「千里! 千里! お願い…」 泣き叫ぶ、白石を抱いても答えは同じだった。 結局、俺はそう願っていた。 「…俺を、墜として…黒く染めて…お願いや……」 ああ、キミに触れるんじゃなかったと、悔やんだ。 ![]() 星の楽園 後編 -【 お別れの日にうたう歌 】 『禁忌なんだ』 翠の天使より世界を飛び回るため、知識に詳しい橘がいつだったか教えてくれた。 『違う色の天使との交わりだな。禁忌なんだと』 『なんでや?』 『墜ちるから、らしい。その色に染まる、んだと』 わかりあえると、信じていた。 だって、彼らはこんなに優しいから。 「…千里?」 眠る前、千歳と同じ寝台に横たわった俺の身体を千歳の手が、優しく撫でた。 「…ううん、なんでもなかよ。寝てよか」 あれから一年。俺は元いた場所に戻ることなく、千歳達の館にいる。 最初は戻りたかった。でもそれ以上に千歳達と一緒にいたかった。 そう告げたら、千歳と橘は「黙ってここにいて」と願った。 みんなに言って、わかってもらいたいと言う俺を、彼は悲しそうに見る。 「……千里……千里……………」 「なん?」 答えて、俺の髪を撫でる手は、とても優しい。伝わる心も、優しい。 「……千里……………」 ぴくん、と俺の髪を辿っていた千歳の手が震える。 「……すき」 それが、怖くなって俺は瞼を押し上げた。千歳に向き直り、起きあがると彼はひどく悲しそうに微笑んだ。 「…言うたら、あかんかったの?」 「…そうやなか。そうや……」 千歳の瞳から、裏腹に零れる、涙。 「なか…よ」 その千歳の頬を撫でて、そっと涙を舐め、首に縋りついた。 額に、瞼にキスを落としてくれるのに、唇には、してくれなかった。 それからしばらくして、やっと黒の天使にも話し合いの場を設けるという政府の申し出があったという。 やったと思った白石と逆に、千歳も橘も不信げだ。 仲間を連れていかない方がいいと、館にいる同じ仲間を置いて出向いた二人についていった。 今、思えば罠だったと。でも、俺はわからなかった。馬鹿なんだ。 首都についてすぐ、荒れた街の惨状に意味がわからなかった。 すぐ千歳達と一緒に屋敷に保護され、政府に守られたが、窓から見えた姿に茫然とする。 屋敷を囲む天使の翼は、翠だ。 俺と、一緒。 その中に、見知った幼馴染みの顔を見つけて悲鳴が零れた。 少し、茫然としていたけれど。 「謙也!」 「蔵…っ!?」 外へ向かおうとした白石の身体が、背後から千歳に囚われた。 「いけん! 今、出たらお前が…!」 制止を最後まで聞くことなく、白石はその場に崩れ落ちる。 本当は、わかっていた。 俺だって、少し前まで彼らを偏見で忌んでいたんだ。 仲間が、黒の天使をどう思っていたか、よく知っていたのに。 千歳と、橘と一緒にいたいがためにそんなことすら忘れるなんて、馬鹿だ。 暴動を起こしたのは、仲間。 彼らは認められないという。黒を認めることを、認めないと。 何故。 千歳達は、優しいのに。 橘たち以外の黒の天使たちも、俺に優しかったのに。 本当に心から、優しかったんだ。 なのにどうして伝わらない。 伝わらないのが、普通なんだと、やっとわかった。 なんとか仲間の館に戻ってきてすぐ、白石は思い詰めた顔で千歳と橘の部屋を訪れた。 「…蔵?」 「…な?」 微笑んだけど、精一杯でもう持たない。涙が瞳を割って、すぐなにか辛いのかと慌てた千歳が駆け寄って抱きしめてくれる。 暖かい。 伸び上がって、その唇に自分からキスをした。