俺たちの日常



---------------------------------------------------------------
キミを愛そう/星の向こうで届かないキミを
---------------------------------------------------------------





 くり返して悪夢を見た。
 今日は朝の二時に目が覚めて、すぐまたうとうとしだした。
 だがベッドに入って寝ようとすると、見るのは必ず意味不明な悪夢だった。
 夢とつかない夢の中で怖い、起きようともがいて起きて、そしてまたうとうとして眠って。そのくり返しだった。


 朝練を終えた甲斐の背中がいつもより曲がっている。
 甲斐は決して猫背ではない。身長の低いのを気にしてか、いつも背筋を伸ばしている。
「甲斐クン、どうしたの」
 木手が問いかけると、自覚がないのか、なにが? と言った。
「今、落ち込んでない?」
 言われて、またなんでと言った。
「彼女にふられでもしたの?」
 そう聞けば、甲斐は目の前のロッカーに派手に頭をぶつけた。
 図星らしい。
「え? なに、わん言った?」
 そもそも彼女がいるなど平古場くらいにしか言っていない(覚えがない)甲斐は見事に驚いた。平古場を見る。平古場は、“わんは言ってない”と簡潔に無罪を主張した。
「ぬーがよ?」
「簡単な消去法なんですが」
「しょーきょほう?」
「先日返って来たテストの点数は自己最高点。最近珍しく遅刻をしない。
 今日朝練で珍しく、モーションがいいと監督に褒められた。etc
 これだけいいことが続いてて、落ち込んでたらそれはねぇ」
「あ、…………そっか」
 甲斐は最近調子がよいのか、よいことが続いていた。
 感情を隠さない甲斐や平古場は、すぐ顔に出るので、上機嫌な時ほどよくわかる。
 それが落ち込んでいる顔をしていれば、あとは木手の言うとおり消去法だ。
「あい? 付き合ってまだ半月じゃなかったか?」
「そーなんだよー大会のわんの勇姿がかっこいい、一目惚れだって。
 でも、昨日“テニスと私どっちが大事?”って」
「よくあるパターンだよな」
 と平古場。
「女って勝手さーなー…。テニスしてんの見て一目惚れしてテニスしてるから嫌いになったってわけわからん」
「だからわんみたく断ればいいんだって」
 外見から、モテる平古場は基本丁重に断っている。
 甲斐のようなことになるのがわかっているからだ。
「だって、割と可愛かったし、テニスしてる姿に惚れたんなら多少部活にのめり込んだってうるさくいわんと思ったさ…」
「よく言うだろ。女心と秋の空」
 知念が着替えてロッカーを閉じながら言った。なるほど的を得ている。
「わんは女なんか嫌いどー」
 もう引きこもりモードに入った甲斐はそうぼやく。それでもテニスに支障が出ない(少なくとも珍しく早乙女に褒められるくらいには)のはひとえに甲斐のテニスへの好意が現れている。それが木手には嬉しいのだが。
「木手もモテんじゃん。なんかそう言われたことない?」
「………さあ。付き合ったことってあまりないから、でも言われてないだけで思われてたかもね」
「……あ、木手だもんな。言えないか」
「どういう意味かな甲斐クン」
「いや別に」
 ふぁーとあくびをした甲斐だったが、いきなり頭をがつんと殴られて吃驚したようによろけた。
 知念だ。
「………知念くん!? え? なにわんなんかやった!?」
「やってないけど、なんとなく」
「なんだわけそれ!」
 木手も若干驚いた。知念は少なくとも人や物に当たらない。
「知念、裕次郎に悪気はない。その辺にしとけ」
 ツーカーなところがある平古場だけが、理由がわかったようにそう言った。





