真夏怪談 ことの発端は、幸村だ。 「暑いから、肝試ししよう!」 と彼が言えば、大概そのまま進行する。跡部もしかり。 そして、幸村・真田の部屋に九人が集まった。八月の真夏日の、昼間。 白石、千歳、謙也、跡部、忍足、向日、切原、丸井、幸村。 「肝試し言うても、百物語か」 「そりゃ、どっか行くとお金かかるしね。ここは貧乏学生同士、無料の肝試しだよ」 「…約一名、『貧乏学生』の表記誤りアリの人がおるで幸ちゃん」 背後に腕を組んで立つ跡部を指さし、忍足が突っ込むが、幸村はスルーして「はい、じゃ最初は」と仕切る。わかっていたから、忍足も凹まない。跡部がいつまで指さしてやがると立てた指を曲げたので痛がったが。 部屋は完全にカーテンを閉めた状態。クーラーはドライ。 電気は完全に消してある。中心に置かれた蝋燭のみの明かり。 「最初は可愛い感じがいいのかな。流れ的に。それから徐々に怖い人」 「まあ、そやな。…」 幸村の言葉に頷いた白石は、ちらっと隣に座った千歳を見遣った。にこにこ、と微笑まれる。千歳が白石、と呼んで手を伸ばした瞬間。 「千歳は白石といちゃついたら即部屋からけり出すからね☆」 ……………………………。 見計らったような幸村の言葉。思わず手を引っ込めかけた千歳の頭に、間に合わず白石の肘鉄が落ちた。うめき声が暗闇に響く。 「……流石幸村くん。こんだけ暗いんに」 「関心するとこそこ!?」 「あ、千歳はラスト付近な幸村くん。こいつなんだかんだで怖い話詳しいわ」 「はーい」 「スルー!?」 「やめとけ謙也」 いちいち突っ込む従兄弟の方を忍足は叩いて、諦めろと言う。 「じゃ、向日か赤也、行こうか」 「……なんだったかな。えー……、あ、ある日、中学生の男が、クラスメイトにこう聞いたんだ。 手に持っていたのは集合写真。修学旅行のな。 『この中で今死んでいる人が誰かわかる?』って。 クラスメイトは迷いながら指を差した。男は『当たり!すごい!』と言った。 …でも、それはいじめの一貫だったんだ。そのクラスメイトのことを、男は見下していた。 もちろん、写真に死んでるやつなんかいなかった。 けど、その翌日、クラスメイトが事故で亡くなった。 男は、通夜に行った。ただ、翌日の葬式の日、男には予定があった。 友だちと遊園地に行く予定。そんなクラスメイトのために、楽しみにしていた予定をキャンセルなんて冗談じゃない、と男は遊園地に行ってしまった。葬式をサボって。 男は、最後にフリーフォールに乗ったんだ。 一番上まで椅子が昇って、真下に落ちる寸前、男は隣の客が自分の手を掴んでいることに気付いた。 誰だ、と顔をそちらに向けると、…こちらを見て、笑う死んだクラスメイトがいた…。 瞬間、真下に落下した。落ちる間、ずっと、手を冷たい感触が握っていた。 地面に着く寸前、落ちる場所に、棺桶が見えた…………。 …て、話。以上!」 向日が手を叩いて、おしまい、と明るく言うとその場のうち二人は固まっている。 「あれ? 忍足謙也? 切原?」 固まっている二人の名前を呼ぶと、途端切原が飛び跳ねるように立ち上がって傍の丸井に抱きついた。謙也は白石にしがみつく。 「幸村のアホォ! 全然可愛くないやんけ!」 「そうっすよ! めちゃくちゃ怖いじゃないっすか向日さんの話ィ!」 涙目で二人が訴える先は幸村だ。 「謙也。切原。…話したんは、がっくんであって幸ちゃんやないんやけど」 「「同罪や(ス)!」」 「さよか…」 「うーん、こればっかりは俺の人選ミスだったね。向日にそんな怖い話ストックがあるとは驚いた」 「なぁ、それ実話? 聞いた話?」 「聞いたらダメっす丸井先輩!」 「わあ涙目」 向日に興味津々に聞いた丸井の首にしがみついたままの切原の顔を見て、丸井は一言そうコメントする。頭をぐいぐい撫でても、切原は嫌がって逃げない。 「いつもこんくらい可愛げあったらいいのになぁお前」 「ジャッカルも来ればよかったのにね」 「やめろ幸村。桑原の心臓止める気か?」 「心外だな…」 跡部のツッコミ(?)に幸村はおどける。 「で? 実話なの? 向日?」 「聞いたらダメっす幸村先輩ィ!」 「落ち着け赤也」 再び叫んでぎゅうぎゅう丸井にくっつく切原の両耳を、丸井は手で塞いでやる。 「俺の実話じゃねーよ。俺、クラスメイトにいじめとかしねーし」 「そういう意味じゃないよ」 「わかってる。んー…実話っていったら実話かも」 「そうなん?」 忍足の言葉に、向日は暗闇でもはっきり頷いた。 「ほら、中学校の時の同級生のHの実話」 「…………それって」 向日の返答に、忍足は軽く動きを止めた。幸村と白石が、「なにかあったの(ん)?」