千歳が焦って白石を引き剥がした。その頬は上気しながらも、青ざめていて。 「いけん…」 「知っとる」 「……、え?」 「聞いたんや。他の色と交わると、その色に墜ちるて……」 呼んで、千歳にもう一度キスをした。茫然とした彼がそのまま受け止めるのをよいことにそのまま深く重ねて、寝台に千歳を押し倒した。 「……墜ちてええから」 そう、言った傍から涙が零れて、下にいる千歳に落ちる。 「…俺んこと、…墜として」 「…蔵?」 「桔平と、千里ならええ。俺を墜として…黒く染めて……」 「なに、言って!」 咄嗟に傍に寄って自分の肩を掴んだ橘の手を掴み、白石はそっと頬に当てた。 「…もう、イヤや」 「…蔵?」 優しい声だ。橘の。 そして、千歳の。 「…俺が翠やから…やから傍にいてこんなに苦しいねん。 綺麗なままやから苦しいんや! やから、染めてや…俺を墜としてや……。 もうイヤや! もう、なんもかんもイヤや! もう、ええ。もういらんねん。 …千里と桔平さえおればええ。お願い…傍に抱いてて」 そう、涙と絶望に絡んだ声で願った俺を、一瞬辛そうに見遣って、すぐ千歳がきつく抱きしめた。 その俺の髪を、橘の手が撫でる。 「いいんだな…?」 耳元で囁いた声に、震える身体で頷いた。 ホンマは、少しだけ、怖い。 「……ぁ…」 飲み込めなくなった唾液をすくい取って、流し込むように唇を奪われた。 露わになって濡れた下肢に這っていた千歳の指が一度強く食い込んで、悲鳴を上げる。 「蔵」 それでも千歳に呼ばれて、濡れた瞼を押し開けた。 「……ごめんな」 ふる、と首を左右に振ると、千歳は嬉しそうに微笑んでもう一度キスをくれた。 背中を抱く橘の手にすがりついて、侵入してくる千歳を受け入れた瞬間、なにかが焼き切れた気がした。 ―――――――――――――「禁忌って、わかるか?」 そう、言い出したのは橘だ。 今のことを示唆するように、ある日、言った。 交わって、交わった天使の色に染まって墜ちる、話。 末路を知っていた。 けれど、俺も、桔平もそれをいつしか願って病まなくなった。 離したくなかったんだ。お前を。 寝台に眠る髪をそっと撫でて、優しく千歳は口付けた。 白石の手を、橘の指が辿る。 数度、瞬きした瞼が震えて、白石が目覚めたとわかる。 起きあがった全裸の背中に、広がったのはもう綺麗じゃない、漆黒の翼。 俺達と同じ、黒の天使。染まってしまった、綺麗な、翡鳥〈スチュリティア〉。 「…」 その光景に堪えて、優しく優しく名を呼んで、優しく優しく髪を撫でた。 「…おはよう、蔵ノ介。 気分は、どげんね?」 ゆるゆると髪を撫でる千歳と、橘を見上げて白石は微笑んだ。 綺麗に、そして罪なほど無垢に。 「おはようございます…―――――――――――――俺の…ご主人様たち」 とても、綺麗に微笑んだ彼が、嬉しそうに言う。 抱きしめて、優しく呼んだ。 末路を知っていた。 己を染めた天使に、刷り込みのように無償の愛情と忠誠を、身体を捧げる。 それが、墜ちた天使の末路だ。 今までの記憶は消え、残るのは染めた天使――――――主との記憶だけ。 主に盲目に愛情と身体を捧げるのが、墜ちたということ。 汚したのは、墜としたのは、俺達。 手放したくなかった。 愛していた。 だから、傍にいて欲しかったんだ。 ずっと、見ていたかった。お前を。 でも、もう、俺の愛した君はいない。 もう、キミは俺のもの。 もう、俺の好きな、翡鳥〈スチュリティア〉はいない。 |
THE END
後書き