だからさ、男同士でまんざらじゃなかったらまずいんだ

なにがって、…聞くなよ!








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後輩Fの本日の災難
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 この学校の選択科目の一部は、二年と共同授業が多い。
 後期学期になってしったことだ。だから担任は先輩と親しくしておけ、なんて言ったのか。
「どしたん裕太くん。手」
 止まっとる、と共同授業相手の二年二組の先輩に言われて、あ、すいませんと裕太は謝った。
 俺も先輩が相手がいい、楽だ、とそうか?という文句を言っていたクラスメイトの日吉は同じ組の切原を相手にやっている。
 今日は美術のデッサン授業。くじで裕太の相手は二年の白石になった。
 白石はいい人だ。尊敬できる先輩だと思うし、なによりテニスが強い。
 しかし、デッサンの相手としては、不的確だと思う。
(……俺の絵がうまい下手以前に…美人過ぎるんだよな…この人)
 ハーフかクォーターか知らないが日本人離れした髪に瞳の色、加えて日頃整っていると思っていた兄より完成した男前と言っていい美貌。
 向かい合ってるだけでも緊張する。顔を凝視しなければ描けないが、見つめるだけで緊張する。肩が凝る。
 疲れる、とは流石に眼前の他意のない先輩には言えない。
 気にしないでください、ともう一度白石に言って、手を動かすが、矢張りうまくは描けなかった。



「白石先輩って、…本当美人だよな」
 授業の帰りに漏らしたら、日吉になにを今更と言われた。
「あれが美人の部類じゃなかったら俺ら立場ねっしょ」
 切原にまで言われた。ああ、そうだよな。
「兄貴でさ、美人は馴れてると思ってたんだけど…、どっちかっつったら兄貴は中性的だしさ。…白石さんみたいなこう、綺麗な男の人、っていかにもな感じの人と対面してんの…疲れる」
「わかる気はするな。俺も以前は疲れた」
「え? 白石さん?」
「ちがう。中学の時、跡部さん」
 今は全然どうともないけど、と。
「あーあの人も一応美形だよな。俺も幸村先輩と話すのしばらく緊張したし」
「なんだ切原、もう幸村さんを“部長”って間違えないのか」
「…昨日、いい加減にしろよ?って笑顔で殺されかけたから…直してんの、意識的に」
 遠い目をした切原に、日吉はそうか、と同情なく淡々と一言。
「あ、裕太くんたちたい」
 廊下を歩いていたのだが、進行方向から見知った長身が自分たちを見つけて笑った。
「あ、千歳さん」
「授業終わったと?」
 確か千歳のクラスも一年と共同授業だった。内容によって終わる時間が多少前後する。
 サボり癖のある千歳も流石に一年の世話をする授業までサボらないらしい。
「はい。千歳さんは今?」
「うん。俺んとこば今回は実験やったと。
 裕太くんたちは、スケッチブック持っとるから美術?」
「はい」
「千歳さん、俺なんか共同授業なのに日吉が相手っスよ。デッサン」
「文句あるのか?」
「ないけど」
「仲よか同士でよかよ〜。裕太くんは?」
「不二は白石さんですよ」
「…白石?」
「そうです。でもあの人…やたら綺麗だから疲れて」
「確かに白石を描くのは苦労しそうたいね」
 白石は教室戻ったと?と訊かれて“今日は片付けが二年の番だから多分まだ美術室です”と答える。千歳はありがと、と笑って言ってしまった。
「…ひっそり噂だったけど、あの二人やっぱ付き合ってんの?」
 切原だ。
「じゃないか? いいじゃん。別に」
「や、別に偏見じゃねーし。いいと思うぜ?
 ただ男相手にどうこうって、俺にはワカンネー」
「わかるようにならなくていいだろ。わかるようになったら男に惚れたって話だ」
 日吉の言葉に、切原はそれは勘弁と苦笑。
「日吉は。向日さんと仲いいじゃないか」
「あれはただの懐いてる先輩。可愛いとは思うがどうこうとは思わない」
 日吉はこういうとき素直で情熱的だと思う。クールぶってるのに素直に“懐いている”と真顔で言う。
「多分、押し倒したりしたら普通に気持ち悪いぜ? そういうもんだ」
「そうか…」
「むしろ押し倒して気持ち悪くなかったらまずいってこと?」
「まんざらじゃねーってことだな」
「不二も素直だよな。普通、男の先輩さしてはっきり“綺麗だ”って言えない」
「そうかなぁ?」
「そうそう。俺も幸村さんとかには言うけど、それは幸村さんだからだし」
 綺麗って思う先輩全員には言えねーと切原。
 そうかなともう一度首を傾げた裕太の手からうっかりスケッチブックが落ちる。
 ちょうど開いてしまったページは白石のスケッチのページで、我ながら似てないし、ほとんど描けてないと思う。
 疲れるよ、と零すと切原に理解されたように撫でられた。





