CROSS LOVE

REPLAY








 全国大会会場。
 二日目の午後。

「ほな、五時まで自由行動。
 五時には決めた場所に集合。
 好きにしててええけど、喧嘩はしたらあかんで!」
 部長の白石の言葉に、その場に集合していた四天宝寺テニス部員全員が「はーい」と返事をした。
「よし、ほな解散!」
 白石の明るい声で、全員が各々どこに行くかと騒ぎ出す。
 四天宝寺は準決勝敗退。五時まで多く時間があるわけではないが、まだ会場に残っている他校生も多い。交流は必要だ。
「白石!」
 唐突に背後から呼ばれて、白石は振り返る。そこには、東京の氷帝学園の部長が、片手をあげて立っていた。
「跡部くん!」
 とびきりの笑顔で跡部を呼んだ白石に、あからさまな反応をしたのは千歳だが、険しい顔をする千歳に気付かず、白石は手を跡部のあげた左手と打ち合わせた。跡部もそのつもりで手をあげていたらしく、手を降ろす。
「久しぶりだな白石。相変わらず手強いようで安心したぜ。鈍ってねえな」
「跡部くんもな」
「明日オフだろ。顔貸せ。久々に試合しろよ。
 今年は当たらなかったからな」
「去年も当たらなかったからなー」
 和気藹々と話す白石と跡部は、そういえば部長付き合いが深かった。
 去年から跡部も白石も部長職。
 お互い同い年の部長ということで、交流をはかっていたんだったと財前は思い出す。
「よう、白石」
「ああ、忍足」
 跡部の背後にいた忍足が、手を振って挨拶する。
「謙也貸してや。俺も謙也と試合したいねん」
「どうぞどうぞ」
 差し出した白石が言うまでもなく、進み出て忍足と、こっちは派手に手を打ち合わせてから謙也は問いかけた。
「お前、腕鈍ってへんよな?」
「試合出てへんかったんお前やろ謙也。鈍ってへんよな?」
 忍足の即答に、謙也はムスっとしたあと、頭をチョップで殴った。すぐやり返される。
「じゃれるなら余所行け忍足うぜえ」
「…ごめんなさい」
 跡部に釘を刺されてやっと、忍足は謙也を叩くのを止めた。
 謙也も白石に睨まれて、手を降ろす。
「じゃ、明日、ホテルまで迎え行くから、泊まってるとこ教えろ」
「了解。書くもんがたしか」
「白石、はい」
 いつの間にか傍に立っていた小石川がメモとペンを手渡した。部員たちは跡部達にびっくりしてその場に残っているものと、気にせず解散した部員たちにわかれていて、その場の数自体は減っている。
「相変わらずそつがないな。お前」
「それがウリやしな。副部長おらんゆう氷帝がおかしいわ」
 小石川はそう跡部に返すと、「ま、それで機能しとるんやからすごいけど」と付け足す。
「ああ、お前も来い。うちの――――――」
 跡部はそう言いかけたが、途中で言葉を切った。
 小石川や白石がいぶかしむ暇なく、白石は背後から抱きしめられる。
 謙也が「今まで乱入しなかったのが奇跡か…」とぼやいた。千歳だ。
「白石!! 俺というもんがあっとになんばしと…っ!!」
 周囲構わず叫んだ千歳だが、途中で呻いて手を離した。
 白石の膝が鳩尾に、小石川のチョップが首に同時に埋まったからだ。
「ところかまわず盛るなアホぉ!」
「ところかまわずうざい公共セクハラが」
 前者が白石、後者が小石川だ。
 上と下に攻撃を容赦なく喰らって、千歳はその場にしゃがみ込む。
「流石息ぴったりやな」
 忍足がぱちぱちぱちと拍手をする。暢気に。
「ごめんな、跡部くん」
「いや、構わねえよ。例え千歳の人格が問題ありだろうが他人。千歳を理由にてめえの人格が貶められたりするわけじゃねえ」
「その通り」
 はっきりきっぱり、腕を組んで断言した跡部に、何故かその場に残っていた四天宝寺部員(財前筆頭)から拍手が起こった。
「じゃ、明日な。迎えに行くから待ってろよ」
「了解」
「小石川。ちゃんと来いや!」
「はいはい」
 白石は跡部に、小石川は忍足の声に頷いて手を振った。





「去年?」
 あのあと、復活して白石に迫るところだった千歳を小石川が回収して戻ったホテル。
 白石と二人きりにしてやらん、と小石川に宣言されて、千歳は彼と同じ部屋にいる。
 同じ部屋に、謙也と財前、石田もいるが白石はいない。
「ああ。お前おらんかったからしらんよな。
 去年、跡部と白石は試合したんよ。野試合やけど。
 お互い既に部長やったし、跡部はわからんけど、白石は他の学校の部長みんな年上で気にしとったしな。同じ学年の部長ってことて、跡部を気に入ったみたいや」
「跡部も白石気に入った感じやったもんな」
「なんか、こう、気質があうとかなんとか」
 順番に、小石川、謙也、財前だ。
「…あうだけとね? 気質が」
「うん。跡部ってフットワーク軽いから好きならとっくに白石はあいつのも」

 ガンッ!

