戻った意識に映ったのは、最初はただの暗闇だった。
 目をぱちぱちと何回か瞬きする。暗さにも馴れてくると、光の灯っていない電灯のシルエットが見えた。
(…どっかの、天井…?)
 白石は呻いて、身を起こした。瞬間手が何故か下に落ちて、派手な音があがる。
「…いっ……たぁ……………」
 何か、から落ちたらしい、自分は。
 なんだろうと打ち付けた腰の痛みに耐えて見遣ると、見覚えはないが何かはわかる代物。
 給食を運ぶ、カート。
「……マジに荷物にされとったわけかい」
 白石はそう呟いて立ち上がる。
 暗さに馴れてきた視力をこらして、周囲を見る。
 暗いが、結構広い室内。
 壁づたいに歩いて、手で触れると埃の感触。
「…給食室、か? …もう使われてない」
 多分そうだ。自分が寝ていたのと同じカートがいくつもあったし、食器もそのまま並んでいた。
 それがわかると、もうイヤな予感しかしなかった。
 確か、給食室は電気の通った電動の扉だったと記憶している。
 使われていない給食室に、当然電気が通っている筈がない。
 とすれば、開閉ボタンを見つけても、意味はない。
 幸い、霊感をすましても、なんの気配もないから、あの幽霊は人を運んだ後は関知しないのだろう。
(…千歳たちが俺がおらんことに気付いても、どこにおるかまでわからんよなぁ…)
 念のため取り出した携帯は当たり前だが圏外。肩を落とすと、徐々に背筋が寒く、冷たくなった。
 今は、冬だ。
 暖房もない、室内とはいえこんな場所、長時間いて、生きていられる筈はない。
 背中を走ったのは、出られないかもしれない密室への恐怖。
 その恐怖は、死への恐怖に直結していた。
「……冗談やめろや」
 零れた声は、笑えない程か細く震えていた。
 手探りで見つけた扉は矢張り鉄製で、乱暴に何度も叩いたが、びくともしない。
 既にここに閉じこめられて、何分か、何十分か、あるいは。
 ……。
 声が出なくなったように、震えて、その場にしゃがみ込んだ。
 このまま見つけてもらえなかったら、いや、見つけてくれる。
 みんなわかった筈だ。だから、と希望を持とうとする。
 けれど、明かり一つない暗闇の密室に、それはすぐ恐怖に取って代わる。
「……」
 身体の芯が震えた。心臓の奥から、震えて、震えて、それが手足にまで広がる。
 少なくとも、数十分は経っている。寒さに、手の感覚がないからだ。

(……………………………………………………俺、このまま死ぬん……?)

 あらがえようのない恐怖だった。
 力が抜けたようにへたり込んで、膝を抱える。
 寒い。それ以上に恐ろしい。
 近づく死なんて、数えたくもない。
 しかしその直後、ポケットが振動した。
 驚いた。心臓が一気に跳ねた。
 びっくりして、それでもなんだろうと感覚のない手で探る。
「…跡部くんの」

 PHS。

 表示は『跡部景吾』。
 微かに希望が見えた気がして、わらをつかむ思いで通話ボタンを押した。
「もしもし…!?」



「…白石か!?」
 幸村と真田の部屋。祈るような沈黙が、破られた瞬間全員が安堵の息をもらしていた。
「どこにいる。白石だな?」



「ああ、…よかった」

『どこかわかるか?』

「多分、昔の使われてない給食室」

『この寮には二つあるから、どっちかだな。よし、すぐ電源入れてやるから待ってろ。
 最悪明日には人が来る。心配すんな』

「…うん」
 心底安心した。
 すぐに安堵の震えが全身に昇って、かっこわる、と震え笑いを昇らせたまま呟いた。
 向こうで阿呆、当たり前の反応だろ、と言われた。
 白石、大丈夫と、と千歳に代わったのだろう。聞き慣れた九州弁に、安堵出来て、ああと答えた。
「大丈夫や、なんの気配もないから多分なんとかなるって。
 …心配させたな、ありがと」

『いや、よか。無事でよかった…。すぐ行くけん。信じちょって』

 安心させようと必死に優しい声を出してくれる千歳が有り難くて、その声に甘えた。
 恐怖に凍った心臓が解かされていく心地だった。
 自然笑みが零れた。動かした指が何かに当たって、安堵も手伝って軽い気持ちで下に視線を向けた。


