溺- he is -愛 それは、男なら誰でも恋人の出方を気にするバレンタインの前日。 恋人の白石から「家に泊まりいってええ?」と言われた。 千歳は白石が大好きだったし、傍にいたいし、正直抱きたかったので即OKした。 そして夕方、しっかり泊まり支度も整えた白石は千歳の家の玄関でこう、千歳に聞いた。 最近希なくらいの、最高の笑顔で。 「明日もらえる俺からのチョコと、一週間分のセックス、どっち欲しい?」 セックスを取ったら、殴られた。(そして帰られた) 「…いや、男として気持ちはようわかる。が、即答でそれ取ったら、そら怒るわ」 バレンタイン当日。朝方、寮のロビーで寮生ではない千歳に捕まった小石川は、話を聞き終えるなり、そう言った。疲れた顔で。 一日眠れなかったらしい千歳は、とにかく誰かに相談したかったらしい。 そこで、朝早くから捕まりそうな人間=寮生の自分=白石の親友だから丁度いい、というところ。 今は朝の七時。学校のある日、千歳がこんな時間に学校に来ているということに小石川は驚いた。理由を聞いて、とても納得した。 今日はバレンタイン。今日中には仲直りしたい。そのために時間は無駄に出来ないということだ。 「えー? 小石川も?」 「おま…そもそも師範がセックスの方取るとか思てんのかざけんな」 「いだだっ!」 拗ねたように言ったら両手の拳で頭の両端をぐりぐりと圧迫された。千歳が悲鳴を上げると、小石川は手を離す。 解放されてから内心、即答はせんが、迷うとは思う、と千歳は思った。 「で?」 「で…?」 「どないしたいんや。仲直りしたいにしたって、覚悟あるんか?」 「え?」 「白石はチョコをとって欲しかったんやろ。多分。チョコも用意しとるやろなあいつなら」 千歳は小石川の言葉に、びくんと反応した。必死に小石川を見つめる。 白石のことに関して、小石川の言葉には説得力がある。やはり幼馴染みはいうことが違う。 初めてというくらい、千歳に真剣に必死に見つめられて、小石川は若干気圧された。 「せやのに、即答されたから悲しいやろし、ショックやろ。 や・か・ら、まず『セックスしばらくしなくてええ』て言う覚悟はあるか?」 「え!?」 「そんくらいは言わんと無理やで。今日中に仲直りはな。あいつ頑固やし。 よく聞け千歳。まずはそう言うとくんや」 小石川は不意に唐突に、悪魔みたいに笑うと、千歳の肩をぐいと組んで顔を近づける。身長が割と近いから出来ることだ。 「そういうて、ひたすら白石が好きて、やから白石のためなら我慢する、て言う。 白石はそこまで言われたら折れるやろう。 そのあと、二日もしたら白石の方がヤりたなるわ。 そこで優しゅう押し倒したらイケるて」 「……小石川、それナイスばい」 「やろ? わかったら、しっかり謝って来い」 「わかったと!」 小石川が肩を離すと、千歳は満面の笑顔で頷いてさっさと寮の玄関に向かった。 巨躯が見えなくなったあと、小石川はロビーで一人呟く。 「…てか、俺、『白石の親友やないんか?』とか『悪どい』くらいのツッコミ期待しててん…なんもなしか」 「…つまり、あれは嘘か?」 「あ、おはよ師範。いや、ホンマなんやけど、うまくいくことしか言わんし」 白石大事やもん、と背後にいつの間にかいた石田に小石川は緩い笑みで話す。 「…ただ、ツッコミは欲しかったな」 「…ああ。まあそらな」 俺のキャラにないで、あれ、と呟く小石川は気付いていない。背後の石田が、自分をじーっと睨んでいることには。 バレンタインの朝、学校に登校してすぐ、白石は謙也に相談しようと思った。 だが、謙也が登校する前に学校に既にいた千歳に捕まって、今に至る。 ここは、四天宝寺の校舎の真ん中にある、中庭。別名温室。 校舎の真ん中で建物に風が遮られること、日光が真上からよく入ること、ここに来るには扉一つの入り口と出口しかなく、日差しに暖まった風が抜けていかないことで、冬でも昼間は暖かいから、そう言われている。 しかし、朝っぱらは、流石に寒い。 朝は、エアコンもついていないから、教室だって寒いのだが。 「で、なんやねん」 ムスっとした顔で問いかけた。