この子の七つのお祝いに−Side:HIGA

後編−【別れに揺れる太陽】



「あれ、木手一人?」
「すいません。みんな都合つかなくて」
「いや、いいけど…」
 比嘉中校門、菊丸たちが一人の木手を見て、しょうがないと笑う。
「じゃ、行こうか」
「どういうところなんですか?」
「なんかね、地元でも曰く付きの不吉な場所?
 不吉だし、よく帰ってこない人が多いから、絶対行っちゃだめって。
 …そこに、最近ウサギがよく集まってるらしい」
 乾の言葉に、なるほどと頷いた。
 後ろから来た手塚が、大丈夫かと聞いて手を出した。
「?」
「俺達に歩く速度をあわせるのは辛いだろう」
「ああ、すいません…」
 手を出すと、掴まれて引っ張られた。歩幅もあわせてくれる。
「…お前、内緒で来ただろう」
「…」
「あれほどお前を慕っている比嘉の連中が、今のお前を一人で俺達と行かせるわけがない」
 何故、という視線を向けた木手に手塚はそう言った。
「だが、今のお前を一人で家に戻らせるわけにもいかないからな。
 傍にいてもらった方が安全だろう。
 不二も乾も気付いてる筈だ」
「…すいません」
「いや、…お前の気持ちがわからないわけじゃない」
「……………」
 言いたい言葉は、幾つも浮かぶ。
 何故、自分にそんなに優しいんだ。
 何故、そんなに思いやってくれるんだ。
 何故、自分のために動いてくれる。
 何故、
 でも、言いたい言葉は、声になってくれる言葉は。
 一つしかなくて。

「……ごめんなさい」

 か細く謝った木手に、手塚が不思議そうに目線をあわせた。
「………、…………全国。………俺はあれが最良だったと今でも思うけれど。
 ……あなたたちには悪いことをした」
 視線を必死に逸らして、今にも消え入りそうに零された言葉に、手塚は手をきつく握って微かに微笑む。
「わかっている」
「……」
 思わず顔を上げた木手に、前を向いたまま笑ってもう一度言う。
「わかっている」
「………、はい」
 前方を歩く乾が足を止めた。
 鬱蒼と茂る木々の合間、ぽつんとある洞窟はなるほど不吉と噂されておかしくない陰鬱ぶりだ。
「木手はどうする? 危ないから、外で待っていてもらうか?」
「いや、関係があるなら、一人にする方が危ない」
「そうだな」
 かちりと懐中電灯の明かりが中を照らす。
 靴音がやけに響いた。
 背筋をぞくりと這った寒さに、木手がびくりと身を竦ませた。
「木手?」
「…いえ」
 そう答えながら、気のせいではないとわかった。手塚もわかっているのだろう、手を強く握られる。
 沈黙が続く中、足音だけが反響して響く。
 やがて向こうから明かりが見えた。
「なに? 向こう…、月明かりでも漏れてるのかな…」
「向こうは出口とか?」
「おい、不二、菊丸先に行くな…!」
 早足で向かった二人を制そうとして、手塚は握っていた手の持ち主の異変に気付いた。
「木手?」
「……、」
 俯いている小さな身体が明らかに震えている。
 屈んで手を離し、代わりに小さな身体を抱くように支えると、か細い声が聞こえた。
「……こ…わい」
「…向こうがか?」
「…はい、なにか…近づくたびに…気持ち悪い…。
 …寒い」
 顔色が真っ青だ。戻った方がいい、と手塚が乾に二人を連れ戻してくれと言いかけた時だ。
 眼前が急に明るくなった。
 腕の中の身体がびくりと大きく震える。
 急に開けた視界に馴れた目が開くと、先に行った筈の菊丸と不二が眼前に茫然と立っている。
 その向こう、見えるのは異常を通り越した、恐怖としか呼べない景色。
 川が、流れている。
 その前に、透けた身体の、顔すら不明瞭な子供が何十人も集まって、川縁の石を積み上げている。
 まるで、三途の川の、石を積み上げては鬼に崩される成仏出来ない子供の魂のような。
「………なんだこれは」
 乾の声すら、現実味がない。
「…不二ッ…あれっ」
 菊丸の悲鳴が響いた。