と聞く。 「それって三年の時に事故死したヤツの話か?」 跡部が代わりにそう言う。忍足は若干退き気味に答えた。 「…うん。多分そうや」 「事故死したん? その実話ネタのヤツ」 「うん。確か、遊園地からの帰りに車にぶつかって……」 「その日とは違う日の遊園地だったらしいけどな」 「……わー、ホラー」 丸井はやる気なさげに合いの手を入れた。半分、「連鎖(自分たちに)が起きなきゃいいけど」と思いながら。 「じゃ、次、誰がいく?」 今ので大分寒くなったけど、という幸村に、忍足がすっと手を挙げた。 「俺が行くわ」 「なんか忍足のネタって間違いなく怖そう…」 「期待してええで。俺は蔵ノ介の幼馴染みや」 「…俺は期待するけどよ…」 丸井はそっと自分の背中におんぶお化けな後輩を見る。前以上に涙目だ。 「ほな、話すで」 忍足はそれを見て、にやりと笑った。こいつ、Sか。 「忍足か。面白いのかい? 跡部」 「なんで俺に聞くんだ? 幸村」 「あれは、遡ること四年前…、俺が中学一年の夏休みに大阪に帰省した時の話や…」 「お前も実話かい! つか溜めんな!」 「忍足謙也。黙ってきけ」 「はい…」 跡部に注意されて、謙也は黙り込む。白石の服の袖をぎゅーと握りしめて。 遠くで、千歳が胡乱にそれを見る。 「俺は地元の友だちに誘われて、友だちの家族とキャンプに行ったんや。 最初は親からはぐれないようにしとったけど、俺も友だちもアウトドアやったから、気付いたらはぐれとったて、気にせず結局、近くを散策しようって話になった」 「おとなしくしてりゃいーじゃん」 「それじゃ話が進まないんだろ…」 とボソっと突っ込んだ向日、丸井に幸村が小声で、 「そもそもこれは実話なんだから、物語の展開の都合は介さないんだよ? わかってるよね?」 「「…はい」」 「で、気付けば俺達は森の中で迷子。 親んとこ帰ろうにも外は真っ暗。その時、丁度使われてないロッジを見つけて、俺達は朝までそこにいようってことにした。 朝になればどないかなる、そう暢気に考えてロッジの部屋で、遅くまで話し込んでいた俺達は、不意にある音を、ロッジの外から聞いた。 どうも、俺達の居るロッジの扉を外から、誰かが叩いとる。 最初は親かと思ったが、どうもなんかちゃう。 携帯で時間を見ると、夜中の一時。流石に怖くなりはじめた俺に、その友だちが言った。 『あかん。侑士。外におるひと、生きてへん…』」 「…っ!」 悲鳴をあげかけ、謙也は己の両耳を塞ぐと背後にバックした。逃げるな、と跡部に止められる。 「せやけど、ヤツはどうやらなかに入ってはこれんようや。 扉さえ開けなければ大丈夫やって話になった。 で、なにを考えたか、俺にも友だちにももうわからんのやけど、その当時の俺達はこう考えた。『幽霊と会話してみよう』」 「ほんまになんでなん」 「さあ?」 横やりを入れた白石に気分を害さず、忍足は首をひねった。 「で、最初に俺が聞いた。『あなたは男? 女? 女ならノックを一回、男なら二回』。 ノックは一回。 次に友だちが『あなたは子供? 大人? 子供なら一回、大人なら二回』て聞いた。 ノックは一回。そこで、俺達は油断した。子供で女の幽霊なら、そない害ないやろ、てな。 俺が次に『あなたは一人? それとも…』すると、最後まで言わないうちに扉をダダダダダダダダダダ!と外から叩く騒音。 …俺達は気を失った。気付いた時は朝で、俺達は急いで親の元に帰った。 …それは、今でも、その友だちとの秘密や」 話が終わり、しーん、となる部屋で不意に誰かが動いた。跡部だ。 「なかなか面白かった。だが、その話の最大のオチは読めたぜ」 「俺も」 幸村も笑顔で手を挙げる。 「一緒にいたその友だちってさ」 「間違いなく」 「「白石だろ」」 見事に重なった跡部と幸村の言葉に、忍足が白石を見て笑う。にやにやと。 白石も答えるように笑って頷いた。 「うん、俺の実話でもある」 「え!?」 「せやから俺、経験豊富なんよ。蔵ノ介に付き合うと決まってやから…」 「だったら付き合うなよ」 「お黙りがっくん。友情の前には些細な問題や」 「俺も白石と一緒に居って怖い思いば沢山したとよ?」 不意にずっと無言だった千歳が口を開いた。白石が、なに言い出すんやろ、という視線を向ける。 「千歳。それ自慢やない。てか、自慢の話題をもうちょい選べ…」 「何回?」 謙也のツッコミを流して、忍足は自信満々に聞いた。千歳が指を折って、「五回」と答える。 「はぁ―――――――――――――ん。 たった五回? ふ、俺は百回越えてんで! せめて二桁経験してから喧嘩売ろうや」 千歳が悔しそうに黙り込む。