 と思い切りいい音がした。小石川の発言に、千歳が思わずチョップを彼の頭に振り下ろしたが、小石川が予測して頭上で金のトレイを構えたため、千歳が手を打ち付けて呻いた。
「はっ。お前が俺をテニス以外で出し抜こうなんて早いわ。身の程しらずが」
「〜〜〜〜〜〜っ!」
 千歳はしばらく手を押さえて呻いたあと、明日は絶対ついてく!と言い捨てて部屋を出ていった。扉が派手に閉まる。
「前から思っとりましたけど、千歳先輩をいたぶっとる時の小石川先輩って心底楽しそうっすね」
 財前が途端静かになった室内で、いきなり言う。
「いたぶる? 遊んどるだけやけど」
「はあ。じゃそれで。楽しそうですね」
「楽しいからな」
 余裕の笑みを浮かべて椅子に深々と座った小石川が頷いた。
「小石川から見た千歳ってどんなんなん?」
「んー。猪突猛進、煩悩の塊、独占欲、十八禁、でかい、下駄、馬鹿、アホ、白石馬鹿、うざい…」
「そこまででええわ。あと三十個くらい貶してからやないと褒め言葉出えへん気がする」
「正確には四十個先や」
 制止を入れた謙也に、小石川はしれっとした顔。
「ま、大多数そんなイメージでしょうね、あの人は」
「な」
 財前は頷いて、それから不意に小石川に聞いた。気になっていたという風に。
「小石川先輩も、去年試合しはったんですか?」
「え?」
「なんか、謙也くんの従兄弟と親しい感じしましたけど」
「ああ。忍足のヤツ、白石と同じ小学校でな?」
「ああ…友だちやったんですか」
 財前も、小石川が白石と同じ小学校だったと知っている。
 小石川がそうそう、と頷いた。
「あいつが大坂に帰省したときは、俺も誘われるしな。
 気に入ってる。俺は」
 向こうはしらんけど、と小石川。

「そういえば、白石は大丈夫か?」

 謙也が不意に言った。小石川が大丈夫、と頷く。
「あいつの部屋に、遠山おいといたから」







 翌日、宣言通り跡部はホテルに迎えに来た。
 彼の用意した車で向かったのは、彼がよく行くスポーツジム。
「へえ…流石跡部くん、ええとこやん」
「当たり前だろ。お前レベルの人間に、そこらのコートで済ませるかよ」
「それ、キミにも言えるけどな」
 結局ついてきた千歳は一番背後で、跡部を睨んでいるが、感じていないのか、感じていてスルーなのか、跡部は取り合わない。
「小石川。お前、また体力ついた?」
「そこそこ」
「うわ、勘弁してや。お前どんだけあんの?」
 白石と跡部の後ろを歩く小石川と忍足の会話だ。お互い遠慮がないのは、隣にいる謙也にもよくわかる。
「遠山ほどないで」
「それでもや」
「ええやん。お前、そもそも持久戦に持ってかせてくれへんのやから」
「…ま、それもそうやけど?」
「その顔むかつくな」
 小石川が笑いながら文句を言った。小石川と体力に差があるらしい忍足は、それでもなにか言っている。
 平均より体格のいい小石川は実際、体力はやたらにある。遠山ほどではないだけで。
 ただ、持久戦に持ち込むだけのテクニックとスキルがない。
「俺も白石と試合したか!」
「しとるやろいつも」
 唐突に響いた熊本弁に、小石川も忍足も、謙也も振り返った。気付くと最後尾にいたはずの千歳が、白石に抱きついている。
「またしたか!」
「お前、俺に勝てへんからいや」
「跡部は勝てっと!?」
「完璧じゃねえが、お前よりは勝率高いぜ」
 跡部も足を止めて振り返った。呆れた顔だ。
「白石、そのうざいオブジェはなんだ。趣味悪いな」
「うん、俺も趣味悪いなー思う」
「白石!」
 白石は思った。心底うざい。いつもはそうじゃないのに、多少マシなのに。
 今日の千歳はうざい。
「ええから離れぇ」
「嫌ばい」
「ええから…っ!」
 力づくで振り払おうとした瞬間、きつく抱かれて首筋にキスされた。身体がびくりと勝手に反応する。直後、三重の音がその場に響いた。

「「黙ってろ」」

 声は二つ。跡部と小石川。
 だが、千歳の後頭部に食い込んだ肘は小石川で、膝裏を蹴ったのは謙也だ。
 そして、真正面からチョップを頭に当てたのは、跡部。
「小石川、そいつ黙らせとけ」
 ふ―――――――――――――と長いため息を吐いた跡部は手を引っ込めると、小石川にそう言った。
「了解や」
「アホやなぁ千歳」
 完全にノビた千歳の頭をつんつん、とつついて忍足が笑う。
「アホやな。今日、特に」
「今日、倍うざいな」
「…ジェラシーやない? 跡部に」
 去年の白石を知ってて、かつ試合相手として自分よりいいってとこに。
 忍足の言葉に、全員が納得した。






 千歳が意識を取り戻すと、どうやらスポーツジムの医務室だった。
 頬に冷たい感触が当たる。傍に、ペットボトルを持った白石の姿。
「白石は、あいつがよかと?」
 起きあがるなり、そう言った千歳の口調はひどく拗ねている。
「ああ」
「…っ」
「テニスでは、な」
 あからさまにむくれた千歳に、白石は間髪入れずに被せる。
「テニスでは、お前より、跡部くんや手塚くん。
 ただ、好きでどうしようもないんは、お前一人」
「……」
 思いもかけない言葉に、千歳は黙り込んでしまった。
「テニスと両方で一番なヤツが好きって言う人、なかなかおらんで。
 そんなアホくさい」
「…小石川より、」
「?」
「小石川より、傍おってホッとすっとや?」
 寝台に座って、下からじーっと見上げてくる千歳の視線は必死だ。
 かわいい。
「…………傍におって無条件で、…安心するんは健二郎やな」
 そう答えたら、千歳はフリーズした。瞳が潤む。
 白石はぽんぽん、と頭を撫でて、お前は恋愛込みで安心するから、と宥めた。

 本当は、無条件で千歳の傍が一番安心する。
 でも、あまりに必死な千歳が可愛くて、ついいじめてしまったなんて、言えなかった。












 2009/07/16