生まれた罪 勝ち残る罰
自分という存在
出会った罪 愛し合った罰
お前という存在
敗北の罪 生き続く罰
あなたという存在
泣き叫ぶように見る眼
切り裂く手の平・ナイフの牙
憎む程ならいっそ殺めてください
優しく触れようとする指
すぐ振り払う手の痛み
出会ったのも罪 穿たれた罰
いつか選べますか
先に逃げた罪 悲鳴のない罰
ならお前は背負いますか
こぼれた叫びはもう二度とここから出られない罰
いつか許してください
その声に、どうか誰も頷かないで。
自分が、白石を大会後に見たのは、それが久しぶりだった。
引退直前の、学校の表彰式。
ベスト4の成績を全校生徒の前で表彰される、千歳自身獅子楽でも体験したヤツだ。
既に新部長の役目として、点呼を取るのは新部長の財前だった。
部活の最後の行事なんやから参加してください、と屋上で寝ていた自分を起こしに来た財前に、千歳は真顔で訊いてしまった。「最後の行事は、引退式じゃなかね?」と。その後すぐ後輩に殴られた。
怒ったままの後輩に体育館まで連れて来られて、突っ立っていればいいと言われて。
壇上に挙がる前に、白石の顔を久しぶりに見た。
隣の謙也と話す穏やかな笑顔も、余裕を持って会話する口調もなにもかも、出会った時と夢かと疑う程に変わっていなかった。
でも、今は夏の終わり。
もう、引退。もう、終わり。
「千歳」
謙也に肩をつつかれて、自分に気付いた白石が振り返って微笑んだ。
少し遠くに立っていたから、近寄らずに手を振って笑うとまた笑って謙也となにか話していた。
表彰式はものの数分で終わった。
最後に、体育館から出るときにその顔を一瞬振り返って、千歳はそれでその場を後にした。
自分が、最後まで部に根付かなかったことを、よく理解していた。
三年から転校してきて、ろくに授業にも練習にも参加しない自分の首根っこを掴んで参加させた白石に、その都度悪いと思っても、自分はどうしてもその気ままな態度を変えられず。
テニスがしたいのに。
だって、ここはあそこじゃないから。
橘しか語り合える仲間がいなかった、あそこじゃないから。
気ままな自分を笑顔でみんな受け入れてくれた。目の怪我に気後れした部員もいなかったわけじゃない。でも、みんな笑っていてくれた。いつだって自分に優しかったから、いくつかでも返したかった。
ここでのテニスは楽しかった。
なのに、どうしても長年培った放浪癖は直らず、気付けば学校から相当遠い海で「あ、今日、練習試合やった」と気付くことも多く。
その度、みんなを呆れさせた。でも最後にはみんな笑って許す。
白石にはみっちり怒られた。彼だって内心、自分にはいくら言ったって無駄だって理解していたはずだ。彼は自分より頭がいいのだから。
それでも、彼は千歳がサボった回数、しっかり叱った。
その回数、注意して、来るように念を押した。
その回数、もしかしたら、と心配もされた。
白石は、そんないい部長だった。
だけど、自分はなにも彼に返すことは出来なかった。
最後に、裏切って退部して、根付くことをせずに、連れ戻してもらったのに、勝てずに。
だから、会わないように、顔を合わせないように部活には東京から帰ってきたあとは一度も出なかった。
携帯を使う方ではないから、電源を切ったまま放置した。
病気かと心配させるのだけは悪いから、学校には登校した。授業を全てサボって。
なにも返せなかった。
彼にもらった、心配の気持ちの一つすら返せなかった。
きっと、言葉一個すら返せていない。
謙也たちは、言葉で、態度で、あらゆる支えで少しでも返して、力になっていると思う。
足りないかもしれない、と思うくらいには、いい部長だったけど。
だから、会わなかった。
あそこに立つ資格が、俺にはなくて。
白石の傍に、立つ資格が俺にはない。
笑う白石に、笑顔を向けられる資格は、俺にはないから。
だから背け続けて、逃げて。
だって根付けなかった。
夏ならよかった。
ずっと、夏のままならよかった。
何故日本には四季なんてものがあるんだ、と馬鹿なことすら思うくらい。
白石を好きな自分がいた。
だから、会えない自分がいた。
ベスト4という昨年と同じ結果。
けれど、昨年の結果を残したチームと、今年のチームの柱は同じ。
白石蔵ノ介。
出会った違う部活の友だちに、知らない後輩に同級生に、高校のOBに、教師に口を揃えて言われた。
「白石って、やっぱりすごいなぁ」
「白石ってあの優勝校の選手にも勝ってんやろ?」
「やっぱホンマすごいな。せやから二年から部長やったんやな」
「最初は二年から部長なんて心配したけど」
会う人みんなに、賛辞しか寄越されないような、そういう綺麗な世界。
でも、謙也自身、それが当然の結果と信じていた。
白石が、一度でも怠ったことがあったか?
