「あんたが、怖いんや」



 俺から、目を背けて、背けて、決して見ない。

 俺を、お前ナシじゃ生きていけないほど溺れさせておいて、結果出来上がった俺が怖い、というお前。

 好きやよ?

 今も。

 お前だけが。

 けれど、怖いというから。

 背け続けて俺を見ないから。


 壊れようと思っただけや。






「わ、私、白石さんのこと、好きなんです」
 ありきたりな告白。
 違うのは、違う学校の子だってこと。
 馴れてはいる。違う学校の人間にも、モテるから。自分でいうことじゃあないが。
 ただ、昔と違うのは。
 不意に微笑んだ白石に少女が一瞬顔を赤らめる。
「うん。ええよ?」
「え!?」
「付き合いたい、やろ?
 わざわざ告白してくれたてことは。
 付き合うてええ、て言うたんやけど、嫌?」
「ほんまですか!? は、はい! 付き合いたいです…」
「よかった」
 微笑んだ白石に更に赤面した少女は、アドレスを交換すると足早に去っていった。
 ご丁寧に休日のデートの約束をして。

「白石」

 大通りに出たところで、聞き慣れた声に呼び止められた。
 自分を「白石」と呼び捨てにするのは、同級生以外では彼くらいだ。
「なに? 金ちゃん」
 中学三年になって背の伸びた金太郎は、もう白石より高い。
 それでもトレードマークのように肩から下げたラケットが小さく見える。
「…なんでもない。一緒に帰ってええ?」
「うん」




 ある日を境に。
 人が変わったようになった先輩を、もう咎める気は金太郎にはない。
 諦めては、いる。

 いかにも優しくて、人の気持ちをもてあそぶことなんか出来ない優等生。
 綺麗で優しくて、真面目でストイックで、でも子供らしさも持っていた部長。
 それが小さかった自分が見る、白石蔵ノ介の全てだ。
 そしてそれは決して間違っていなかった。
 彼は正しく、間違えない人だった。
 どこまでも優しくて、正しい人だった。

 始まりは覚えていない。
 けれど、彼が自分に告白する女子を受け入れてすぐフるような真似をしているのは知っている。ただ、自分しか知らないが。
 そんな彼の噂は一度だって問題になったことがない。
 友人の間で話題になったこともない。
 白石が受け入れるのは、決まってあるタイプの女子だ。
 学校で、友人からも学年からも孤立しがちな、相談相手になる味方が、自分の話を真面目に信じてくれる仲間がいないようなタイプの女子。
 そして決まって、白石の高校から数駅離れた遠い学校の女子。
 彼女たちが酷くフラれたって、真面目に聞く人間なんかいない。
 日頃彼女たちを馬鹿にする同級生は、精々「最初から相手にされなかったからって作り話してる」と取るだろう。
 だから、誰も信じないから話題になんかならない。噂になりもせず消える話。
 そうさせるのは白石の計算高さと、あと、彼が今まで積み重ねてきた「白石蔵ノ介」の信頼。
 白石がそんなことするわけない。白石が人を傷付けたりするはずないだろ?と信じて疑わない同輩、先輩、後輩、教師、家族。
 彼らに、女子の悲鳴なんか「白石を僻む故の悪口」としか映らない。
 白石自身がそれをわかっている。

 自分も、わかっている。

 だから、言わない。
 いくら、自分が言っても、「白石蔵ノ介」の綺麗なイメージは壊せないことは知っているし、…壊したくもない。
 自分もまだ、彼を信じたかった。
 自分が慕ったままの、優しくて正しい彼がまだ生きていると。





「…白石ぃ」
「ん、なに? 金ちゃん」
「…今、楽しいか?」
「……さあな」

 ようわからん、と笑う、彼が本当に壊れていませんようにと、祈った。


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「死のモザイク」の原型。女癖、で詰まったから男癖に…。