*四天宝寺寮設定。自傷行為が苦手な人はブラウザバック。
深呼吸を、何度繰り返しただろう。 一つの扉。ドアノブに手をかけたまま、白石は早くなる鼓動の恐怖に、顔を歪めた。
今日は、謙也が外泊している。 謙也と同室のあの男は、そんな時ほど、加減を知らない。 なら、訪れなければいい。 『部屋で待ってる』 そんなメールなど、“すまん朝まで気づかなかった”と嘘をついて見ない振りをすればいい。 寮の一室の前で、こんなにも怯えている必要はないのに。 出来ない理由を、本当は知っている。 けれど、だから、逆らえない。 せめて、気が変わってくれ、と願ってノブを回した。 瞬間、腕を中から伸びた大きな手に引っ張られて室内に倒れ込む。 勢いは殺されず、床に敷かれた布団の上に倒れ込んだ白石の背後、部屋の扉が施錠される音が残酷に響いた。 (…ああ、逃がしてくれる、気…ないわ) 心臓が、うるさいほど震える。 恐怖を張り付かせた顔で、背後をゆっくりと振り返る。 眼前に立った長身の男は、一見無害な顔で微笑む。 「遅かったけんね、白石。俺ばメール送ったのは三十分前たい」 「…………っ」 その、一見無害な声に、言葉に滲む色が、白石の言葉を封じた。 滲むのは、猫の色だ。 残酷に、捕まえた虫や鼠の腕や羽をもいでいく残酷さの色。 「……」 言葉を一言も発さない白石に、千歳はふうんと関心も薄そうに口にすると、 「抵抗ばせんね?」 「……………」 喉が鳴って、張らない。俯いて、白石はこれから自らに為されることに怯えた。 ただ、この場からこいつを殴り倒して逃げてしまいたい。 出来ないと、思い知っている。 「……俺が、でけへんって…、知っとるやんか」 そうしたんは、お前やろが。 そう力無く呟くと、千歳は愉快そうに笑って、それから白石のシャツに指をかけた。 その笑みを刻んだ顔が、一瞬後には嗜虐に歪んだ。 「ほんなこつたいがあくしゃうつばい」 意味が分からなかった。躊躇いさえなく力を込められた指が、一気に白石のシャツの前開きを破り裂いた。 あらわになった白い肌に、大きな指が這わされる。 帰り、ほかのやつに見られたらどうするという反論すら、白石は口に出来ない。 出来なかった。 こんな時、言葉の壁が重い。 自分には通じなかった今の言葉に、なにか酷い意味があったらと思うと、なにもいえない。 「今ん、訳してやるけん」 千歳の両腕が白石の引き裂かれたシャツの両側を掴んだ。 その口の端があがる。 「“本当にとてもむかつく”……って言うたと」 喉が鳴って、怯えて反射で身を引こうとした白石の首を大きな手の平が掴んで、一気に布団のシーツの上に押し倒す。 直後に羽をむしるようにシャツが片手で、最早腕にすらまとっていられない様に引き裂かれ破り捨てられた。 浅い呼吸を繰り返す白石には最初から抵抗の選択肢はない。 破られたシャツが実は、お気に入りで値段が三千円した、とかそんな文句も怒りも浮かばないほど、恐怖にただ縛られる。 シーツに投げ出された腕は、白石の上に馬乗りになった千歳を突っぱねるために上にのばされることもなく、ただ力無く落ちている。 「白石は、たいがかわいそうばい」 完全に補食した獲物を見下ろして、千歳は自身のシャツを脱ぐとズボンからベルトを引き抜いた。 あらわになった屈強な黒い肌に、もう何度こうも非道く抱かれただろう。 いや、自分たちの関係では、抱かれるというより、犯されると言った方が正しいに違いない。 両足から引き抜かれたジーンズと下着が、遠くに放り投げられる。 「ほんなこつ、かわいそうたいね。………かわいそうたい。 ……白石、謙也はええ奴たいね?」 その名を出されて、なにか紡ごうとした口は慣らしも潤滑液もなく下肢の奥に突き入れられたささくれだった二本の指が与えた痛みに悲鳴に変わった。 「外泊届け出す時も、“一人にしてすまんな”って……。 謙也、友達やったらええ奴ばい。…ん? ほんなこつ、かわいそうは謙也かね? …自分の所為で、」 「言うな!」 「自分の所為で、白石がこないば目に遭わないかんってしらんから」 笑って、千歳は下肢を抉る指を遠慮なく増やした。 