キミはキャプテン。



 僕の、



 ―――僕らのキャプテン。




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僕のキャプテン
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 ――――――――自分にとっても部長になった白石は、はっきり言ってお節介焼きだ。
 世話焼きで、それはお仕着せではなく大真面目で、部員全ての事情を自分事にしてしまう責任感の強さが理由。
 彼には自分をよく見せよう、よく思われようという下心など全くない。
 そういう性格なのだ、元から。といってしまえばそれまで。
 ただ、過ぎる気もする干渉に(例えば他人の家に遊びに来て、家族がいないからと気付いたら他人の家の皿洗いをしているような(彼は事実それをよく謙也の家でやる))同級生の多くはつっこむ。「お前は俺のオカンか」と。
 財前すら、「あの人の面倒見のよさはうざいのと紙一重ですわ」と言う。
 しかしその面倒見の良さは今年に限っていえばあの一年ルーキーを操るのに非常に役立っている(白石以上に金太郎を操縦出来る人間はいない)のでいいじゃないか、と千歳は思うのだが。


 白石は隔ての向こうの住人だ。彼を近しいと思ったことが、千歳には一度もない。
 白石にまさか、「お前みたいなのと真面目に話出来るか」なんて言われたわけではない。
 ただ、遠い世界の。それこそ、ブラウン管の向こうの住人なのだ。
 強くて、強くて正しくて、優しくて、その優しさは自分のような人間にも与えられて。
 だから、遠かった。
 彼はいつだって、世界の果てより向こう、ブラウン管の向こうの人間。
 物語の中の、絵を描くように描かれたヒーロー。
 正しくて、強くて、だから追いつけない。だから遠い。
 だから、憧れる。尊敬すらする。
 けれど遠いのだ。
 触れても、笑いあっても、何かを共有出来た心地などまるでない。
 彼の話を九州の友人にする時、自分はいつだって格好いい漫画の中の主人公を熱弁する気持ちでいる。彼を、現実世界の、弱さも醜さもある人間として語らない。そう見られない。
 その憧れは初めて会った時、植え付けられた完璧な強さと正しさで世界の果て以上に美化されて、そこから降りてこない。
 いい部長たい、と友人に言いながら、「いい友人」だとは思えない。言えない。
 彼をブラウン管のこちらの人間としてみれるなら、間違いなくいい友人なのに。
 けれど、千歳には出来ないのだ。
 白石をこちら側に見ることが。
 嫌いではない。むしろ好ましい。だから、憧れなんだ。
 だから、遠い。
 だから、思えない。
 彼以上に完璧な部長を知らない。だから、彼は自分の尊敬の的だ。
 だからこそ遠くて、―――――――――――――なにも、


 なにも、なにひとつ、同じものを、見れないんだ。




「…帰ると?」
 部室で引き留めた千歳に、白石は「当たり前」と一言。
「やることあるし、お前みたいなヤツにそう長々付き合ってられん」
「今日は珍しく早かね。自主練せんと?」
「ちょっと、今日は無理やな。ほんまはしたいけど」
「それならしょんなかとね」
「なんでお前が残念がるんや」
「一回くらい相手してもらおう思っちょったと」
「…まあ、相手してくれるんやったら俺も助かるからええけど。今日は無理な」
「はいはい」
 手を振った千歳に背中を向ける白石を、「あ」と一言で呼び止める。
「ん?」
「白石、首」
「首?」
「昨日の痕、見えとうよ?」
「…あー、…お前がつけてよか?とか言うた…。別に。もう帰るし」
「…白石は白いから目立つたい」
「やからお前つけんの楽しんでんやろーが」
 いい加減にしろ、と残して白石は今度こそいなくなった。




