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キミを愛そう/キミにキスを、僕には薔薇を−星の向こうで届かないキミを番外
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「凛! りーん!」
下校中に呼ぶ声がして、どこだろうと見渡す。
今日は部活がない。
沖縄では日差しがまだ高く、もうすぐ四月なのにと平古場はおっくうに思った。
しかし、呼ぶ声の主は全く見あたらない。
声と自分に対する呼称から間違いなく甲斐なのだろう。しかしその目立った茶髪と帽子頭は下校中の生徒の群のどこにもない。
「……………? ゆーじろー! やーどこさー!」
「上! うーえ! 凛、上みちみー!」
「上?」
いわれて校舎を見上げる。と、その屋上にその姿があった。
「……やーは…、なんつーとこから話しかけんばぁ?」
「やー、今日はどこ寄ろうかなーって考えながら町並みウォッチングしてたらやーが見えたからさー」
「今日は八時には家帰ってやれよ。お母さんいつも心配させんな?」
「なんでわんはやーに母親の心配されてんだよ」
「やーの寄り道癖が悪いんさ」
甲斐の人なつっこい、自分に対するそれは、嫌いではない。
むしろ好ましかった。
小さく笑って、手を振る。
「嘘。やーはそのままでいてくれって話」
そのまま平古場は校門へと踵を返した。
甲斐の自由奔放さは、寄り道癖を表している。
あのどこへ走っていくかしれない子供らしい人懐っこさも、そこからだ。
それがなくなったら甲斐ではないし、平古場はただの大人になった、大人ぶった甲斐を友人と思えるかわからない。
だから、待ちかまえる未来に聞こえないふりを少しする。
おかしいな。自分はまだ小学生なのに。
たとえこれが、小学生最後の春でも。
平古場凛。甲斐裕次郎。小学六年生の、卒業式を控えた春の日だった。
通りかかったというには遠い学校。
少し、痛みをみないふりをして。
「平古場クン?」
大人びた声は、嫌いだ。
なのに、なんで俺は、そのかたまりみたいなこいつの誘いに乗ったのだろう。
振り返れば、黒髪の眼鏡の少年が幾分驚いたように平古場をみている。
俺も、裕次郎もこいつの誘いで、もうすぐここから歩いて二時間くらいの比嘉という中学校に入学することが決まっていた。
親にはなんでそっちの学校といわれたが、それはあまり気にしなかった。
甲斐の方は事なかれ主義で、テニスが強いんならいーさーとのんきにいう(裕次郎は小三から沖縄に唯一あるテニススクールに通っている)。
俺は昔からのつきあいの甲斐の好きなテニス、というのに興味を持たないわけではなかったが、きっかけがなく、やり方を教えられるほど甲斐は上手ではない。
この少年は、それを教えるという。強くするために、勝つために。
「珍しいですね。キミ、学校もう少し向こうでしょ?」
俺があれほど嫌う大人びた口調も仕草も、こいつがすることなら、なぜか受け入れられた。
「てーさつ。やーの通ってる学校に興味あって」
「そう。普段の逆だね。近くに話せる場所があるから、そこ行こうか。ね、」
言って、木手は背後の男を振り返った。
背がやたら高い。こいつ本当におれと同じ小六か? と疑う。
知念寛。
俺が木手と会う時は、必ず木手の隣にいる男。
前訪ねると、小学校は徒歩一時間ほど離れた場所に通っているという。謎だ。
「ま、まんざら偵察だけってわけでもないさ」
「そうなの?」
「ここ」
通りかかって、足を止めた女子中学校に指を向ける。
「わんの姉ちゃんが通ってる」
「ああ、お姉さんを迎えに? 偉いね」
「あんな凶暴なねーちゃんに迎えはいらんだろ」
「じゃどうして」
「………」
昔からよく言われたことがあった。
凛は女の子だろ。こっちくるなよ。
男だっつってんのに。
外見と髪の長さと名前から、近所の子供には女の子扱いをされた。
仲間にいれてくれたのは裕次郎だけで、おかげで俺は裕次郎以外の子供と遊んだことがない。
「……いーよなー」
「?」
みているだけなら女の集団というのは好ましい。
中に入ってしまえば、陰湿だというのは最近知った。
「なあ、木手。比嘉って共学だっけ?」
「共学だけど。」
木手はなにをいきなり、という声だ。
凛は女の子だろ。あっち行けよ。
そう言われて育つと、途中まで本当に女の子だと思いこんでしまう。
凛ちゃんは本当に女の子みたいにかわいいねえ。
大人にまで言われたら、そう思ってしまうんだ。
だから俺は実は、木手に誘われるまで、俺は姉貴と同じ学校に行けると思っていた馬鹿だった。
思い切り息を吸い込んだ平古場に、木手はいぶかしんだだけで、なにも言わない。
これが裕次郎なら俺の口をふさいで引きずっているところだ。
