ここだけの話、うちの部のレギュラーは「オレ」関係の飲み物を愛飲してるヤツが多い。 詐欺やなくて、「カフェオレ」とか、そういうの。 師範はたまに、というにはおかしいくらいには頻繁に抹茶オレとか飲んでる。 小石川も、一番好きなモノは別だけど、それが店や購買になかったらミルクティーとかを飲む。他の紅茶には手を出さないのに。 そして、財前こと光。あいつは年中いちごオレ。他の飲んでたことあるかな。俺、毎日昼飯一緒なんやけど、ないな。 そして、俺、忍足謙也も、結構バナナオレとかイケると思ってる。 小春とユウジはどうかしらんけど(奴らはいちいち新商品を飲みすぎや)、大抵、こんな感じ。 ただ、そんな中で、明らかに俺達の外見年齢と精神年齢層を引っ張り上げている、あの二人。 千歳と白石。 あの二人だけは、ない。 オレ関係は、ない。 年中珈琲。ブラック、てわけやないけど。でも、珈琲。 オレやない。 …筈やったんや。 ![]() カフェオレリズム その日は、バレンタインの翌日。 引退した部員の多くが、小石川と白石の誘いでストリートテニス場に集まって、打ち合って。 それから、飲み物を買いに行こうということになった。 傍のコンビニに寄って、好きに飲み物を物色していた時だ。謙也がふと、そこの棚に不似合いな二人を見つけた。 そこは、ケーキとかの横の棚。所謂、パックジュース売り場。 そんな場所に、まず缶コーヒーなんかない。だから、謙也は不思議というか、気味が悪くなって、近寄った。 その前に立っていた千歳と白石は、決めていたのか、視線を迷わせることなく二段目の棚のパックジュースに手を伸ばしかけて、はたとお互いに気付いた。 「あれ? お前、珈琲ちゃうん?」 「ああ。白石こそ」 「俺は半々くらいでこれ飲むんや。好きやねん」 「ああー、白石も?」 千歳が嬉しそうに相好を軽く崩した。恋人と好きな飲み物が重なった、というのは普通に嬉しいだろう。 白石もまんざらでもないのか、笑っている。 「俺もこれ好いとうよ。 てか、購買はこれ売ってなかろ? 缶コーヒーしかなか」 「あはは、同じ理由や。部活の時はこんなん飲めへんしな」 「そんで今までしらんかったとか」 「ええんやない?」 長年暮らした女が見せる違う顔、みたいな?と傍で謙也と同じように見物していた小石川が突っ込んだ。それは違う、全然違う。謙也はそう思ったが、ツッコミは二人に任せることにした。 「うまいよなこれ。癖になる感じの」 「やろ? ちっちゃいんもあるばってん、こんくらいないと足りなか」 「男はなー」 そこでスルー!?と遠くから小春と一氏が突っ込む。が、二人は聞いていない。 「さりげなく二人の世界ちゃいますん?」 「あ、光」 「お前は?」 「あの二人があそこ塞いどるから買えへんのですわ」 財前のお目当てのいちごオレは二人の目当ての一段下。二人が邪魔だ。 「おーい、そこ、光が買えないって苦情言ってんで」 「あ、すまんね」 「ごめんな。すぐ買うから」 代わりに言った謙也に礼も言わず、千歳たちに「いえ」と返した財前を、いつものことだと流した謙也。その前で、二人が手を伸ばして、目当てを取って、それから顔を改めて見合わせた。 それもその筈。同じモノ―の筈が、二人が手に取った「お目当て」は実際、違ったのだ。 白石は、グ○コのカフェオレ。千歳は○印のコーヒー牛乳。 「あ」とまずい、というニュアンスの声を、小石川がぼそっと漏らした。 「……雪○?」 「…白石こそ」 「…え? やって、…まずいやんかそれ」 確かに○印のコーヒー牛乳と○リコのカフェオレはどの店でも大抵隣に並べてある。 誤解したのもわかる位置だ。だが、千歳と白石はそう思わないのか、お互いの手にある物体を忌々しそうに見遣る。 白石の言葉に、滅多に怒らない千歳の眉が微か動いた。 「…ハッ」 直後、その場に響いた吐き捨てるような嗤いに、その場の白石以外の全員がなにが起こったのかわからなかった。 基本、この二人のどっちが怒りの沸点が低いかと言ったら間違いなく白石だ。 キレるのも案外早い短気で、口も実際悪い。吐き捨てたような台詞なんかキレた後はよく聞く。 だが、千歳の怒りの沸点は異常に高い。なかなか、いや滅多に、ほぼ全く怒らない。 こいつが、中学生の論理でキレたところは見たことがない。 子供っぽい理由では怒らないのだ。それは、白石関連で嫉妬すればキレるが。 しかし、そのキレ方だって、静かに行動で表す。吐き捨てる台詞はまず使わない。 くどいが、千歳は中学生の普通の日常でキレないし、吐き捨てた台詞は吐かない。 まず、ない。 だが、今、吐き捨てたのはどう見たって、千歳だ。白石じゃない。 小石川に確認するように目で伺った財前と謙也に、小石川も何度も頷いた。 