 心臓が、どくん、と大きく脈打った。
 理解した瞬間、全身を襲ったのは、先ほどより酷い恐怖だった。


「…っぁ…ぁあああああああああああああああああああああああああああっ!」


『白石!!!!?』


 落としてしまったPHSの向こうで、千歳の大声が聞こえた。

『白石! 白石、どげんしたと!!?』

「……ぁ……」
 視線はソレに縫い止められて動かない。
 震える手が、なんでもいいから生きているものを求めて落としたPHSを手探りで拾う。
 震える手で、耳に押し当てた。
「……っ………た………ちと……」

『白石…白石、どげんしたと…!? 大丈夫とや』

 声がそれでも返ったことに安堵する機械越しの声に、必死にすがった。
「…い…っ! たい…っ…ある…っ…!」

『なんば? 白石、落ち着くたい…!』

「…し…い……したい…ッ」
 口がもつれて、うまく言葉にならない。
 それでも必死に叫んだ。思った程、声は響かなかった。
 それほど震えが全身を覆っていた。
「死体がある…ッ! 二人…ッ…ひからびた…っもう生きとらん…ッ!」

『し…!? わ、わかった。落ち着くたい白石! すぐ助けいく!
 だけん、目ば閉じて見ないようにせ! ずっと繋いどくけん、声だけに意識集中しなっせ!』

「……っ」
 呼吸が、息絶える直前のように速くて、うまく返事すら出来ない。
 それでも、自分の身体を抱き締めて恐怖に浮かんだ涙を拭って、目を必死に閉じると、わかった、と我ながらか細いとわかる声で答えた。





「…多分、そのいなくなった二人だよね」
 電話口で白石を落ち着かせている千歳を見遣って、幸村が呟いた。
「多分な。けど問題が一個あるな」
「なんだい?」
「校舎だった頃から建て直しされてんだ。電源の場所がわからねえ。
 電源入れねえとああいう部屋は開かねえ。五時間ちょい待てば会社の奴らの手配もつくから無理矢理こじ開けることも出来るが、死体が二つも傍にあるんじゃ、それまで白石に待てっていうのは酷だ」
「…じゃあ」
「…電源の場所を探すしかねえが。…この寮はパソコン禁止だからな」
 跡部が言いたいのは、学校だった頃のマップを見られれば、という意味だろう。
 ネット上で寮や学校のマップは公開されている。学校のマップは配られたが、寮は配られていないし、使っていない電源など記載されていないだろう。
 外に出れば探す手はある。だが時間がかかればかかるほど、白石の精神は削れていく。
「あの…」
 寝室から出てきた姿が、パソコンが繋がればいいんですよね、と言った。
「光?」
 携帯を耳から離さないまま、千歳が振り返る。
 財前は持参していたバッグから、一つのノートパソコンを取り出した。
「多分、出来ると思います」
 トイレで白石の不在を知った時とは違う、はっきりした声で彼は言った。


「これですかね…」
 携帯を経由して繋いだネット上に公開されているマップは、確かに寮のものだった。
「…給食室がそもそも載ってねえな」
「…ですね」
「…今のものでは載っていないのではないだろうか」
 真田が呟くと、そんなこと言うなよと甲斐に言われた。
「…あ」
 不意に、興味なさそうな雰囲気だったリョーマが零した。
「……」
 自分を見る集中した複数の目に怯まず、笑って彼は悪戯のように言った。
「ハッキング、とか?」
「は…」
「ほら、学校のデータベースに。昔のマップ残ってるかも」
「……そりゃ、あるかもしれないが、誰がやるんだ」
 甲斐が言外に誰もそれこそ出来ねえだろ、と言った。
 だがそれでわかったように財前は手早くキーボードを打ち出した。
 背後で携帯を離さないまま見ていた千歳が、軽く引きつった笑いを浮かべて問いかける。
「…光。………もしかして、まさか…」
「そのまさかです」
「……ハッキング出来るとね!?」
「え? ハッキングしてんの!? 財前が!? 今!? ここで!?」
「うっさいですわ甲斐さん…気が散る」
「あ、ごめん…」
 普通に出来るもんなんだなぁ、と平古場が言うと、いやあれは普通じゃないから、と幸村が訂正した。
「あ、…これ?」
 財前が指を止めた先、液晶に映し出された画面。
「…あるね、給食室」
「では…、これか?」
 真田が一点を指さす。
 電源のマークがある。
「二つあるな。こう見て、西の給食室と、南の給食室のそれぞれのだな」
「二手に分かれるか」
 じゃ、携帯に転送します、マップ、と財前が言ってキーボードを叩く。
 甲斐、平古場、跡部、財前は西の方へ。残りは南へ向かった。




