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Holds−赤也と柳の場合−
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「あー、あ、あ、あ、」
先程からうちのレギュラー中最年少のお馬鹿がくり返す声は、なにも本当に馬鹿になったわけではない。
単純に、今日昼食中に放送していた先輩(柳生)のマイクテストの声があまりにかしこまっておかしく、途中裏返ってしまったため
(もちろん全校放送)大爆笑した(当然)丸井と赤也はその声真似をさっきからやっているのだ。
柳生当人は、休み時間と部活開始前の放課後に付き合っている(と評判の)仁王にからかい倒されてもう怒る気力もない。
やっと部活に復帰した幸村がクスクスと笑って容認しているので、副部長の任に半分戻った真田も怒らない。
(………なんだろうなぁ)
とジャッカルは思う。
そもそも、真田は怒れる立場に最近、ない。
というのも、付き合っている相手である幸村が退院以後、心配と称して登下校を共にしているうちに何時の間にやら部内公認とな
ってしまったので、人目をはばからず交際してますと言ってしまったような手前、怒るに怒れなくなったのだ。
まあ、いいカップルだと思う。
まず真田。あれは浮気など辞書にも爪先にもない人間だ。まず幸村以外を好きにならないし、
もし万が一(億が一?)そんなことがあったら二人の間に関するフォロー魔である柳が幸村の耳にいれないわけもない。
加えて幸村は強くて優しく、怖くてものすごい美人だ。
この綺麗な顔と声に慣れたら、普通のお姉さんは愚か、アイドルですら眼中である。
(そもそも真田は顔で幸村に惚れたんじゃねーだろうしな)
おまけにテニスは全国屈指。一戦を退いた時ですらよそ見しなかった真田だ。
復活した彼氏(?)が側にいて、よそ見などしようか(いやすまい)。
見ていてほほえましいのは、仁王と柳生もだ。
「…比呂士ィ……。俺疲れたわ〜」
「私をからかうのに?」
「怒ってんの?」
「いいえ」
「……お前さん、俺ハメたじゃろ」
「……怒りました?」
とか言って、柳生は仁王の髪をくすぐった。
その指を、仁王が掴んで自分の頬に当てる。
「俺、疲れた」
もう一度同じことを言う。
「……キミの家? 私?」
「比呂士の家がええ」
「わかりました。親いないから、甘えていいですよ」
「比呂士愛しとるよ〜」
「はいはい」
あの仁王が甘えるのははっきり言って柳生だけだ。
正直、知った時は驚いた(丸井はすごい形相になった(丸井は柳生がとても好きだ)
しかし、ああ、と納得したのも事実。
非生産的だが、仁王も柳生も、幸村も真田も、ようはお似合いなのだ。
「ジャッカル!」
「うお!」
急に声がかかって吃驚すれば、そこにはパートナーの姿。
「なんだよ」
「赤也のヤツ! 俺にハーゲンダッツおごれって」
「…なんで」
「声真似が赤也の方が上手かった」
「……判定は?」
「幸村くん」
(逆らう余地なし)
「で……それは“お前がおごれ”って意味か?」
「そう」
ジャッカルは大仰(でも至って真剣に)にため息。
こういうのにも慣れた。
これで自分と丸井はただのパートナーで付き合っていないのだから不思議である(いや付き合いたいわけではない)。
「赤也、俺と勝負する?」
しかし、不意に幸村がそんなことを言ったので、俺達の興味は一斉にそちらに移った。
(声の裏返った幸村部長…!)
(声の裏返った幸村くん…!)
(…正直見てえ!)
「マジすか部長! やってくださいよ!」
「俺だけじゃつまんないよね、真田」
「……俺もか」
「うん」
「……正直、嫌だ」
「……真田、………………この間一年に負けたの誰だっけ」
「……わかった」
(幸村くん怖え)
「……あ、あ、あ、…」
「真田、それ普通にマイクテストしてるだけ。柳生の聞いてたよね」
「あ、あ、あ! あァ〜!」
「……それは猫ひろしです真田くん」
柳生の真剣なツッコミが入って、真田はあえなく撃沈した。
きよしじゃないところが相当である。
「あ、あ、あ、あ〜」
「うっわ幸村くん上手い…」
「部長、よく部長の声で柳生先輩の声出ますね…」
「そう?」
「てゆーわけだ、赤也。この話ナシな?」
「あっひっで!」
バーか後輩は大人しくしてろい俺は次期部長っすよなどと言い合いが続くが、この赤黒コンビ(丸井と切原(またはまるっきりコン
ビ)の言い合いはいつもなのでスルーだ。
しかし。
不意に思い至る。
非生産的なカップル、らしきものはもう一組この部にいる。
最初、幸村が“蓮二が傷モノになっちゃ嫌だ!”とだだをこねたので本当なんだろう。
柳と切原である。
どうやら、切原からの告白らしいが、そういう関係とは、思えない。
柳が切原を構っているのはダブルスの時か、勉強の時か説教の時だ。
それ以外で、べたべたしている二人は見たことがない。
丸井も柳生も、仁王すらないと言うのだから、本当に付き合っているのか? と思う。
仁王など、“赤也の妄想じゃなか?”だ。
「部長! なんでそんな上手いんすか! おかげで俺のハーゲンが!」
「俺の所為なのかなァ、ね真田」
「…しらん」
「こら、もう鍵を閉めるぞ。精市、止めなさい」
その当人の声がかかる。
ジャッカルも丸井も、仁王たちも言い合いなどを止めて荷物を背負った。
鍵当番の柳はこの時間のみ最強である。
外はまだ夏なので明るい。
外泊の約束をした仁王が先を歩くのを柳生が追って、幸村と真田が“本気にしなくていいのに”と言っている。
丸井が柳生に懐きに行ったので仁王が牽制して、そこでふとジャッカルは振り返った。
偶然だった。
鍵を閉めている柳がいる。
その手を引き寄せた切原が、なにか合図をした。
自分の方に招くように。
それに柳が軽く屈む。
そこで、背伸びした切原の唇が彼の唇を塞ぐこと、三十秒。
柳もなんだか任せきっている表情で、目を閉じた輪郭がやけに綺麗だ。
柳も幸村と同じくらい綺麗なんだなと、場違いに思う。
見てしまった。
ああ、あの二人もしっかり恋人同士なんだな。そう思った。
止めよう。これ以上見ていたら、赤也が気付いたら間違いなくハーゲンダッツだ。
そう思ったジャッカルは視線を回れ右して、同じように硬直した自分のパートナーと、関東D1ペアを見る。
「……ブン太」
向こう向け、と首をひねるようにして抱き寄せるが、腕の中のその身体は見たモノにまだ驚いているのか、素直にくるんと回ってくれた。
柳生と仁王はなんだか罰が悪そうに顔を見合わせる。
今から一緒に帰るのかあの二人と? という感じだ。
気付けば指をにぎにぎしている幸村が、顔だけで「俺は毎日あれに付き合ってるんだよ」と語った。
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