 意識が覚醒したのは、隣の体温がなかったせいか、多分違う。
 背筋を走った寒さの所為だ。
「…永四郎?」
 呼んでも、どこにもない姿。
 自分には、なんの霊感も備わっていない。
 なのに脳裏に走った光景に、知念はすぐ外に飛び出していた。




 不二の眼前に広がる光景の隅、石を積み上げる子供たちの向こう、積み上がった石のように重なるのは、幾人もの人間の身体だ。
 その身体を上から順に、並んだ子供たちが掴んで、引きずり降ろす。
 降ろされた身体の口に子供の身体が吸い込まれて、起きあがった身体は白い肌のまま起きあがって動き出す。その一体がこちらを見て笑う。その笑いは、生きた人間の笑顔ではない恐ろしさだ。
「…あれ、ウサギになった人たちの身体…?」
「多分…それを、乗っ取ってる……?」
「…ッ、おいあれ!」
 乾の声に、その積み上がった身体の奥を見遣る。
 積み上げられないまま、手もつけられず大事そうに他の身体の山に寄りかかっている意識ない身体は、間違えようない、十五歳の木手の身体だ。
「じゃ、こっちの木手は…霊体?」
「おい、誰か…」
 入り口の方から靴音が響く。
 反応した手塚が振り返ると、すぐあの長身が顔を出した。
「永四郎…っ!?」
「知念…」
「おい、どう…ッ」
 すぐ知念も向こうの三途の川のような光景に気付いた。
「知念、あそこ…」
 不二が顎で示した。
「…永四郎…」
 彼も、木手の身体に気付く。
「って、知念!?」
 危ないと叫ぶ菊丸に構わず、その空間に飛び出した知念に気付いた子供達が近寄ろうと集まる。
「え…?」
 だが何故か触れられず、子供達は怯えるように遠巻きに後ずさった。
 知念は見えていないように木手の身体を抱えると、すぐこちらまで戻ってきた。
「おい、手塚! そっちの永四郎を抱えてこい!
 全員戻れ!」
「あ、ああ!」
 小さい木手を抱えた手塚を追って、不二たちも洞窟の入り口を目指した。





