優しく甘い密告をー禁断その後 いつもと変わらない朝が来る。 目を覚ましてすぐ、いつもの定位置にいる白石を見上げた。 背中を向けている。紅茶が注がれる音が聞こえる。 「…蔵?」 昨日許されたばかりの名前。おそるおそる呼んだ。あれは、自分の都合のいい夢じゃないかと怖い。 白石は声に振り返って、綺麗に微笑む。 「おはようございます。千里様」 人形じゃない、暖かい笑顔。昔の呼び名。 夢じゃない。と思い知って、涙が零れた。嬉しくて。 気付いて、白石はこちらに歩いてくる。足音が響いた。 寝台に屈んで、千歳の手を取ると、裸の指にキスをする。 「すっかり泣き虫は卒業されたと思っていたのに」 「ごめん…」 鼻が詰まったような声で謝ると、白石はきょとんとしたあと、すぐ掴んだままの自分の指に唐突にぴちゃ、と舌を絡めた。 「蔵っ!?」 「ソチラは随分元気な様子ですが、…シましょうか?」 唾液に濡れた指を唇に当てたまま、白石は艶一杯の笑みを浮かべる。 「……っ」 真っ赤になった自分に、白石はくすくすと笑う。おかしいと言いたげに。 「蔵、切り替え早すぎ……」 昨日まで、あんなに徹底した無表情を通していたのに、一晩でもうこれだ。 「俺は頭悪くないですよ。ご存じかと」 「ああそうばいね。頭たいがよかよ」 「…愚かな方がお好みなら、そう振る舞いますが?」 「…」 こちらに背中を向けて、笑いを含んだ声が試すように問う。手首を引いて、自分のシーツ一枚隔てて裸の膝の上に乗せた。 「もういらん。ありのまんまのお前でよか」 彼には前科がある。きっと完璧に演じてしまう。 だから、要らない。 ムスっとした声で命じると、白石は上機嫌に千歳の胸元に指を這わせた。手袋の感触が、裸の胸を滑る。 「なら、おっしゃるようにいたします」 膝から降りようとすらせず、自分の膝の上で足を組んで見せた。 それがあんまりな挑発で、扇情的に映る。 彼が欲しくなる。 「千里様?」 千歳の顎の下を、指がすっとなぞった。 彼は以前から、自分を子供と扱っていたからあくまで、優しい大人を振る舞った。 昨日までは人形を演じた。 だが、今の彼はありのままの自分を隠さない。 ひどく挑発が上手い、魅力的で艶のある表情と仕草。 元々魅せ方の上手い人間だったのだろう。これでもかと欲を煽る姿に、執事の役目はどこにいったと思うが、そういえば今日は予定がなかった。 「千里様?」 「……あー……! …もうシてよか?」 「朝からですか? 元気でいらっしゃる」 「誰の所為と!?」 「俺ですが―――――――――――――あなたもいけない」 口で手袋を引っ張って外してしまうと、白石はそれを床に放った。 千歳の肩に素肌の手を置くと、伸び上がって千歳の口にキスを贈る。 「……後悔ばさせちゃる」 「どうぞ。…俺を喜ばせてください?」 「お前、執事やろ!?」 立場逆か!?と思わず追求する。すると彼は素っ気なく。 「なら、清楚な俺と、今の俺ならどちらがお好みで?」 お好きな方をどうぞ、と笑う。演じますよ、と。 ああもう勝てないだろう。こんなの。 真っ赤になった顔を押さえると千歳は手を引っ張って寝台に押し倒した。 「今!」 はっきり答えてから、きっちり着込んだ彼の衣服に指をかけ、脱がす。 自分はもとより裸だから、邪魔なのは彼の服だけだ。 首筋に手を這わせて、微かに反応した彼の目元にキスを落とす。 首に回された手が、きつく自分を引き寄せる。耳元で、優しい声が囁いた。 「Yes.Master…」 甘い毒が回る。毒を吐くのは、自分なのか彼なのか。 もうどうでもいい。 俺の腕の中で、昔のように微笑む彼がいれば、他はなんだっていい。 …ただ、昔のような“笑み”とは、若干、違うケド。 2009/07/09 |