 いつも、部室に最後まで残るのは白石だ。
 部長という立場もあるし、なにより自主練習のため。
 部長として、部活中自分の練習などできないから。
 千歳は、よくそれに付き合った。
 白石も、壁うちよりましだ、と受け入れている。
 打ち合うたび、壁の高さを感じた。
 同年代の少年に感じる、見える糸口が、白石には全く見えない。
 彼の前で、些細な技やテクニックは意味をなさない。
 敗北は当然悔しい。けれど、それ以上に彼のテニスを特等席で見たい欲望に、千歳は何度でも付き合った。
 打ち合いながら、“あの処理は俺の方がうまい。けどあれは、適わない”、一球一球注視して、それでも食いつくように見るのだ。
 まるで、大好きなヒーロー番組のヒーローに目を輝かせるテレビの前の子供のように。
 千歳にとって、白石はヒーローだった。憧れてやまない、完璧な部長。
 桔平のような友愛は抱けない。彼は桔平のように俺に近い人間じゃない。
 白石を抱いたのも、その延長だった。
 今でも肌をあわせるけれど、矢張りなにかを共有出来た心地は全くない。
 抱いている瞬間ですら、彼は遠い世界の住人だ。
 彼の首に、自分の所有印を見つけても、
 なんの感情も浮かばない。
 所有出来た心地も、支配出来た心地もない。
 だから、抱くのだろう。
 絶対に自分のものにならない、遠い人だから。

 扉を開けて入ってきた二年の後輩が、室内に千歳しかいないことに気付いて、一瞬顔を強ばらせた。すぐ無関心なふりをして自分のロッカーの前まで行く。
「光」
「なんスか」
 着替え始める後輩が、誰にだってそういう態度なのは知っているし、無関心な態度にも馴れている。
 だからこそ、千歳は唇に笑みを浮かべてもう一度呼んだ。
「光、」
「…だからなんですか」
「こっち、向かんね?」
「着替え途中なんで」
「光らしかね。けんど、そげんつんけした後輩は嫌われるとよ?」
 態と笑いを含んで言うと、肩がびくりと震えた。その反応に笑みが零れる。
 もう一度呼ぶと、彼はおそるおそるという風に、振り返った。
 そして、顔に僅かに浮かんでいた怯えを濃くする。
 千歳があからさまに、酷薄に笑っているので。
「……、」
「なんね? 光、その反応」
「…なん、ですか」
 逸らすように、見たくないというように俯く顔に小さく声をたてて笑ったら、大きく肩が震えた。
 それになお笑いを零して立ち上がると、傍まで歩いていってその顔の横に手をついた。
「…光。声、聞こえとると?」
「…聞こえてます」
「なら、なんで答えんとや? 俺、質問したとやろ?」
「……」
「なんねその反応、って、聞いたたい。返事は?」
「…………」
「答えられなか? だったら、答えられません、って言わないといかんよ?」
「…」
「ほら、俺、先輩だけん、先輩に無視したままはいかんよ」
 態と優しい声音で言ってやる。ますます俯く後輩の肩が震えていることなんか、とっくに気付いている。
「…しょんなかねぇ。光は」
 がっかりした、という反応を含ませて言うとオーバーリアクションのようにばっと顔をあげた後輩は、わかりやすい表情をしている。

