HOLYDAY GAME


 こんなつもり、なかった。


 長い階段。その下に落ちた人の身体がなんだか、人形みたいに見えた。





「へ、千歳さんもですか?」
 翌日、打ち合わせた合流地点の吊り橋に白石が連れてきた千歳に、切原がそう言って、いやいやもしかしたら、となにか勝手に考えて自己完結したように手を打つ。
「いや、よし! 行きましょう!」
「…どの辺で自己完結したか気になるわ」



 長い吊り橋の向こう、森を抜けた場所にそれはあった。
 誰も人が住まないような、古びた二階建ての洋館。
「…扉、開いてます?」
「はい。開いてますよ」
 誰もいないなら、と切原が言って扉を開ける。
 ぎい、と開いた向こうは暗闇だ。
「…確かに怪しいな」
 中に入って呟いた伊武の横を通って、切原が傍のテーブルを指さす。
「ほら、このテーブル。埃積もってないだろ?」
「確かに…」
 誰かが使っていたように、そこだけ埃が積もっていない。
「切原が掃除したんじゃなかね?」
「っだー! 水刺さないでください千歳さんっ!」
「すまんね…」
「お前、変なとこでボケんな?」
「…ごめん」
 白石にまで言われて項垂れた長身が、傍の扉に手をかける。
「柳生、そっちはどげんね?」
「こっちも開きません」
「こっちもたい」
「…じゃあ、まっすぐ二階あがるしかない、ね…」
 伊武が指さすように目の前の二階の階段を見上げた。



「うわ、…ぎしぎし言うし…」
 踏み壊しそうな足下の床を危なっかしく歩きながら、二階の廊下を歩いた。
 柳生の握る懐中電灯の明かりだけが明るく、また不気味に見える。
「また、扉がいくつかあんな…」
「手当たり次第見てみる?」
「…そうしたいのはやまやまですが、危険かもしれませんね。
 我々しかいないならそれもいいでしょうが」
「誰もいない保証がない以上、分散は避けるべき、ですか」
 日吉の言葉に柳生は頷いて、ひとまずは分散しないよう動きましょうと言う。
「二人ずつ?」
「ですね」
「じゃあ…」



 日吉と切原、越前と海堂、伊武と柳生、千歳と白石で分かれて、廊下に面した扉を調べる。
「…ん?」
「どげんかしたと?」
「ここ、開いとる…?」
 きぃ、と開いた扉の向こうは無人の部屋。
 壊れていそうな鳩時計と本棚。
「なんもなさそうたいね…」
「そやな…戻るか」
 足を扉に返そうとした時、閉めていなかった扉がばたん、と大きな音で閉まった。
「…え?」
「…なん…っ」
 咄嗟に駆け寄った千歳が扉をひねるが、開かない。
「閉じこめられたみたか」
「マジか…」
 参ったように呟いた白石を大きな腕が抱き寄せる。
「…寒くなか?」
「平気。熱も…」
「白石?」
「……」
 白石が眉を寄せて振り返った背後、そこに並ぶのはいらなそうな玩具やクッション。
「?」
「今、…そっちにあったぬいぐるみが反対に動いたような」
「え?」

 コケコッコー

「わっ!」
「…な、なんね…」
 今度は揃ってびっくりしてしまった。
 見上げると壊れていると思っていた鳩時計が動いている。
「ちゅーか、鳩やなく鶏やんか…」
「…びっくりしたと…」
「…とりあえず、ここおっても意味ないな」
 白石が体勢を直すと、千歳の首根っこを引っ張った。
「?」
「蹴破れ」
 扉。と顎で示され、千歳もああ、と頷く。
「じゃ、遠慮なく…よっ」
 踏ん張ってあげられた足に小気味よく吹っ飛ばされる筈の扉は、簡単にばん、と開いて反対の壁に何度もぶつかった。
「…あれ?」
「…どないしたん?」
「…今、手応えが…」
 なかったような。と呟いた千歳が外に出て扉をよく見る。
「鍵、開いとったみたいとよ?」
「はぁ?」
「ほら」
「……」
 見れば、確かに鍵の板がなくなっている。
「…ほんまやな」
「とりあえず、みんな探すたい」



