「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」 晴天続きの春。 三月の空にそんな悲鳴が響き渡った。 「…健二郎。なんや今の下品な男の悲鳴は」 テニス部の部室で雑務に追われていた部長、白石の言葉に、副部長の小石川はさあ?と首をひねった。 「さっき陸上部が鬼ごっこしてたから、それが馬鹿騒ぎにでもなったか逃げてるヤツが悲鳴あげながら走ってんかどっちかやな…」 小石川の言葉が言い終わる前に、もう一度同じ悲鳴が響く。 「……うるさい」 ぼそりと呟く白石は現在、少々機嫌が悪い。 理由は明快。証拠に傍の小石川がびくりと身をすくめた。 「…止めてきぃや。健二郎」 「いや、俺はまだ仕事…」 「…止めてこい。…健二郎」 「…いや」 だらだらと汗を滝のように流す小石川をフォローする友はいない。 現在部室にいるのは二人だけである。 「…止めろ」 青筋すら浮かべて言う白石に小石川は堪えられなくなって“俺、金ちゃん見てくるっ!”と部室を飛び出した。 止めずに見送ってから、白石は明後日で呟く。 「けんじろーの馬鹿」 「小石川…お前結局白石から逃げてきたん?」 呆れて見下ろす謙也の足下で、疲れたようにしゃがみこむ小石川は言葉がない。 「…やって……………怖いんやもん」 「お前の顔で“もん”言われたかて可愛ない。 ちゅーか、自業自得やんか。 小石川の都合なんやろ? 白石とのデートが潰れたん」 テニス部公認で白石と小石川は付き合っている。 なにより、人には言わない弱音を吐いて頼ってくれる白石に、小石川は昔からメロメロなのだ。小石川が怖いのは、白石が怒っていることではない。白石が自分に愛想をつかすことだ。白石の並はずれた美貌も秀でた能力も知っている。だから、彼なら他に相応しい人が、と考えるのは思春期の男には仕方ない。やはり、好きな子に相応しい男でありたいものだ。 「……白石、俺んこと嫌いになるんかなぁ」 俯いて弱音すら漏らし出した小石川に、謙也は頭を押さえる。 「…そんで謙也とか、…光とか…センセとかに惚れるかも」 「…いや、俺はそんな気は…ちゅーかオサムちゃんはまずいし」 「お前白石に首傾げて“好き”とか言われてぞくっとせんのか!?」 「……いや、…クるけど」 「やろ!? ほな……白石が謙也にとられる…」 「お前は恋人自慢をしたいんか落ち込みたいんかなんなんやねん!」 「……ちゅーか、……」 想像して思わずまんざらじゃないと思った自分を隠すように叫んだ謙也は、言いかけて更に落ち込んだ小石川のただならぬ様子に、肩をすくめる。 「ほんまどないしてん」 「…白石に見られた」 「?」 「…女の子に抱きつかれたとこ」 そらあかん。 とはコートの全員が思った。 「え? なんで?」 「いや…………」 「誤解やろ? 白石の」 「……いや……、女の子に告白されて…ごめん言うたら…抱きつかれた…んで誤解…やないかもしれん」 そらあかんな(二回目)。 「……小石川…ちゃんと謝ってハグの一つでもしてきぃや」 「それが出来たら苦労せんわ!」 「…お前はヘタレか」 「え? 謙也くん以上の?」 「光っ!」 「すんませーん(棒読み)」 「せやったら一発抱いて宥めて来たらどやねん」 真昼に相応しくないことをユウジに言われた小石川は、は、と幸薄そうに笑った。 「…小石川?」 なにそのリアクション、と引きつったユウジに、小石川は。 「…俺ら…まだセックスしたことないねん」 そらあかん(三回目)。 「それなんにこのタイミングで初めて抱いたら…絶対拒否られる。 そんなん俺堪えられん。一生立ち直れへん」 「…お前、死ぬ程白石好きよな…」 「……大好きや。いや愛しとるんや。 ……白石は俺の天使と言っても過言ではな…」 「熱中症起こしとる人がおるんで誰か保健室」 「光、今、春」 「先輩がいちいちキショいからでしょ。つかあの人が綺麗なんはわかるけど…」 天使はないない、と思い切り否定する財前の気持ちもわかる。 「…ところで、」 「ん?」 「さっきから聞こえるこの野太い男の悲鳴はなんやねん」 「……あー、さっき白石も言うとった」 「………どっかで王様ゲームでもやっとる部があるんやろか」 小石川がいなくなった部室にずっといるのもあれで、白石は出ると、気になっている悲鳴の出場所を探し出した。 (…健二郎の阿呆) 悪態をつくのは恋人のことだ。 (俺かて、…健二郎が望んで抱きつかれたんやないくらい知ってるわ) 小石川が一言、ごめんと謝ってくれればそれでよかったのに。 「……俺、そんなに怖いかな…」 ぽつりと立ち止まって零した瞬間、傍のプレハブでその悲鳴がした。 「…ここ?」 さび付いた扉を開けると、がらんとした使われていない部屋。 奥に、一人の私服の男が壁に張り付いている。 (…かなりでっかいなぁ) しげしげと眺めていると、白石に気付いた大男が、すがるような目で見て。 「…ちょ、ちょちょ…!」 「…?」 「…と、とってくれんね!」 「……」 (どこの言葉だ?) と思ったが、それは後回しだ。 「…なんかおるん?」 「…か、かかか…肩…っ!」 「…肩」 近寄って見ると、彼の肩には大きな大きな女郎蜘蛛。 (…ははあ…こいつこないでっかいナリして蜘蛛嫌いか) 軽く蜘蛛を掴むとぽい、と窓から投げ捨てた。 「ほい」 「…っ!」 恐怖から解放された大男が勢いで白石に抱きついた。 「ちょ…」 「怖かったと! 有り難う美人さん!」 「…そらどうも。…キミ、蜘蛛なんかにびびっとったら男が泣くで?」 「ばってん苦手たい」 (だからどこの言葉だ) 「……キミ、なんでこないな使われてへん部室におるねん」 「…や、テニス部の部室や思って、入ったと」 「テニス部?」 「俺、テニス部に四月から入る九州の千歳言うと」 抱きつかれたままする挨拶ではないが、理解はした。 「…ああ。お前が…獅子楽の千歳」 「うん」 「俺はテニス部部長の白石や」 「ああ、部長さん」 「…とにかく、テニス部に案内するから、ついて来い」 言って数歩歩いて、動かしにくい首を曲げる。 「で、離れぇ?」 「……まだ怖か。もう少し抱きつかせとって?」 「…しゃあないなぁ」 「すいませーん…。あれ、あの、部長は」 呼びに来た部員に、部室やない?と謙也。 「あー…」 「用事?」 「いえ、大したことやないんですけ……………部長?」 明後日を見て固まった部員に、謙也も小石川もそちらを見て固まる。 歩いてくる白石と、その身体に抱きついたままの大男。 「白石!?」 思わず立ち上がった小石川が嵐のように走っていった。 謙也も思わず後を追う。 「お前! 白石になにしてんねん!」 指さして怒鳴った小石川に、背後の千歳はぼけっと笑うだけだ。 「白石から離れぇ!」 「なんであんたがそげん命令すっと?」 「…っ白石に触るな言うてんや!」 「…健二郎」 思わず呼んだ白石が、少し嬉しそうに笑った。 (…あー、やっぱ、白石、可愛え) そう咄嗟に思ってしまってから、今はそんな場合やない!と小石川は大男に声をあげる。 「お前さん、部長さんのなに? 彼氏ではなかろ?」 「なんでそないなことお前に言い切られなあかんねん!」 「ばってん、部長さん処女やろ?」 「…っ」 言い切られて白石が羞恥に顔を赤くした。 「な、ななな、なんでそんなこと…」 白石の言葉に、千歳はけろっと。 「俺、経験あるかないか、見ただけでわかっと。特技たい。 やけん、部長さん経験なかよ」 「…そ、れは…」 「俺が…っ…」 言葉に詰まる。けれど千歳の手が白石の顎をくいと掴んだ仕草になにかが切れた。 「俺は白石が大事なんや! 死ぬ程大事に決まっとるやろ! やから手を出せへんのや!」 「…けんじろ…」 呟いた白石が、すぐ真っ赤になる。 ふうん、と零した千歳がぱっと白石を離して、まあよか、と一言。 「ばってん、はよせんと俺が手ばつけったい。 知っとう? 女は先に会った男が手に入れるんじゃなか。 先に手ば出した方が手にいれっとよ」 「…絶対、お前には指一本渡さん!」 「それぁ楽しみたいね」 笑った千歳から離れた白石に、謙也がそういやなんで一緒におったん?と聞く。 「あいつ、九州の千歳や。今年からうち来る。 で、さっきの悲鳴、あいつ」 「…はぁ。なんかあったん?」 「蜘蛛、嫌いなんやと」 「……は―――――――――――――」 火蓋は切って落とされた。 真昼の決闘。 しかし、白石は平和にして欲しいだろうな、と謙也は思った。 |
今回よりノベルのトップに置くものを変更。 毎更新には間に合わないかもしれませんが、出来るだけ毎更新のたびに新しい小話を ここにのっけたいと思います。 …まあ拍手のかわりみたいなものです。 今回はこれは…小石川×白石的千歳×白石? 小石川×白石は初めてかも…。 白石がなんか阿呆っぽくなった。小石川がうざいのは気のせいか。 …やっぱり千蔵が一番書きやすいってことだろうか。 |