 嫌われたくない、と傷ついた、顔。

「……こ」
「ん?」
「答え、…られんです、から」
「…うん、よく言えたと。偉かね。光」
「……あの」
「ん?」
「…もう、帰りますから」
「うん、俺ももう帰るたい。ああ、光」
 ついでのような軽い口調の声に戻ったことに若干安堵してか、思わず“はい?”と返していた後輩の頭の後ろを掴んで、無理に視線を固定した。途端、また怯えが強くなる。
「…さっきから、視線、ずっと下向いとる。
 先輩と話すんに、視線あわせんのは関心せんよ?」
「……」
「光。返事」
「……すい、ません」
「うん、わかった」
 にこり、と笑って千歳は手を離すとくるりと背を向ける。
 その背中に、珍しく後輩が声をかけた。
「…先輩」
「…なんね」
 些か不機嫌に言うと、それだけで怯える癖、言葉を続けた。
「…なんで、…みんながいる時は、…普通なんに。優しいんに…。
 なんで、俺にだけ…そんななんですか………?」
「……」
 視線だけで振り返って、薄く“ふうん?”という意味に笑った。
「なんね、光。ずっと俺に怯えとるばっかやったけん。聞く根性なかと思っとったと。
 勇気あるたいね。二個びっくりしたと」
 これが一個目と、言う。
「二個目は、“気付いとった”って意味たいね。
 自分だけ意地悪されてるん、わかっとったとね。俺ばてっきり、光意外と鈍感やけん、わかっとらんで虐められとるとバカにしとったい。その辺見直したと」
「…、なんで、ですか」
「…わからんとか? やっぱ馬鹿たい」
「……な、んで」
「…光、俺のこと好いとるとやろ?」
 指摘してやると、びくりと大きく反応した。
 肯定したも同然の反応に、笑いが零れる。
「…だから、っていうたら?」
「……ぇ?」
「…光が俺ば好きなんが、…イヤやけん、酷くしとうって言うたら、どげんする?」
 一瞬では理解の追いつかない顔が、数秒かけて歪んだ。
 悲しみに。
「……だけん、光が悪かよ? 自分の所為たい。
 俺ばむしろイヤな役やらされていい迷惑たい。自業自得たい。なんではなかね」
 もう言葉のない財前を見下ろして、もう一度笑うとじゃ、俺は帰ると背中を向けた。
「忘れたらいかんよ光。…光が、悪かからね?」
 パタン、と閉まったドアの音。
 それが開かれる音は、千歳が完全に立ち去るまで訪れなかった。




「あ、おーい、光!」
 昼休み。中庭にその背中を見つけて謙也は駆け寄る。
「光。お前相変わらず一人で飯食べるなぁ。気にせんから、俺に声かけろ言うたし」
 笑いながら覗き込んで、その顔色の酷さに謙也は思わず持っていた弁当箱を落とした。
「…お前、なんちゅー顔、…つか顔色っちゅーより、なんちゅーひどい顔つきしてんねん。
 …親の葬式の日かっちゅー顔やぞ?」
「………」
「光?」
「……別に、機嫌悪いだけやし、気にせんで」
「…いや、機嫌悪い顔ちゃうしそれ」
「……………謙也クン」
「なんや…?」
「…謙也クンって、部長好きなん?」
「…なに聞くん…。…そら、好きやけど」
 あまりに酷い表情の後輩に嘘もつけず、謙也は隣に座って答えた。
「……恋愛で」
「うん」
「……ええの? 部長」
「…千歳? ……まあ、イヤやけど。…しゃあないやん。白石がそうしたいんやし」
 相手の気持ちなんか、縛れんし。
「…謙也クン、けど部長に“好きでいられて迷惑や”とは言われたことないやろ?」
「…ないな。とっくにお見通しやとは思うんやけど、けどあいつがそんなこと言うのは想像できん」
 あいつ、他人を傷付けた分返ってくる痛みをわかってるし。
「…傷付けた分、返ってくる?」
「……そらそうやろ? 他人傷付けたら、それが近しい人間ならなお、痛みは自分の罪悪に返ってくるやん。傷付ける方も痛いし怖い。当たり前やん?」
 謙也の言葉に財前は“いたい”と反芻のように呟いて、俯いた。
「どないしてん…」
「…………なら、」