「ああ、千歳くん。白石くん。
 大丈夫でしたか?」
 手当たり次第見ていくと開いていた大広間。
 そこにメンバーが集まっていた。
「ああ。ちょお閉じこめられてた」
「閉じこめられてた!? 白石さん…それ」
「大丈夫やって」
 越前に言ってから、なんかいるん確定やとメンバーを見渡す。
「俺も…」
「あれはただの錆だろ」
「なに?」
「シャワー、ひねったら赤い水が」
 日吉の言葉を赤也が錆だってと否定している。
「幽霊…とかじゃないよね?」
「冗談よせよな伊武…」
「それはないわ」
 逆に白石が堂々否定したので、視線が集まった。
「そういや、この場は俺しかしらんとか…白石の霊感」
「霊感?」
「俺、霊感あんねん。所謂霊感困ったさんや。
 俺の感覚に引っかかるもんはないから、人為的」
「…へえ」
 もしそうでも、真っ先になんか遭うんは俺やし、と白石が言った時だ。
 伊武が、あ、と呟いた。
「どうした?」
「今、あそこの肖像画、目が動いた」
「げ、やめろよそういうの!」
「いやホントに」
 柳生が念のためと近寄っていく背中を横目に、なんだかんだ言いつつはしゃぐ赤也が不意に白石に視線を止めた。
「ん? なに? 切原くん」
「白石さんの、それ。キスマーク?」
「…へ……、あ…っ」
 そういえば昨晩散々千歳につけられたと思い出してシャツの襟元を隠す。
「…へえ…。イイっすね。どっちが下とか…聞くまでもないか」
「あんた、よしなよそーいう下世話なの」
「うっせえよ越前リョーマ。てめえ白石さんの彼氏じゃねえだろ」

(……………?)

「ないね。けどあんたの言葉が下世話だって注意したっていいんじゃないの?」
「…、」
「切原くん、やめなさい。なにもありませんでした」
「…柳生先輩」
「それに……、伊武くんは?」
「え?」
 ハッとして周囲を見るが、伊武がいない。
「あいつ、さっさと別のとこ行ったんじゃないだろうな」
「取り敢えず、探してみましょう」



 廊下に出て名を呼びながら、個別にならないよう奥に進む。
「…白石?」
「…あ、いや」
 気になった、と一言。
「…切原くん、あんな子やないと思うんやけど」
「それ、どういう意味スか?」
 傍で聞こえた声に、ハッとして顔を上げる。眼前にその後輩が立っていた。
「“あんな子”じゃない? 会って一週間の白石さんがどんだけ俺を知ってるかしらないけど、知ったかぶったこと言わないでくださいよ」
「そういう意味やないんや。ごめん。
 ただ…、もっと、…人を傷付ける言葉をちゃんと避ける子やって思っとる」
「……………」
 声を失った切原に、困ったように言葉を探した。
「初日? …柳くん探してたキミに教えたら、ちゃんとお礼も言うたし、気付いて謝って、それが嫌味にならん子やった。キミ。
 …キミ、ちゃんと“他人がどの傷が染みるかわからないこと”をわかっとる子やって。
 …やから、…変や思うた。…ごめんな」
 馬鹿にしたわけじゃない、と謝った白石に、声を失ったまま切原は背中を向ける。
 切原が開けて入った部屋の中から、微か遠い声が聞こえた。
「…それ、…昔柳さんが言ったんですよ」
「…え」
 部屋に入ってきた白石と千歳を振り向かず、切原が壁を適当にいじりながら小さく笑った。
「俺、結構先輩に“きもい”とか“ブス”とか、色々言っちゃうから。
 柳さんが一年の時に言ったんです。
 どの言葉が、どの傷に染みるかなんて俺達にはわからない。
 耳にするだけで痛い言葉は、だから言っちゃダメだって」
「…」
「守るあたり、俺って愁傷な後輩ですよね」
「…元の切原くんが、優しいだけやと思うけどな」
「……それ、…あの人に聞いて欲しい評価」
 不意に上を仰いだ切原を、近寄った白石が覗き込んだ。
 泣いている気がした。
「“可愛い後輩”って言って欲しいんじゃない。
 …俺も成長してんだって…わかって欲しいのに」
「…切原く…?」
 思わず掴んだ左手が、強引に振るわれた。
「触んな!」
「……、……あ……っ」
「…あ…!」
 おそらく、そこがただの床だったならなにも問題はなかった。
 だが暗闇で気付かなかったが、その白石の背後にあったのは階段だ。
 長い、下への階段。
「白石!!?」
 千歳の声が響く中、階段を人の身体が落ちる音が止む。
 後を追った千歳を見送って、切原が手に上る震えに逆らわず、暗闇の階段を勢いよく下った。

