CROVER LOVE

CROSS LOVE番外C






『 ここにおるよ 』




 そう、約束してくれた。
 そう、言って触れてくれた。
 そう、言って笑ってくれた。








「白石」
 部室の扉を施錠して、鞄を背負った自分を呼ぶ声。
 千歳が傍のベンチに腰掛けていた。立ち上がって、微笑む。
「一緒に帰ろう」
「…中で待っててくれてええのに」
「いや、…見られるんって、やりにくくなか?」
「…?」
「俺、中で待ってたら、部誌書いてる白石んこつ、凝視してしまうけん、よか?」
「……」
 その言葉と、髪を撫でる手と、笑顔に、真っ赤になって「別にええ」と答える。
「じゃ、明日からそうすったい」
「…程々にせえや」
「んー、多分無理たい」
「おい、」と一応注意するけど、それは弱い。千歳に向けられる、熱くて、真っ直ぐな眼差しは、嬉しくて、でも、身体の芯が熱くなる。
 触れられただけで、馬鹿みたいに。

「千歳」

「ん?」
「今日、時間ある?」
「うん。なして?」
「…家、行ったらあかん?」
 心臓がどきどきしてうるさい。こんな浅ましいことを期待してる自分。
 でも、見つめられるだけで、熱くなる。
「…あ」
「あかん?」
 迷うそぶりを見せた千歳は、自分の言葉に、すまなそうな顔をした。ずきんと、痛む胸。
「…ごめん。今日は」
「……、そう、…か」

 千歳の顔を見れなくなって、俯くと、髪を宥めるように撫でる手があった。
 やめて。触らないで。
 触って欲しいのに、でも、触れられると、熱くなる。期待する。




 一度も暴かれていないなら、まだよかった。
 でも、一度、千歳を受け入れてしまった身体は、触れる指や視線だけで、その先を欲しがる。熱くなる。
 なのに、千歳はあれから、キス以上をしない。
 こわい。




「……あいつも、なにか考えとるんやないの?」
 小石川はそう言う。彼は詳しくを知らない。今、自分と千歳が付き合っている以上は。
 自分たちの始まりを、知らない。
「そうかな」
「やって、あいつあからさまに視線でお前のこと、好きーって言うてるしな」
「…そう?」
「うん」
 小石川の断言に、少し安心して、嬉しくなる。
「てか、俺らがお前に近づくと、視線が怖いから。『俺の白石に触るな』って目」
「…マジ?」
「うん」
「……なら、ええんやけど」

 怖い、のは。
 触れられないことよりも、不確かな千歳の気持ち。
 笑って、触れて、キスをして。
 でも、千歳は俺を、好き?
 声で聞かせてくれるなら、なんで身体で聞かせてくれないんだろう。
 最初は、あんなに簡単に奪っておいて。どうしてだろう。






 家の近くのコンビニに買い物に行った帰り、何故か自分のアパートの前に待ち伏せていたのは小石川だ。
「どげんしたと?」
「いや、お前に聞きたいことがあってな」
 ここで済ませるから、という小石川に、そういうわけにも行かず部屋にあげた。

「…殺風景やな」
「まだ、必要なものがそんなになかけん。寝る場所と食事と、それくらいあれば」
「謙也とかやったら、テレビとゲーム!ってうるさいやろ」
「あはは」
 卓袱台の前に座った小石川に、冷蔵庫から出した麦茶を出すと、コップを有り難く受け取ってから、彼は自分を見上げた。
「お前、俺は部屋にあげるんやな」
「え?」
 なんのことだ、と千歳はコップを渡すために屈んだ姿勢のまま固まる。
「白石は、部屋にいれんのに」

 ゴッ!

「あ」
 千歳の片手が持っていた、麦茶のボトルが床に大きな音を立てて落ちた。
 蓋がしてあったから零れなかったが。
「っぶないな―――――――――――――お前。俺の指潰す気か」
「すまん…」
 ボトルの落下地点にあった足を避けた姿勢で、小石川は千歳を睨む。千歳は謝ってボトルを拾うと、卓袱台に置いてそばに座った。
「…なんか、理由があるんなら聞くで?」
「……」
 千歳は、迷った。
「なに? 俺に言えん話?」
「小石川は、白石が心配やから?」
「質問を返すな。と言いたいが、…お前もや」
 律儀に、丁寧に答えてくれる仲間。心配して、ここまで来てくれる。
 それは、自分の努力だってある。でも、あの時、白石が必死に自分の手を掴まなかったら、呼ばなかったら、声を聞いてくれなかったら、あり得なかった絆。
「…小石川や、謙也や、財前が聞いたら、股間に鉄拳百回くらい飛ばされそうなこつやけん」
 考えながら、そんなことを言って、すぐしまったと千歳は青ざめた。小石川が目を細めて意地悪く笑ったあと、腕をまくり上げる。
「そこまで言ったら言うたも一緒や。さあ吐け」
「……〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」


