もう一度 あの日のキミに出会えたら 伝えるよ さよなら、と 僕が、キミを愛するために ―――――――――――――俺は、白石蔵ノ介なんかやない。 「…じゃあ、白石は…誰と?」 「…昔、…よう似た二人の子供がおった。 一人は孤児の施設の子。一人は普通の子。 会って仲良くなって、ある日、遊びに行った先で、…片方が事故で死んだ。 残った施設の子は、…どうした思う?」 「…え」 「似てた。顔も、髪の色も、瞳の色も。そっくりやった。 …施設の子は、事故で記憶なくしたふりして、…その子に成り代わった。 …死んだ子を、施設の子に…自分にした。 …その子の居場所を奪って、普通の家の子になった。 …“白石蔵ノ介”に。 …お笑いぐさに、血液型も同じでな。バレへんのや。 俺が…蔵ノ介やないなんて。 …もう、ほんまの名前、わからんねん。 俺が、誰かなんて。けど、ほんまのことは一つ」 俺は、白石蔵ノ介なんかやない。 「…それでも、千歳は見つけてくれたんか? 俺を…。…好き、言うて…」 くれたんか、と問おうとして言えなくなった。 駆け寄った巨躯が、抱きしめるから。 「…俺は、白石が好きと。 俺が好きになった白石は…今目の前におる“白石”たい。 それ、何年前の話ね…? 謙也たちが好きになった白石も全部、お前だろ!」 「……やけど」 「…俺は、白石を好いとう。…お前を、好いとうよ。 …受け入れて欲しい。 俺は、お前が欲しか。 お前を、愛したか。 …お前が…好きとよ」 「…とせ?」 「…好きとよ。……愛してる。……お前を、誰より、…セシアより」 伸ばされる腕。抱きしめる胸に、泣きたくなって、腕は自然千歳に伸びた。 だが、その背中を抱く寸前、 “あんたなんか居なければよかったのよ!” 響いた声は、見知らぬ女のものなのに、よく、知っている気がした。 「…しら、いし?」 千歳が茫然と呼ぶ。 白石の手に握られた硝子の破片は、空き地に落ちていたもの。 それが、肩を浅く裂いた。 「…嘘や…!」 そのまま駆けだした白石を追った千歳を、後から来た腕が引き留めて、軽く布で肩を縛った。 「先生…」 「追うで」 「…はい」 空き地の隅。 もう、向こうは崖だ。 「白石!」 呼び止めた顧問の声に、白石は泣きそうになって振り返る。 「…なん…」 「…逃げるな」 「…逃げて、ない」 「…記憶、ちょっと戻ったんちゃうんか」 「…先生?」 千歳がいぶかしんで呼んだ先で、渡邊は真剣に白石を見つめた。 「……愛されることに怯えて、千歳…傷付けて…俺らに抱かれて。 ちゃうやろ。 …お前、そんなとこ、昔から変わってへん」 「…センセ?」 「…“セシア”。…確かに、二度とお前は、こいつに会えなかった。 けど、こいつはまたお前を見つけて、お前だから愛したやろ」 「…先生?」 「……もう、愛してええやろ。 …もう、逃げないでええ。 誰も…お前を、こいつから引き離したりせん。二度と」 ただ茫然と渡邊を見つめる白石に、彼は手を伸ばす。 「拒絶して、傷付けて、ちゃうやろ…? こいつを」 言葉を切って、続ける。 「…こいつとダブルス組んで、…傍おって。同じコートおって。 …こいつの退部届け、謙也と一緒になってなかったことにして手塚と戦わせて。 ……こいつを、…痛い程見て。 …ちゃうやんか」 「…センセ」 「お前は守りたかったんや! 命を懸ける程に、愛してるなんて言えない程に。 …前世もなんも、なく。 ただお前を愛してくれた、大好きな千歳を!!」 「…好きな…千歳…」 「そうや! お前は、大好きな千歳を守りたかったんや! みんなから、謙也たちから、全てから! 自分を犠牲にするほど。泣きたいほど必死に。 愛してるて言えない程必死に! …来い。白石。 …お前を、救える手は、こいつが持ってる。 お前を、受け入れてくれる人がここにおる。 …来い。 大丈夫や、千歳は受け入れてくれる。 俺達も、お前ならなんやって受け入れる。 お前を救いたいんや! 白石!」 声に、呼ばれるように手を白石も伸ばした。 