 明るい知念の部屋に、最後に集まったのは甲斐だった。
 彼は知念の家と一番遠い。
 それでも急いで来たのだろう。汗だくだ。
「木手は!?」
「こっち」
 寝台に横たわる二つの身体を見て、彼も辛そうに目を瞑った。
「手塚…お前ら…!」
「よせ裕次郎」
「凛!」
「それは俺らだって怒ってる。でも、こいつらがいなきゃ永四郎の身体を取り戻せなかった」
「…」
 平古場の制止に甲斐は俯いて、言葉を堪えた。
「…永四郎は」
 木手は自分の身体にすら戻れず、意識のない十五歳の身体は酷く冷たいままだ。
 霊体とおぼしき方の木手はあの場から離れてなお、苦しそうに呼吸をしている。
 顔色はずっと青ざめていて。
「永四郎、大丈夫か…?」
「……………、」
 手を握って呼びかける知念に、木手はなにか言いたげに目を開いたが、苦しさが上回ってなにも声は出てこない。
「…わかってる」
 謝りたいのだと、それくらいわかると伝えると少し安堵したように目を細めた。
「でも、知念。よくわかったね。あそこにいるって」
「俺もおかしいと思う。でも何故か、頭に場所のビジョンが浮かんで」
「…霊感あるの?」
「いや、見たこともない」
「………」
 答える知念を、横になったまま苦しい呼吸の中で見上げていた木手が、不意にびくりと震えた。
「永四郎?」
 呼びかけた平古場にも、答えられずその喉が鳴る。
「永四郎!?」
「………、…っ…」
 寒い。そうじゃない。
 なにか、なにか足に。
「…っ…うわっ」
 なにげなく見た菊丸が悲鳴をあげた。
 木手は既に理解して身体をなんとか起こして、自分の足を見た。
 片足が、掴まれている。手に。
 床から伸びた、透けた手に。
「これっ…あの…子供の…!?」
「おい離せ!」
 平古場が手近な本で殴ろうとするが、あっさりと透けてしまう。
「…っ」
 ぐい、と木手の身体を引っ張る腕に、木手が怯えて腕に力を込める。
 だが弱っている身体ではなんの抵抗にもならない。
「永四郎!」
 知念が背後から身体を抱きしめて、反対に引っ張るが、腕の力は強い。
 ずる、とベッドから引きずり降ろすように引っ張る手が床から伸びて、その先が浮かび上がる。
 あの子供の身体が、上半身だけ、床から現れた。
「ひっ…」
 喉から悲鳴をあげた菊丸が咄嗟に傍に立てかけてあったラケットを握った時だ。
 開けっ放しだった扉の向こうから急に飛んできた札が、子供の額を打って、蒸発するように子供は消える。軽くなった木手の身体を知念が腕の中に抱え込んだ。
 四枚の札が更に飛んできて、部屋の四方に張り付く。一瞬、空間が閉じられたように感じた。
 扉の向こうから、僧侶の格好をした男が部屋に一歩踏み込んだ。
「誰かが呼んだの? お坊さん?」
 菊丸の声に、全員が首を振って顔を見合わせる。
「誰か(誰だ)」
「やれやれ、自分の家に入るのに許可がいるのか。
 一応、文(あや)には許可をもらったよ」
 当然、この家の主は今は私ではないから、という声はどこか知念に似ている。
「…文…って、知念の母ちゃんの名前…? あんた…」
 知念に抱えられた木手が、茫然と見上げて、呼ぶ。
「……寛秋…さん?」
「え…? ひろあきって…誰…」
「…寛秋コーチ…?」
 なおも言った木手に、知念が目を見開いて、声にした。
「……お父…?」
 全員が驚いて見る中、彼は被っていた笠を取って笑う。そうすると、知念によく似ている。いや、知念が彼に似ているのだ。
「おや、よく私がわかったね、寛。お前には二歳で別れて以後会ってなかったのに。
 木手くんがわかるのは予想していたが」
「って、知念のいなくなった父ちゃん…!?」
 どういうことだ、という不二たちの視線に、平古場が答える。
 知念の父親は知念が二歳の頃に沖縄からいなくなっている、と。
「…なんで」
「僧侶として、この島で起こった怪奇事件のことを頼まれただけだ。
 それに木手くんが関わっているなら余計だろう」
「……永四郎、は…知念の父ちゃん、知ってたのか…?」
 おそらく先ほどのは結界だ。そのおかげで具合のよくなった木手が顔を上げて、一度知念を見て、彼を見た。
 知念自身、知りたいという顔だった。
「俺が部員を集めていた時、本土で会ったんです。
 テニスクラブのコーチをしていて、そこで…沖縄にいる息子…知念クンの話は聞きました。
“息子もテニスをやっている。沖縄にいるから、よろしく”と…」
「その後、何度か手紙をもらったよ。写真が欲しいと私が我が儘を言ってね。
 木手くんは悪くはない。お前と文をおいていった私に非がある」
「……………、」
 なにも言葉にならなかった。彼の声も、顔も、今初めて知るものだ。
 面影に記憶があるなら、恨み言を言えただろうに、親子なのに初対面といっていい出会いでは、言葉など出てくるはずがなかった。
「…何故、知念が木手の居場所がわかったか不思議でしたが…あなたの所為ですか?」
 比嘉ではない、知念と親しくない故に冷静な手塚が聞いた。
「いかにも。寛に予知のビジョンを送ったのは私だ。親子だとそういうことも出来る」
「……あなたは、木手を救えるんですか」
「いいや、…もっと上位の僧なら可能だが、私は下位だ。
 結界を張ることや、弱い霊を追い払うことは出来ても事件解決までは出来ない。
 結界も私がこの場にいなければ維持出来ない。
 …助ける方法を、君たちに伝えることしか出来ない」
「…助けられるんだな? 俺達でも」
 平古場の言葉に彼は頷いた。
「木手くんは琉球空手の流派本家の跡取りだ。
 いわば神職の家系。その家の直系の跡取りは清い。
 だから大きな悪霊にも好まれる。彼の身体はこの一件の親玉のために残されていたんだろう。その悪霊の器として。だから今まで無事だった。
 だが故に執拗に狙われる。身体も魂も。魂も、彼らの好物だろう」