「なぁ、どうしてもわからんのだけど」
 その日の昼休み、知念のクラスにやってきた甲斐が真顔で聞いた。
「ぬーが?」
 答えた知念に、あのさぁと甲斐。
「朝、わんがなんで殴られたかなんだけど」
 どうやら甲斐はずっと考えていたらしかった。
「…ああ、…あれは、本当は、……甲斐も、悪くない」
「どういうこと?」
 甲斐は善い人間だ。後輩にとても好かれ、だからこそ他人の好悪の意味をちゃんと考える。
 他人に左右されるということが大嫌いな平古場に言わせると、“裕次郎は馬鹿”なのだそうだ。
「永四郎に、彼女のこと聞いたさ?」
「それが?」
「…、永四郎、木手の家の跡取りだろ」
 知念は重苦しい口調で、説明のように言った。
 甲斐は意味が分からないという顔をしたが、彼は鈍い人間ではない。
 すぐわかって、ああ、そっかと呟いた。
「そりゃ…わんが悪かった。すまん」
 知念くんが正しい、と甲斐は自分が殴られたことの正当性を認めた。
 これが平古場なら、堂々巡りの平行線になるのだが、甲斐は物わかりがよく、他人思いなので自分への暴力すら、自分がそうされるのが正しいと一度認めればすぐ怒りも疑問も抱くことをしなくなる人間だ。本当に、善い人間だ。
 木手が琉球空手の本家の跡取りだということは全員の知るところだ。
 その跡取り息子が、普通に恋愛やおつき合い、など出来るはずはなかった。
 付き合ってもうるさい親族どもにふさわしくないと根回しされてすぐ別れることになるのは甲斐たちにだってわかるし、そんな木手に既に見合いの話や許嫁の話が来ていない筈もない。
 従って、木手に付き合った彼女との別れ話の経験を聞いた甲斐は、知念に制止のように殴られたのは当然だ、と受け入れた。
「ごめんな知念くん、ヤな役やらせて」
「いや、わんもすまん。もう少し加減すればよかったさ」
「いいよ、わんが悪いし」
 来た時とはうってかわってすっきりした顔で甲斐は言った。
「おおい、なんだ結局こうなってんのかよ」
 遠くの廊下から歩いてきた平古場が、二人を見て既に甲斐が自分の非を認めたと悟ってそう言った。
「裕次郎は自覚せん方がいいんに」
「なんでよ凛」
「いくら永四郎のことだからって、雑言言ったわけでもないんに、殴られたこと認める馬鹿やるだろ、裕次郎は」
「けどわんが悪いだろー?」
「ボケたとこだけな」
 平古場の言葉はにべもない。
 彼は木手を思いやらないわけではないのだが、他人に左右されている人間が大嫌いでそういう部分があれば、悪し様に言うのをそれがたとえ甲斐だろうが遠慮しない性格をしている。
 その悪し様な言い方にも愛情があるので、今のところ平古場のそんな性格は目立って嫌われていないが。
「わんが悪い、まあ、けど木手には謝らんよ。すっと木手がわかっちゃうからさ」
「そうしろ」
「まあ、知念がやってなかったらわんが殴ってた」
「どのみちわん殴られるんじゃん」
 甲斐はけらけらと笑って、うっしとサムズアップ。
「じゃ、わん今日は慧くんと試合する!」
「ぬーが?」
「慧くん好きだもんー。凛が言ったんじゃん?
“永四郎と試合したかったら慧のサーブ打ち返せるようになってから”って」
「ああ、言った。だってデブのサーブ打ち返せんようじゃ、永四郎のサーブなんかもっと無理どー」
「やーさぁ、たまに慧くんのことそう言うのやめろ。慧くんが気にしない性格だからいいけど」
「だってーわかりやすいじゃん?」
「なぁ、知念くん。わん、凛のこういうとこは殴っていいと常々思うんだけどどう?」
 真顔で甲斐に聞かれて知念は困った。
 平古場の自由奔放さは冗談交じりの雑言にもあらわれる。
 出会った当初こそ、怖い奴だと思ったが彼の決して悪気のない美学のある姿勢に則っているだけなのだとわかったあとは、平古場の文句が自分を向いても気分を害したことはない。
 それを相方として否定出来ない。だが確かに甲斐が言う田仁志への呼び方にも問題はあって、甲斐の味方もしたい。
 しかしそうすると、自分を挟んで二人が喧嘩をしてしまう。
 弁に長けていない自分が、一度喧嘩した平古場と甲斐を仲直りさせるのは難しい。
 平古場と甲斐は幼馴染みだっただけあって喧嘩の際一番遠慮が互いにないからだ。
 結局大騒ぎにならないようにしても、主将である木手を最終的に頼り巻き込んでしまう彼らの喧嘩を誘発するような発言は出来なかった。
「おい裕次郎、知念が困ってるだろ」
「えー、わん間違ってないし。凛こそパートナーだからっていつでも知念くんが自分の味方すると思うな?」
「なんだよ。お前知念のなんなわけ?」
「仲間。友達」
「へっわんは相方だもん」
「わんだって知念くんとダブルス組んだことある!」
 ああ、結局なにも言わなくても喧嘩に発展するらしかった。






