Teens-イルシオン-











<6>


「あー緊張する」
「俺もー」
「英二はちょっとの役じゃない」
「そうだけどさー。明日はラートだし」
「明日も劇はあるよ」
「十一時と一時だろ。俺達は二時から。
 乾達は三時からだって」
「ああ、音楽会もどき」
 体育館の袖の奥で着替えながら話す。
 不二は無地の薄い水色の寝間着を着て、菊丸はシャツにジーンズだ。
「いいよなぁ。端役。
 なんだっけ。
『僕は君を大切にしたいけど――――――――』」
「俺なんか『ヘイ彼女お茶しない?』とかだぜ」
 何時の時代だっつの。
 そうやって隅でくすくす笑い合って。
「不二君。菊丸君。準備できた?」
「あ、沢瀬可愛いー」
「…あ、有り難う」
 顔を赤くして答える。透けるジョーゼットのアコーディオンプリーツスカートと足元は膝までのブーツを履いた今回のヒロインだ。
 主役の二階堂も花があっていいだろう。
 客の入りも上々だ。
「準備出来た?」
「あ、高坂」
「女医さんー萌えるね」
「不二……」
「今回はよろしくね」
 一緒のシーン多いから。
「こちらこそ」
 高坂はシャツの上に白衣だ。保健医のような色気がある。
 開幕時間だ。
 舞台へと向かう。
 さあ、頑張るぞ。



「大丈夫だよ兄さん。僕ならほら」
 そう言って病室の寝台の上の不二が腕を動かしてみせる。
「だが……」
「……兄さんは佐賀屋を疑ってるの?」
「…………」
 すいと不二の腕が伸ばされて、二階堂の頬に触れる。
「僕は佐賀屋を信じてるよ。そんなこと出来る人じゃない。
 ほら、ね?」
「………有樹」
「雨の日にさ、子猫がいて、佐賀屋は迷わずその子を抱き締めたんだ。
 根本的に自分への優しさが欠落してる人なんだ。
 優しい人なんだよ。純粋に」
「……有樹がそういうなら」
 二階堂の言葉に不二は嬉しそうに微笑む。



「…不二、演技上手いな」
「……ああ」
 観客席の乾の横で腕を組んで不機嫌な手塚は、演技上とはいえ不二が他人に触るのが気にくわないからだ。
「……でも、ということは佐賀屋という奴が犯人か。
 親友に裏切られて殺される悲劇の青年役だからな」
「……そういうことを見ている最中に言うな」
 ムードも何もなくなる。
「悪い悪い。ついな。
 そういえば三時からのは見るか?」
「当然だ」
「だろうな」
 乾が隣でくすりと笑うのは面白くない。
 だが、視線は舞台の不二へと向かっている。
「佐賀屋――――――――、来てくれたんだね」
「親友の見舞いにも来ないほど俺は薄情じゃないからな」
 演技は続いている。
 手塚は結局それに見入っていた。
 時々茶々を入れる乾を無視しながら。



「見に来てくれたんだ!」
 閉幕のあと、舞台の袖に特別に入れて貰った。
「当然だ。見に行くと言っただろう」
「うん。嬉しい」
 寝間着姿に血糊がついたままの不二でも抱き締めたいが、人目があってそれもはばかられる。
「お、手塚じゃん。
 見てくれたかー」
「お前は適当にな」
「酷っ!」
 菊丸の演技はヒロインをナンパしているところと不二、もとい有樹の死体を発見したところしか覚えていない。
「それ、どうするんだ。次の――――――――」
「ああ、これ用に四着買ってあるから平気」
「…そうか」
「手塚、どうだった? 僕の演技!」
「ああ、上手かったぞ。見入ってしまった」
「良かったー。やってる最中心臓ばくばくだったんだよ」
「とてもそうは見えなかった。安心しろ」
「うん。有り難う」
 そうやって笑顔になる不二に、周囲の隙をついてキスをする。
 子供のキス。
 不二は直ぐに真っ赤になって、唯一の目撃者である菊丸は大口を開けた。
「…手、手塚。ここ…」
「大丈夫だ。菊丸以外誰も見ていない」
「もう……そう言う問題じゃないでしょ」
 口元を押さえる、不二の袖が少し長くてぶかぶかなのが可愛いと思う。
「…でも、ありがとね」
 赤みがひかないままで、でもそう言って笑うから、またキスしたくなるのだ。





 翌日も凄かった。
 喫茶店の人の入りは更に激しくなっているし、劇の観客も増えていた。
「……君のことが大切なんだ。どうして……佐賀屋」
「こうするしかなかったんだ。こうするしか」
「………君は何処までも優しい人だ。
 こんなことになったのにも何かワケがあるんだろう。
 何か守りたい物があるとき、君はとても強いから……」