 こんなつもりじゃなかった。

「…白石さん…っ」
 切原が下に降りた時には千歳の腕の中に抱えられていた身体は、血は出ていないが意識もない。
「…大丈夫たい。落ちたとこにぶつかって大変なもんはなかった」
「……あ」
「ばってん、まだわからんし、ほんに頭を強く打っとうかもしれん。
 …そげんでも、俺がお前を怒らん理由はわかっとね?」
 そう言う千歳は切原を睨むのに、怒号を自分にぶつけない。
「…怒鳴って、白石さんがどうにかなるわけじゃないし、すぐ合宿所に戻れるわけじゃないし、………それに……………、………白石さんが……絶対許すから」
「…当たりたい」
 そのまま背中を向けた千歳を追って、なにもないことを確認した。
 鏡だらけの部屋。
 それしかない。あるのは一個の椅子。
「…ごめんなさい」
「も、よか」
「…ハイ」
 きょろ、と見回すも、やはり鏡だけだ。
「…なんなんですかね。このからくりっぽい家」
「…さあ。…お化け屋敷って言った方がよかよこれ」
「…こんな南の島にですか? 誰が客ですか」
「俺達?」
「……うわー。…でも、こんなとこにこんな屋敷作ったって得なんか」
「…、?」
 不意に言葉を止めた切原が、白石さんが言ってましたよね?と真顔で言った。
「手塚さんはここを隠してたって」
「ああ…」
「俺、思い当たったんですよ。こんな人の来ない場所に、こういう馬鹿げたことする人たち」
「…誰?」
「氷帝の榊監督と、跡部。
 で、今、ここにどっちかがいる……とか」

「正解だ」

「わ…!」
 いきなり点いた照明に目をやられて、こじ開けると鏡に見えたものの向こうは機械の群のモニター室。
「……なんね、これ」
「つまり、最初からお芝居だった、ということだ。
 取り敢えず、白石をこちらに運びなさい。
 手当と、頭の検査をした方がいい」
 その声を発するのは、その榊監督だった。




 つまり、危機的状況に置き、判断力を鍛えるための訓練だ、と彼は語った。
「つまり、全部お芝居ってこういうこと?」
「だね。船の座礁からなにからなにまでお芝居か」
 榊に保護されていた越前の言葉に、榊が頷く。
「手塚もグルか」
「跡部さんも…」
 日吉の疲れた声にフォローは今回はない。みな同意見だ。
「とりあえず、跡部たちに話すよう指示はした。
 お前たちはもう戻りなさい。白石は手当をしてから連れて行こう」
「怪我は…」
「異常もなにもない。安心しなさい。ただ、」
「ただ!?」
 顔色を変えた越前と千歳に、榊は笑って。
「大きな瘤が出来ているから、ちゃんと冷やさないといけないだけだ」









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