Teens-イルシオン-











<5>


 文化祭前日。
 もう学校中がしっちゃかめっちゃかで、文化祭への期待にさざめいている。
 また廊下で出会った美人は、きつい表情をしていた。
「や、手塚」
「…乾か」
「そこまで嫌そうな顔をするなよ。不二には触ってない」
「当然だ」
 言いきる彼に、ふ、と笑う。
 なにがおかしいんだと詰め寄られて、また笑う。
「本当。お前一杯一杯だな」
「なに?」
「不二で手一杯だなって」
「悪いか」
「悪くないと思うよ。
 心の軌道が奪われるから恋だろ?
 そうやって手一杯で頑張ってるお前。嫌いじゃないよ」
 思いがけない言葉を掛けられた。手塚の表情が変わる。
 きょとんとしている。
 ああ、確かに可愛いなこりゃ。
「文化祭も過ぎれば少しは落ち着くよ。
 あんまり気ぃ張るな。疲れちゃうよ?」
「疲れてない」
「うそつき。不二の事で頭一杯なんだろ」
 否定できない。
 乾はにやにやと笑ってばかりいる。
「不二の事で頭が一杯。それも結構。
 でも文化祭の方も頑張れよ。
 あと劇も見に行ってやれ」
「言われなくても見に行く」
「そうだろうな」
 彼に酷いことをした自覚はある。
 だが、目の前の乾はそんなことなど忘れた顔で笑っているから、手塚も謝れない。
「今はがむしゃらでもいいさ。
 それだけ好きなんだろう」
「今は?」
「そのうち判るよ」
 そのうち。
「金貨は何枚貰った?」
 急な話題展開。
「数えてない」
「ま、お前クラスだとそうだろうな。
 俺は十枚。また男からのが二枚あるよ」
「まだ増えるんじゃないか」
「止めてくれ縁起でもない。
 この前海堂に『好かれる質なんじゃないか』って言われたよ。
 ショックだな。俺そんな質じゃないよ」
「自覚がないだけだろう」
 手塚がにやりと笑って追い打ちを駆ける。
「止めてくれ」
 こういう時の乾は本当に嫌そうなようで楽しんでいる節が見え隠れしている。
 だからからかえるのだ。
「今度は記録更新するんじゃないか。五枚とか」
「だから止めろって。お前楽しんでるだろ」
「ああ、楽しいな」
「とか真顔で言うな。
 どうせ俺は好かれる質ですよ。
 それ言ったらそのうちお前だって貰うぞ。
 菊丸や不二も貰ってたからな」
「ああ、知っている」
「お前、さりげなく不二に金貨渡した男チェックしてるだろ」
「いや、別に」
「嘘つけ。絶対チェックしてる。
 で、あとでシメる気だ」
「そう思えるならそう思っていろ」
 そうやって楽しげに笑うから、手塚の冗談はしゃれにならない。
「ああ、そう思ってるよ」
 乾はそう言って、眼鏡の位置を直すと。
「そういや俺クラスの展示の件で頼まれてたんだ。
 そろそろ行かなきゃだ。じゃあな」
「ああ」
「手塚」
 通り過ぎる直前に乾が微笑を浮かべて言う。
「不二の事。守ってやれよ」
 そのまま駆けていってしまった。
 一人呟く。
「当たり前だ」