「乾先輩…」
「ああ、海堂。見に来てたのか」
 そろりと背を低くして、乾の隣に来た海堂に、乾は舞台を見ながら声を掛ける。
「不二、演技上手いぞ。
 不二だけじゃないな。みんな上手い」
「そうっすか…」
 舞台をちらりと見ながら、乾を見ている海堂に乾は気付かない。
 何処かで手塚も見て居るんだろう。
 乾の側は静かで、とても静謐な空気がする。
 舞台で声を張り上げている人が居るのに、この人の側に来ると、こんなにも静かだ。
「……佐賀屋…………、僕は君を、信じて……」
「…有樹、すまない。…すまない……有樹…………………っ………」
 佐賀屋役の二階堂に刺されて不二が倒れるシーンだ。
 血糊の血が広がっていく。
 どういう仕掛けになって居るんだろうなどと考えているだろう乾を横からずっと見つめている。
 だから急に話しかけられて驚いた。
「…なあ海堂。
 海堂ならどうする?」
「……え?」
「とても大切な人のために、大切な人を殺さなくちゃならなかったら」
「………………え」
 それは今まさに舞台で演じられているシーンだ。
 どんな思いで聴いたのだろう。
 静かで、賢くて、狡い人。
 とてもとても大切な――――――――
「………俺だったら、きっと殺してしまうね。
 両方守るようになんて、きっと上手く立ち回れない」
「……………」
 何処か切ない表情をしたその人の横顔を、舞台からの明かりが照らす。
 とても、とても大切な人の。
「……そうですね……。
 俺もきっと」
 貴方を守るためなら。
「きっと………………」





「さあ、とうとうやって参りました!
 ミスター・ミスコンテストの――――――――」
 いよいよだ。
 フォークロワ系の服を着せられ、化粧もされた不二は、菊丸と一緒に舞台に登っていく。
 最初は一年。
 三年の最初は一組。手塚と赤神さんだ。
 いいな。僕が隣に立ちたかった。
 でも、手塚も僕と同じ思いで居てくれるから――――――――
 二組、三組、と舞台へと上がっていく。
 舞台の縁で出番を待つ。
「次は三年六組――――――――」
 舞台に上がる。
 同時に歓声。
 演劇で顔を売っただけはある。
「ミスターの菊丸君とミスの不二さんです!」
 あ、さんづけなのね。
 まぁこの観衆の中で実は男でーすなんて言えまい。
「次は三年十一組――――――――」
 ああ、皆吃驚するだろうな。
 ギョッとしたような声。
 上がってきたのは眼鏡を外しジーンズに着替えた乾とキャミソール姿の名倉さんだった。
 嘘! あれ乾先輩!?
 あれが乾!? 嘘だろ!?
 あちこちで声が飛んでる。
 吹き出したい気分だ。
「ミスターの乾君とミスの名倉さんです!
 さあ、次で最後ですね――――――――」
 十二組の二人が上がってきて、お披露目は終了。
 あとは客票で決まる。
 一時間後だ。



 客票が集まったらしい。
 再び舞台に上がる。
 途中手塚と眼があったので微笑んだら笑い返してくれた。
「さあ、栄えある第一回ミスター・ミスコンテスト!
 まずはミスターから行ってみましょう!」
 声を張り上げる司会は劇で主役をやっていた二階堂君だ。
 大変そうだなぁと思う。
「準グランプリ!
 三年十一組、乾君!」
 拍手が送られる。
 これで必然的にミスターが誰か判った。
「そして栄えあるグランプリは――――――――三年一組。
 手塚君!」
 きゃーとあちこちから黄色い歓声が上がる。
「続いてミスグランプリ。
 準グランプリはミスターと同じく三年十一組、名倉さん!」
 拍手がまた上がる。
 ああ、もうここは騒ぎ声の宝庫だ。
 皆好き勝手に『ビューティ名倉先輩!』だの『名倉女史サイコー!』だのと叫んでいる。
 なかなかに五月蠅い。
「では栄えあるミスグランプリを発表しましょう!」
 ああ、早く終わらないかな、と思う。
 手塚の方を見て、ああ、早く抱き締められたい。
 ああ早く。会いたい。
 二人で。
 そんなことを思っている不二の耳に届くマイクの声。
「三年六組!
 不二さん――――――――!」
(なぬ!!!?)
 ずるっと身体が滑った気さえした。
 僕か!?
 ちょっと待ってください僕男なんですけど。
 周囲の歓声や不二最高! の声。
 手塚までもこっちを見ている。
 止めて!
 僕は男――――――――!
 ……嬉しくない。
 トロフィーを仕方なく受け取る。
「ではベストカップル賞の方に移りましょう。
 ベストカップル賞は、三年十一組です!」
 また歓声。
(………どうして)
 僕がミス。
 手足が震えそう。
 嫌だなぁもう。
 出るんじゃなかった。
 しくしくと泣きそうな僕を放って、ミス・ミスターコンテストは終わった。




 テニス部の出し物は巨大迷路だった。
 ミスの格好のままで手塚と回る。
 きゃーきゃーはしゃいでいるのはヤケだ。
 もうすぐ乾達の音楽会が始まる。
 体育館へと急いだ。
「全く…酷いよね。
 僕男なのにさ」
「美人なんだ。いいじゃないか。
 少なくとも俺は嬉しかった」
「…本当?」
 薄暗くなった体育館。
 ピアノの椅子に乾が座っている。前方にトランペットやトロンボーンにバイオリン。
 それから指揮者。
「ああ、俺とお揃いで」
 ミスとミスターで、お揃い…。
 そっか。
「……そっかぁ」
 ピアノの演奏が始まる。
 タイタニックだ。
 でも僕は手塚の言葉が嬉しくて、微笑んでばかりいた。
 手塚の腕が方に回って、引き寄せられる。
 軽いキス。
 少し紅潮したけど、にこりと笑って。
 手塚に寄りかかった。
 暗いから、女の子の格好だから平気。
 回された腕の体温が熱くて気持ちがいい。
「手塚、銀貨…頂戴ね」
「ああ、お前もな」
 くすりと、笑い合う。
 そうしてもう一度、流れる曲の中でキスをした。