 ―――――――――そもそも、あれは観光客が封じられていたその悪霊の封印を壊してしまったことにある。だから、観光客がいたあの浜辺に被害が起きた。そこに彼が居合わせたのは、不運としか言いようがない。

 夜の闇の中、月だけが鮮明に見えた。
 あの洞窟まで道は後少し。
「…木手、来て大丈夫だったのか?」
 手塚の言葉に知念に抱えられたまま頷いた。
「コーチが言ったでしょう。身体がこっち(現世)にあれば無事だ、と」
「…そうだな」


 ――――――――――方法は一つ。洞窟の扉を閉じることだ。あの洞窟は元々魔よけの扉で封じられていた。誰かが開けてしまったんだろう。閉じるだけでいい。それだけでまた封印は施される。向こうにある人たちの身体は大丈夫だ。下位の霊が乗っ取った程度の身体など現世との道が途絶えれば、霊たちが繋ぎ止める力はない。現世に戻るよ。


「木手くん、キミは行かない方がいい」
 本当は、彼に止められていた。
「キミを狙うのは下位の霊ではない。万一身体を奪われたまま扉が閉じたら、…キミは帰って来れない」
 笑って答えた。
「…あなたに、聞きたいことがありますから。死にません」
 彼は、困ったように笑う。その姿は、息子によく似ていた。




「寒っ…木手じゃなくても寒いにゃ」
「つか、扉なんてどこにあるんだ…」
 奥まで行くのはまずいよな、と甲斐。
「おい、あんまり奥に行くな。既に結構来て…」
 乾の言葉が途切れる。
「…そりゃ結構来てるけど…、まだ向こうは見えない…乾?」
 振り返って、乾が洞窟の壁を叩いているのを甲斐が見た。
「これ…?」
 何度目かの乾の手の力で、壁に見えていた部分がキィと動いた。
「うわ、ホントにあった…」
 そのまま防空壕の扉という感じの鉄の扉だ。表には熱で焼けた後がある。
「おそらく、ここは防空壕だったんだな。その扉がそのまま封印に使われたんだ」
「じゃあ、向こうにいた霊って、戦争で死んだ子供たち…?」
「多分」
「あれ、これ…取っ手が向こう側にしかないよ」
 手で掴む取っ手が、反対にしかないのだ。
「多分、…この奥に逃げた奴らが閉じるためだろう。
 入り口側から開けられる仕組みでは困るんだ。やってきたアメリカ兵士が開けられるようでは」
「…兵士? 戦争なら、上からミサイルが落っこちてくるだけ…」
「英二…、それは本土の戦争だよ。…ここは、沖縄だ」
 不二が言い聞かせるように、痛みさえ滲む声で言った。
「習っただろ? 世界大戦で、沖縄は戦場になったんだ。
 日本で戦場になった場所は、沖縄だけだ」
「…あ」
 菊丸が気付いて俯いた。
 戦争は日本全てが経験した。だが、全ての歴史を振り返っても、敵国の兵士が足を降ろし、銃弾が飛び交った戦場はたった一つ。銃を持つ兵士から逃げなければならなかった場所は、沖縄だけなのだ。
 だからこそ。
「俺らは知らない時代だから、そんな気にすんな。おじいたちからは聞くけどさ」
「…うん」
「って、…やばい」
 まだ向こうとは遠いのに、洞窟の奥からあの子供達がひたひたと歩いてくる。
「…でも、これ…っ、誰かが向こうから閉めないと」
「誰が残るんだよ! 向こうに!」
 叫んだ菊丸の傍をす、と通り過ぎた小さな身体に、気付いた平古場が叫ぶ間はなかった。
 既に向こうからほとんど閉じられた扉を、向こうで閉じているのは。
「永四郎!?」
 駆け寄った知念の指が、閉じる寸前の扉の隙間に挟まった。
「…指が、折れますよ。離してください」
「…永四郎っ…! 誰が…」
「…俺は、安全でしょ」
「嘘だ…。本当に安全なら、お前はそんな言い方も声もしない!」
「……」
 扉の向こうで、きっと辛そうな顔をしているんだろう。
 木手はその顔が浮かんで、小さく笑った。
「…流石。付き合いが長いだけはありますね」
「えいしろ…?」
「…ええ。コーチに言われました。…俺は、残ったら助からないと。
 …ですから、このまま扉が完全に閉じたら、死ぬんでしょうね」
「だったら力を抜け!」
「…嫌です。…キミこそ、指が折れる。…離してください」
「…永四郎?」
「……もう叶うことがないのなら、俺はいい。
 …全国は終わっている。…キミたちに託せる。キミたちなら、また全国に行ってくれる」
「…永四郎…!?」
「……なにより、俺はキミを帰さなきゃ。