「あ、おーい白石、彼氏来てんぞ」
 最後の椅子を片付けたところで入り口にいるクラスメイトに呼ばれた。
 顔を上げると、千歳がその隣にいたので思わず半眼になった。
「やって蔵ノ介、行ってきたれ。もう終わりやし」
「侑士…お前ほんまええヤツや…」
 疲れたようにクラスメイトの侑士の肩を叩くと、白石は扉の前に立った。
「なんや?」
「まだ片付けしとるって訊いたけん、迎えに」
「いらんわ阿呆。つかお前がつきまとうから“彼氏”なんちゅー噂が定着するんやないけ」
 白石と千歳が冗談ながら“彼氏と彼女”という呼ばれ方をされるようになったきっかけはなんてことはない。昼休みの全校放送だ。
 学校クイズ、というコーナーがあって、そこで出題のネタにされたのだ。
 放送委員でネタに困った謙也に。
「二年二組の出席番号十五番の人の彼氏は誰でしょう?」というもので、十五番は白石だった。その時点で何故彼女じゃなく彼氏、という意見はあったが。
 当然、放送の終わりに答え合わせがある。そこで千歳の出席番号を言われたので、もう周知になった。千歳が周囲を考えて動くなら噂に終わっただろうが、こいつに限ってそんなことを気にしてくれるはずもない。(その後謙也にはしっかり落とし前をつけさせたが)
「白石につきまとう虫がおらんくなってよかとよ?」
「そこで謙也に感謝しとるよ〜とか言うてみぃ。しばらく俺侑士の部屋泊まるからな」
「……う」
 言う気だったか、と白石は内心イヤになった。千歳とは寮で同室なので、この脅しが一番効く。千歳はどうやら、ファーストネームで呼び合う自分と侑士の仲を疑ってる部分があるらしいので。
「し、白石! 今日はご飯どこで取ると? 俺弁当買い忘れたけん、食堂のつもりたい。
 白石も一緒に食べんと?」
「…まあ、俺も今日は食堂の予定やったけど…」
「じゃあ一緒に食べるたい!」
「…ええけど、ツレおってかまわん?」
「ツレ…忍足?」
 千歳が一瞬あからさまにイヤそうな顔をした。こいつは、と思いながらちがうと一言。
「一年の裕太くんたち。デッサン終わらなかったペアは放課後とか使うて仕上げろって話やから打ち合わせ」
「ああ、ならよか」
「…」
 沈黙した白石は、変に理解のある学校も考え物だ、と思った。
 いっそ呼び出しとかを噂が流れた時点でするような学校なら、千歳も助長しないのに、と。




