日の下を歩いて もう一度 愛に時間を 「丸井先輩っ! 丸井先輩あのですね、どこがいいですかね!」 部屋になにかの紙を持って飛び込んできたフリーズウィッチを手であやしてから、丸井はなによ?と聞いてやった。先輩の優しさだ。後輩がぶすっとしているのは気のせいだ。目の錯覚だ。 「なに? 赤也」 「つか、今のなんですか。俺は子供ですか!」 「ガキじゃん」 「俺は軽く二千年生きてるおじいちゃんですよ!? シルバーシートご優先ですよ!」 「…し、しる……なに?」 疑問符を一杯浮かべた丸井の背後で、柳が本をめくりながら「向こうの世界の銀色の椅子の話だ」と言った。 「それ、なんかいいもんなん?」 「混んだ乗り物でも優先して座れる場所だそうだ」 「そりゃいいな。…で、それの該当条件は?」 「足腰の弱いご老人」 「お前のどこが足腰弱いんだ赤也?」 ジャッカルに笑いながら突っ込まれて、赤也は胸を張って「でも老人です!歳は」と言う。 「あーいいいい黙ってろアホ。そんなん今のこの世界で言ったらどうなるかわかってんのかアホ。いいから黙って菓子食えアホ」 「アホアホ連呼しないでもらえますかね!」 「というか赤也、機嫌悪いな。さっきまで上機嫌だったのに」 「柳さん見てたでしょ? 丸井先輩の俺への仕打ち! 機嫌急降下! どがーん!」 「「なんだその擬音」」 一緒に突っ込んだ丸井とジャッカルを、横から仁王が「効果音じゃろ。どっかから飛び降りました的な」と補足した。 「そうだったのか」 「気付いてたじゃろ。参謀は」 「気付かないふりは大人のマナーだ」 「俺ら前述にある通り、えらい老人じゃがの。赤也の言うとおり。見た目若者じゃけど」 「『大人』は老人も『大人』の括りとする」 「わかんねーよ柳」 うざいから止めろ、と赤也を指さされる。 「お前の恋人だろ」 「恋人だから放置するんだ」 「はぁ?」 「今が楽しくて仕方ないんだろう。赤也は。 なのに邪魔するのか?」 微笑んだ柳に言われて、丸井は姿勢を直すと赤也に向き直った。 そう言われたら、ちゃんと話を聞いてやりたくなった。 「あのですね! 今、どこに滞在するか決めて欲しいって意見一杯って聞いたんですよ」 「ああ、そういう話な。 それぞれの滞在国を決めて欲しいって話」 「で、俺ら今の四大国家を知らないですから、視察で一杯見て来てくれって」 「…ああ」 そりゃあ、俺らが世界から隠れて約二千年とかだもんな、という言葉は飲み込んだ。 第二十代ではなくなった。今の自分たちは呪われしじゃない、普通の第五十二代五大魔女。 普通に魔女の任に励んで、力がいつか衰えたらまた一緒に暮らしていつか土に帰る。 そんな当たり前の夢を未来として見れる。 赤也に喜ぶなというのも無理な話だ、と思った。 「…」 部屋に入ってきた柳生が、なにか言い足そうにしてやめた。 「楽しいか? 赤也」 「もちろん! 普通になーんも考えず頑張っていいんでしょ? そんで普通に呼ばれんですよ! 五大魔女だ!って。いいっスよねーこういうの」 「…そうだな」 赤也の頭をぐいと撫でて、柳は一言頷いてやった。 「言いたげやったの」 再会というのは、些かおかしい。 自分たちは互いに一度死んだ身だ。 柳生は軽く笑って、仁王を見遣った。 「仁王くんたちがもう気にしてないなら、構わないんですよ」 遠い過去、民に追われた仁王の犠牲となったのは柳生の前世で、皮肉に記憶はある。 でも、また会えたのだから、文句は言いたくなくて。 「…今は、俺らは赤也ほど単純じゃないから、簡単に言えんな。 ただ、今は平和に浸ってええって安心がある。 それで充分じゃろ」 「…そうですね」 「昔は…、民との関わりなんか殺すか殺されるかで、家は焼かれるわ…ろくなもんじゃなかったがの、それを今の人間にぶつけるんはあんまりじゃ。 今、あの当時を知っとるヤツらはおらんしな。 …水に全部流しはせんが、俺らも相応のことしたし、受け入れてええと思っちょる。 今の好意とか、厚意とか」 「…そうですか」 仁王はわざと肩をすくめて、首を傾げる。甘えるように。 「実は、俺は内心、いつ刃物を民に向けられるんじゃろ…てびびってる。 …おかしいか?」 「…別に、普通ですよ」 「だろ。赤也が単純。俺らは普通。 でも、平和だからええんじゃ」 木の枝をいじっていたら庭師に「なにをなさるんですか」と仰々しく訪ねられた。 ここに来て馴れたが、しかしやはり馴染まない感覚は、自分が『呪われし魔女』であった時代の方が長いからだ。 