白石はあからさまに機嫌が悪い。 原因は昨日だ。 「…あ、…その昨日」 「もうええわ。昨日のことなんか」 それが本心からなら、千歳は手だてを失ったが、白石の声が明らかに強がりな怒った声で、無性に甘やかしたくなった。ああ、傷付けたんだ、と思った。 「ごめんな」 「…もう、え」 心底から、目を見て謝ると、白石は少し戸惑ったあと、少し柔らかく言った。言い終わる前に、手を伸ばして抱きしめる。 「ち」 「ごめん。ごめん。ほんなこつ、ごめん」 「……」 きつく抱きしめて、額同士を合わせると、優しく白石を見つめる。 白石は、すぐ自分が謝ってくると思っていなかったらしく、戸惑っているが、故にらしくなく素直な視線を向けてきた。 「…なにが悪いかわかっとる?」 「うん」 「言うて」 「蔵なら、絶対バレンタインのチョコ、手作り用意してくれとうこつ。 あと、俺の喜ぶ顔、楽しみにしとったこつ、わからんかったから」 「…うん」 「俺も、蔵の喜ぶ顔や、笑う顔が見たか。見れんなら、…意味なか。 ちゃんと、そういう風に好いとーよ」 優しく頬を撫でて繰り返すと、白石は徐々に身体を弛緩させて、顔を泣きそうに揺らした。 安堵の顔だ。 「…ごめんな」 「……、」 再度謝ると、白石はまだ許したくないのか顔を引き締めようとしたが、すぐ表情は笑ってしまった。しかたない、という風に。 「今回は許したる。即謝ってきたとこに免じて」 「よかったー」 千歳は満面の笑みで白石を更にきつく抱くと、額にキスを何度も落とす。 ちょ、と慌てる白石を抱いたまま、千歳は明るく言う。 「ちゃんとわかっとうよ。一週間はなんもせん。 ただ、キスとかで甘やかしたり、可愛がりたか。 それまで禁止やと、蔵がウサギになるまえに、俺が寂しくて死んどうよ」 「……………」 「いけん?」 無言で固まった白石に、千歳は首を傾げた。白石はすぐ真っ赤になると、千歳にぎゅうっとしがみついた。 「…」 「白石?」 「千歳がかわええから悪い」 「そうなん?」 「…かわええ」 掠れた声で、白石は何度もかわいいと繰り返す。 愛を試す気だったのに。 喧嘩も覚悟したのに。 そんな可愛く言うな、可愛いことを。 我慢する気だったのに。 「……千歳」 「ん?」 自分にしがみついたまま吐息のような声で呼ばれて千歳はその背中を撫でて答える。 「…たいから、一時間目サボれ」 「……へ?」 「せやから!」 耳まで真っ赤な顔で、白石は心底悔しそうに言う。じれて。 「シたなったから一時間目サボって抱け! お前の所為や! …我慢するつもりやのに、反則やこのばか犬…」 可愛い声と、赤い顔の、悔しそうでまた堪らないお強請りに、千歳は理解したあと、首から上を赤く染めた。 小石川はやっぱり、伊達じゃない親友だ。 本当に、うまく行ってる。 でも、もう途中から考えてなかった。 とにかく、顔を見たら、心底優しくしたくなった。可愛がりたくなった。甘やかしたくなった。 結局、あの男が言いたかったのは、そういうことか。 「…俺も、そげなこつ言われたら我慢出来ん。 …二時間目も俺に寄越しなっせ」 「…ん」 千歳の腕が膝裏と脇に差し込まれる。抱き上げられて、白石は千歳の首に甘えて手を伸ばした。 「白石がサボり? へ―――ふ――――ん、そうなんや」 「健二郎? 怖いでお前」 昼休み、結局今までサボっていたらしい白石を見つけたと謙也に言われて、小石川は半眼になってそう返した。 昼食も千歳と食べるから、と白石に言われ、謙也は小石川を誘った。ここは空き教室。 「…予想してたし、あいつ千歳に弱いし、特にかわええ千歳。どこが可愛え。はっ…」 「…健二郎? ほんまどないしてん」 鼻で笑った小石川に、謙也は怖くなった。小石川は途端、疲れた顔をする。 「……謙也、白石がこの日におらんとどうなるかわかるか?」 「え?」 「千歳もおらんとどないなる?」 「………………ああ、……ご苦労様」 白石と千歳がいない分、女子の集中攻撃にあったらしい小石川の疲れた理由を悟って、謙也は慰めた。小石川は軽く、やさぐれていた。 2009/07/14 |