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[昏迷路−猿の手]−後編
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ピーン … ポーン …
玄関でチャイムが鳴る。
今は夜の、十二時だ。
「………ちょ、ちょっと…」
裕太が微かに寒いものを感じたのか、声を上擦らせる。
「……なに……。ちょっと、今、何時…」
「……十二時だぜ」
赤澤が流石に、タイミングの悪さにか、気味悪そうに木更津に答えた。
ピーン … ポーン …
「……帰らねえよ…外の人」
続けて鳴ったチャイムに、裕太が呟く。
「……ま、まあ多分、用事で来れなかった人だーね! 多分…」
柳沢が皆を元気づけるように言う。
立ち上がった足を、木更津が怖がって掴む。
「ダメ…行っちゃ……」
「で、でも……」
「……なんか、……やばいよ。アレ」
ピーン ……………
「………諦めた……かな?」
赤澤の声に、周囲が安堵する。
しかし続けて聞こえた音に、全員が身を凍らせた。
「……今…の」
「玄関が……開いた……音だよね………」
木更津の声に、まるで答えるようだ。廊下をギシ…ギシ…と歩く音がする。
「………まさか、今の柳沢さんので…生き返った…ご両親…とか?」
裕太が引きつった声で言う。
「…そんなのアリなの?」
「というか…聞いた猿の手の話では……家族を生き返らせてくれと願うと…」
死んだ家族が夜な夜なやってくるって聞いた気が…。
裕太の言葉に、全員が言葉を失う。
…… 慎也
「……ッ!」
…… 慎也? お母さんよ ……?
「……………違う、だーね」
多分、本当に父親と母親なのだろう。
ただ、声に生きた気配がないのだ。
正直、恐ろしさしかない。
…… 慎也
「………父ちゃんの…声」
「ちょっと…こっち、来てますよ……?」
「おい、扉についたてしろ! あけさせるな!」
赤澤の声に、観月と裕太が扉が開かないよう、棒を立てかけた。
程なく扉を引く手応え。
…… 慎也
ガタン ガタガタガタガタ
「ちょっとマジ怖いっすよー!」
「言うな裕太! 夜じゃなくなればいいんだ!」
「って、朝まで何時間あると思ってるんですか!」
「……」
木更津が不意に、猿の手を拾い上げた。
扉はなおも音をたてて軋む。
「…木更津?」
「……これに、もう一度願うのは? 来ないようにして欲しいって」
木更津におそるおそる、赤澤が問う。
「大丈夫なのか? またなにか悪い方に作用するんじゃ」
「……わかんない」
「……」
ガタ ギィィィィ …
扉が僅かに開く。力任せに開かれた扉の隙間から、指が見える。
手が、四本。
「……!!!」
恐怖でパニックになっていたと思う。
それでも願ってしまった。
ドォン!
瞬間、家が揺れた。
「……な!」
「なに…!? 今の……ッ!」
木更津が息を呑む。
扉の向こうで踊るのは死者の手ではない。
炎だ。業火が踊っている。
「…………もしかして、……来ないように=…来る場所をなくす……って意味?」
「……に、逃げろ! 家から出るんだ!」
赤澤の号令で一斉に別の扉から外に飛び出す。
その頃には、家は業火に完全に包まれていた。
「……………」
消防車がやってくる。
周囲の野次馬に囲まれて、呆然としていた柳沢に、聞きたくない言葉がかかった。
「…おい、柳沢」
「あ、赤澤…」
「木更津が……いない」
「………」
呼吸が止まった。
「……いないんだ」
「………う、そんな…まさか…嘘だーね」
ごうごうと燃える炎。
まさか、まだこの中に?