「ジャッカル。なにしてんだよ」 「おお、ブン太…ってお前はいつ見ても」 食い物持ってんな、と見上げた丸井の片手にはチョコをコーティングしたパンの菓子。 「だって出してくれんだもん」 甘えるんが普通だろい、と胸を張る相棒にこいつは赤也に次いでここに馴染んでんのかもなと思う。 「ジャッカルは? なにその枝?」 「ここじゃ出来ねえけどよ。 それぞれ滞在国決まったら、飯も自分でするしな。 魚釣りの道具でも作っとくかって」 「は? そんなん魔法使えばいいじゃん。 お前土の魔女だし」 「いや、こういうもんは自分の手でやりたくねえか?」 「だったら店で道具」 「いや、自分で作った方が愛着が」 次々理由を出す癖、どこか遠慮したような相棒の顔。 ぴんと来て、丸井はしゃがんだままのジャッカルの腕を引っ張った。 「おっ?」 「俺が買ってやる」 「いや、だから」 「俺のプレゼントなら愛着持つだろ?」 「……ブン太」 困ったように言って、丸井の言いたいことも理解した顔が少しだけ笑った。 「びくびくしてんなよ! あれはあいつらの方が悪い! 俺らはなんにもしてねえ。民に牙剥いたことなんかずっとなかった。 先に手ぇ出したのは世界だ。俺らは正当防衛。 むしろ、被害者。 だから、一杯慰謝料ふんだくる期間が五大魔女の任期一杯でも文句でねえよ」 「……そういう考え方に出来てねえんだよ俺は」 「…お前、無駄に悩んで無駄にハゲるかんなー」 「無駄って無駄に言うな! あとこれはスキンヘッド!」 いいじゃん、と言ってやる。頭を撫でてやる。 「これからは、安心して会いに行けるんだし。 そりゃ、一緒にいねえけど」 あの頃、長く一緒にいられたのは世界から逃げなければならなかったからで、だから否応なく一緒にいた。 「…でも、今は一緒に長くいられねえのが、有り難い話、だろ?」 これからは、一緒に逃げなくても生きていける。会いたくなったら会いに行ける。 そう言われたら、笑うしかなかった。 一口食うか?と言われて頷いたら全部食われた。やっぱりと笑ったらマゾと罵られた。 「そんなに赤也は電車に乗りたいのか?」 言うと、は?と見上げられた。 「いや、シルバーシートと」 「あれは言葉のあやっスよ! 誰が好きこのんで爺さん扱いされたいですか!」 「まあ、そうだよな」 言いながら、柳はふむ、と本を閉じて考え込んだ。 「どしたんですか?」 「いや、今回はこっちに来なかったな、と」 「?」 「前、会っただろ? 向こうの俺とお前」 赤也がああ、と頷く。 「そういえば、俺、向こうの俺の躯借りて向こうの柳さんとかをぐさっとかやったなー」 「過去形で笑顔で語れる話か。いい度胸だがそうこなくてはな」 話したい話題があるのかと視線で訴えられる。少し、と口の端を上げた。 「ほら、向こうの俺とお前の傍に常にいた、」 「……?」 「あの、帽子を被った外見おっさんの」 「ああ! 真田とかいう?」 「そうそれ。 あれをな、あとで跡部たちに聞いたら、ものすごい今更に不思議なリアクションをされたよ」 「……?」 「『真田弦一郎』を知らない『柳蓮二』と『切原赤也』の世界もあるんだな、と。 凄く不思議そうに、そっちの方が呪われし魔女のことより不気味そうに。 …どうも、『真田』を知らない俺達はおかしいらしい」 赤也がわからない、と首をひねった。 「あんなおっさん顔一人いなくったってかわんねーでしょ?」 「そーじゃなくてね」 「じゃなんですか」 「…跡部たちには『真田』ありきの『柳と赤也』が普通で当たり前なんだ。 南方国家〈パール〉弟王たちの対だって、結局同じ顔が近くにいるだろ? で、俺達の対もこのメンバーで揃ってる。 なら、何故『真田』だけいなかったんだろうな、…と不思議らしい」 「可哀相ってことですかね」 「違うと思う。 あんな面白いのがいないのは可愛そうって思われたかもしれないが」 「…ふうん」 傍にぽす、と座った赤也を軽く撫でると寄りかかってきた。 「眠いなら寝ろ。 今はもう、寝込みを襲う奴はいないぞ」 「……はい……」 うと、と瞼を降ろした赤也が眠い口調でぽつぽつと話す。 「……ここ、…屋根の下じゃねーですよね」 「ああ」 「日の下…っスね」 「ああ」 「………俺は、それだけで……いいんですよ。正直」 豪華な館もなんもなくても、そこに先輩たちがいて、笑ってられんなら。 「……そうだな」 その声は届かない。既に寝息をたてている後輩の髪を、そっと撫でた。 |