「で、……甲斐クンと平古場クンは喧嘩続行中、と」
 部活開始後、ことのあらましを知念から聞いた木手は今日あからさまに視線を合わせない二人を遠目に見やってため息。
 ああ、結局負担かけてる。
「すまん、主将」
 知念はすまなく思って謝った。
 その言葉に、木手は小さく笑う。
 知念は普段、木手を名前で呼ぶ。だが部活という括りに関わることになると“主将”と呼ぶ。一辺倒に“主将”と呼ぶ同級生は田仁志だけだ。
 その呼び分けには木手も慣れていて、キミが謝ることじゃないと言った。
「まあ、俺は平古場クンが悪いと思うしね。いくら田仁志クンが気にしないからって」
 関心しません、と木手。
「わんはいいけど、主将」
「田仁志クン、キミは怒っていいんです。キミには名前、ちゃんとあるんですよ?
 仲間でもないなら呼ばれたっていいけど、平古場クンとキミは仲間なんです」
「……でも、わんは気にしてないし、あれが凛の愛情だってことくらいはわかる」
「……」
 田仁志の全く気にしない言葉に、木手はなにかを指そうとした指をおろした。
 そうなんですよね、と呟く。
「あれが完全な悪口なら俺も罰を与えられるんです…。
 でも田仁志クンの言うとおり、ほぼ愛情の裏返しだから……」
 木手も実はわかっているのだ。
 あからさまな暴言を見た目と裏腹に吐かない徹底した一匹狼っぷりをしている平古場が、軽口で馬鹿にするということは正反対に好んでいるということだから。
 平古場の暴言は、幼馴染みの田仁志への愛情故の信頼。
 田仁志なら、自分をわかって愛想を尽かさないでいてくれるという信頼だ。
「…多少、投げっぱなしすぎるから、甲斐クンは怒るんですけどね」
「まあ、そこは直すべき」
 知念が納得のように言ったところで、自分たちを遠巻きにしている不知火を見た。
 気にしない新垣が駆け寄ってきて。
「主将。次俺とトモくんなにする?」
「ああ、不知火クンと新垣クンは次平古場クンと知念クンと試合。
 ……で、あの様子でいけそうですか? 知念クン」
 平古場クンは。
「……甲斐が絡まなければ大丈夫」
「じゃ、甲斐クンには一年の指導頼んでおきますか…」
 学年に隔てがなく、生徒同士は先輩後輩というより同期意識の強い沖縄の風土に則って、比嘉中にも監督が絡まなければ比較的皆その意識が強い。
 事実主将である木手以外を、後輩は名前で気軽に呼ぶ。
 そのことで忘れがちだが、甲斐は副部長だ。
「…甲斐も、“副主将”って呼び名があればいい」
 木手の胸中を呼んだ知念がぼそりと言う。真理だ。
「時に……不知火クン。いい加減キミも直しましょうね。その知念クン嫌い」
「…嫌ってるんじゃなくて、苦手なだけだよ。主将」
 遠く、知念から離れるために遠巻きにしか見ない不知火を新垣がフォローする。
 何故ああも不知火は知念が苦手なのか。決して嫌っていないし、信頼もあるのに。
 どうも傍にいられないんだ、といつだったか不知火が言っていた。
「あれ?」
 そこで新垣は不意に声をあげた。
「どうしました?」
「主将、なんか顔色悪い」
「……本当だ」
 田仁志が賛同した。
 知念が注意して見ると、その肌に微か不調を訴える青白さがある。
「…大丈夫か?」
「大したことないんですよ」
「永四郎のそれは信用ならん」
「……」
「甲斐、平古場!」
 知念が二人を呼んだ。
 二人は遠くからお互いを見やって、“ああ?”と言いたげな顔をした。
 知念が木手を指さそうとした時だ。大声で言うと、部員が心配する。
 その時、足下がスポンジ状にでもなったような感覚を木手は感じて、途端視界が遮光カーテンに遮られたように真っ暗になった。
(あ…やばい)
 そう思った時には、最早足は身体を支えられなかった。