「白石…」 千歳が一歩、進み出て手を伸ばす。 「…千歳」 「…白石……やっと、言えっと」 「好いとうよ」 “愛してるよ” 痛いほど、泣きたい程聞きたかった声。 誰より昔にすがっていたのは、自分じゃないか。 「千歳…」 手が届く。 けれど、脳裏をよぎった声に、足は止まった。 “染まった手は、みんなを汚すって” 「白石?」 「…そうやな、蔵ノ介…。 俺は、汚れとる。…千歳は、綺麗なまま、…いられるように」 千歳まで、汚してしまうから。 「白石!!」 渡邊が叫んだ先、白石は崖から飛び降りた。 駆けだした千歳が腕を掴んで、抱きしめる。 迫る地面にダメだと思った瞬間。 “大丈夫だよ。二度と、離れないように” 声がする。これは、昔の自分…? “幸せに。大丈夫です…いつだってここにいます” 「…セシア…?」 地面に落ちる瞬間、身体はふわりと落下を止めて、地面に倒れた。 「記憶障害?」 「はい、事故のショックで自分を錯覚しただけです」 「ほな」 「…白石くんは、“白石蔵ノ介”くんに相違ないんですよ」 事故で自分を見失って、確かなことを探して。 それで、僕に会ったなら。 「白石…」 寝台の横で呼びかける千歳に、謙也が歩み寄った。 「俺も光も、白石は諦めへんで」 「受けてたつたい」 「…ああ。でも」 「…?」 「……白石が、…お前を求める限りは……〜〜〜〜〜〜〜あかん! やっぱ認められへん! 存分に邪魔したる! ええな!」 言われて、笑った。 素直じゃなか、と。 うるさいという声を追っ払って、白石を抱きしめた。 寝台に眠る身体に、ただ呼ぶよ。 「…白石」 起きたら、今度こそ逃げないで、俺を呼んで。 抱きしめて、愛を告げよう。 「愛しとうよ」 ep-【クランクハイドの考察】 引退式後、部活に久しぶりにやってきた千歳たちを迎える下級生の群から飛び出して、千歳はこっそり、渡邊に寄った。 「そういや、…狡かですね」 「なにがや?」 「…クランクハイド様ってこと、黙ってたでしょう」 小声で、標準語で言った千歳に渡邊は笑う。 クランクハイドはオリエンテの後見人で、ローディンセシアも可愛がっていた。 「そらな。気付かなかったやろ」 「全然。なんでと?」 「二十歳過ぎたヤツは、前世の誰か記憶あるやつでもわからなくなるんや。 よかったな、白石と今のうちに会えて」 「…え」 「…でも、それも、白石に会うための運命やな。 ほんまに、…お前は白石で、白石はお前やなか、あかんかったんか」 「…喜んでよかですか?」 「ああ」 「……先生は」 「…記憶、薄れてきたやろ」 「…あ、はい、完全やなかですが、…少し、思い出せんこつも増えてきて」 「…あれは、所詮報われなかった心が残すんや。 お前はセシアを救えなかったこと。俺は、お前達を守れなかったこと。 白石は…多分、セシアやったから、優しかったから誰も憎まずに、持って来なかったんやろ。 …それが、愛されて満たされて現世で報われると、もういらないものだって。 消えてくんや。結局、記憶はそいつに会うための片道切符。 お前の言うとおり」 「……」 「やから、消えても白石を好きな気持ちはのうならん。それでええやろ」 「…はい」 白石の元へ走り出しかけて、千歳は不意に振り返る。 「先生は…」 「…薄れてきとる。もう、だいぶな。 やから、…もう行きや」 「…はい」 駆けだした千歳が白石に抱きつく。 公衆の面前と言いながら、拒まず、頬を染めて抱きしめられたままの白石。 「俺が信じられるまで、俺んこと、好き言うて」 あの後、目覚めた白石は千歳にそう言った。 だから、届いただろう? 証拠に、今白石はお前の傍にいる。 もう、思い出せない昔のキミ。 でも、これだけは言えるなら、 キミは、今も幸せに笑っているから。 どうか安心して、と。 消えていく記憶に囁いた。 キミが微笑んでくれたなら、もしかしたら泣いてしまうかもしれない。 消えていく記憶の中で、キミが一度、笑った気がした。 |