「甲斐って、可愛いよね」

 そう零されたのは、部活終了後のクラブハウスだった。
 大きく取られたクラブハウスでも、全部員が一度に着替えるのは無理で、一年と二年の非レギュラーは外の通路で着替える。
 甲斐は二年だが非レギュラーだったので通路でシャツのボタンに手をかけたところだった。
 レギュラーで中で着替えていた幸村が、着替え終わった鞄を手に、出て来たところで甲斐と平古場たちの会話を一通り聞いて、そう言った。
「待て、待て幸村。おい、裕次郎のどこが可愛い」
 平古場が真顔で反論した。
「まあ、確かに年の割に微妙になにか足りない子やけど?」
 これまたレギュラーで二年の白石が笑ってそう一言。甲斐がええ!?と顔を向けた。
「それは納得」
「すんのかよ!」
 甲斐が簡潔に平古場に文句を吐いた。
「だって、お前いつも慧に抱きついたり“木手”“木手”って永四郎にまとわりついたり、……なんか足りないだろ」
「俺は十分足りてる! ……多分」
 断言した癖、自信なさげに甲斐は付け足した。
 幸村が遠慮なくそれを笑う。
「で、幸村くん。その甲斐くんの足りない子なとこが可愛えん?」
 白石は相手をくん付けする。木手と一緒、と思ったが違った。
 木手は満遍なくつける。柳生も。
 ただ白石は呼び捨てる相手には遠慮がないので、同一視すると二人に失礼な気がした。
 白石は、自分の気が済む相手にくん付けしているだけのような気がした。
「違うよ。俺、甲斐がちょっと足りない子だって今知ったもの」
「ちょっと、決定事項なの? 俺が足りない子だって」
「うん」
 幸村の笑顔の断言。隣で白石は笑顔で頷いた。
 この二人は大体のことを無言で納得させる威力が周囲にあるため、ああ明日には浸透してるな、全員にと甲斐は諦める。
「じゃあ、なにが足りないわけさ? 裕次郎に」
「だから、足りないのが可愛いんじゃないよ。俺はね、ああ、甲斐って田仁志とか知念をさ、くん付けするじゃない」
「するな」
 平古場が呼び捨てにする知念と田仁志を、甲斐は“慧くん”“知念くん”と呼ぶ。
 知念はともかく、田仁志は幼馴染みなのだし呼び捨てでもいいのに。
「田仁志とは幼馴染みだって聞いた時に思ったんだ。可愛いなって。
 そういう、平古場とかなら呼び捨てにしちゃう仲間を可愛く“くん”って呼ぶんだなって。だから、ええと甲斐が可愛いっていうか、甲斐の知念や田仁志への“くん”が可愛い」
「ああ、そない意味なん」
 白石がとなりで納得した。納得してもいなかったのに会話に紛れ込むのは最早性格なのだろうか。
 財前あたりに聞いてみるか。多分、“性格ですわ”と答えられそうな気がする。
「え? 変?」
「変じゃないよ。ただ可愛い」
「……可愛い? 凛」
「別にそうは思わねー。普通に、ああ足りてないとは思うけど」
「お前なぁ! …まあいいや。…でも幸村、耳聡い?
 俺がくん付けすんの、ほんと慧くんと知念くんだけだし」
「自分に正直なだけかな。視界に入ったら終わりだって赤也が」
 それはもしかして懼れられた評価ではないですか。と中から聞いていたらしい謙也と侑士が仲良く何故か敬語で言った。
 そのまま通路に出てくる。
 謙也は非レギュラーだが、着替え終わるとすぐ侑士の傍に行く。
 一緒にいるのは珍しいことではない。
「自分らよく関西弁から標準語に直せんなぁ…」
 白石が感心の為所なのかそう一言。
「そうかぁ?」
「いや、俺は結構危なかった」
 後者が謙也だ。
「俺ら、昔から関西弁使っちゃいけないゲームしたけど、一分持たなかったやんな?」
「そうそう」
 謙也の言葉に、白石が頷く。
「あれ、二人も幼馴染み?」
「てか、小学校から通ったテニススクールが一緒?」
「うん」
「小学校が一緒かなんていいよ、幼馴染みなんだ」
「まあ、そうなんか?」
「さあ?」
 白石があやふやに笑った。
「二人は相手をくん付けで呼んでた時期ってあった? 短くていいから」
「………くん、付けせんかったよな。最初っから」
「うん、コーチに“忍足くんや”って紹介された傍っから俺“忍足?”っちゅーたもん」
「俺も白石よろしゅうとか言うたしな」
「やっぱり」
「なにがやっぱり」
「俺は、真田とスクール同じだったんだ。俺は礼儀で“真田くん”って最初呼んだんだよね」
 無視である。幸村のこういうところにはもう、慣れた。
 というか習うより慣れろ、と柳と赤也に深刻に言われた所為だ。
「でも真田の奴、初対面から“幸村、俺と試合をしろ”って呼び捨てなんだ。
 礼儀もない。その後も幸村、幸村って」
 だから性格だよね純粋に―――――――――――――と言った幸村の背後のクラブハウスの扉の奥で、真田の豪快なくしゃみが響いた。
 平古場と甲斐が顔を見合わせて、うわさの所為?と言い合う。
「純粋に性格?」
 白石が拾った。彼は矢張り、気にしない。
「甲斐の。くん付けするかわいさって、性格なんだなって。
 うん、甲斐は性格が可愛いんだね」
 そこに着地するらしい。甲斐は帽子をかぶり直して、いやちょっとと言いかける。
 高校生になった男に、可愛いは恥ずかしい以外のなにものでもない。
 しかしそれを周囲に納得させる才能が幸村であり、納得してしまう才能が白石だ。
 証拠に、これのどこが可愛いんやと忍足一族は納得出来ない顔。






「可愛い、のそれって」
 HRの教室で、大石と不二がそう返した。
「俺たち、一年時はみんなくん付けしたよね不二」
「うん」
「でも、三年も過ごした後くん付けはしないよね」
 幸村は笑顔だ。
「しないけど……タカさんはタカさんだよ?」
「する人がいるの?」
「ああ、ほら甲斐。知念と田仁志に」
「ああ…そういえば…」
「可愛いの? それ」
「俺は可愛いって思うよ?」
「そうかな。甲斐は、単純に………」
 言いかけて、大石は止めた。
 大体のあらましは聞いた後だ。甲斐だった、というのは聞かなかったが。
 性格だよ、と思った。
 それはそのまま幸村の決定を冗長させる。
 なんと言っていいかわからなくなって、大石は不二を振り返る。
 不二も、わからない。
 あだ名って考えれば面白いよ、俺もそうだし――――――――背後で乾が言った。
 俺も、蓮二には教授とか、そうだしね。言われてそうか、と思う。
「うん、…もうあだ名なんだよ」
 大石は、幸村を納得させるように言う。
 幸村は性格だよね、と譲らずに放課後また白石に話を振るのだろうか。


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 高校パラレルの幼馴染みズ。
 私が不意に甲斐って可愛いって思ったから書いただけ。
 足りない子、とは思ってません(笑)
 ただラジプリの十二月を聞いていてつい。
 ブルーバードを書く勘が戻りません。スランプ。なのでリハビリに短い散文ばっか書いてます。