 さよなら知念クン。……お父さんのところに、帰ってくださいね」
 振り返った彼の笑顔が、隙間から最後に見えた。
(俺はキミを、父(彼)の元に返さなきゃ)

 会えるのは、きっと今が最後だから。

「さようなら」

 バタン、と。
 無情な音がした。扉が完全に閉じた。
 その絶望が胸に落ちる前に、視界は歪んでいた。

 気付くと、洞窟から数メートル離れた道に倒れていた。
 拳をコンクリートに叩き付けた知念に、平古場は首を振った。
 馬鹿、と呟いた声は甲斐が拾ったが、涙ににじんでいたのをわかっていた。
 甲斐は平古場になにも言わず、ただ力無く俯いた。





 ―――――――――――――「…が亡くなられたって」
 そう聞いた時も、自分は言えなかった。
 彼に言えなかった。キミの父に会っていたことも、何一つ。
「……報い…にしては…優しすぎる」
 そう呟いた。
(でも、好きだとは…言えなかったな)
 今言ってはいけないのだけど。
 言えなくて、よかったんだけど。
「………」

 ―――――――――後悔するなら、こちらに来なさい。

 声が聞こえて、顔を上げた。
 眼前に、手だけが伸びている。
 子供の、ではない。皺のある、大人の。
「………」
 見つめて、すぐ涙に視界はにじんだ。
「……やっぱり、あなたは」
 おいで、と彼に似た優しい声が呼ぶ。
 手を伸ばした。




 視界に映るのは、見慣れた知念の部屋の天井。
 起きあがった木手がはっとして見ると、寝台の上で、身体は十五歳の姿だった。
「おかえり、木手くん」
 呼ぶ声に顔を上げる。
 佇む僧に、泣きそうになった。
「…やっぱり、あなたは…………」
 彼は笑うだけだ。
「……亡くなっているんじゃないですか」

 ――――――――――「寛秋コーチが、亡くなられたって」
 そう聞いたのは、三年に進級してすぐだった。

「…寛に会う口実に、キミを助けに来たと言ったら怒るかな」
「…いいえ。でも…」
「でも」
「俺は、…危うく彼を二度悲しませるところだった…」
「そうだね」
「……、最期に、…あなたは…誰を…」
 思い出したのだろう。妻? 赤子の姿しか知らない息子?
「ここにいるのが、答えだね。さあ、行こうか」




