度、強い生徒ばかりが入学・入部するテニス部の部長たちに数人代表でこれからの部の方針の決定を伺いに行くという。なんせ目立った連中のほとんどがこの学校。
 あの手塚すらレギュラー入りが難しそうなこの選手層の厚さに、今の部長たちは悩んでいるらしく、かつて部長を務めた人間たちが提案しに行くらしいのだ。
「てか、ってことは白石は代表じゃないんか?」
「白石は対新入生の代表。そこでボケてるんじゃないかな」
「ああ…」
 方針提案は新入生側もわかっていないといけない。しかし、矢張りなんなのだろうか。この佐伯の白石への信頼は。
「ボケるだけボケたら向こう行ってくれ。俺たち暇じゃない」
「暇してるじゃない。今ものすごく」
「お前のボケにつきあうほど暇じゃないっつってんの!」
「そう? おもしろくなかった?」
「だから、おもしろいおもしろくないじゃなくてお前にびっくりしただけだっつの」
「そっか。…二つ目いっていい?」
「いややめて」
「てか嘘つきまーすって言って嘘ついて空しくねえ?」
「うん? うん、仁王がね、嘘だってわかってても騙される嘘を吐くことにうそつきの真価が問われるんだって」
「わけわかんねーアドバイスするくらいならこいつをだませ。仁王」
 この場にいない仁王に文句を甲斐が言う。そういう彼も、仁王と親しくないのだが。
 言ってから、なんだこの信頼。まだろくに話してない。と思ってしまう。
「てゆーか、嘘つきの真価って問われない方がよくないか?」
「慧の言うとおり。んな真価はいらん」
「いやいや、なにごとも冒険だよ。ほら、大人になってからじゃ、こういうのは洒落じゃなくなっちゃうから、洒落になるうちにね」
「うさんくさいっつの。つかつきあわせるな。俺たちを」
「えー」
「えー、じゃない」
「……」
 佐伯はあからさまに残念そうな顔をした。だからなんだ、その信頼は。投げやりか、投げっぱなしか。
「………裕次郎」
 部長がいないので、元副部長の甲斐が佐伯の強制撤収役を訴えられた。
 甲斐は疲れ顔で立ち上がると、佐伯の背中を押す。
「甲斐が送ってくれるの? 優しいなぁ」
「…まあ、いいから帰れ」
 なんだかまた変な信頼をされている。そう思ったが、これ以上彼をつけあがらせるのがイヤで甲斐はつっこまなかった。
 甲斐と佐伯を見送った平古場たちが、今の永四郎に言ったら嘘って思うか? と呟いた。
 多分、あの元主将は大概真面目なのに変に臨機応変なので、「そうですか、大変でしたね」と信じて哀れんでくれるだろうな。





「ってことがあった」
 その日の夜、同室の木手が帰ってくるのを待って、礼儀のように知念は言った。
「それは…またわけがわからない人ですねえ…佐伯クンは」
 一応木手は佐伯の行動を信じたらしい。そうコメントした。
「俺たちも今日初めて知った。甲斐は、黄昏てた」
「何故甲斐クンが?」
「昔の因縁で、一番ボケのターゲットになるの、自分だから今から黄昏てないとやってられない、だって」
「ああ…」
 そういえば、顧問にボールぶつけたのも、佐伯と試合したのも甲斐クンですよね、と他人事のような木手。
「永四郎は、嘘吐いたことあったか?」
 この日って。
 簡易冷蔵庫から珈琲を取り出す。まだそんなに冷えていない。
「ないですねぇ。そういう家庭の子供じゃありませんでしたから。知念クンは?」
「……一回、洒落じゃない嘘を」
「へえ、意外ですね。なんて? 誰に?」
「小学校の同級生に。…“親父はいない”って。親父がまだ生きてた頃に」
 もちろん冗談で、と言い置いた。
 木手はそれは、と呟いて、知念を思いやるように笑った。
 知念の父親は、知念が小学校四年生の時に逝去した。
 それを木手も、甲斐たちも彼本人から聞いて知っている。
「その嘘、…吐いた日に、」
 言いかけて、やめた。いや、やめさせられた。
 木手が背後から知念を抱きしめて、いいから、と囁く。
 これ以上、傷を抉らなくていい。と。
「…………」
 胸に回された木手の手を、つかんで今は遠い痛みを思った。
 父親はいない、と同級生に嘘を吐いた小学四年のエイプリルフール。
 その日の二時間目に血相を変えた教師に呼ばれて、家に帰った時には父親は亡くなっていた。
 知らず吐いた嘘は、嘘ではなくなった。
 嘘は、真実として同級生に受け止められてしまった。
 エイプリルフールは、そのまま父親の命日になった。
 そのことを知る木手は、触れないようにいつだって自分を思いやる。
「……永四郎。嘘じゃなければ、言っていいか?」
「…、なに?」
「……お前が、好きだって」
 木手が背中で小さく笑った。切なそうに。傷つけたような気がした知念を、振り返らないでと木手が止めた。
「…まだ、キミを友人以上にみれないから、言わないで。キミの嘘は、嘘じゃなくなってしまうから。…今日だけ、言わないでください」
 抱きしめることも、慰めることもできるのに、まだキスは出来ない。
 自分から告白した、恋人未満友人以上の関係は、ひどく不安定で、知念は一層強く回された腕を抱きしめた。
 来年の四月には、嘘じゃなくなればいい。そうしたら、彼に笑ってもらおう。
 笑える嘘を吐いて。今日を嘘の日にしよう。
 あの日、嘘でなくなってしまった四月一日。
 その針を、動かす日をずっと待っている。


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*知念の父親が不在、は40.5設定。