「どいつもこいつも…わんを仲間にいれろ―――――――――――!」
「平古場クン…それじゃただのオカマですよ」
木手の冷静なつっこみがなんだかありがたかった。
知念という男はじーっとみるだけで、ノーコメントだ。
「…わん、やっぱやー嫌いだ」
と言う俺に、知念はやはりノーコメント。
「…木手! この仁王像はやーの隠し子か!?」
「俺は小学生ですよまだ」
ごもっとも。
しかし、こいつは俺より、女らしいのだ。
木手の仕草や身体の動きの線は誰より女らしい。姉貴よりもだ。
でも女には絶対見えない。筋肉の多い身体と、独特の声はまだ声変わり前で、女の子の響きなのに。
なんでだろう。
「なー、」
「なに?」
「ここ、近くに市民プールあるだろ?」
「あるね。泳ぎたいの? 今三月だよ?」
「んー泳ぎたい。沖縄は何月だろーが暑いしさ」
じゃあ、いいところがあるよ。と木手がいやな顔するでなく道を案内してくれる。
こういうとき、裕次郎以外の同級生なら絶対いやな顔をする。
けど、木手は絶対しない。もうすでに成人式でも済ませた大人みたいに、なにもかも子供のやることだからと受け入れる。知念は無言でそれにつきあっている。
木手は基本、知念の意見を聞かないのに、知念は気分を害さない。
この二人のことをもっと知りたい。中学にあがればわかるだろうか、初めてそう思った。
「平古場クン…」
市民プール。ここは午後六時まで開いていて、今は午後の四時だ。
プールを一泳ぎしてきた木手が、姿の見えない俺をいぶかって戻ってきて、さすがにあきれたらしい。
「……まず浮かぼうか?」
ごもっともだができるなら苦労しない。
「……教訓、人間は水に浮くようにできていない」
「出来てるから、浮かばないのはキミだけだから」
キミもしかして25Mも泳げないでしょ、と木手。事実なので反論しない。
「あ、知念クンだ」
木手の声に、そちらを向く。
中学生にしか見えない彼は、きれいなフォームでターンするところだった。
「……知念ってさ」
「なに?」
「やーのなに?」
「家族ぐるみの友達かな。俺、家族を紹介した友達って知念クンが初めてなんです」
「……なんで?」
「紹介しにくい家族だから」
「なんか問題あんの?」
「沖縄の空手のね、宗家…本家って知ってる?」
「……道場の師範が言ってたことあったような」
「なんて名前だったかわかる?」
「……えー…………」
なんだっけ。手がついたよな。手塚、違う。手は二番目じゃなかったか? 手、手のつく名字。
「……………木手、なんだけど」
木手が思いつかない平古場にそう言った。
「あ、そうやっし…。木手?」
「俺の祖父の家」
「………………やーってもしかして結構えらい?」
「単にそこの跡取りってだけです」
通りで強いはずだ。
「そんな窮屈な家に、ふつうの小学生は来てくれないでしょ?
でも来てくれたんですよ。知念クンだけが。文句も言わず。
俺はそれが有り難かった。俺と知念クンが特別仲良いなんてことないんです。
ただ、お互い頼れるから、そう見えるだけ。俺が知念クンを頼った分だけ、知念クンも俺に頼るから、踏み込んでいいボーダーラインがないだけ。だから、下手すれば兄弟みたいなんですよ。
キミと甲斐クンみたいに」
そこで、俺は初めて、こいつの目には俺と裕次郎が、俺が見た木手と知念と同じように見えていることに気がついた。
兄弟はキスなんて出来ない。下手な女の子より女の子扱いされた俺は、女の子とキスしたことなんかない。
裕次郎とは一回だけある。単なる罰ゲームだ。お互いリアクションもあったものじゃなかった。それは兄弟みたいな友達だから?
木手はそうなんじゃない? と笑う。
大人びたこいつだけは、俺は許せる気がして笑った。
そして俺はいつかこいつから薔薇をもらう。
勝利という薔薇を。きっと遠くない未来。
こいつと、裕次郎と、わけのわからないあの知念と、まだ見ない仲間と、こいつと。
一緒に。
後書き
発作的に平古場木手が書きたくなって書いたら小学生話になった。
部活あるとこはあるよね、小学校でも。
甲斐と平古場は違う小学校だって知ってますが、なんとなくこのシリーズでは同じ小学校の幼なじみ。
知念と木手は違うんだけど、仲良い設定。
平古場は中学で特訓を受けて泳げるようになるんだろーなと思ってます。
たまにいますよね、こーいう浮かべない人。
平古場は大人びた子供は嫌いなんだけど、木手だけは何故か許せて。
それが無自覚の好きだって気づいてない、みたいな。
それは星の向こうで届かないキミを本編で書く予定。しまった、キミを愛そうは手塚木手ではなく木手総受けシリーズらしい(今気づくな)
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