 暗い廊下を、気付かれないようにしながら足早に歩く。
 少しでも遅くなってはいけなかった。
 今、白石は一人で死の恐怖と戦っている。
「あれ…?」
 幸村が小さな扉を指さす。
 電源室、の掠れた文字。
「そうだな」
 真田が頷いた時だ。

 … からから … からから

 音が、背後で鳴った。

「……来た?」
 幸村が振り返らずに呟いた。
「出たっスね」
「それは寺の息子の直感か?」
 真田も振り返らないままリョーマに問いかけた。
「いや、直感。普通の」
「…どげんする?」
「一応、振り返ろうか。このままも、まずいし」
 俺たち金髪じゃないけどね、と幸村が言ったのを合図に一斉に背後を見た。
 カートがある。なにも乗っていないカート。
 その先は暗闇で見えない。
 だが、カートの取っ手を持つ、細い二本の手だけは見えた。
「…霊感なくても見えるもんだね」
「そういう場合ではない」
「…どうすんの?」
 幸村・真田・リョーマの順に言う。
「……足止めするか」
 真田が真剣な顔で言ったので、リョーマは怪訝な顔で見上げてしまった。
 足止め、幽霊を。どうやって。と。
「…我が剣に切れぬものなし」
「…真田、その刀どっから出したと」
 千歳が背後でつっこんだが、訊いていない。竹光だ、案ずるな、と答えになってないことを答えられた。
「てゆーか、切れないでしょ…幽霊なんか」
 甲斐さんがいたら『いやいやいや無理無理無理!』と叫んだだろうな、とリョーマはぼんやりと思った。投げやりになってはいない。白石を助けたい気持ちがあるからついてきているのだし。
 しかし寺の息子と言っても出来ることがあるわけではない。
 不意に、財前から預かったものを思い出した。
 キーホルダーのトランプ。
 手の平の上に取り出してみる。
「てや!」
「うわ、本気で斬りかかっちゃった」
 幸村が止めないが無理だろ、という口調で言った。
 瞬間、カートをそのままに手だけが消えた。
 からぶった真田がむ、と零して返す刀で背後を斬った。
 普通空ぶるだろう、と思った幸村だったが、意外にもその返した刀が何かにぶつかった音を立てた。
 例えるなら、人間の肉のような。
「……え?」
 リョーマがあり得ない、というように呟く。
 その刀は確かに、俯いて顔の見えない女生徒の霊の腹を突き刺していた。
「…嘘だろ。普通に。あり得ないだろう」
 幸村がもうそれはないだろう、という口調で言ったが、全く同意見だった。
 しとめたか、と真田が確信したように言った時、その手が伸びた。
 あり得ない長さまで伸びたそれは、真田の顔を真っ直ぐ狙っていて。
 まずいと思った瞬間、手の平が熱くなった。
 リョーマが驚いて見ると、白石のあのキーホルダーが熱を発していた。
「……ッ」
 咄嗟に開く仕組みになっているその箱のふたを開ける。
 するとするりと一枚の小さなカードが飛び出した。
 一直線に飛行したそれが女生徒の霊の額を打った時、この世のものと思えない悲鳴とともに女生徒の姿がふっと消えた。
 カードはひらり、と舞って箱の一番上に収まる。
 カートも、いつの間にか消えている。
 リョーマが唖然としたまま、そのカードを見た。
「…ジョーカー…」
 飛行したカードの柄はジョーカーだった。悪趣味なピエロの絵。
 背後で、かちゃん、と音が鳴った。
 開いた…?と千歳の声。
「なにが開いたのだ」
「電源室の、鍵…みたいと」
 きいと、開いた扉の先、いくつもの埃を被ったスイッチが並んでいた。
 給食室、と書かれたものを引き上げる。ぶん、と音が聞こえた気がした。
 マップでその給食室はすぐ傍だった。
 急いで走ると、角を曲がった先、給食室らしき扉のスイッチが発光している。
「多分、白石がいる方がこっちで間違いないな」
「何故だ」
「でなければ、あの子が邪魔しないだろ」
「なるほど」
「…スイッチ、なかとよ?」
 開閉スイッチがないと千歳が言う。
「あ、そうか」
「ゆきむら?」
「こういう給食室って、開閉ボタンは中側なんだ。だから、白石が押してくれないと…」
「…、白石! 白石、電源入ったと、ボタン…」
「…千歳……?」
 声を途切れさせた千歳を、訝るように幸村が呼んだ。
 まさか、の思い。
「…どげんしよう」
 千歳が顔を歪ませて、『繋がってなか。切れとると』と掠れて言った。




