CROSS LOVE

ACT:FINAL あなたの腕を抱いて



 雨の音で、目が覚めた。

『なにかあったら、連絡しなよ』

 そう笑って、不二は東京に帰っていった。
 他のみんなと一緒に。
 寝台から起きあがると、千歳は隣で眠っていた。
 無防備な寝顔を見るたび、以前はやくたいもない悩みが浮かんだ。
 他の女にも、こんな顔を見せたのか。って。
 でも、今は思うだけ、馬鹿になってしまった。
 眠っていても、俺の手を握ったままのお前がいる。
 今、こんなに必死に自分の傍で、眠って、呼ぶ声がある。腕がある。
 悩んで、お前の声に気付かないくらいなら、悩みたくない。


『それだけは間違えん。傍、おる』


 そんな約束を、千歳は律儀に、なぞるように守った。
 癖でふらふらしそうになって、すぐ、戻ってくる。
 休みはいつも、家に誘われた。

「目、醒めたと?」

 声が下からした。うん、と頷くと、千歳は自分も身を起こした。
 お互い、そのまま寝てしまって、裸だったが、恥ずかしい仲でもない。
「おいで」
 手を広げて千歳は笑う。素直にその胸板に背中を預けると、きつく抱かれた。
「雨、止まなかね」
「ああ」
 聞こえるのは、お互いの声と、呼吸と、雨の音。
 千歳が、戯れのように口付けを、頬や額に落とす。くすぐったがると、千歳は笑った。
「夢」
「え?」
「夢ば、見た」
「…」
 さっき?と聞くと、頷いた顔。余計、きつく抱きしめられる。






「それこそ、必死に抱きしめときなよ」
 彼らが東京に帰る前、土産物店で不二に会った。
「…挨拶代わりに、そげんこつ言われても」
 店内には、他に誰もいなかった。店員は遠い。
「じゃあ、こんにちは。で、必死に抱きしめときなよ?」
「…もうよか」
 開口一番あれだ。頭を掻くと、千歳は白石より低い、彼の顔を見下ろした。
「キミはなにか誤解してるからね」
「誤解?」
「いなくなるのは、自分の方だって、愉快な誤解」
 不二は土産のオルゴールを手にとって、決めたのか軽く指で撫でる。
「人間は、誰でも『進路』があるから、…たとえば白石がキミを手放していなくなることだって、あるんだよ? 理解ってた?」
 にっこりと微笑まれた。否定する言葉は見つからないのに、意地で「ない」と断言した。根拠なんか、ないに等しい。
「それは、キミの願望だ。未来じゃない」
「……不二?」
「白石が、君の手を離そうとしたとき、もう一度引き留められるとしたら、それはそれまでにどれだけキミが、白石を愛したかだ。
 大事に、大事に愛して、愛し続けたなら、白石は傍にいてくれるかもしれない。
 キミの言葉は、届くかもしれない。
 でも、キミがいい加減に傍にいたなら……………理解るよね?」
 顔を上げて、言われたことに、千歳は両手を握りしめて、一度頷いた。
「わかっとる。だけん、…俺はおるよ。あいつの傍に。ずっと。一生」
「白石が、進路で遠くに行ったら、どうするの? 待ち続けられる?」
「待つことなんかせん」
 不二は一瞬、視線をきつく向けた。千歳の次の言葉に、すぐ緩く、細める。
「俺は、追っていくばい。白石の傍に、俺が行く。…だけん、ずっと、一生おる」
「…外国でも?」
「もちろん」
 そう微笑んで答えると、不二はやっと満足したように、心から笑った。
「安心した。ボクは白石の仲間でもなんでもないけどさ、白石は、特別だからね。キミと違う意味で。
 幸せには、なってほしいんだ」
「あいつも、不二に同じこつ思ってそうばい」
「…ボクは、一回離れちゃうんだけど」
 手塚はドイツに行くと、言っていた。
「でも、千歳の言葉に、勇気はもらったかな」
「?」
「ボクも、追っていこうかな。手塚に、怒られるの覚悟で」
 不二が、握り拳を千歳の胸に向ける。約束みたいに。
 千歳も手を握って伸ばし、その拳にこつんと当てる。
「じゃあ、何年かあとに、また会おうよ。今度は、四人でさ」
「…ああ。絶対、な」
 不二は、小さく微笑み、踵を返し背中を向ける。呼びに来た手塚の傍に走っていく背中に、迷いはない。
「不二!」
「ん?」
 振り返った不二に、軽く手を振り、笑ってみせる。
「ありがとう」
「ん」
 去り際、手塚がほんの少し、こちらを見て微笑んだ。






 手を離すことは、自分からはないだろう。
 だから、白石の方だ。あるとしたら。
「白石」
「ん?」
 腕の中で、心地よさそうに目を閉じる彼の頬を撫でる。
「もし、どこか遠くに行くこつになったら、俺に言うてな」
「……、」
「離れたいって意味じゃなかよ」
 誤解する前に、そう千歳は言う。白石は、おずおずと、こちらを振り向いた。
「行く場所がわからんと、俺が追っていけんからね」
「………、来て、くれんの?」
「うん」
「…どこでも?」
「うん」
 白石の手が、胸元に置かれてすぐ、千歳の首筋にすがる。
「…あの世でも?」
「お前の傍で、一緒に眠っちゃるよ」
 胸元に顔を寄せているなら、聞こえているだろう。
 自分の心音が、穏やかに鳴っていることを。嘘じゃないと。
「……」
 安心したように瞳を閉じた白石の髪を撫でて、キスをする。
 雨はまだ止まない。





『宇宙人やろうが、地球におったら地球人や』



 あの日、お前はそう言ったから。

 もう、余所には行かない。

 でももし、キミが行くというなら、必ず言って。

 宇宙でも、迷わずに地上から手を離すから。





 今更、キミがなんでも驚かないから、だから、ずっと傍にいて欲しい。




 キミが、星になるというなら、その星に住もう。

 キミがいる場所の、人間になろう。




 だからどうか、いつかが来たら、俺の腕を抱いて、眠りについて。













 2009/06/06 THE END