「そげんもんはグリ○のカフェオレが甘すぎっけん、馴れたらこっちは苦くなるんじゃなか? 子供向けやもん、グ○コは」 「…俺の舌がお子さま言うたかお前…?」 「言った言った。そんなん500も飲むんはおかしか。中学生以前に男としてどうかしとるばい」 「…、雪○は苦いんやのうて、そもそもの質がグリコより悪いだけの癖に」 「それはグ○コ好きの偏見ばい。つか、○リコなんか飲んどったら太る」 「糖質似たようなもんやろ! むしろ質悪いそっちが悪いもん一杯入ってんちゃうん」 「知り合いがグリ○飲むと腹下すって言っとうけん」 「下すやつはインスタント飲んだって下すやんか。大体○印なんか店員に頼まなストローついてへんし」 「値段、こっちのが安かよ? 買う人には優しか」 「せやから品質が悪いから安めなんやろ」 徹底的に「品質が悪い」と連呼する白石に、千歳があからさまに顔を歪めた瞬間、傍でものすごく困った声で。 「あの、お客様、店内ですので…」 「……………」 「……………」 店員だ。 「…まあ、ああなるわな。店の中で、しかもまだ金払っとらんもので言い合いしとったら」 「やったらとめろや健二郎」 「お前、あの中割って入れるか?」 「…ううん」 ごにょごにょと否定した謙也も、小石川も心配そうに二人を見たが、二人はそれでも矢張り、大人な部分が多い。すぐ言い合いをやめて、謝るとレジに向かった。 切り替えが早い。 「……明日、…学校やけど…、大丈夫か?」 「やろ…。あの二人やし」 言いながら謙也も小石川も可能性が低い、と感じている。 事実、そうだったのだから。 翌日、謙也はひたすら空気を読むのに気を遣った。 なんせ、千歳と白石はクラスが隣。かつ、白石は同じクラスだ。 だが、白石は謙也にまで苛々を向けることはなかったし、千歳はサボっているのか会わなかった。 そんな時間が過ぎて、安心していた謙也を白石が呼び止めたのは、昼休みだった。 「…飯? ええけど」 一緒に食べてええか?と白石に聞かれて頷いた。 「あ、と…健二郎も一緒やアカン?」 「健二郎…、ええけど、光に伺ってからでええ?」 「うん」 確か小石川は普段、石田と一緒に食べているが、約束を取り付けているのだろう。 財前に謙也がメールをすると、「取り込み中。勝手に食べてください」のメールが即返った。 「…相変わらず失礼やなあいつ…。ま、ええわ。 ほな、行くか。屋上?」 「寒いやん。部室」 「了解」 そのころ、謙也に速攻返信をした財前はその屋上にいた。 目的はご飯だが、断った理由は違う。 「……あのぉ」 そろそろ面倒になってきた。というか最初から面倒だ。 そう思いつつ、前に座る大きな先輩の身体を蹴った。既に遠慮がない。 「…なんね」 「なんね、やないです。人を捕まえてぐちぐちぐちぐち愚痴うるさいっすわ」 「…やって、白石は絶対小石川や謙也を頼るばい」 「やから俺? 小春先輩らにしてください。勘弁すわ」 大袈裟に大仰に嘆いて、財前が持っていたいちごオレのストローを噛む。 「やって、あの後、白石に」 「ひどいこと言われたんすか?」 「いや…やっぱり言い過ぎた思って、家に来んって誘ったと。 元々泊まる予定やったけん、うちに」 「…そしたら?」 「…あいつが、『雪○臭いからイヤ』…て、で、俺もキレて『もうずっと来るな』て」 「……………あのぉ、ノロケすか?」 「どのへんが!?」 「どのへんがって…バカップルの相談なんか過半数がくだらないしノロケやし…。 俺に相談しとる時点で予想つきますわ次の言葉。 『ほんなこつ、ずっと来なくなったらどげんしよう』…」 「…エスパーと光!?」 「アホすかホンマにあんた」 千歳を秒殺してから、財前ははぁと溜息を吐く。 「あと、一個、昨日の段階で俺、言いたいことあったんすわ。主にあんたに」 「…?」 「俺、いちごオレ好きなんです」 「知っとうよそげんこつ」 きょとん、とした顔をする千歳の眼前に、ずいっと持っていたパックを突きつける。 「このパッケージで気付かないんすか? 俺の好きないちごオレも、…○リコなんすわ」 「……、…!」 「昨日、あんた、グリ○のこと散々言いましたよね? お子さま向けとか、500も飲んだら太るとか、腹下すとか。 …俺、腹下したことないんですけど」 「………、ごめん」 冷や汗を出して素直に謝った千歳の前から、パックを退かし手元に戻して、「やからです」と言った。 「え?」 「あんた、俺がグ○コ飲んでようが、なんも言わないしどうでもええし、そもそも気ぃつかへんでしょ。 せやのに、白石先輩には過剰に言った。 ノロケです。 あんなん、白石先輩がなに飲んでようが実際はええんでしょ? グリ○も別にどうとも思っとらん。 せやけど、その前の一瞬、同じモノが好きなんや、て喜んでしもたから、裏切られた気分になったんですわ。嬉しかったから。