「やから、俺はイヤやねん」
 昼休み前の自習時間、延々と愚痴のように零す白石の言葉を流し訊くクラスメイトは相づちを適当に打つだけで、訊いているかも怪しい。
 別にまともに賛同されたくもない。なので彼に話しているのだが、と白石。
「でも、千歳クンはあれで執着強いでしょう? その程度で済んでまだましと思っては?」
「…木手くんはええよな。彼氏、執着強そうでも表に出さないから」
 敢えて彼氏呼びをしたが、木手は嫌がるそぶりもなく“まあ強いですけど”と素返事。
「…身長似たり寄ったりなのになぁ…なんでああもちがうのか」
「身長は関わりないでしょ。確かに知念クンも千歳クンも高いけど。…首疲れません?」
「…あー、疲れんなぁ。長いことキスとかしとると」
「ですよね…」
 クラスのちがう知念と付き合う間柄らしい木手がそう賛同したところで、外野に呼ばれた。千歳か、と思ったら二年の教室に似つかわしくない一年生。
「あ、あの」
「裕太くん。どないしてん? 授業は」
「うちも自習で…。で、白石さんところも自習だって訊いたんで」
「ああ、デッサン?」
「はい…おじゃまでしたらいいですけど」
 ただでさえ緊張する二年の教室、それも休み時間ではないので裕太はいつもよりうつむき加減に伺ってくる。
 見下ろしたその顔が可愛くて、白石は笑ってええよ、と二つ返事を出した。
「待ってや、今スケッチブック持ってくるから」
「あ、はい…」
 あ、一年の。などという周囲の声。裕太が不意に思い出したように「あ、白石さん」と言いかけて一歩軽く踏み出した時、足下に転がっていた掃除用モップの柄を踏んでよろけた。
「…わ!」
「あ、裕太くん…っ」
 瞬間派手な音が響いて、教室中も数人立ち上がって大丈夫かと近寄った。
 痛くない、と思った。
 それどころか、なんだか柔らかくて。
「…裕太くん…大丈夫か?」
 声が、下からした。
「…え」
 我に返って気付くと、白石が自分の下敷きになっていた。
 ああ、だから柔らかかったのか、痛くなかったのか。
 と納得の次には赤面していた。
 すいません!と大声で謝って上から飛ぶように退いた。
「いや、別にええよ? 痛くなかったし」
「そ、そうですか…」
 けろりとしている白石を周囲のクラスメイトが大丈夫かー?と心配してくる。
 それに背中を向けて、裕太は早くなった鼓動に熱い頬を抑えてびっくりした、と口の中で呟いた。
(…柔らかかったし…そりゃ人間だから当たり前だけど…想像より柔らかかった…ってなにが…!
 …つか、男の人なのに、いい匂いしたし)
「すいません白石さん! 俺やっぱり用事あったんで!」
「あ、ああ…?」
 急に叫んで立ち上がった裕太を訝る白石を見られず、教室を飛び出した裕太を、白石はやはりなんだろうという視線で見送る。


 頭に蘇った休み時間のクラスメイトの言葉に、嘘だろ、と思いたい。

“男でも押し倒してまんざらじゃなかったら惚れてるって話”

「……っ…マジ…千歳さんに殺される…」
 立ち止まって呟いた。
 不可抗力とはいえ押し倒した形で、でもイヤじゃなかった。
 ってことは、って考えるなと思っても鼻孔を掠めた甘い香りに脳がしびれて、参ったと座り込んだ。




 昼休みは、裕太にとって拷問だった。
 デッサンの相談で昼食を同じくした白石と、おまけに千歳がいる。
 気休めにうどんを頼んだが、喉を通る気がしない。
「不二? 進んでねーぞ?」
 飯、と切原に言われる。生返事にうん、と返したらますます訝られた。
 白石の方は全く気にしていないのだろう。普通の顔で時々千歳の言葉に相づちを打ちながら唐揚げ弁当を口に運んでいる。
(…錯覚かもしんねー)
 とも思う。けど、至近距離で見たこの人は、綺麗だった。やっぱり。
 白金の髪の流れた跡が一本一本が透き通ったような色で、翡翠の色をした瞳が見上げてくる姿は新鮮で、半開きだった唇も相まって少女のようで…。
(ってなに考えてんだ…!)
「…不二?」
 いきなり首を思い切り左右に振った裕太を本当におかしいと、切原が呼ぶ。
「なんでもない!」
「そうか…?」
(てゆうか、白石さんが全然驚かなかったのもおかしいんじゃないのか?)
 そんな疑問が頭を掠めた。

 ピーンポーン パーンポーン …

 放送のチャイムが鳴る。
 内容を流し聞きながら、裕太はなるべく白石を見ないようにした。
 やはり、うどんは喉を通ってくれない。

『ではここで学校クイズの時間です。今日は本日のハプニングの問題。
 今日、一年の男子生徒が二年の先輩を白昼堂々押し倒す事件がありました!』

 スピーカーから流れた声に、裕太が思わず口に含んだうどんを吐き出しそうになったことを誰が責められただろうか。
(…だ、誰だ…! 二年二組の先輩の誰かか…! つかあれは事故だー!)
「…すげえなぁ。押し倒すって」
(そんな穏やかな意見を零すな切原…!)