 ざわめく人。喧噪。慌ただしい教室達。
 人、人、人。
 文化祭当日である。
「シロップあるー?」
「アイス冷えてるか?」
「スプーン数足りないー!」
 三年一組は喫茶店だ。
 忙しなく行き交う生徒達。知らんぷりで穏やかな外の木々達。
 手塚はウェイターで、不二の劇が始まる時間には交代して貰うことになっている。
「はい三年一組喫茶店開店ですー!」
 わーという歓声。
 入ってくる客。それに混じって。
「手塚先輩! 金貨貰ってください!」  とか。とか。とか。
 ああ、うざい。
 食器の音やアイスを食べる人の美味しいという声。
 こうやって皆でやった事が成功するのは嬉しいと思う。
 ただ、不二の事が気になるだけで。
「手塚、十二番テーブル注文」
「ああ」
 委員長の指示通りに動く。
 ミス・ミスターコンテストは文化祭の最後の方。
 つまり明日だ。
 不二の隣に立つのが自分でないことがとても悔しい。
 下宮の気持ちが判った気がした。
 早く会いたい。
 早く。
「注文六番テーブルですー」
「お待たせしました。ご注文の――――――――」
 賑わう店内。
 繁盛しているようだ。
「や、手塚」
 乾だ。
「なんだ、乾か」
「なんだとは失礼な。俺は客だぞ」
「客なら客らしくテーブルに早く座れ」
「おお怖い。折角不二連れてきてやったのに」
「なに!?」
「お、急反応」
「やほー、手塚」
 今日初めての不二。
 まだ制服を着ていて、淡い色の髪がさらさらと風に揺れている。
 抱き締めたいのを堪えてテーブルへ二人を案内する。
「俺、ダージリンティー」
「僕はねー、オレンジシャーベット」
「判った」
 急ぎ足で奥へ向かう。早く戻りたいからだ。
「手塚働いてるねぇ」
「でもウェイター格好良いよ」
「そうだな」
「ああ、あれがウェイトレスでも似合うんだろうなー」
「………不二?」
 何考えとるんだ?
「そうだ、不二。劇は何時からだ?」
「一時から。あと三時からもう一回」
「体育館使うんだっけ」
「うん」
「お待たせしました!」
「早かったな手塚」
「わーいアイスー」
 勢いづいてテーブルにトレイをばんと置いた手塚に構わず二人は感心している。
「で、劇…」
「一時から体育館だよ。見に来てね」
「ああ」
「手塚は不二の事になると素直だな」
「乾、邪魔だ」
「あはは」
「酷いな」
「素直って?」
「子供って事だ」
「人を子供扱いするな」
「手塚! 十番テーブル注文!
 道草食ってないで戻んな!」
「…………じゃあな」
「ああ」
「じゃあね」
 そう言って去っていく姿に哀愁が残る。
「手塚、赤神さんに使われてるねー」
「見目麗しいからな。ウェイターにはぴったりなんだろう」
「いいなー赤神さん。僕も同じクラスになりたかった」
「俺もだよ」
「そうして手塚をこき使うの」
 そう言いながらオレンジシャーベットを口に運ぶ。
「んー! おいひい!」
「お前って時々手塚に対する感情が怖いよな」
「んぇ? ふぁにが(なにが)?」
「いや」
 こきつかいたいとか、という言葉を乾は引っ込めてダージリンティーを口に運ぶ。
 美味しい。前評判が良かっただけはある。
 これなら噂が手伝って明日はもっと混むだろう。
 緩やかだ。
 騒がしいが、乾と不二の周りだけは静かな気がする。
 文化祭様々だな。
 俺は随分、こいつとの緩やかな時間を貰っている。
 窓からの空気が涼しい。
 不二の髪にふと、ついた糸くずに目が止まる。
 おそらく採寸やらやっているときについたのだろう。
 取ろうとして、止め、不二に口頭でそのことを伝えると、自力で取った。
「取ってくれても…あ、駄目か」
「そう、駄目」
「………駄目だなぁ」
「何が?」
「こういうとき、不便でしょ?」
 テーブルに突っ伏して頭を抱える不二の頬が少し赤い。
「あ、ああ」
「なのに……駄目だなぁ。
 誰にも触れさせるなって。…………嬉しいんだぁ」
「そうか。じゃあいいじゃないか」
「うん………。幸せだなぁ……僕」
「………そうか」
 テーブルに、両腕をつけて枕のように額を付ける不二に、本当に幸せそうだなと思う。
 本当に良かったな。と思う。
「そろそろ戻らなきゃ。
 昼飯ちょっ早で食べてリハ」
「そうか。じゃそう伝えとくよ」
「うん。お願いね」
 食べきったアイスのからのグラス。
 涼やかな空気。
 戻ってきて、あいつはがっかりするんだろうな。なんて。