EP-[橘の引っ越したワケ]
あれでよかったか、と聞くと彼は微笑んだ。
善いとは言わない。でも、と。
『ちぃがおるから』
平気、と笑った。
「ちぃ」
「あ、風呂あがったと?」
「ん」
あの一件のカタがついて、数ヶ月。
二人で寝ている寝室に戻ってきた白石の髪はまだ少し濡れていて、普段跳ねた髪が降りているのが妙に綺麗だった。
その日もなんの疑いもなく千歳の座った寝台にぽす、と乗った白石を唐突に抱きしめても、彼は一瞬すら驚かず、ぎゅ、としがみついてきた。
指でそっと頬を撫でて上向かせると、理解して瞼を閉じた顔にキスを落とす。
そのままぎゅっと抱きしめると、不意に白石が不思議そうに言った。
「ちぃ…? なんか心臓早い……?」
「……あ」
バレた。それはこれだけ密着していれば。
「……あ、のな」
「うん?」
「………あんな形以外で、…蔵をちゃんと抱いてなかし……、……ちゃんと、お前のこつ、抱きた…かって」
言葉を理解した間の後、千歳を見上げた顔が固まってばっと離れた。
「…蔵はイヤと?」
「……イヤ、………やない、けど……」
もう一度近寄って、抱きしめると事実拒まない。
けれど、面白いくらいがちがちに緊張した身体が、おそるおそる千歳を見上げる。
その顔は耳まで真っ赤だ。
「……抱きたかよ。…ばってん、無理強いはしたくなか。
だけん、…蔵がよかって思うまで…待つ…」
その言葉に一瞬緊張が緩んだ身体は、すぐびっくりしたようにまた固まった。
自分を抱きしめる腕が逆に強まったからだ。
閉じこめるように、離してくれない千歳に白石は動揺して「ちぃ…っ?」と呼ぶ。それも緊張のあまり震えている。
「…ごめん。わかっとうばってん…怖がらせたらいけんて。
ばってん、…もう、……お前が欲しか…。堪えられん……」
痛いほど、骨が軋む程抱く腕。逃げるなら、本気で逃げるならそう言ったって逃がしてくれる。千歳は、優しい。
「………ええ」
「…え」
「わかった、から…。ええ、から。…腕、緩めて?」
「…よかの? …怖く」
千歳を見上げる顔は赤いが、怯えは欠片もなかった。
未だ緊張する身体は、恐怖の所為じゃない。
「…ちぃは、……怖く…イヤ、やない…もん」
掠れた声を発した唇に惹かれて、口付けた甘い唇。
薄く開いたそれにすぐ舌を差し入れると深く味わって離した。
「……ちぃ」
「…、え…?」
蔵!?と慌てる千歳に構わず、白石は千歳の前に屈むと手でズボンのファスナーを降ろして取りだしたモノに舌を絡めた。
「蔵…っ?」
「……、ん…」
口に含まれた性器を愛撫する音が室内に響いて、頭がおかしい程しびれる。
「蔵ノ介…っ、もう」
「…っ」
達してもいないのに脇に手を差し込まれ無理矢理起きあがらされて、自分の精液の味のする唇を貪った。
「…、は……。なに、ようなかった?」
「逆。良すぎばい…」
「なら…」
「…ちゃんとする初めてで、いきなり口の中はまずか」
「……細かい」
「…黙ってて」
そのままそっと仰向けに押し倒されて、やっぱり緊張した身体を解くようにシャツをゆっくり脱がせて、まだしっとり濡れた髪を一房噛むように口付けると、そのまま額、頬を辿って首筋に唇を這わせ、その肌を吸う。
柔らかい肌はすぐ赤い跡になる。
「…よかね?」
「……う、…ん」
甘えるように伸ばしてきた腕が千歳の首にすがりつく。
下に降ろした手を白石の部屋着のズボンに伸ばした瞬間。
「千歳。ちょっと……」
一応ノックをしたらしい橘が無遠慮に入ってきて、中を見て一瞬表情を止めた後、すぐ踵を返した。
「悪い。なにも見てないぞ、また明日な」
「嘘つかんね!」
咄嗟に枕を投げつけたが、閉じた扉にぶつかっただけだ。
「……ちぃ…あの、…今日…は」
「いや、ヤる。絶対ヤる。
桔平程度がなんね」
「……ちぃ」
眼が据わってる…。
とは怖いので、白石は言わないことにした。
「で、結局シたんだな。最後まで」
「当たり前。お前の邪魔くらいで止めてどげんすっとや」
不機嫌な翌朝の千歳に橘は苦笑して、白石はまだ寝てるかと呟いた。
「これからは邪魔しないようにするよ」
「そうしてくれんね」
「ああ」
その後、橘が他に部屋を借りてここは出るよ、と宣言するのはこれからたった一週間後。
2009/01/01