降りておいで 綺麗な天使

俺の腕の中へ







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Angel in April
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 四月には、神隠しの天使がいる。





「あ、部長さんに挨拶したか、どこおると?」
 転校してきて、一週間。
 部活にも馴染んだ千歳が、そういえば遠目には会っても顔を見たことがないと言った。
 金の髪の同級生が、ああ、無理ちゃう?と一言。
「なぁ、光もそう思うやろ。十四日すぎるまでは会えへんやろ」
「ですねえ……」
 新二年生のレギュラーも賛同した。
「謙也くんはこないことせんですけどねえ…あの人は別格やからなぁ」
「どうせ俺はお友達で終わるタイプや」
「……ええと、忍足?」
「謙也でええ」
「…謙也、“あの人”って部長さんとね?」
「そやな」
「……なんで十四日すぎるまで会えなかと?」
 心底不思議がる千歳に、財前と謙也は声をそろえた。

「あいつ(あの人)、十四日まで神隠ししとるから」




 千歳は高身長故に一番後ろの座席だ。
 右目がほとんど見えず、左目は0.8でそれは辛く、かといって自分の身長で前の席がいいともいえず、授業中は主に眼鏡を使用している。
(どげん意味とやろ…)
 部長、という奴に会ったことがないわけではない。
 春休みから参加していて、その都度顔は合わせた。
 だが始業式後、本格的に部員になってから改めて会ったことがない。
 部活に出てこないわけではない。ただ、指示出しをしている最中には近づけず、一年・二年の指導が終わって声をかけようとするとあっという間にいなくなるのだ。
 おかげで千歳の四天宝寺の部長のイメージは、金の髪のやたら綺麗な(おぼろげ)男程度。
(だけん、挨拶は早いほうがよか…)
 困った、とため息を吐いてふと窓を見遣った。
 そこには第二中庭がある。主に生徒がいるのは第一で、第二は工事の繰り返しで行きにくくなってしまい、誰ももう使わないという。なるほど。鬱蒼と木々が茂っている。
 そこに、まるで天使のような白金の髪。
 うつらうつらと本を片手に船を漕いでいる天使は、不意に顔をあげてはた、と千歳と窓越しに視線を合わせた。
 しまった、という顔。
「あ」
 がたんと勢いで立ち上がってしまった千歳に、教師の声がかかるがそれどころではない。
 その天使は千歳に向かって口の動きだけで“阿呆!”と怒鳴ると一目散に木々の向こうへ走り去った。
 茫然と立ったままの千歳の傍に、教師がやってきて千歳の視線を追った時には最早誰もいない。
「…どうした千歳」
「……あー、いえ」
 呆気とそう返して、千歳は席に座った。
 染めたといえないほど綺麗な白金の髪。翡翠の瞳。
 間違いない。
 あれは。
(部長さんたい…)




 授業が終わった後にはその場所にはいないと思った。
 見つけたのは二時限目で、三時限目、授業を休んでその場所に向かった。
 木が揺れる。
 自分の身長で抜けるには難しいほど木々が鬱そうとしている。
 そう思いながら抜けた先、少し開けた庭の隅。
「……おった」
 部長という名の翡翠の瞳の天使が座っている。
「あ、」
 からんという下駄の音に彼は顔を上げると、にこりと微笑んだ。
「こんにちは。千歳クン。早速サボリ摘発なん?」
「……部長さん、とね?」
「そやけど…?」
「ならよかたい。挨拶ずっと出来なか。困っとったたい」
 千歳千里たい、改めてよろしくと手を出す。
 天使はしばらく呆れたように千歳を見上げると、ぷっと吹き出してその手を取った。
「よろしゅう。部長の白石や。すまんなこないとこで挨拶させて」
「部長さん、白石っていうと?」
「言うてなかったか?」
「聞いた気もするけん。だけんほかの部員さん覚える途中で多分忘れたと」
「部長が後回しかい」
「部長さんは何度でも周りから呼ばれてる言葉でわかるけん。他の部員は一回しか自己紹介聞けなか」
「ああ…これで忘れへんやろ?」
 やって授業サボっとる部長はそうそうおらんから、と白石は笑った。
「……謙也、ってわかると?」
「ああ、謙也は同じクラス」
「どげんしてサボっとると?」
「普段は真面目に出てんで」
「それはわかっとう。謙也が“十四日”まで出てこんって言うとったたい」
「………」
 白石は視線を彷徨わせて、うんと頷く。
「神隠し中やねん。今」
「……自分で?」
「そや。謙也にも“白石は学校休んどる”って狂言に乗ってもらっとるけどな」
「…どげんして?」
「俺、誕生日が今月の十四日やねん」
「…誕生日だけん、…サボっとう?」
「まあ、そやな」
 ファーストコンタクトは、そんな意味のわからない会話に終わった。