『さてここで問題です』

 周囲の食堂に来ている学生たちも興味津々と耳を傾けている。
 頼むから出席番号まで言わないでくれ、と切に祈った。が。

『その二年二組出席番号十五番の先輩を押し倒した一年五組出席番号二十二番の男子生徒がその時思ったことはなんでしょう!
 答え合わせは十二時五十分です』

 裕太が思いきり頭をテーブルに接触させたのも、無理はなかった。
 周囲が、え?一年の五組の、誰?ほら二十二番ってあれじゃね?不二の弟。とか。
 二年の十五番ってこの間も問題に出てたよね?ああ、白石。男同士じゃん!とか騒いでいる。全て聞こえるから心臓に悪い。
「…え? あれって押し倒したわけちゃうし」
 白石が暢気に言った。そういう問題でもない。
「……うちのクラスの二十二番…って不二お前か!?」
「叫ぶな東京湾に沈められたいか切原お前…!」
 アイアンクローで切原を黙らせようとしたが遅かった。周囲に先ほどの切原の声で注目されていることに気付く。
「その場合、跡部さんにお願いするのか?」
「日吉そういう問題じゃねえし…」
 つか俺の胸中なんか誰も知らねえだろ!それクイズになるのか!と怒鳴りたい。
「…裕太くん」
 低い声が背中を撫でて、びくりと身が震えた。
 そろりと振り向く。睨むような視線に、心臓が鳴ったのはもう仕方ない。
(…夜叉が…羅刹がここにいる……!)
 千歳だ。
「…千歳、あれ事故なんやけど…」
「ばってん聞き捨てならん」
「…あんなぁ。裕太くんが困っとるし」
 白石の有り難いフォローも意味がないことはわかっている。
 取り敢えずなにか言わなければ。なにを?謝罪じゃ認めるってことだイヤだ。
 第一勝手に的はずれな答えなんか言われたくない。
 誤解だ、と一言でわかる言葉。
 すう、と裕太は息を吸って言った。


「白石さんが無反応だったのって千歳さんに押し倒され馴れ過ぎたからですか!?」


 一瞬後、しまった、と思ったが遅い。質問のつもりが最後は叫ぶようになってしまった。

 ぽかん、とする白石を余所に周囲が爆笑した。
 ウケるー!よく聞いた不二!確かにそうだよなー!馴れてんのか白石ー?という声。
 横を見ると日吉はあーあやっちゃった、という視線を向けていたが切原は腹を抱えて爆笑している。
「…お」
「お?」
「押し倒されなれてへんし! なに聞くんや裕太くん!!!?」
「だけん白石、いつも抵抗ばせんよ? 押し倒されてからは」
 その前ば抵抗すっけど、と千歳に言われてお前が言うな!という白石の絶叫が響く。
 千歳の矛先が白石を向いてくれてよかった、白石さんが大変だけど。
 必死になる横顔を見て、ああそうか、と不意に。
 多分、白石さんだからまんざらじゃなかったっていうより、白石さんの反応があまりに“らしかった”からだろうな、と。
 意図せず答えを出していたらしい。
 遠巻きの席で声をかけたくない、という視線を木手が向けている。
 答え合わせの放送時間まであと十分。
 どんな捏造された答えが飛び出すのかと思いながら、でもさっきの言葉よりインパクトないだろうなと思う裕太は、多分いろいろ悟ってしまったのだ。
 と後日、日吉がコメントした。










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 キリリクで「高校パラレルで後輩が絡んだちとくら」というリクエスト。
 あれ?ちとくら要素少ない?
 …不意に誰かに白石を不可抗力で押し倒させたかったんですが、一番動揺しそうなの、って考えたら裕太しかいなかった。
 すまん裕太…。
 赤也は開き直りそうだし、日吉は全く気にしなさそうで…。財前は逆に洒落にならない気がして…。
 こんなプライバシー無視したクイズは実話。
 ナチュラルにみんな「裕太」です。不二がいるからね…。
 リク有り難うございました! …ご期待に添えてると、いいなぁ…と。