REZET-リゼッタ- ******************************************************************* 第十二話【Side:白石と千里番外−最後の返事】 あの日、見送ったのは、余裕だからじゃない。 『わかってる』 あそこから、もう、…俺の『勝ち』なんかない。 「めずらしいやん。付き合うなんて」 買い物にショッピングモールに行った時、謙也を誘うとあっさり応じた。 侑士は、逆に気味が悪く感じる。 「お前にマジ、釘指しとかなあかんしな」 「…もう行かへんし」 「嘘吐き」 謙也は服を手にとってから、そう言い切った。 彼の飼うキメラは、今日は前の飼い主である親に預けられているらしい。 なんでも、親の方が一日暇が出来て、少し会いたいと言ったそうだ。 「そうかなぁ」 「そうや」 謙也の言い分は、わかる。でも、謙也に言ったら、俺の言い分も通ると思う。 学校の同級生として、出会った。 謙也の友人として。 三人で一緒にいることが多かった。 たまに、彼だけ、誘いを断る。 理由が父の飼うキメラのためだと訊いていた。 以前、自分たちと遊びに出かけて、一晩帰らなかったら、そのキメラは眠らず待っていたらしい。余程、彼が大好きな子なんやろう、とその時は大した感想も抱かなかった。 ( …本当は、最初に、『勝ち』はないって、思っていたし、わかっていた ) 付き合うようになって、彼の中に自分への好意が、間違いなく男としてあるとわかっていたのに。 彼はよく、そのキメラのことを話題にした。楽しそうに。 俺とどっちが好き?と訊くと、彼は不思議そうに「比べるものなん?」と言う。 その時に、少し予感した。 比べるものじゃないというのは、最初から比べものにならない、という意味だ。 なら、比重が圧倒的に上手なのは、自分? それとも。 「謙也」 「ん?」 服をワゴンに放ってこっちを振り向いた従兄弟に、芽生えたのは、甘えだ。 甘えたかった。少しだけ。 「俺、言うたやん?」 「?」 耽溺だ。 弱くなってる。 「形振り構わん。見苦しい。それでも好きなら執着する。欲する。 綺麗なもんやない。て」 「…ああ」 謙也は結局その話か、という顔はした。だが、訊いてくれた。 甘えていると自覚する。隣に立つ従兄弟に。 馬鹿みたいに。 「…でも、そんな風に、…執着して、強気でおれるんはな……自分の勝ちが見えてるうちや」 「…」 「自分に勝機がない。全くない。自分の勝ちはもう絶対ない。…そう、わかったら、もう…」 会えない。 ライバルにすら、なれないのだと、ならせてもらえないのだと。 思い知ってしまったら、もう、会えない。 強気に、「勝負しよう」と言ったけれど、もう勝負のラインに立たせてもらえないのだ、自分が。 ライバルにすらなれない。失恋の最後は、そんな惨めに終わる。 「…会わへんよ。もう…。 …忘れられるまでは」 そう、謙也の顔を最後まで見ないまま、言った。少し、泣きそうになった。 従兄弟は、なにも言わず軽く頭を叩いてくれる。甘やかされている。 それに、甘えている。 どうしようもなく、弱い。 さっき、あの二人を見かけた。 通路の向こう。 声をかけなかった。かけられないし、かけたくなかった。 余裕なもんか。…失恋したのに、ぼろぼろに負けたのに、そのうえで普通に友人面や恋人面出来るような、大人なわけがないだろう。 知っている。 白石は独立した人間だ。自立心が強い。 そんな確固とした人間性に惹かれた。 他人を全肯定する、正しい人格。 自分への好意も確かにあった。 でも、自分に逆らえなかったのは、「恋人の意志を裏切る」ことを彼が正しく思わなかったからに違いないのだ。 それは流石に、かっこつけすぎな考え方だとしても。 もう、彼が自分に、負けることはないのだろう。 「……、」 思考に沈みかけて、侑士ははた、となった。 なんか、自分のコートを引っ張る感触がする。 「おい、謙也、俺の服引っ張るなや」 「え?」 謙也の声は、侑士が振り向いた方向の反対からした。 ぱっと振り向くと反対側に謙也がいる。服を引っ張る手は、謙也と逆の下から。 おそるおそる見遣ると、そこには多分チーターだか、そのあたりの動物のキメラらしい子供。三歳か、四歳くらいの男だ。 「……迷子?」 「……あれ、ほんまや」 謙也もその子に気付いたらしく、ひょいと覗き込んだ。すぐ、その子の前に屈む。 「どないした? 飼い主は?」 謙也が問いかけると、その子はいきなり泣き出した。謙也が慌てて宥めるが、泣きやまない。 「………」 キメラなんて、しばらく関わり合いになりたくない。 でも、かといってこの子に罪はないわけで。 侑士はやれやれと思いながら、その子を抱き上げた。その子がきょとん、として自分を見上げる。赤い髪の、可愛らしい造作の子だ。 「とりあえず、好きなだけ泣いてええよ。そのあと、アイスでも食べよか?」 