「謙也ー」
 教室を訪れた千歳に、謙也はおうなんやと顔をあげてやってきた。
「謙也、白石どげんして誕生日にサボっとう?」
「わ―――――――――――――!」
 千歳の疑問を遮って謙也は叫ぶと、周囲になんでもないなんでもないと笑って千歳を教室から引っ張り出した。
「お前、白石に会ったんか?」
 空き教室までつれてこられて更に小声で言われた。
「あ、ああ会ったけん」
「…あいつ、結構複雑に隠れてんねんけどなぁ。どないやって見つけたんや…」
 謙也の口振りから、どうやら部長のサボリは公認らしい。
「謙也くん、なにしとんの?」
「あ、光」
 教室の入り口から、移動教室らしい財前が顔を出した。
「白石が千歳に見つかった」
「……それは、あの人かくれんぼうまいんになぁ」
 財前にとっても、公認らしい。
「どげんして、白石は隠れとると?」
「……お前、わからん?」
「わからん」
「白石…あの顔やん」
「で、あの身体で、あのテニスの腕っすから」
「???」
「「モテんねん」」
 驚異的に、と二人。
「……あ、ああ確かにモテそうな美人たいね」
「いや二次災害レベルでモテんや。で、十四日誕生日やろ?
 誕生日なんてオッソロシーイベント、女の子が白石を放置するはずないやんか」
「………だけん、サボっとう?」
 なんとなく理解した千歳に、謙也が頷く。
「やから、十五日になれば普通に会えるから気にすんなや。あいつ授業普通サボらへん」
「……………」
 微妙に、納得がいかない。
 モテるから、プレゼント攻撃が大変だという。
 学校に来ていないことにすれば、下駄箱にもプレゼントはないという。
 確かに、あの綺麗さでモテない方が不思議だ。
 けれど。




「どげんしてそげんつんけすっと?」
 セカンドコンタクトは屋上の給水塔。
 見つけてやってきた千歳に、白石は笑った。
「俺聖人君子ちゃうし、平等に愛想よくでけん」
「……どげんして愛想よくせないかんと。断ればよか」
 汗を拭って、隣に座り込んだ千歳を、白石は少し呆れて見た。
「断れへんねん」
「…?」
「俺、二年から部長やっててな。二年時は首尾よく断ったんや。
 そしたら………三年の先輩たちまで俺へのパシりに使われてしもてなぁ…。
 断ったってわかってへん子が多いんや。二次災害増やすだけやねん。
 やから、神隠しした方が早いなぁて」
「………白石は、うまい断り方知ってそうたい」
 言いながら、千歳は感じていた胸の苛立ちを制服の上から掴んだ。
「一番うまい断り方なんか、“付き合ってる恋人がおる”やろ?
 俺、そない人おらんし、いるいうてもバレるし、やったら嘘つけんやん」
「…………なら、俺がなっちゃる」
「……え?」
 ぽかんと、聞き間違いやな?という顔の白石の頬をそっと大きな手で撫でる。
 その感触にびくりと身を一瞬震わせた姿に、苛立ちの理由を知る。
 知ると同時に両腕で痛いほど引き寄せると唇を深く重ねた。
(そっか…俺、初めて会った時から)
 ん、と腕の中の身体が身じろぎして、呻く。
 その声が甘く掠れて、ぞくりとした。
「…な、にす…」
「俺、部長さんのこと好いとう」
「…」
「…だけん、俺の恋人になればよか」
 は?という顔すら綺麗。綺麗な、綺麗な天使。
 きっと、会った時から俺はこの天使の虜。
 だから、神隠しなら俺に隠さず俺も一緒に隠して。
 俺は抱きしめて、お前を世界から隠すよ。
「好いとうよ。白石」
「…、………………」
「次の誕生日は神隠しせんでよかよ。俺が傍におっちゃる」
 微笑んで手を伸ばす。
 理解して真っ赤になった天使は意地を張るようにそっぽを向くけど。
 俺の傍からは逃げない。
 意地っ張りな天使の意思表示。
 だから、俺は微笑んで囁く。

「愛しとうよ。白石」





 出会ってすぐ愛になったなんて笑うけど、でも、キミは俺だけの天使でいてよ。





「お前…好きものやな」
 真っ赤な顔で天使が呟く。
「本気で好きになっとうは白石が初めてたいよ」
「男ではな」
「女の子でもなか。白石がほんなこつ初めて」
「………それ、ほんまやったら趣味悪いわ」
「どげんして? 白石、たいがええ奴たい」
「……まだ、なにもしらんのに?」
 白石が自嘲のように笑うのに、千歳はその頬をそっと撫でて笑う。
「これから知ればよか。今は、白石を好いとうってわかってもらえればよかね」
「………………」
「だから、白石」


「Hi 蔵ノ介.My angel. It returns to man's appearance early?
(やあ、蔵ノ介。俺の天使。早く人間の姿にお戻り?)」


 キミは顔を今度こそ真っ赤にして俯く。
 ぽつりと。

「ちゅーか…いつ知りやがったんや俺の名前…………」
 と呟いた。











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 白石BD小説。矢張りちとくら。
 出会い間近の二人。
 なにこの甘いのは…。(笑)
 続きを書きたいような二人だなぁ…。
 白石、おめでとう!