 目を閉じて、どれほど時間が経っただろう。
 わからなかった。
 ただ、少し前からPHSは全く応答しなくなった。
 電池切れだ。
 迫る暗闇に、押しつぶされる。
 白石は抱えた膝を撫でて、目を一度開いてまた閉じた。
 暗闇が、静寂が怖い。
 あれは、夢じゃないだろうか。
 都合のよい、夢。
 携帯に繋がったことも、声が聞こえたことも、助けに行くと言ってくれたことも。
 ―――――――――――――都合の良い、夢だったら。
 喉が震えた。
 逆らわなかった。
 そのままずっと堪えていた涙が溢れた。喉が嗚咽に鳴った。
 しゃくり上げて、泣いた。意味がないとはわかっていたが、傍にある死体。
 夢かもしれない希望。物音一つない暗闇に、精神は限界だった。

 白石!

 もう、聞こえないかもしれない。
 あの、みんなの呼ぶ声も。
 謙也も、あの生意気な後輩の声も、まだ幼いあのゴンタクレの声も。
 探すと言ってくれたあの、訛を直さない声も。
 もし本当に朝になって、助けが来て。
 それでも、その時精神が正常である自信はなかった。
 流されるままになった涙は止まることなく、絶望のままに溢れ続けた。
 頬を伝って、ズボンの膝に跡を作る。
 来るのだろうか。朝なんて、本当に。
 この暗闇のまま、夜のまま。
 朝なんて、来ない気がした。
 ずっと、声なんて聞こえないまま。

 ―――――――――我慢なんて、しなければよかった。

「……今日の弁当も、我慢せんで高いの買って食えばよかったなぁ……」
 涙を流したまま言う言葉ではなかったが、そんな気の抜けた言葉しか浮かばない。
 助かるという可能性を持った希望は、もう遠い。
「……入浴剤も、千歳が文句言うからって…入れるの我慢せんでよかったわ……いれたればよかった……あと、昨日店で見つけたテンピュールのクッション買うとけばよかった。
 ……まだ幸村くんと試合しとらんし、…財前の模試の結果やって出とらんし。
 ……………欲しい本やってあるし、おなかすいたし、寒いし、………怖いし…ッ」
 また嗚咽に喉が鳴る。
「…怖いよ…死にたない…ッ…!」
 涙に歪んだ視界に映るのは、幻影の思い出。
「……はよ来て…………………誰でもええ……」

 あいたい――――――――――――― …

 そう願って溢れた涙が膝に落ちた時だ。

「し…!」

「………?」
 今、声、聞こえた気がした。

「…し…いし……白…し!」

 扉を叩くような音がする。呼ぶ声が、確かに聞こえる。
 涙に濡れたままの顔を上げると、はっきりわかった。
 扉を、反対側から叩く手がある。その手が、呼んでいるのは、自分の名だ。
 望んで、願った声が、手がそこにある。

「白石…!」

 気付いてくれと願った声。その声は、確かに届いたのだろう。
 白石は、ぼんやりと歪んだ視界の中に、発光する開閉ボタンを見つけた。
 震える指でそっと押した。
 がこん、と音が鳴る。
 ゆっくりと上へ扉が上昇していく。外から、空気が流れてくる。
 人の足が見える。
「……………」
 ボタンを押した姿勢のまましゃがみ込んで、言葉が見つからない白石の前で、開ききった扉の向こうから黒い塊が飛び込んできた。
 温もりだった。
 きつく、抱き締められる。よかった、と耳元に吐息と一緒に触れる声は、よく知る千歳のもので。
 中よりは明るい外の廊下に佇む、安堵した顔の幸村と真田と、リョーマ。

(助かった……?)

