Supremacy Hobby









「ごめん、俺、好きな人おるから」


 それはよくある、告白現場。
 おそらく確実に、学校一モテる白石が、この現場にいるのはいつものこと。
 偶然通りかかってしまったのは、面白くないが。

 中庭の、ベンチの前に立つ白石は、中庭に入ってきたばかりの謙也に背中を向けていて、気付いていない。

 謙也の唇が緩く笑んだ。「好きな人がおる」と答えた白石に、優越感が芽生える。
 だが次の瞬間、悲痛な顔をした女生徒が、白石に抱きついた。
 白石も吃驚して、「え」と零して固まる。

 謙也の理性は軋んだ。正直、乱入を堪えたのは、相手が女子だったからだ。






 翌日の休みは白石と外出の予定。
 定番のカラオケだ。二人で、というのが若干あれだが、他のヤツを呼びたくない。
 よく行くショッピングモール内にある店に向かう道中、白石は妙な感覚を感じていた。
「なあ、謙也」
「ん?」
 呼びかけると、謙也はいつも通りに顔を上げて微笑んだ。
 なにも変わらない。いつもの謙也だ。
 でも、なにかおかしい。
 怒ってる、気配がする?

 信号で、乗っていたバスが停車する。
 立っていて、よろけた身体を謙也が抱き留めた。
「あ、おおきに」
「いや」
 一言簡単に頷いて、手を離すと思った謙也は白石を抱いたままだ。
「け、んや?」
「もうちょい」
「え、え、でも」
 今日はバスはそんなに混んでいない。座っている客がいぶかしむ。
 視線を感じて白石はいたたまれない。
「謙也」
「んー?」
 猫撫で声で答えた謙也の手が、白石のそこを、ズボン越しに撫でた。
「けっ!」
「なんや」
 なにするんだ、と怒鳴る前に、そう返した謙也の声と、視線に黙ってしまった。
 視線も、声のトーンも、『あの時』のもので。
 白石の身体は自然、すくみあがる。
「…………」
「白石?」
「…んでも、ない」
「そか」
 俯いて、ぼそぼそと答える白石の腰を抱いたまま、謙也は窓の外に視線を戻した。
 恥ずかしい以上に、怖い。

 なんで、セックスの時しか入らない鬼畜スイッチがオンなんだろう。
 なんかしただろうか。

 それが怖くて怖くて、心臓の鼓動が早くなる。
 最早、周囲の視線なんかどうでもよかった。





 ショッピングモールの広い通路は人混みだらけだ。
 手を繋いでいないと、はぐれる。
 だから、納得できる。離さない謙也の手も。
 だが、怖い。
 無言で、たまに話す声はあのトーンで。
 笑顔も、セックスの時に自分を見下ろすあの視線。

 もしかして、カラオケってやばいんじゃないのか。

 密室+声を出しても誰も気付かない。

 白石は全身から血の気が退くのを感じた。
 やばい、ものすごくやばい。
「謙也!」
「ん?」
 意を決した白石の声に振り返った謙也は、やはりあの時の顔と声。
「俺、欲しい本あったんや! 行く前に寄ってええ?」
「…ああ、本屋くらいならな」
 低い声でそう頷いた謙也に、白石はホッとした。
 だが、隣で響いた露骨な舌打ちに、心臓が跳ねる。
 やばい。なんかやばかった。
 背中を冷たい汗が流れるが、今更「やっぱりいい」なんて言えない。
 悪戯に時間を延ばすだけで、最後は同じ目に遭うのだとしても、それを少しでも先にしたいのは人間の性。