 二十分経過。


「で、初めてが無理矢理やから?」
「……うん…………(顔に一発にまけてもらった)」
 痛む頬を手で押さえて答えて、首を左右に振る。
「いや、白石は悪くないこつばい。
 俺が、最初に馬鹿やったけん。
 ばってん、俺はシたくなる。…初めてがあんなんやけん、白石はきっと、怖い。
 …部屋に二人きりになったら、俺は抱いてしまう」
 返答によってはもう一発、という姿勢で指を鳴らしていた小石川は、手を降ろすと馬鹿にもしていない、心配した笑顔を浮かべた。
「アホやな」
「え?」
 言葉と裏腹な優しい笑みに、胸が少し、暖かい気がした。
「そう、白石に言えばええ。…結局は、お前らの話なんやから。
 白石の声を、お前が聞きたいなら。…努力するんやろ?」
「………、うん」








 翌日。放課後の部室には既に二人しかいない。
 千歳と小石川。
 俺はそろそろ出た方がいいな、と小石川が立ち上がった時だった。
 部誌を出しに行っていた白石が戻ってきた。
「白石!」
 ロケット花火のように白石に駆け寄って、白石を扉との間に閉じこめるように立った千歳に、白石より、小石川がびびった。

(ちょ、千歳。俺を、忘れてないか……?)

 扉の前に、白石と千歳がいる。

 小石川、帰りたくても帰れない。

(て、字余りで詠んどる場合やなくて……!)

「白石、ごめん! 俺、白石ともう一度最初からちゃんとヤりたか!」

「……、……ぇぇ……」

 目が点になったあと、真っ赤になった白石も、自分を気にする気配が出ている。
 小石川は額を抑えた。


 アホやこいつ。


 悪い意味やないアホや。好きなタイプのアホや。しかし、馬鹿や。

「俺、初めてがああやったけん、白石が怖がるって思って…ばってん、俺は二人きりになったら押し倒してしまうばい!
 やけん、家に来るん断って。ばってん、俺はちゃんと白石を好いとう。だけん、俺が怖くても」

 ガン

よしわかった千歳。一回落ち着け

 先ほどの音は、小石川が自分のバック(でかい。重い)で千歳の頭を殴った音だ。遠心力を利用したので、威力倍。
 そのままその場に沈んだ千歳に、やっと我に返った白石は慌てて名前を呼んだ。



「…俺が怖がるから、我慢しとったんや…」
「そうそう。事情込みで、味方したんやけど」
 千歳はまだ気絶しているが、加害者(小石川)は涼しい顔だ。
「起きたら、誘ったれ。欲しいならな」
 そう微笑んで、自分の髪を撫でると小石川は部室を後にする。
 頬が熱くて、赤いのは、千歳の所為だ。
 嬉しくて、恥ずかしくて。
 千歳の所為だ。
「………ばか」
 そう呟いた言葉は、自分でも甘かった。









 その更に翌朝、校門で千歳と出くわした小石川は、一瞬反応に困った。
「…千歳。一応、聞く。その鼻の詰め物はなんや」
 千歳の鼻には、どうみても、鼻血止めのティッシュ。
「朝練終わる前に、止まればよかね……て」
「てか、なんで? ぶつかったん?」
「………昨日の白石が、殺人的に可愛くてな………………」
 思い出すたびに出て。と語る千歳が幸せそうだったので、小石川は「そうか」という一言だけで放置した。







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 戀の後日談。CROSS LOVE番外は多分、全部「CROVER LOVE」の前になにか漢字一文字。
 ACROSSの方はわかりませんが。
 一回、きちんと、初めての無理矢理以外できちんと、という話を書きたかったので。
 でもそのシーンは入りませんでした(汗)
 実は、抱かれる、というかさあヤるぞ、というか挿れる直前か挿れてすぐ、白石に上目遣いに
「俺の、…エエ? 他の女の子より…。言うて」と言われて、というシーンがありました。
 書けなかった。だから、鼻血。

 2009/06/10