男のコの事情

◆男のコの事情−Side:f+after−◆










 思い出す、記憶は些細な事情の欠片。


「不二、悪いこれ図書館に持っていってくれないか?」
 三時間目の授業の後、担当教師に分厚い本を頼まれて二つ返事で引き受けた。
 大して苦になる重さでもなかったし、特別用もなかった。
 図書館で、図書委員の人にソレを返して、ついでだから何か借りていこうと、奥の棚に向かって。

 話す、背の高い人の側に黒髪の可愛らしい女の子の笑顔。

「…っと、有り難う御座います乾先輩」
「いいよ。ついでだし」
「でも助かりましたよー。あんな高い棚の上にあるなんてフェイントですよねー」
「そう?」
「だって、委員の人は下の方の棚にあるって言ってたんですよ」
「ああ」

 同じ委員だったと思う。
 二年生で、乾と同じ生徒会の、会計の。
 だから別段おかしな光景ではなくて。

「おかげで首疲れちゃいました…。乾先輩背が高いと特ですね」
「伸びるのに反比例して視力下がったけどね」
 まあそれは関係ないんだけど。
「あ、昔は眼鏡じゃなかったんでしたっけ? 生徒会の誰かが言っていたような」
「一年時はね」

 ああ見えて、乾は面倒見がいいから。後輩受けも悪くない。
 感情が分かり難いけど、愛想がないわけじゃない。

「あ、じゃ先輩ちょっといいですか?」
「? なに?」
「ちょっと屈んでください」
「? ……って、君ね」
 笑いながら、彼女が外した眼鏡。
「だって見たかったんですもん素顔。先輩意外に格好いいですね〜」
「はいはい。返しなさいねそれ」
「すいませ〜ん」



 だって、腹が立ったよ。
 君の眼鏡を、外していいのは僕でしょ?

 なのに君は冷たい態度で。

 ああだから喧嘩になった。


(理由なんて忘れてしまった)


 だって、どうしても悔しかったんだ。

(君の素顔を見られるのは、僕だけの特権でしょ?)

 だからねぇ、もう本当の事なんて言わないけど。


 もう、仲直り出来るよね。





「――――――――――――――――…でさぁ、俺等いつまで夜風の中?」
「一段落付くまでだろ?」
「いーんじゃないっスか? 意外と楽しくて」
「…越前、お前って」
 部室の外に吹いている風は存外冷たいから寒いのは確かなのだが。
「…………いっそキスすればいいのに。乾先輩もまだまだだね」
「…おチビ……………………」
 当てられるとはこういう事の体言。

 最後の最後まで二人の喧嘩にすら気付いていなかった手塚部長の声でグラウンドを走る羽目になるまで、後十分。