*木手や手塚、他メンバーが全員同じ高校に通っていて、かつ寮暮らしだという設定の小話です。続くかもしれないし続かないかもしれない。
















 不意に、ある程度の数を数えたことを考えたのは果たして意味があることだったのか。
 弟の方の越前が、高校に来た回数、二回。桃城と海堂が、自分(手塚)の部屋で喧嘩する回数、これも二回。跡部は気が利くようで利かない時があると思った回数、三回。
 真田は実は弟気質で、だから兄気質の幸村とうまくいっているのだと思った回数、五回。
 柳が乾をいじめているところを見た回数、もう十回を数えた。(いじめているのではないのだろうが、他者にはそう見えるのだ)
 そして―――――――――
「あ、手塚」
 同室のこいつ(木手永四郎)が、俺を「クン」付けで呼ばなくなった日数、多分、先ほどの羅列の中で最多。
「…………なに」
 じっと見られていることに気まずさを感じるたぐいの人間ではないくせに、木手は今日に限ってそんなことを言った。
 木手も、最初は「手塚クン」と、他の連中と同じように呼んでいた。
 しかしなにがきっかけかわからないが、ある時から「手塚クン」より「手塚」と呼び捨てにされる数の方が上回り始め、今では全く「手塚クン」と呼ばない。すべて呼び捨てだ。
 幸村が、木手がクン付けをしないのって手塚だけだね、と言った。
 何故だろう。自分をそう呼びたくないなら、最初から手塚、と呼び捨てにすればいい話しだ。なのに、彼は最初はクン付けで呼んで、どうしても急いでいる時に限って、呼び捨てにする、というより敬称を忘れる。それだけだったのに。何故今になって、呼び捨てに固定したのか。
「手塚? 手塚……あの、聞こえてます?」
「ああ、それだ」
「…なにがですか」
 真顔で答えた木手は、勘がいい。おまけに理解力もいい。応用力と順応力にも長けている。しかし、さすがに一言のヒントも与えられずそう言われると、なんのことだかわからないらしい。(手塚はどこかで、しかし木手ならわかる気がしていたが)
「お前、何故俺を「手塚」と呼ぶんだ?」
「………………ちょっと待ってください。キミ、手塚って名前じゃなかったですか?
 それともキミは手塚じゃないんですか?」
「いや俺は手塚国光だ」
「…じゃなんですか今の意味わからない質問」
「お前、入学当初は俺のことを「手塚クン」と呼んでいただろう?」
「……はあそれが……ああ。ようするに、俺がいつの間にかキミをクン付けしなくなったから?」
「そういうことだ。正式な理由を知りたい」
「……」
 真顔で言われて、木手はえらく脱力したらしい。
 もう呼び捨てが自分の中で定着して、何ヶ月も経っている。呼び始めならまだしも、何故今そんなことを聞かれるんだろう、という感じだ。
「………」
 どうしようか。素直に、なにやらキミをクン付けで呼ぶことが気持ち悪いんです、と言ってしまったら、彼はさすがに怒るんじゃないだろうか。
 逡巡する木手の背後で、チャイムが鳴った。
 時計を見る。そういえば消灯点呼の時間だ。
「はい」
 この際だ。と手塚を一時的に無視することにした木手は、部屋の玄関に向かった。
 背後に手塚の恨みがましい視線を感じるが、気にしたら負けだ。なんとなく。
「ああ、木手。手塚もいるか」
 柳だった。今日の点呼は柳なのか、と思った。この学校の寮は、週替わりで点呼役が違う。そういえば、真田が点呼の順番の時は、なにもしていないのにでた瞬間「たるんどる!」と言われて手塚共々硬直した。何故扉を開けた出会い頭に怒られるのかわからず、しばらく固まっていたら、側にいた幸村が、ああ、さっき赤也の部屋も回ってきてね。仁王と徹ゲーするって言うから真田が叱りとばしたばっかりだったんだ。それでほら、この寮、防音がそんなよくないじゃない。隣部屋からゲーム音が聞こえた所為で、木手たちも同じことやってるって真田の中で直結しちゃったんだ。と翻訳してくれた。