同じモノが好きってことが」 「…。…………」 今、気付いたのか、当たりなのか千歳が黙り込む。 「で、白石先輩も同じなんです。多分。 雪○とか別にどうも思っとらん。 ただ、同じように喜んだから、やっぱりがっかりして。 好きなモノが同じでありたいんは、お互いでしょ? ただ、最初からテニス以外違いすぎたから、諦めて高望みしてなかっただけで。 そんなんやから、一気にあそこまで喜んで裏切られた気分になるんすわ」 「………そう、やね。そうばい。…ごめん」 「ほら、ノロケやった」 言って、財前はいちごオレを一気に飲む。 「…長台詞で喉渇いた?」 「はい。…で、…謝るんですか? 意地張る?」 「……、謝る。俺の専売特許ばい?」 あいつ、プライドも高かね、自分からなかなか折れられん。 そう言って立ち上がる千歳を手を振って見送り、屋上の扉が開いて閉まるのを背中で聞く。 「………謙也くん、今から誘うかな…。 つか、実は俺もいちごオレならなんでもええんやけど、銘柄」 「……」 謙也は喉元で、ノロケやろ、というのを飲み込んだが小石川が「ノロケやろ」と言ってしまった。 小石川は副部長として白石に意見したことが多かったため、こういう時も遠慮がない。 「……やんな。やっぱり」 白石自身、理由は既にわかっていたのか、しゅんと頭を垂らした。 「…ま、お前、頭ええからすぐわかるやろうとは思っとったし。 けど、謝れない、どうしたらええ?…やろ?」 「…。うん」 「白石、苦手やもんな」 謙也の言葉にも、素直に頷いた。 「…千歳も、…千歳が…同じなんやって嬉しかったから…つい。 …やから、余計どう謝ったらええんやろ」 「千歳ももう怒ってへんのとちゃうん? あいつやって、悪いて思ったから誘ってくれたんやろ」 「…せやけど、あいつたまに物わかり悪いし」 「それは、うん、まあ」 千歳が何故、喧嘩したかの本質を理解していなかったら、それはまた食い違うだけだが。 そこで謙也の携帯が鳴った。サブウィンドウに「光」の文字。 「…あ、」 「光?」 「…うん……、白石」 メールなのだろう。文字を読み終えてから、謙也はにこっと笑った。 「中庭行け。千歳がおる」 「え? でも」 「あいつも光に相談しとった」 それだけで、白石はひどく安堵した顔をして立ち上がって部室を出ていく。 実際、もう喧嘩の本質もどうでもいいのだろう。千歳も仲直りしたがっているという一点がわかれば。 「…まあせやけど実際ホンマ」 「ノロケ、やんなぁ…」 こっちの方が糖質高いわ、と小石川が呟いた。 靴音がして、振り返る。 中庭に白石の姿を見つけた瞬間、千歳はなにも考えず駆け寄ってぎゅうっと抱きしめてしまった。 「ぶ」 苦しそうな声があがったが放せない。なんせ、駆け寄る時の白石の顔がいつもの彼の笑顔だったので、安心して、すぐものすごく愛しくなってしまった。 「ごめんな〜! …はぁ、可愛か白石…」 「…っ…は…、………うん」 やっと胸板に押しつけられた顔を解放されて、白石が息を吐いた後、間抜けに頷いてしまう。すぐ違う違う、とハッとして謝ってくる。もういい、と頭を撫でて、額にキスをした。 「俺ら、なんで喧嘩しとったん?」 「…………恋は盲目ってやつで?」 「……ああ」 納得してしまった白石が、千歳の背中に手を回して、頬を胸にこすりつけた。 甘える猫のような仕草に、千歳は顔が赤くなってしまった後、慌てた。 「しらいし…っ」 「ん?」 千歳の胸から離れない白石の髪を、引き離すわけもなく撫でて、ぽつりとなにしとう?と聞く。 「…千歳の匂い嗅いどる」 「…っ」 胸にずくんときた吐息のような殺し文句に、千歳はぎゅうっと更にきつく抱く。 「今日、家来ん?」 「行く」 「……抱いてよか? ちぃと限界ばい」 「……うん」 素直に答えた唇が、言いかけた言葉を千歳がキスで塞いだ。 「それはよか。俺らは」 「……うん」 白石は、お前の好きなもん飲んでみるから、と言おうとした。 けれど、要らない。 いる恋人もいるだろう。だが、俺達はいい。 好きなモノがない、と諦めるにはまだ早いのだ。 だって、まだ、付き合って一年なのだから。 ========================================================================================== まず、グリ○と○印、並びにそのご愛飲者にお詫びします(汗) 単純に、本人達は真剣。周りからするとすごいくだらない。相談されたらそれはノロケ。な喧嘩をするちとくらを書きたかっただけ。 あと中学生らしい二人をたまには。 海瀬はグ○コも雪○も好き。ちなみに大抵、両方同じ値段なんですが、私の近所のコンビニは何故か○印が10円安いんですよね。 2009/02/12 |