「……これ、夢か?」
 まだ信じられない心地で呟いた。
 信じて、どん底に落とされたくなかった。
 夢じゃないよ、と幸村の声。
 何度も背中を撫でるのは、暖かい大きな手。
 その感触に、やっと現実だと思い知る。
 どれほど感じたらいいかすらわからない安堵に、震えて泣き声が喉から溢れた。
 死ぬかと思った、と泣きながら繰り返す白石を抱き締めて、千歳はただ落ち着かせるように背中を撫でていた。





 あれから二週間が経った。
 給食室は、残っていた遺体の取り調べと、その後供養に警察と僧正が訪れていた。
 見学を余技なくされている白石が、ベンチに座ってコートを眺めた。
 その両手には包帯が巻かれている。
 感覚が麻痺していて気付かなかったが、鉄製の扉を何度も叩いていた所為で手の平の皮膚が破れて出血していたらしかった。
「そういや、あれなんで金髪がターゲット?」
 休憩にやってきた平古場が不意に訊いた。
 今まで、思い出させるからと白石を思いやってその話題を誰も振らなかったが、いい加減腫れ物扱いに窮屈そうにしている白石に平古場は気付いていたのだろう。
「ああ、閉じこめたいじめの首謀者が、そうやったんやと」
 あの日、あの夜、あの部屋から抱かれて連れ出される瞬間、一瞬見えた彼女の記憶のビジョン。
「…そか」
「けど、もう出んと思うよ。ちゃんと供養されとって、あそこだいぶ空気綺麗になっとった」
「…そんなもん?」
「給食室の前、花束あったやろ」
「ああ、死んだ生徒の親のだろ?」
「一個違うのが混ざってん」
 白石はなぞなぞのように笑ってなんやと思う、と訊く。
「…なに?」
「そのいじめの首謀者からの、その子への花束」
「……」
「一応、悔いとったらしいわ。その子が死んだってわかった後、警察にも行っとったらしい」
「…そっか」
「それが伝わったんなら、彼の岸に行けるんやない?」
「だといいけどな。俺黒染めする気ないし」
「…そういう問題かい」
「……だって、所詮他人を気に病んだってしょうがないじゃねーか。ま、白石は他人じゃねえけど」
 だから助けたんだけど、と言われる。
 うん、と心で頷いた。
 あの日、自力で助けに来てくれていなかったら。
 朝まで待たされていたら。呼ぶ声がなかったら。
 自分はもう、笑うことなんてなかっただろう。
 こんな青い空を、見たいとももう思う感情もなかっただろう。
 だから。
「平古場くん」
「ん?」
 白石は、その綺麗と言って誰もが頷く容貌に心からの笑顔を浮かべて紡いだ。

「おおきに」

 一瞬間をおいて真っ赤になった平古場に、吹き出して笑うこともなかったはずだから。
 だから、有り難う。
 有り難う。来てくれて。呼んでくれて。背中を撫でてくれて。
 まだ今は、その感謝を言葉以外で返す術を知らない子供だからなにも出来ないけれどいつか待っていて。
 君たちがいつか暗闇に迷ったら、きっと光の速さで迎えに行く。









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 裏の「あなたの隣の神隠し」の幕間、高校一年生編の彼らです。
 本編でもう出ているか忘れましたが、この話の白石と千歳は同室です。
 あくまでノットカップリングですよ。
 ちなみにラスト付近のチーム。リョーマ、幸村、真田、千歳、白石でハミゴなのは誰でしょう?
 …白石だけ無我使えないんですよね。それを思い出してこのメンツにしました。あと、出す気がなかったのに
 何故出てきたお前ら…!というのは甲斐と平古場です(笑)
 ちなみに本編は一回最初からリテイクで書き直したのですが(何故って書いた後に四天宝寺と比嘉が登場したから
 このままじゃ比嘉と四天宝寺だけいない話になる…!と)リテイク前と後で七不思議が全部異なっていて
 リテイク前の七不思議の一つがこのカートでした。そのリテイク前の本編で閉じこめられていたのは佐伯でした。
 でもリョーマは相変わらず登場してました。お前中学生なのに…。