「……木更津」
ふらりと歩き出した柳沢を消防隊員が押し止める。
「キミ! 危ないぞ! なにをしてるんだ!」
「木更津が…木更津がまだ中にいるだーね!」
「…人がまだ中に!? おい、人がまだ中にいるぞ!」
水を被った消防隊員が中につっこもうとするも、火の勢いで出来ない。
建物がどんどん崩れていく。
「無理だ! 入れない!」
その場に膝をついた。
慰めて、代わりに泣いてくれた木更津が。
「………木更津」
嘘だ。
その心境とは裏腹に、完全に鎮火した家から、一人の男子の遺体が発見された。
寮の中は薄暗い。
戻ったのが朝の三時だったからだ。
猿の手があるのには諦めた。
帰ったら自分の部屋にまたあったのだ。
多分、捨てても燃やしても、無理だ。
「………」
「柳沢さん……」
柳沢の部屋に裕太がやってきた。
眠いだろうに、眠りたい気分ではないのだ。
みんな。
「…。…夢」
「え?」
「夢を見るだーね……。
くり返し、…父ちゃんが死んだあとから」
「…。…悪夢、ですか」
「違う…そうだったら、よかったかもしれない」
「…?」
「…死んだ顔より、鮮やかに。くり返し、生きていた頃の思い出をくり返し見る…。
口癖、鼻歌、笑顔……当たり前だーね。死んだ顔は一瞬で、生きていた思い出は長い…。
くり返しもう会えない優しさにすがって……。
今眠ったら、今度はコートで笑う木更津の夢を見るだーね…」
“柳沢”
もういない。呼ぶ声の人。
彼を、あんな親のように返したくはない。
でも、何故彼だったのだろう。
なかったことになればいいのに。
彼が死んだことなど。
どこか、余所の町の人が代わりに死んだことにならないか。
残酷なことを考えて、涙が零れる。
不幸にしかしない猿の手に願ったって、無理だ。無理な話だ。
パキン。
「……。…柳沢さん……今、なにか」
願いました? 裕太が震えた声で呟く。
「………」
指がまた折れたのだ。
「………………」
どうなるか予想出来ないが。
「……思っただけで、カウントされちゃっただーね…!?」
そんな、無茶苦茶な。
瞬間、開いた扉に二人が身を震わせた。が。
「あ、裕太、いたんだ」
やってきたのはその死んだ筈の学友だった。
「…木更津………?」
「…? うん。どうしたの?」
「お前、…生きてるだーね?」
柳沢の質問に木更津はあからさまに“はあ?”と声に出す。
「俺は死んでないよ。確かに逃げ遅れてやけどしたけど。ちゃんと隊員さんが助けに来てくれて、治療に病院に行ってたんだろ?」
「…………今度は、……まともに作用したってことですかね?」
「……あ、ああ」
死体じゃない。本物だ。
代わりに誰がもし死んでも。
よかったのだ。これで。
プルルルルルルルルル …
木更津の携帯が声をあげた。
「…ん? なんだろ…母さん?」
しかし、それに走ったのは嫌な予感だ。
「もしもし………………。」
電話に出て、木更津の声が凍り付く。
「…………………なんで。え……? 嘘……違うって………そんな」
「………木更津さん……?」
携帯が彼の手から落ちる。
「……亮が、火事で亡くなったって」
木更津亮。木更津の双子の兄だ。
「……………」
もう、嫌だ。
こんな世界は嫌だ。
泣かせたいわけじゃない。
死んで欲しいわけじゃない。
なにも望まない。
もう望まないから。
ド ウ カ ゼ ン ブ ユ メ ニ シ テ
ぱきん………
「……ッ!?」
心臓がものすごく早く脈打った。
起きあがった先は自分のベッドだ。
二段ベッドの一階が自分のベッドだ。
……朝?