「白石、まだ?」
「ごめん。もうちょい」
 結構広い書店内。白石が張り付いているのは、文庫コーナーに出来た、夏ならではの「怪奇コーナー」。霊感のある白石は、こういうのが好きなイメージを持たれているし、読むだけなら好きだ。そして、普通のコミックスでは立ち読み禁止のビニールがかかっている。
 文庫本ならビニールはかかっていない。それも、特設されたコーナーの本ならば。
 時間を延ばしたい一心で怪奇本を立ち読みする白石の背後、謙也の吐くため息の方がホラーだ。
「白石」
「ごめん、もう」
「俺、帰るわ」
「うん…………」
 思わず、頷いてしまってから、白石はえ、と思った。
 咄嗟に背後を振り返ると、謙也の姿はすでにない。
「え、謙也?」
 まさか、まさか、本当に?
 手から、文庫本が落ちる。幸い特設コーナーに積まれた本の山の上に落ちた。
「謙也?」
 周囲を見回したあと、書店の中を見て回る。
 だがいない。他の店の並ぶ通路に出る。
 軽く絶望した。
 そりゃ、あの謙也は怖いけど、嫌いなわけない。
 嫌いだったら怖いのに付き合っていない。
 でも、今回なんで謙也があの状態だったか、わからない。
 知らないうちに、怒らせた?
 そのうえ、自分があんな風にだらだら待たせて、それが自分から逃げるためだってわかってたから、嫌になった?
「………謙也?」
 呼んでも、この広い店の中で、もう帰ってしまっただろう謙也に届くはずもなく。
「……謙也」
 どうしよう。
 白石の顔が青ざめる。
 嫌だ。嫌だ。嫌われるなんて、嫌だ。
 謙也に捨てられるなんて、嫌だ。
「……謙也、謙也……っ………ごめんなさい……」
 泣きそうになる。視界が歪む。おかげで、自分の方向に歩いてくる客の群なんか判別できない。
「謙也…」
「アホ」
 耳元で囁かれた瞬間、腕を掴まれて傍のトイレに続く細い通路に引っ張り込まれた。
「…」
「泣くくらいなら、端から嫌がんな。アホ」
「…謙也」
 そこにいたのは間違いなく謙也で、呆れた声で白石を呼ぶ。
 謙也が握ったままの手が温かい。
「謙也っ…ごめっ…」
「ごめんや聞かん」
「…っ」
 とりつく島のない言葉に、白石の頬を涙が流れる。
 その手を引っ張って、謙也は奥のトイレに連れ込むと、個室に引っ張り込んで鍵を閉めた。
「嫌われたない?」
「うん…」
「別れたない?」
「うん」
「俺が、一番?」
「…うん」
 何度も素直に、玩具のように頷く白石に、謙也は口の端を歪にあげる。
「ほな、ここで、俺にご奉仕してや」
 頬を撫でる手が、徐々に下がっていって、首筋を愛撫のように撫でる。
 声の指示する内容の異常さも、もうどうでもいい。
 謙也が俺を嫌わないなら、いい。


「……んっ……」
 幸い人の来ない男子トイレの個室、扉に背を預けた謙也はファスナーを降ろしただけで、なにもしなかった。白石が眼前にしゃがんで、手で取り出すと、口に含んで舌を絡める。
 いつになく殊勝な白石の様子に、謙也は楽しそうに笑う。
 頭上から降る笑い声にも、もう頭が働かない。
 必死に舌で扱くと、すぐ自分の口内と手がべとべとに濡れた。
「んん…っ」
「ほら、ちゃんと全部飲みや?」
 白石の髪に指を通して撫でていた手が、ぐいと白石の頭を押さえつける。
 喉奥まで犯されて苦しさに涙がにじむ。
 響く水音が、誰かに聞こえたらまずいとか、もうわからなくて。
 必死で奉仕を続けた。
 謙也の手が頬を撫でる。すぐ、喉に熱いモノが吐き出されて、吐きそうになった。
 堪えて、飲み干すと、床にずるずるとしゃがみ込んで何度も荒い呼吸を吐く。
 謙也の手が顎を掴んで上向かせた。口元を自分のそれで汚した白石に、綺麗に微笑むと、抱き上げて深いキスをする。
 拒むどころか手を背中に回す白石に、暗い悦びが芽生えた。





「はい」
 最後に寄ると言ったのはスターバックス。
 店内のソファでぐったりしていた白石の前に、謙也がカフェラテを手に戻ってきた。
「ありがと」
「どういたしまして」
 向かいに座って、自分の分にシロップを入れる謙也はすっかりいつもの謙也だ。
 あれは、なんだったんだろう。
「謙也ー…」
「ん?」
「あれ、なんやったん?」
 聞かない方がいい気もしたが、聞いてしまった。白石は結局、図太い。
「ああー…聞く?」
「聞く…」
 わざと溜める謙也に、嫌な予感がしたが。
「お前、女子に告白されて、抱きつかれたやろ」
「あ、ああ…」
「……」
「……え、だけ?」
「だけや」
 固まった白石の顔から、さぁーっとまた、血の気が退いた。
「俺、実は年中そうなんや。お前に女子が寄りつくのが嫌でな」
「…まさか、年中お前がああなのって」
「…」
 びくびくと怯えた顔で問いかけた白石に、謙也はとびきりの笑顔を向けた。
「さあ? どうやろう?」
「………」
 白石はフリーズしたあと、「俺の所為なん? 俺の?」と泣きそうな顔で呟く。
 それにまた、嗜虐心がそそられた。


 いくらなんでも、それくらいで変貌していたらおかしいだろ。と内心謙也は思った。
 今回は別物として。


 なんで苛めるかなんて決まってる。
 お前が好きすぎるから。



(あと、俺の純粋な趣味やからってだけや)





 その胸中を、白石はおそらく一生知らない。









 2009/07/18