CROVER LOVE

CROSS LOVE番外B

第三話−【ここにいます】





 大真面目に言ったら、怒られた。
 普通、それは、強姦された時にするんじゃないのか、って思った。



「…何故、リバース?」

 その後、また部活から足が遠のいた千歳に、白石は不思議そうに見下ろしてきた。
 部活が終わったあと、まだ明るい海の傍の堤防。
 夕日がちらついてきた。
 部活から帰る途中に、自分を見つけたんだろう。
「いや、…なんか」
「なんか、じゃわからんで」
「…」
 そうかな、と思う。
 なんだか、白石には、伝わる気がする。
 言わなくても。
 座っていた千歳の髪に触れた手が、そっと撫でる。
「…しんどいんか?」
 そう、言うから、白石が言うから。辛そうに見るから。だから、どうしたって堪らない。
「…俺は、やっぱり、…宇宙人かもしれんね」
「は?」
「…ほら、昔は、交通も不便やったけん」
 千歳は立ち上がると、遠く、九州の方角を指さした。
「で、そのうち未来は、宇宙も行けるようになる。
 そしたら、九州も同じようなもんばい?」
「…」
「そういうとこからの、…余所もんて言うか」


 忍足の言葉に、後悔さえしたんだ。


「だけん、言葉や意思伝達が、おかしい」
 そう言って、白石を見ると、彼はこちらを睨んでいた。
 それにびっくりして、千歳は一歩さがろうとしたが、堤防があって下がれない。
「…お前は、ここにおるって何度言わせる!」
「…しらいし?」
「お前は、ここにおるんや。…だって、お前は俺を…!」
 だって、なんで、そこで怒る?
 瞳の奥で、悲しむ?
 普通、犯された時にそうなら、わかる。
 でも、なんで今?

 俺をそんなにも、理解るんだろう。

「………俺は、なんでもよかよ。宇宙人でも、異邦人でも、幽霊でも」
「よくな…!」
 剣幕を変えて、必死に言う白石の頬を、撫でた。びくりと、反応が一瞬止まる。
「白石は、心配すっとやろ?」
「…、」
「俺が、今、独りやけん。家に誰もおらんけん。
 …初めて来た頃は、怖かった」
 そこで白石を見て、微笑んだ千歳の顔を、白石は初めて見るように見上げた。
「明かりがついてない家が、家族のおらん家が、友だちのおらん街が。
 …こわかった」
「………今は?」
「…宇宙人でもなんでも、伝達方法はあるやろ?
 星に降り立ったら、それを同じ星の相手と出来るようにする。
 …俺がそぎゃん努力しとらんのに、…」
 千歳の伸ばした手が、白石の髪に触れたあと、一気に後頭部を掴んで抱き寄せる。
 鼻孔に触れる、柔らかい匂い。
「…俺が想ったら、迷ったら、…白石に、届く」
「……」
「俺は、…白石に届くなら…怖くなか」
「……、…っ」
 何度も、抱き寄せた身体を撫でて、必死に抱いた。



 後悔したんだ。



 自覚する前に、告げる前に、身体を奪ったことを。



 もっと、優しく触れたかった。
 俺の声が、届く、唯一の人。
 だから、もっと、大事に、したかった。
 もっと、優しく、傍にいたかった。



 あの時、汚したまま放置して、逃げ出したあと、すぐ、彼はどうするんだろうって。
 こわくなったんだ。
 帰れないんじゃないかって。
 大丈夫なのかって。
 自分でやっておいて、勝手なのに。
 どうしようもなく、大事にしたくなって、慌てて傍の店で適当に服を選んで、戻った。
 だって、傷付けたくないって、馬鹿みたいに後から気付く。



「……俺が、思うたら、千歳に、届く?」
「…、はっきり断言出来んよ。俺は。
 …でも、俺は努力するから。
 ちゃんと、声、聞くから。
 ちゃんと、受け取るから。
 …最初からやり直してくれなんて言わんから。

 …俺を、…見放さないで、傍にいさせて…」

 声を、受け取るキミがいる。
 だから、それを失ったら、って怖い。
 多分、以上にキミが愛しいんだ。

「…千歳?」
 掠れた声に覗き込むと、真っ赤な顔があった。
 上目遣いに、自分を見上げる瞳と視線があうと、心臓があまりに痛くなる。
 あまりにも、甘い、痛み。
「…それだけ、声で、言うて?」
「………、白石」
 彼の首に触れて、耳にかかる髪をかきあげて、露わになった耳に囁いた。








『          』









「なんや。ちゃんとおるやないか」
 部室で着替えていると、後から来た謙也がいかにも不思議そうに言った。
 その顔は、既に普通の、人の良さそうな顔だ。
 あれは、幻か。なんなのか。
「ま、それならええんやけど」
 隣のロッカーだったので、着替えようと立った謙也に、千歳が顕著に避けてしまう。
「?」
「……あ」
 遠くで見ていた財前が、「あ」と呟く。
「…なんでも、なかっ」
「そうか?」
「うん!」
「そっか」
 謙也は普通にいい笑顔なのだが、千歳の笑顔は引きつっている。
 謙也はそれを不思議そうに見上げていた。

 コートに響く一年生の声。
 休憩時間に打たせているから、一年が元気なのはこの時間かもしれない。
 水飲み場で、背後から聞こえた足音に振り返ると、白石は柔らかく微笑む。
 千歳だ。
 彼は、嬉しそうに笑う。白石に向かって。



 ほら、ここにいる。
 俺が気付くと、嬉しそうに微笑むから。
 ちゃんと、ここにいる。






『 ここにおるよ 』





 千歳は、ちゃんとそう言った。
 そう、約束したんだ。





 もう、ここにいる。













「……」
「乾先輩?」
 バスの中で固まった先輩を、海堂が覗き込んだ。
「あのさ、海堂」
「ハイ」
「俺の荷物に混ざってた、このメモリーカード」
「携帯のですね」
 乾は青ざめた顔をしている。
「今、見たら白石の画像が入っててさぁ……」
「……………」
 傍の海堂も、離れて座っている手塚と不二も固まる。
「………鬼のように請求される前に、ボクが返しとくよ。住所聞いたし」
「うん。頼んだ。不二」

 乾から受け取ったそれを、不二は大事に仕舞ってから、ふと考えた。

 乾に、白石はおかしなことを言ったと聞いた。



「…でも、…今は白石は、ここにいるってわかるんだから、別にいいよねー」
「不二?」
「なんでもない」



 もう、ここにいるってわかるから、大丈夫だよ。





 もう、明かりのない家に帰ることはない。





“ 愛し愛しと云う心を、 戀 と言う ”



 いつでも、戀しているように、傍に、彼はいるんだって。












 2009/06/07 THE END