自分にしか聞こえない鈍い音に、割り広げられた両足を伝う感触。 そこが裂けて、血が流れたとわかった。 そんな激痛より、心が痛い。 違う。 … 違う。 俺は、そんな、 そんないい奴じゃない。いい、人間じゃない。 謙也の。 どこで間違ったのだろう。 最初、千歳の手が行為に及んだのは二ヶ月前の部室でだった。 そのときは抵抗して、殴ってやった。 けれど、殴られた頬を押さえもせず、千歳は笑った。 気ぃ強かね。それ、謙也がおってもはり続けられっか見物たい。 意味が分からなかった。 謙也、ええ奴たいね? 千歳はそう言って笑う。 俺、謙也と同室たいって知っとうね? 謙也、いっぺん寝るとなかなか起きんたい。 …寝てる最中に、俺のように目が見えんくなったら、白石どげんする? 「…っ……ぁ」 下肢を血液だけのぬめりで性器に抉られ、突き上げられて、生理的な涙が伝った。 どこで、間違えたのだろう。 あの日、同じ場所にいてしまったことか。千歳の笑顔の脅しが限りなく本当だと、ある日寝てる間に出来ていたという痣をつけて起きてきた謙也を見た時か。そして、謙也という盾に、犯されることを受け入れてしまった自分か。 「…っ…や…ぁ…あ!」 どこで、間違えたのだろう。 激しくなる突き上げにも、最早快楽しか得ない身体が重ねたことの重さを教えた。 「…っ……あ……」 体内に直に吐き出された体液に、身を震わせて仰け反った。 どこで、間違えたのだろう。 … 千歳。 お前が、本当は違うって知ってる。 こんな酷い奴じゃないことも、謙也を本気でどうこうするつもりが本当はないことも、本当は。 俺にだって優しくしたいってことも。 知ってる。 本当は、ただ俺を好きでいてくれていて、でも出会った頃俺が謙也を好きだったから。 だから、こんな方法でしか俺を縛れないって思ったって、仕方ないんだって、知ってる。 だから、その重さが重い。 罪の深さに、日は差さない。 俺は、……どこまでお前を苦しめることを重ねさせればいい? 恐怖は、為される行為への恐怖じゃなかった。ただ、お前が壊れることを思って、怖かった。 「…ん…ぅ!」 こんなことされなくたって、謙也を盾にされなくたって。 俺はお前になら足を開くって。 抱かれるって。 … …お前が、今は好きなんだって。 何度繰り返したら、信じてくれるのだろう。 千歳の墜ちた闇は深く、俺の想いは届かなかった。 今は、お前が好きなんだと、お前のものになりたいと。 願って、伝えても信じてくれない。 自分自身を嘲笑う。笑って、そげん嘘吐かなくても謙也になにかせんと言う。 違う。 違うって、千歳。 どうしたら、この想いは届くのだろう。 どうしたら、俺の“好き”はお前に届くんだろう。 どこで間違ったのだろう。 体内から性器が引き抜かれて、白濁が血に塗れて中から流れて太股を伝った。 何度も達せさせられた身体は重くて動かない。 指先一つ。 「白石…………ほんなこつ謙也が好きたいね」 無理に強いられた行為が今もたらしたダメージは深く、しばらくまともに部活など出来ないとわかっていた。 違う。 「…俺は、……謙也が好きやない」 「…また、その嘘いいよーと?」 「…嘘ちゃう。なんで…なんで伝わらへん……。なんで……」 涙があふれた。 たすけて たすけて 誰か、彼をたすけて 俺じゃ、やっぱり無理や。 涙で歪んだ視界に、投げ出されたままの鞄が映った。 そこから、覗くカッターナイフ。 喉が震えて、笑いになった。 「…白石?」 白石の上に乗ったままの千歳が、初めてのようにいぶかしんだ。 「千歳…お前、なして俺が包帯してる思うとる?」 「…金ちゃんへの、嘘とやろ?」 今言うことか? と彼が眉をひそめた。 「教えたる。確かに、最初はそうやった」 痛みの走る身を起こして、腕に残っていたシャツの名残を捨てた。 包帯を解けば、あらわになるのは白い肌に幾重にも走る傷跡。 「…………」 「これ、…二ヶ月前まで、なかったんよ。お前とのことが始まってからや。 …カッターで、自分で腕切るようなったん」 涙に濡れた頬で、笑った。 