 なら、絶対痛ないんや、あの人。

 そう呟いた意味がわからず、謙也は困惑顔で財前の髪を撫でた。





「なに、お前また来てん?」
 昼休みに部室で昼食を取る白石はいつも一人だ。
 だからここで食べるという。彼はいつも、昼飯に部活の雑務を持ち込む。
「うん、白石んとこが一番心地よか」
「ふうん、勝手にしろ、俺は放置するし」
「うん」
 室内にしばらく、咀嚼する音と、白石が書類をめくる音だけが響く。
 たまに、外の生徒の話し声が通り過ぎていく。
 不意に白石が顔を上げて、窓を見遣る。
 そこを通りかかって、一瞬向けられた瞳が、気付いていない千歳を見て、伏せられた。
 そのままいなくなる。
「………」
「…白石?」
 訝った千歳に、白石は深く息を吸って吐いた。溜息だ。
「……千歳」
「…ん?」
「お前…、ほんま困ったヤツやな」
「…?」
「…お前は小学生かっちゅーてる。好きな子虐めて泣かすやなんて、どこの漫画のいじめっ子や」
「……、白石、気付いとうなら、しらんフリしてくれんね?」
 笑った千歳の笑みを正視しがたい顔で見ると、白石は一度書類に目を落とした。
 そのまま言葉を続ける。
「…ちゃうやろ」
「…?」
「お前、好きな奴の気を引きたいからとか、そんな意味で虐めてんやないやろ」
「……、嫌われたいから、って言うたら信じるとね?」
「嘘やな。それは言い訳っちゅうんや」
 ばっさり否定されて、千歳は目を瞑った。
「…お前は、…また真っ向から大好きな人に向き合うんが、怖いだけや」
 白石は立ち上がると、千歳の前に立った。
 自然、座っている千歳を見下ろす視線になる。
「また大事なもん懐にいれるん怖がっとるだけや。大事なもん傍おくん怖がっとるだけや。
 財前が自分を好きやから遠ざけるんやない。―――――――お前が財前を好きやからやろ」
「……なんで」
「…お前みたいなん、真面目に付き合ってられんって思う。
 お前は贅沢で貧しくて、偏屈や。
 怖いんや。また大事なもんと笑いあうんが。その幸福を知るんが。怖いんやろ。
 そんで、またテニスで壊れる、自分が壊して失うってびびってんや。
 起きてもいない被害妄想に怯えて怖がって、幸福に浸らんうちからびびって。
 …本当に、贅沢で、貧しいわ。…見てるこっちが迷惑や。やから、俺はお前なんかわかりとうないねん」
「……白石」
「怖いだけやろ。壊すんが、壊れるんが、怖いだけやろ。
 ―――――――――――――橘くんのこと、壊したって思ってるから、二度目に怯えてるお前は阿呆や」
「……」
 言葉などない。
 ああ、やっぱり、彼はヒーローだ。
 憧れて、憧れても追っても、決して追いつけない、ブラウン管の向こうのヒーロー。
 正しくて、正しくて、しょうがない。
「……橘くんやって、壊れてへんやんか。試合して、…試合出来たやんか…」
「………反論はせん。白石のいうこと、全部正しか」
「…それで?」
「…俺は、怖かだけたい。俺の一方通行のうちはよかった。
 けど、光も俺んことば好いとうってわかって……」

 怖い。

「桔平みたく…俺がまた傷付けるかもしれん。二度目になって、光が酷い目にあうかもしれん。ただの被害妄想たい。俺はほんなこつ、贅沢なだけと。白石のいうこと、一個も間違っとらん。
 …だけん、怖かよ。光が笑ってくれて、俺を見て、…それが、壊れるんが一番怖か。
 桔平は、友だちで仲間だけん、…なんとかなった。
 光は…一度壊れたら…、もう一緒にいられん。笑顔も、…なにも。
 怖か…。もう一度、誰かを大事にするこつ、怖かよ…」
「それで、本当に好きなもん、失ってええんか?」
「……」
「俺のこと、好きでもないんに傍おって、そんな憧れに思い費やして、大事なもん、なくしてええんか」
「……白石も馬鹿とやろ? ほんなこつは、俺ば好きじゃなかね?」
「まあな。お前みたいなんと真面目に恋愛なんかできん。
 …やから、大事にせぇや。お前のこと、お前の全部、好きでいてくれる人やろ。
 財前が、最後かもしれんねんで」
「………」
 愛して、愛して止まないから、愛せない。
 怖くて堪らない恐怖。足下が崩れる錯覚。
 光といると、本当は嬉しい。けれど、だから、怖いんだ。
 好きだから―――――――――――――怖いんだ。