 何故真田自身がそのことを言わないのかと聞いたら、扉が開いた瞬間に決定的瞬間(つまりゲームをやっている現場だろう。ここだけの話、手塚は実はゲームをする。しかもパズル系が上手い(ただし格ゲーはいっさいのコマンドを出せないので木手の圧勝となる)(木手は中学時代、学校帰りの平古場たちに付き合っていたらいつの間にか鍛えられていたらしくコンボが得意なのだ))を押さえていざ高笑い、という視線に飛び込んできたのが、全くの無音の部屋だったので、一瞬のうちに思考の諸々が吹っ飛んで、次になにを言うはずだったかわからなくなったらしかった。難儀な性格をしている。
 ちなみにこの学校の寮は、休日の際に部活動遅刻、及び無断欠席防止のため、朝点呼というのがある。(要は無断外泊していないか、朝まで他人の部屋にいないかをチェックするためのものだ)時間は大抵、休日で早起きしたはいいが部活開始まで時間があることに気付き、多くの人間が気の抜けた調子で再び仮眠を取り始める九時前後。しかし、その当番が柳生比呂士その人だった時は何故か七時半に起こされた(いや木手と手塚は起きていたのだが)。後日、彼が戦隊モノが好きで、早めに点呼しないと日曜の朝にやっているそのシリーズが見れないから、という実に微笑ましい理由だった、と同じ中学出身の丸井から聞くことになった。
「いますよ。外出予定もないです」
「あったら困るんだがな。この時間に」
「ですね」
「……305号室問題なし、と。……ところで木手」
「はい」
「なんだあの手塚の親の敵を今から討ちに行くような目は」
「……はあ、まあ………」
「話せ。気になる」
「……柳クンならデータ持ってるでしょうから聞きますけど、俺が手塚を呼び捨てで固定し始めたのはいつでしたっけ」
「今年の四月半ばだな」
「今何月ですか」
「九月だ」
「ですよね。なのに、いきなり今聞かれたんですよ。なんで俺だけ呼び捨てなんだと」
「…………」
 柳は沈黙すると、木手の肩をぽん、とたたいた。
「木手、手塚と付き合うコツを教えてやる。アレは跡部や弦一郎と同じ人種でな、自分が気になって聞いた時に必ず答えが返ってくると思い込んでいる人種なんだ」
「それって単純に自己中っていいません?」
「いや、そうとも言えない。自己中なら部長・副部長は務まらん」
「……そういえば部長でしたね。あの人。中学で」
「いいか、コツは素直に答えること。でないとあの手の人種は延々と引きずる。
 手塚は昔一つのことに懲りだして貞治を一日中追いかけ回した。
 跡部はこの高校に入学当初、樺地くんがいないのを忘れて何度も名前を呼んで恥をかいた挙げ句カ行の名前の生徒を生け贄にした。
 弦一郎は赤也にムッツリと言われた日以来精市にムッツリ一号と呼ばれ、馬鹿だから仁王に「これ赤也の鞄つめとき」と言われてそのまま詰めたら翌日赤也のロッカーは冬眠開けのカエルで一杯だった。
 どれがいい」
「どれも嫌です。というか最後のムッツリ一号ってなんですか。二号もいるんですか?」
「俺だ」
「……すいません聞かなかったことに」
「木手。俺の地雷原は広い、安心しろ」
「地雷原は狭い、安心しろ、じゃないんですね…」
「広い代わり、地雷と地雷の距離が長い。だからそう簡単に踏まれん。ということだ」
「……」
 木手は、なんだか親族すべて死に絶えたような顔でその場に座り込んだ。
「どうした? 貧血か?」
「……違います」
 ああ、今更ながらに、比嘉って平和だったんだ。この人たちに比べたら甲斐クンたちのやんちゃなんか可愛いものだ。なんでもっと大目に見てやらなかったんだろう。いろいろなことが頭を巡るが、とりあえず今の木手にこの後手塚の相手をする気力は残っていなかった。










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