 靴が砂利を踏む音が聞こえた。
 一度顔を上げた手塚が、いるのがあの知念の父親だと知って顔を降ろした。
「寛」
 呼ぶ声にも、知念は顔を上げない。
 涙が落ちた拳はきつく握られて、震えていた。
 傍まで砂利を踏む音が聞こえたが、顔を上げたくもなかった。
「………、」
 なにか言いかけた声が、呼吸だけで一度止める。
 その音が、父親の声とは違うと気付く前に。

「……ごめんなさい」

 頭上で響いたのは、聞き慣れていたあの低い声。
「……」
 思わず顔を上げた知念や平古場たちの眼前に立つのは、十五歳の姿の木手だ。
「…永四郎…?」
「………、…っ」
 俯いていた彼が、一度顔を上げて、またなにも言えずに俯く。
 咄嗟に立ち上がった知念が、幻ではないと確かめるように腕の中に抱き込んだ。
「………ごめん」
「永四郎…?」
 すがるように服を掴まれて、腕の中の身体が謝った。
「……俺はあなたを、…二度悲しませるところだった」
「…え」
 意味がわからず視線を彷徨わせた知念が、不意に見た父親の姿は、光になって薄れていく。
「………」
「彼は……今年の始めに……亡くなってる」
 彼は知念に向かって、こくりと頷いた。
 ただ、頑張れと言うように。
「…お父…!」
 その声が届いた瞬間、彼は消えていた。
 ここから、沖縄から、世界から。

(あなたの真意は何一つ、わからないけれど)

 きっと、彼は永眠る時、ここにいる子を、思い出したのだと。
 そう思った。





 その三日後、比嘉中のコートに来た青学のメンバーに、帰るのか?と甲斐が声をかけた。
「ああ。今日の午後の便で」
「そっか。まあ、助かった。サンキュ」
「いや」
「面倒かけてすいませんでした」
「いや、いい。…知念と仲直りはしたのか?」
 手塚に聞かれて笑う。そもそも喧嘩してません、と。
「そうだったのか」
「俺はともかく、知念クンはそんな短気じゃありませんよ」
「試合の時は短気だけどな」
「…平古場クン」
「まあ、木手。凛のいうことも否定できねっつか」
「…………………わかってよかったな」
 手塚の言葉に、笑んで頷いた。
 彼の遺体は沖縄の墓に既に埋葬されていたと後で知った。
 あの後、全員で墓参に行った時、知念は確かに「おかえり」と言っていた。
「じゃあ、もう行く」
「ええ。…手塚」
「ん?」
「キミはいないでしょうが、…みなさんに「来年全国で」とよろしく」
「…ああ」
 遠ざかる靴音。この島は、まだ暑い。
「永四郎」
「ああ、知念クン……、?」
「………」
 そっと握られた手は、あの時よりは大きいけれど、彼よりは矢張り小さい。
「……どこへでもついていく。だから、…二度と置いていくなよ」
「………、はい」
 重なった手は汗ばんでいた。熱かった。
 それでも、胸に落ちた熱さよりは、冷たいのだろうと、そう思った。










================================================================================

 ということで比嘉サイドのホラー話。比嘉のホラーはこれが初めて。
 捏造入りましたが、楽しかったです。
 七歳Verの木手が。可愛くて(爆)
 四天宝寺パラレルのウサギの白石とは真逆な意味で可愛い。
 あっちは十五歳の外見に幼い言動が可愛い白石。
 こっちは七歳の小さな身体や頼りない手足で十五歳の言動なのが可愛い。
 というか木手は普通、武術やテニスで絶対知念たちに負けない、強い、というキャラなので
 七歳の木手はテニスはおろか武術ですら、知念たちにも、手塚たちにすら話にならないので。
 可愛いなぁ!と。
 この話の手塚はノーマルです。そう見えるシーンありますが違います。
 …でも楽しかった。