勝った!と高笑いする忍足を余所に謙也が白石の袖を掴んだまま言う。 「えばることやない。えばることやない。てか、迷惑やな白石お前ほんま!」 「うーん、こればっかりは…。あ、謙也」 「ん?」 「ごめんな?」 「?」 「この部屋、なんか既に囲まれとるわ」 ………………………………。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!(声にならない悲鳴)」 謙也、切原が揃ってあげた悲鳴を余所に、忍足が不意に立ち上がると、扉の傍に立って扉のノブをおもむろに掴んだ。 「侑士ィ!? なにしとん!? なにしとん!?」 その隣に音速かという速さで立った謙也が必死に止める。 「いや、開けようと」 「さらっと真顔で言うな! 開けたらあかん!」 「…せやかて、」 「そないがっかりした顔したらあかん!」 必死に言い募る謙也の瞳は涙に揺れている。忍足は背後を振り返った。切原も涙目だ。 こちらはあまりにびびって立ち上がれない。 丸井、向日もそこまでではないが、微妙に驚いている。 「大丈夫やて謙也」 ぽん、と忍足はとりあえず謙也の肩を叩く。笑顔で。 「一回気絶する程度怖い目に遭うだけやから! 過ぎればなんともあらへん!」 「その一回が嫌や言うてんねんボケェ!!!!!」 「…えー。我が儘やな。てか謙也やって経験したやろ? 蔵ノ介と同じ四天生徒なら」 「そらしたけど…。でも毎回毎回……」 「なら大丈夫やな!」 綺麗な笑顔を謙也に向けた忍足の言葉と同時に、なにかかちゃり、と言う音がした。 謙也はおそるおそる忍足の手元を見遣る。扉のノブを握っている。回している。 扉が、開いている。 「て、ことで俺、今日発売の本買いに行くわ」 「おっ、おまぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!?」 謙也の絶叫と、青ざめきって固まる切原のことなど構わず忍足は部屋からあっさり出ていってしまった。 「……なんか起こった?」 「今んとこわかんね」 向日と丸井がそう言って、周囲を見渡す。 幸村が部屋の電気のスイッチを押すと、明かりがぱっと灯る。 一見、なにも起こってなさそうだ、と思った跡部は、謙也と切原が固まって見遣っている方向を見た。 ソファに座ってきょとんとしている白石。その肩の上に、十を越える数の、おぞましい形相の、顔。下に大きな身体があり、白石の身体にしがみついている。 跡部が流石に「……」と絶句したのと同じく、謙也と切原が絶叫して、部屋から脱兎のごとく逃げていった。扉が乱暴に閉まる。 「白石、……お前、大丈夫か?」 とりあえずそう真顔で心配した跡部を、白石は肩にそれらを乗っけたまま、見て笑う。 「流石や跡部くん。普通これは、誰でも逃げる思うのに」 「そういう類に免疫がないんだ。大丈夫かよ」 「害はないで?」 白石が手をしっしっ、と払うと顔が徐々に散って消えていく。 「……てかさ、俺等、なんで逃げなかったんだ?」 「腰抜けたんだよ…俺は」 丸井と向日は、座ったままやはり、どこか遅れたリアクション。 「……てか、それ」 跡部は指を差して、突っ込むべきか迷った。 十近い顔の下にあって、顔が隠れていた巨躯。 ……千歳じゃねーか…………。 「お前、怖くねえのか」 心底びっくりだ、と跡部に言われた千歳は、白石にくっついたまま首を傾げる。 「んー? 大きなリアクションしなければ、憑かれたりせんってわかっとうし?」 「…にしたって」 もうちょい動けよ、と思う。 まあいいか、どうやら無事みたいだし。 跡部は怪訝な顔のまま部屋を後にする。 白石がそれを追って立ち上がり、千歳も後を追う。丸井と向日も続いた。 部屋に残された部屋の主である幸村は、「いいのかな」と呟いた。 「…なんか、一体、千歳の背中に憑いてたみたいなんだけど……」 「千歳。お前、ホンマは少しびびったんちゃうの?」 部屋まで戻る廊下の途中、同室で恋人の白石に問われ、千歳は首を傾げた。 「ほんなこつ、あんまり」 「ふうん…」 「俺、そもそもさっきん、正面から見とらんからね。なんか見にくかねー、くらいばい」 「…お前がそういうんで、助かるわほんま」 「大好きってこつ!?」 「ちょっとちゃう」 「えー」 不満を漏らすと、白石は一度振り返ってなにか言おうとしたが、口を閉じて千歳の背後をきょとんとした顔で見る。 「…白石?」 「…なんでもない」 疲れた声音でそう言い、白石はまた背中を向けて歩き出した。 以前拍手でやった会話だけの話の加筆版。実際はこんな展開。 2009/07/03 |