「……あ、おはよう柳沢」
机の上で、木更津がカップで紅茶を飲んでいた。
「木更津! お前の兄ちゃん生きてるだーね!?」
「……。は? 生きてるよ。昨日会ったばっかだよ」
「………」
夢……。全部。
隣で紅茶をお裾分けに来た観月が、“夢ですか?”と言う。
「ああ、でも変な夢見たなぁ」
「ああ、そういえば僕も見ましたよ」
「…どんな?」
「うん、柳沢の親が亡くなって、次に死んだ親が…」
「…ちょっとそれ。通ってきて、火事になって…キミが死んでって夢……?」
観月が呆然と問う。
「……それ、最後にお前の兄ちゃんが死んだだーね?」
「……うん。……観月の夢、も?」
「…ええ。同じです。」
「……猿の手」
柳沢がぽつりと呟く。
「ああ、うん。猿の手が出てきた」
「…で、木更津くん、起きるなり電話してたのは…」
「亮が生きてるか確認…」
「…全員が同じ夢見ただーね……?」
「……もしかして、それが猿の手の効果だったのかなぁ」
木更津がぽつりと呟いた。
その後、全員に聞くと全員同じ夢を見たという。
しかし、夢で終わったのだ。
裕太は夢の始まりのように外泊している。
親に電話した柳沢に、親は“どうしたんだ? ホームシックか?”と受話器の向こうで笑った。
裕太の部屋には写真がある。
処分の電話がないのだから、処分する必要はない。
しかし、思い出したことがあった。
夢の中でおかしいと思ったあの写真。
写真は夢の中で、すっかり老人になった不二・佐伯・裕太を写していた。
ジリリリリリリリリリリリ…
「んあ?」
「柳沢ー電話ー二年の不二ー」
「行ってこーい。どうせあれ夢だから。ただの連絡でしょ」
「…まあ、そうだーね」
気を取られるあまり、豚カツを持ち運び忘れて木更津に食べられていたが、柳沢にはどうでもいい。
「もしもし? 裕太」
『あ、柳沢さん? すいません。飯時に』
「いいだーね」
『ちょっといいですか?』
「…ん?」
『……あの、写真…』
嫌な予感がする。
夢と同じ出だしだ。
しかし。
『俺の部屋にある写真、アルバムに仕舞っておいてくれませんか?』
次の裕太の言葉が違っていた。
「…。…しゃ、写真?」
『はい、俺の幼馴染みの佐伯さんの知り合いが撮ってくれた写真なんです。
その人が、昨日自殺したらしくて…形見代わりだから、汚れないように保管したくて』
「……それは、お気の毒だーね」
『はい…なんでも遺書では“猿の手に魅入られた”って…わけわかんないことが』
「……………」
『柳沢さん?』
「……その遺書、どんなことが書いてあっただーね?」
『…え。さあ…でも確か、“最後に全て夢にしてくれって願ったけどダメだった。
もう望みはないから死にます”って……』
「……そっか」
『柳沢さん? ほんと、どうしたんですか……?』
「いや…」
多分。
多分あれは、その彼女の最後の願いが見せた夢だったのだ。
裕太も見たのだろう。あの夢を。
彼女が願った、猿の手が夢だった夢を―――――――――――。
後日案内されて向かった彼女の墓には、ただの木の枝が供えてあった。
猿の手に願った彼女の願いは知らない。
ただ、俺はもう何も願わない。
そう、思った。
後書き
というわけで夢オチでした。
最初から紹介文に夢オチって書くと台無しだし、かといってなにも書かないと死にネタと勘違いされそうなんで一応書いておきました。
あくまで夢の世界の話、でも全員が見てる夢じゃない夢。っていうお話。
でも夢らしさは書いたつもりです。裕太の「写真処分して欲しい」とか。
現実じゃそこまで急がないし、頼んだりしない無理矢理感があります。
あと火事のシーン。普通、逃げるのに手一杯で猿の手の仕業だなんて考える余裕ありません。
そこらへんが夢独特の現実らしからぬところ。他にもあるので見つけてみてください。
相方に「だーねがむかつく(語尾の)」と。(笑)私もむかつかないまでもシリアスなのに語尾のおかげでシリアスにならないと嘆く。
でも普通に話させたら柳沢じゃないんですよね。難しいです。
気付いたら観月あんまり喋ってない。失敗。
両親が通ってくるシーンや、双子が死ぬシーンで恐怖を感じていただけたら幸いです(笑)
でも思ったよりホラーになりませんでしたね。
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