歪んでも、その茫然とする顔を見上げた。 「…俺の、所為……?」 「せやで? ほかにあるん?」 「…しら、いし」 「……一応、手首は避けてんやけど。左手首って洒落にならんやん? ……………切ってしまおかな。手首」 「っやめろ!」 千歳が叫んでその傷まみれの腕を掴んだ。 「……勘違いすんな? お前にこないされるんがイヤやからちゃうで? …謙也やって、好きちゃう。……………お前が、信じひんのが、悪いんやないか」 「………俺、が…なにを?」 「俺が、……千歳が好きやって」 その言葉に、千歳はやっと。 やっと届いたように、目を開いた。 「抱かれるん、ヤやないよ? 謙也のことのうたって抱かれたる。そうされんの、好きや。 ……なぁ、いつんなったら、俺のこと好きって言ってくれんねんや…。 いつんなったら、俺の“好き”を信じてくれる……。 もう、あかん。痛ぁて…かなわん…っ………」 「やから、切ってしまうよ。…手首」 骨が軋むほど、その瞬間強く抱きしめられた。 「…………ごめん」 自分にも伝わる言葉で謝った千歳が、身を震わせて白石を更に強く抱きしめた。 「……白石、……好いとう」 始め方すら、間違っていた。 彼の言葉を信じなかった自分。 今更、真っ当に愛して欲しいなんて、間違っていても。 彼が、俺以上に壊れないように。 伝わるなら、届いて欲しい。 愛している。白石。 届いて欲しい。 どんなに責められたっていい。 だから、腕など切らないで。 壊れないで。 「好いとう…白石」 喉が震えて、泣いてしまった。 しゃくり上げながら、ただ好きと繰り返した。 白石、好き。だから。だから、俺の傍にいて。 もう、間違えないから。 … 死なないで 白石は答えない。 抱きしめられたまま、太股を血で汚したまま、ただ頬を涙で濡らした。 それでも、おずおずと傷跡を残した腕が、千歳の背中に回される。 「…もう、嘘やって、思わない?」 「おもわん」 「…信じてくれるやんな?」 「…うん」 「………千歳」 瞳が伏せられて、涙が散る。 「千歳…………好き………」 喉が鳴って、千歳はただ泣いた。 声を上げて泣いた。 好きとだけ白石に繰り返して、ただ抱きしめていた。 やっと聞こえた。彼の声。 やっと聞こえた。俺の声。 あなたがくれた、優しい言葉。ずっと胸に残っているから。 ただ、これからは愛そう。精一杯の優しさで、精一杯の思いで。 キミを愛そう。 「白石…」 ふと、抱きしめを解いてお互いに涙に濡れた顔を見合わせた。 そのまま、唇を重ねる。拒まれなかった。 受け入れられた行為に、本当に愛されていると思った。 そのことに、気づかなかった愚かさが憎い。 「好いとうよ……」 キミがいなければ、狂わなかった。 キミがいなければ、狂えた。 キミがいなければ、こんなにも愛さなかった。 キミがいなければ、生きてなどいられないほど愛している。 白石が幼子をあやすように、しゃくり上げて泣く千歳の頭を抱きしめて、初めてのように笑った。 =========================================================================================== ということで、鬼畜な千歳でちとくら、R-18がリクエストでした。 鬼畜な千歳を書くのは二回目です…(一回目はオフ本の遠雷)でも最後は結局白石に甘くなるんだなぁ…。 というかぶっちゃけリクは嬉しかったのに鬼畜もよかったけど、「R-18」指定があったことに、…頭抱えました。 (海瀬はやおいが好きですが書くのは大の苦手です。見る専です。オフの遠雷を書いた時に日記でさんざん愚痴りました…) でも得てしてそんな時はいいネタが降ってくるので(実際降ってきたし)かなりよいリクエストでした。ありがとうです。 R-18指定なんてかなり勇気いったろうに…。 ぶっちゃけ最初は白石に鉄の枷はめる千歳を考えてました…(どんだけマニアック…) でもこっちが浮かんだのでこっちに。枷は…あとでいつかやろう。てか書く予定の監禁ネタがあるのでそっちで多分やる…。 (イヤなカミングアウト) |