で、ワケ話してな、と優しく言うと、その子は侑士にぎゅうっとしがみついてまた泣いた。謙也が、ぼそっと、「今、冬なんやけど、…アイス?」と突っ込んだ。無視をした。 「……捨て子?」 後日、あのキメラの所在を、白石に訊くことになった。 キメラ総合センターの待合室は、今は人気がない。 というか、なんで、失恋した相手と、今、会っているのだろう。会わないって誓ったのに。 (しゃあないやん…他にキメラ関係の仕事のやつおらんのやから) とセルフツッコミしておく。 向かい合わせのソファ。間にコーヒーが置かれたテーブル。向かい合わせに座って白石は話す。 「ああ。飼い主が飽きて、他のキメラが欲しくなった。が、チーターやし、新しいキメラが嫌がるからってな。置き去りにしたってとこや。 そいつは規約違反でキメラがもう飼えんようなるから…保護施設行きやな、あの子は」 「……ふうん」 「今はうちで預かってるけど」 白石はため息を吐いたが、その飼い主に対してだろう。自分に対して、あの時よりも落ち着いている。 やっぱりか、と思う。 「なあ、蔵」 「ん?」 「…お前が、俺に逆らえへんかったんは…、好きやからやなく…、完全に俺を切れなかっただけやないんか?」 ここで逃げたら、もう一生訊くことはないだろう。 だから、真正面から顔を見て訊いた。 白石は驚いた顔で固まったが、すぐ、笑った。昔も見た、優しい笑み。 「…かもしれんな」 「…そうか」 侑士も、同じように微笑んだ。それでよかった。 他に、きっと理由はあるのだ。でも、今ここで言われたら、自分はまた期待してしまう。 叶わない恋を期待させるなんて、酷いのだから。 失恋させるなら、フるなら、未練なんか全く残せないよう、綺麗にフって欲しい。 綺麗に、この恋を終わらせて欲しい。ただ一度も、自分に振り返ったりしないで、『彼』しか要らないとその口で言って、その音で終わらせて。 このコーヒーを飲んだら出るか、と侑士がテーブルに置いてあった来客用のコップに手をつけた時だ。遠くから人の足音がした。 と思った瞬間、自分の腰になにかがくっついた。 「あれ」 白石が、さっきの空気が嘘のような声で、意外そうに言う。 そこには、あのキメラがいる。自分にしがみついている。 「気に入られたん? これは」 「らしいけど……」 自分にしがみついて、じーっと見上げてくる子の目が潤んでいる。 「あ、白石くん」 「どないしたんです?」 その子を追ってきた職員が、それがな、と侑士にくっつくその子を見遣った。 「新しい飼い主なんか嫌って」 「前の飼い主がええってことですか?」 「いや、絶対嫌らしい。ただ、誰でもまた捨てるんやないかって…」 「…ああ」 トラウマは根深い。それは怖くなる。まして幼い。 彼は自分にしっかりしがみついている。これは、一体なんなんだろう。 嫌なんじゃないのか。誰でも。なのに、なんで自分を見上げてそんな目ですがるんだ。 だから、しばらくキメラには関わり合いになりたくないんだけど。 そんな目で見られると、なけなしの良心がうずく。 困り果てた侑士を見遣って、白石はぽつりと言った。 「まあ、人格的に問題はないよな…」 若干あれなだけで、と彼はコメントした。 「え? なに、飼うの前提なコメント? 俺はな…」 「俺がオッケー出せば簡単な審査だけやろうし」 「……あの、…白石さん…俺な」 白石に対して言う言葉も、徐々に勢いがなくなる。白石が「本気で嫌がってない癖に」と意地悪に言った。 「……」 自分にくっついて、必死に見上げてくる子供がいる。 可愛いとは、そりゃあ思うけど。 「……」 侑士の方が犬かなにかのキメラみたいに、耳があったら垂れきってるんじゃないかという眼差しで白石を見てきた。白石がおかしそうに笑う。 ここで飼いたいって、言ったら「成り行き」で飼うって言うようなもんじゃないか。と侑士が言いたそうだ。 彼は空気を読み過ぎる人間なので、白石は「なら挨拶からしたら?」とアドバイスした。 訊いてみたらええやん、そいつに、自分がええのかって。 「…俺、忍足侑士な」 「ゆーし?」 「お前は?」 「がくと!」 その子は元気よく返事をした。尻尾が立つ。 「えー、…俺、…気に入ったん?」 「…やさしい……………………はず?」 「『筈』なん? 『筈』なん?」 疑問系なんそれ、と侑士は激しく疑問だ。 「だって、なんか、へんなひとっぽい」 「おいおいおい!」 「だから、そんなやつなら、おれのことすてねーんじゃね?っておもった」 「…………」 なに、その選別の仕方。侑士はとても納得がいかない。 しかし、ここでやっぱりいい、嫌、なんて空気を読まなくったって言えない。 だって、正直、可愛いし。 それに、『自分』を求められるのは、嬉しい。 「………しゃあないなぁ……もう」 腹をくくるか。失恋もしたし、その日にまた始めるのも、いいじゃないか。 ⇔NEXT |