「木手!!!」


 遠くで響いたような甲斐の声に、木手は覚醒した。
 どうやら貧血で倒れたところを知念に受け止められたらしい。
 記憶が飛んでいたのはほんの数十秒くらいのようだ。
 だが甲斐と平古場をそこに集めて、喧嘩を有耶無耶にする程度にはショックがあったらしかった。
「…すいません」
 知念の腕から身を起こす。
「大丈夫か? また食べられない状態なのか?」
「いえ、違くて…。ちょっと、昨晩一時間程度しか寝てなかったもので」
 拒食のことを出されると余計心配させるので正直に言った。
「一時間! やーなにしてたんだよ!」
「…いえ、普通に寝たんです。ただ、夢見が悪くて」
 驚いて怒鳴る甲斐に言うと、夢?と聞かれた。
「……覚えてないんですけどね」
 ただ、悪夢を見たってことしか。
「……………しっかりしろ、もうすぐ全国」
 しばらく無言だった平古場がそう言って肩をたたいた。
 それは逆効果じゃないかと誰もが思ったが、木手は逆にそれに安堵したように笑ってはいと頷いた。




「意外。木手があの一言で持ち直すなんて」
 帰路で田仁志と甲斐と平古場は一緒になる。甲斐の一言に、田仁志も賛同して平古場を見た。
「ああ、わん、なんか夢見の才能あるらしい。ばあちゃんが言ってた」
「ゆめみ?」
「そいつの見た夢がどんな夢か、聞かなくてもだいたいわかる直感? ってやつ」
「へえ…で、あの一言で持ち直すような夢だったってこと?」
「まあ、間違ってないなら」
「どんな夢」
「…………」
 平古場は一度沈黙した。
 木手は上昇意識の強い奴だ。悪い予感を吹き飛ばすような強さがあって、逆境にこそ強い。
 夢からは、全国での悪いイメージがあった。
 まるで、どこかベストに入らないところで負けるような。
 だからああ言えば、木手の性格ならしっかりしなければと持ち直すとわかった。
 普通の人間にそう思わせることは負担を増やすことだが、木手は逆にそれを安心に変えて強くなる奴だ。
「……内緒」
「えー」
「わんにも?」
「デブにはもっと内緒」
「あ、凛また呼んだ!」
「うっせー裕次郎」
 甲斐からの蹴りをひらりとよけて平古場はまだ沈まない茜の空を見上げた。
 田仁志は盲目な信頼が木手にある。甲斐にだけならまだしも、田仁志にはいえない。
 それが木手曰くの愛情から来ているとは、口が裂けても言いたくなかった。







===========================================================================================

 比嘉中はこういう連中だ、(うちのサイトでは)というお話でした。
 今回はあまり木手受け関係なし。
 ちなみにお互いに対する態度や接し方を書こう、というのが今回のテーマでしたがここで互いの呼称について。

 木手−全員「クン」付け。これはオフィシャル。
 甲斐−平古場以外半分捏造。平古場に対する「凛」はドキサバでオフィシャル。ただ田仁志へはアニメで「慧くん」って呼んで  いた気が…。知念をくん付けさせるのはなんとなく。
 平古場−木手と甲斐以外は捏造。多分相方でも知念は知念。田仁志のことは慧。
 田仁志−ドキサバに出番なかったので捏造呼称ばっか。平古場と甲斐へはイメージから。
       木手に対しては好きなリスペクトサイト様が「主将」と呼ばせていたので、しっくり来るから「主将」に。
 知念−これも捏造呼称。木手だけオフィシャル?多分みんなを名字で呼ぶだろうなーと。で木手をたまに「主将」と呼ぶ。
 不知火−出番なかったけど、多分全員名字。新垣だけ「浩一」
 新垣−「主将」「甲斐くん」「凛くん」「慧くん」「知念くん」という呼び方。不知火は「トモくん」。周囲からは「こーいち」と呼ばれ      る。

 こんな感じのうちの比嘉。オールキャラは、四天宝寺より比嘉の方が書きやすい…。
 根底がさりげなくちねきて。