一度でも部活を休んだ日があったか?
一度でも、負けたことがあったか。
ないから、自慢だった。
彼が褒められる度、我がごと以上に嬉しかった。
「謙也、」
「あ、なに?」
昼休み、いつものように机を付き合わせて白石と食べようとした矢先に彼に柔らかく微笑まれた。
「ごめん、ちょお俺呼ばれてるから」
「…あ、そっか。ならしゃあないな。待ってよか?」
「ええって、食べてて」
「わかった」
大変やなぁ、と見送る。
大会以降、白石が教師に呼ばれる回数は増えた。
渡邊から一度訊いたが、多くの学校や、海外からもスカウトの話がひっきりなしに来るらしい。
その時は心配して、白石に「他の学校行くん!?」と訊いたものだ。
彼が「まさか」と安心させてくれたから、見送る余裕がある。
白石は、誰にも嘘を吐かないから。
「白石」
自分を呼ぶ、声がする。
顔を上げると、昼休みに騒いだ廊下の知らない同級生や後輩が笑い会う姿。
自分を呼ぶ声はない。
気のせいかと思う。けれど、耳を掠める声がやはりする。
「あれが白石? あの、部長」
自分を指すような、誰かに伺う声に、心の中、決して喉から出られない悲鳴がした。
やめてくれ。
お願いだから、その言葉にもう、誰も。
「そう」
「へえ、なんか嬉しない? こういうすごいヤツと同じ時間に学校通ってましたって、あとで自慢になんの」
「ああ」
すぐ顔を背けて、白石はその場を去った。
いつか、無駄だと思い始めた。
けれど、胸の中、決して喉から出られない悲鳴が、どんどんどんどん大きくなって胸を抉っていく。
やめてくれ。
お願いだから、もう誰もその言葉に、頷かないで。笑わないで。
誰も、もう俺を褒めたりしないで。
逃げるように、屋上に出た。
謙也に嘘を吐いたけれど、もう辛くて一杯だった。
フェンスに寄りかかっていた長身が、扉の閉まる音に気付いて振り返り、一瞬目を見開いた後、名前を呼んだ。
「白石?」
「…千歳」
よく考えれば、予想出来た姿だ。
千歳は、ここにいるだろうと、わかった。
千歳は扉の前から近くに歩み寄った白石から、離れるわけでもなくそこに立ったままで見下ろしてきた。
「謙也は? 一緒に食べとるんじゃなかね?」
「あいつ早弁しおった」
「ああ」
どこが、褒められた存在なのだろう。
こんな風に、あっさり嘘を吐けるのに。
あの親友は、今も自分を待ちながら一人で律儀に食べている筈だ。
「白石、大変そうばい」
「え?」
「年がら年中、全校生徒に覚えられて見られて。
ばってん、俺も確かに獅子楽ん頃はそうやったけん、あれは主に桔平の所為ばい」
「…なんの話や?」
微笑んで見上げた白石の、瞳に内心千歳はぎくりとした。
自分を見上げて微笑んでいる。
なのに、瞳は上を見ていない。顔だけが上向いているだけだ。
瞳そのものは真正面を向いたまま。
おそらく、千歳の胸元辺りしか見えていないはずだ。
「……白石?」
「……?」
不思議そうに瞳も向けてきた白石に、千歳の方がびっくりしてしまった。
「…なんでもなか」
「…変なん」
「…………」
そう、ぽつりと吐く姿が心なしか疲れていて、流石に全校生徒に注目されるのは疲れるかと同情する。
「…俺もあったばい。こういうこつ」
「?」
「獅子楽。勝ったほとんどって、俺と桔平ばい? 自分でいうんあれやけん。
しかも年中つるんどったけんね。
どこ行っても『千歳』『橘』て。全校舎に俺達の指名手配写真でもあるんじゃなか?って気分ばい。正直、気味悪かった」
「…あるいみ指名手配やろうな」
「生活指導の教師以外からの視線が、『妬み』か『諦め』か『賛辞』やったけん。
ま、疲れて当たり前ばい」
「……」
ぽん、とその流れで頭を撫でた千歳に白石がきょとんとする。
「……? 疲れとったんじゃなかね? 白石」
違ったか、今のは逆効果か、と内心焦った千歳に、白石は数度瞬きするとか細く千歳の名前を呼ぶ。
「はい」
思わず、そう返事してしまった。だが、彼は笑わずに言う。
「…ありがとう」
「…。……………あ、うん」
拍子抜けして、安堵してそう返した。
白石は振り払うことなく、頭を撫でられていて、そろそろやめなければと思うのにその柔らかい髪の毛の感触に、愛しくてしかたなくなってどんどん手を放せなくなってしまう。
それでも、ちょっと疲れたんだ、くらいにしか思わなかった。
頭を撫でられたままの、俯いた白石の表情を、見ようとしなかった。
→NEXT