好きな人を褒める方法
注意:小石川×財前です。





 俺の好きな人は、いつも貧乏くじを引く。

「お、光」
 呼び止めた声が、自分の好きな声だったので財前は素直に止まって振り返った。
 背後のその背の高い人の手には、どっさりと大きな荷物。
「なんスか、それ」
「いや、オサムちゃんに頼まれた」
「またスか。あのおっさん」
「あんまおっさん言うたんな」
 両手がふさがっている所為で、俺の頭を撫でられないから代わりだろう。長身をかがめて額と額をぶつけるようにこつ、と合わせて小石川が笑った。
 そんなことをされると悪態もつけない。
 すぐ離れた彼が、ついてくるかと誘うので従った。
「訊く意味ないてわかってはるでしょ。健二郎さんは」
「そらなぁ。せやけど意志確認したいやんか」
「恋愛マニュアル通りですよねー健二郎さんは。
 それに引き換え…」
 なにもかもマニュアル通り、模範そのものなあの部長は、恋愛方面に限って理論が色々愉快に破綻している。
「そう言うたんな」
「せやかて、それ頼まれたん、部長が捕まらなかった所為ちゃいますのん?」
「聡いけど外れ。白石が頼まれて、白石を千歳が引っ張ってったから俺が」
「…やっぱりあの人の所為やないですか」
「せやかて、あのでかいのに『頼む』て言われたらなぁ。可愛えやん」
 内心、千歳のどこが可愛いのだと突っ込む。
 あの人が可愛く見えるのなんか、脳内がやられてる部長だけだそんなの。
 その部長といえば、誰にも冷静にさくさく物事を運べる癖、千歳が相手の時に限って墓穴は掘るわ、抱きしめられただけでなにも言えなくなるわ、なにか囁かれ(なに言ってんのかはしらんが)ただけで言葉なくして真っ赤になるわ、あの人のどこがいいのかしらないが惚れきっている。
 まあ、自分だって小石川のどこがいいと訊かれたら、多分部長と同じリアクションをするのは間違いないが。
「……健二郎さんは、」
「ん?」

 ―――――――――――――「悔しくないんですか」

 訊こうとしてやめた。
 答えが分かり切っている。「悔しいけど、俺のやれることはちゃんとやる」とか、この人らしい善良すぎる言葉が返ってくる。わかっているのに、なお辛い言葉を言わせたくない。

 なにしろ人の良いこの人は、貧乏くじをよく引くのだ。

 顧問の渡邊に年中パシらされるし、初めて顔を見た去年の部活では、当時の副部長にネタに使われて、しばらく変なあだ名が定着した。
 後に彼を生け贄にしたのは謙也と、二年生部長その人と知る。
 今年は、副部長なのに挨拶を邪魔されて結局しなかった。
 一年生はしばらく、副部長を他の三年と勘違いしてた。
 テニス部のことに関しては、白石が文句のない部長だから尻拭いとかそういうことはないけど、その分「副部長」として活躍も少なく、まあ割に合わない。
 見えない場所では一杯頑張ってるのに、見える場所での活躍は他人に譲ってしまう、本当にしょうもない人。

「…光?」
 黙り込んだ財前を、不思議そうに見下ろす顔。
 遠山は悪意がない、なんていうけどこの人の方がよっぽど。
 だって、綺麗すぎる。俺には、もったいない。
「健二郎さん、…譲れますか?」
「なにを?」
 唐突すぎて小石川がきょとんとする。

 結局、テニス部のレギュラーも、実質譲ってしまった人。
 後から来た、あんな異邦人に。彼の方が強いというだけで、一年からここで頑張ったレギュラーを、副部長になるまでに認められた場所を、押し出されてそれなのにくじけずにへこたれもしない人。
 辛くないわけない。悔しくないわけはない。
 でも、隠すのが上手すぎて、誰も気付かない。
 あの部長くらいは、気付いているだろうけど。
 この人の一番近くに、部活の間はずっといるんだから。

「…レギュラー譲ったみたいに、…」
「……」
「俺んことも…、誰かに」
 遮る形で床に持っていた荷物を置いた小石川が怒ったのかと俯くと、すぐ頬を包まれてキスが重なった。
「け…」
「それは無理」
 見上げると、いつになく真剣な顔。
「光を譲るんだけは、死んでも無理。
 嘘でもそないなことは言うんやめなさい」
「……すいま、せん。怒りました?」
「怒ってへんけど、光に辛い顔されんのはきついから」
 手を放されて寂しくなるのと同時にそんな顔をしていたのかと知る。
「そないなこと、ずっと気にしとったん?」
 安心せえ、お前だけは離さんから、と笑う声。
 ぎゅ、と荷物を持ち直した腕にしがみつくと「お」と驚いた声。
「誰かに見つかるんやないん?」
「健二郎さんが誤魔化してください」
「こら、甘えんな」
 そういう声が、甘やかしてる癖に、とその優しい声を内心で突っ込んでおく。
「なんの埋め合わせなん?」
「…これからの部活の分」
「……?」
「やって、部活中は部長がず―――――――――――――っと」
「…なに、光。白石にやきもち?」
「してます」
 きっぱり答えると笑われた。すぐこめかみにキスが落ちる。
「やって、あの人部長になった時から健二郎さんが助けんのが当たり前やないですか」
「そら」
「自主練習やって健二郎さんが毎回付き合うて…」
「ああ、それ、もう付き合わんで?」
「え?」
 ぎょっとして訊くと、小石川が「KEEP OUT」と英語発音で言った。
「…工事中?」
「千歳が。テニスでも白石の傍に誰かおるんはイヤやって、もう俺を誘うなて白石に。
 俺に、白石を誘うな付き合うな、て」
 悪戯っぽく言うその人に、気恥ずかしくなって肩をすくめるふりで誤魔化す。
「…あの人、アホちゃいますか。部長がそない他の男に引っかかるわけ…」
「引っかからんやろけど、寄ってくるんは多いしな」
 余所見していると、唐突に身体が抱きしめられた。
「光もやで?」
 覗き込まれて、でも身体は腕の中だから逃げられない。
「え? 荷物…っ」
「そこの教室まで。もう置いた」
「……部活サボりませんよね?」
「当たり前や。終わったら家来いな?」
 負けている。

 本当、貧乏くじばっかりひく人だけど、そういうとこも引っくるめて好きで、そんな人だからこんな俺を見つけて好きになってくれたのかと思ったら、非難も出来やしない。

「…当然ですわ」

 返事をして、手を伸ばすと屈んだ顔が優しくキスをしてくれた。