 自分は、ただ臆病なだけだ。

「…俺はもう、付き合うん疲れた。千歳」
「…」
「今日、五時間目俺自習やから、ずっとここにおる。
 お前が、今の状況も全部考えてなお、俺と一緒にいる不毛な未来選ぶんなら、五時間目が終わるまでに、もう一度此処に来い。そしたら、俺はもう、なにもいわん」
 白石に、自分への恋慕など欠片もないとわかる。そういう、瞳で語る。
 彼は、正しい。
「けど、…今度こそ、財前を大事にしたいって心から思うんなら、…あいつの傍いって、…抱き締めたれ。…言葉なんかいらん。ただ、傍にいろ。
 …ええな?」
 遠くて、遠くて、だから、憧れる。
 正しくて、だから、惹かれて、でもそこで終わり。
 遠いから、最初から近づきたいなんて思わない。
 彼と共有出来たものは、一つもない。
 頷いて、部室を出た。
 彼は、正しい。だから、憧れた。だから尊敬した。
 だから―――――――――――――かっこよくてしかたないんだ。

 閉じた扉の、味気ない音。
 いなくなった巨躯に、白石は嘆息した。
 いつだって、お前と真面目になんかやってられない。
 これ以上、つきあえない。
 俺がお前を好きなら、少しでも好きなら、奪うことも考えただろう。
 お前が思うほど、俺は正しくないから。
 けれど、何日傍にいたって、肌を重ねたって、俺はお前を好きになれっこない。
 だから、もう諦めろ。
 ただ、受け入れて、その貧しい生き方をやめろ。
 俺はただ、お前のその生き方が痛くて、世話を焼いただけなんだ。
 決して、―――――――――――――それ以上にならなかったんだから。





 ああ、確かに酷い顔だ。そう思った。
 謙也に入れ違いに、聞いた。
 芝生に座る後輩は、親が死んだ時みたいに、うつろに空を仰ぐ。
 近寄る靴音を、俺と気付いているかも怪しいな。
「……」
 相変わらず心は迷うのに。怯えるのに。
 彼に言われれば、それが正しいんだと思う。
 …それが、正義だと思う。
 そうしなければ、一歩を踏み出せない俺をこの子が厭うなら、俺はどうする?
(……だけん)
 やっぱり、好きで、本当は、笑わせたい。
 傍にいて溢れるのは、いつも口にする言葉と裏腹な愛しさだ。いつも。
 傍らに座ると、流石にすぐ気付いて、怯えるように震えた身体が、俯いた。
 そうしたのは自分だ。
 悲しんだって、しょうがない。なにもない空を見上げて、天秤にかけた。
 白石の元に戻れば、彼は今度こそなにも言わず、優しいぬるま湯の世界に浸からせてくれるだろう。例え、何年でも。その方が、怠惰でも楽で心地いいに決まっている。
 けれど、失うのは、まっすぐな愛しさと一番の幸福だ。
 今、手を伸ばせば届くと、間に合うというなら、俺はどうしたい。
 天秤にかけて計って、それでも傾く重さは、同じ方向だった。
 泣きたいほど、自分は彼が好きで、彼の傍にいたいのだ。
 傷つく未来があっても、壊しても、どうしても。
「光」
 呼ぶ声に怯えるようにした身体を、抱き締めた。
 初めてのように与えられる優しさに、ただ驚いてされるがままの子を、ただ抱き締めて、好きだ、と思った。
 好きで、好きで、だから、傷付けて。
 それでも、震える手がすがるように自分の服を掴む光景に、痛い程幸せになれる。
 こんなに好きで、だから怖くて、でも。
 壊れる怖さを越えても、抱き締めたい。
 抱き締めたかった。
 好きなんだ。
 …好きなんだ。

「…光」

 呼ぶ。震えながら、自分の名を呼ぶ声を、胸の詰まる思いで聞いた。
 好きだと、告げたら信じてくれるだろうか。
 本当のことを、臆病な被害妄想ごと告げても、傍にいてくれるだろうか。
 それなら、伝えたい。
 好きだと、言いたい。
「…俺…」





 正しくて、正しくて、憧れて止まない。遠い、遠いヒーロー。

 追いかけても、届かないほど強くて正しいから、キミはキャプテンなんだ。

 キミは、俺の理想の、本物のキャプテンだった。

 だから、憧れて、でも、誰より遠い。

 ブラウン管の向こうのヒーロー。


 僕のキャプテン。



 初めから、ブラウン管の向こうのキミを愛せるわけがなかった。


 キミはいつだって、俺と隔たる、遠い、遠い世界に、立っていた。