キミと過ごすLast Day






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ラストディ オア バースディ−僕に捧ぐ−
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 3/17。
 描かれた猫のカレンダーの下。記された○の印。
 三月十七日は、謙也さんの誕生日だ。
(なんもあげへんと…流石にものっそう拗ねるやろな)
 ベッドからずるりと床に滑り落ちて、財前は考え込んだ。
 趣味があうわけじゃない。テニス以外、共通点があるわけでもない。
 弄りやすくて、正直阿呆で、で部長馬鹿。
 それが自分から見た、忍足謙也という人。
「………あーあ」
 ただの後輩のままでいたら、こんなこと悩まなかったのに。
 いつからこんな、好きになったんだっけ。





「忍足くん!」
 その日、学校に来て初めて彼の周囲が騒がしい理由に気付いた自分は、かなり部活のことに頭の容量を裂いていたらしかった。
「………あ、そか。今日謙也の誕生日やねんな」
 部室の椅子に座って呟いた白石の声が聞こえたらしい。浪速のスピードスターが女子の群から飛び抜けてきて、白石の前の机にだんと手をついた。
「白石! お前忘れとったんかいな!」
「やー…ほらここんとこ俺忙しゅうて」
「引退しとって忙しい筈あるか!」
「や、金太郎がいろいろやりよるし、財前かてまだ馴れてへんし。結局俺がオサムちゃんに押しつけられるんや。あの人は俺が受験生やったってわかってへん」
「もう卒業したやろ!? 今日なんの理由で学校呼ばれたと思って来たんや自分!」
「…………オサムちゃん主催の謙也バースデー会という名の騒ぐ会」
「……俺の誕生祝いはついでか」
「あの人にとったらついでやろう。ちゅーかどうせなら誰かの家でやったらええねんこないなことは。学校やといろいろ五月蠅くて」
「……お前はええよな」
「は?」
「お前誕生日来月やんな? 四月やんな? 四月はまず卒業式やら終業式のあとになって自分は他の奴の誕生日祝ったのに自分は休み入ったから祝ってもらえへんかったなんて経験あらへんやろ!!」
「……そっか。謙也の誕生日っていつも卒業式&終業式後やから俺以外祝う奴おらんかったんやっけ?」
「そうやなんや文句あるか! そのお前に忘れられたら俺はどないしたらええんや!」
 白石は、ハァ、とため息をついて謙也の肩をたたく。
「ええやん。今年は監督が主催してくれたから祝ってもらえるし」
「あいつらがギャグノリ以外のプレゼントくれる思うか…!?」
「……銀と金太郎と千歳以外はギャグプレやろな」
「そらみたことか!」
 ――――――――――以上、上記の口論は当たり前だが春休みの部室で行われている。
 当然、謙也くんバースデー会という通達を受けていない元レギュラー以外の部員は、いきなり部室にやってきて騒ぐ謙也に呆気という眼差しを向けたあと、会話から“ああ誕生日なんか…”と納得して着替えに戻る、誰も口論を割ってまで祝福を口にはしない清々しさである。部長だった白石が顔を出すのはいつものことで、疑問に思う部員はおらず、むしろ白石が来る度に喜んで来ない日は落ち込む部員の方が多いのが四天宝寺の日常。
 ここで“白石部長…謙也くんの誕生日忘れとったんや…”と思う部員は悲しいかな、いない。
「あ、そや謙也」
「あっされんあっされん!」
 それでもなにかを言いかけた白石を遮ったのは部室に駆け込んできた小型爆弾こと遠山金太郎。
 部室の扉を勢いよくあけて、開口一番。
「あれ? なんで謙也おるん?」
「……金ちゃん……!」
 流石の謙也もへこむのは当たり前だ。現在進行形でレギュラーの金太郎はバースデー会の通達はいっている筈なのに。
「金太郎ー今日は謙也の誕生日やねん」
「誕生日? あー、……オサムちゃんが言うとった。そういえば。
 あれ、ただ…白石たちとテニス出来る日と違ったん?」
「……謙也、オサムちゃん、誕生日会っちゅー通達してへんかったみたいやんなぁ…」
「俺の誕生日は後輩しごきのついでか―――――――――――――――!」
「おー謙也の声外までよう響いとるよ。なにかあったとや?」
 暢気な声と一緒に長身が開きっぱなしの扉に頭をくぐらせた。
「おはよーさん千歳。謙也が拗ねとるだけやし気にせんでええよ」
「白石ィ!! お前は鬼か!」
「……謙也の誕生日? 今日?」
 千歳が目をぱちくりとさせて白石に問いかける。
「そう」
「……あ、すまんね。しらんかったと。なんも用意してなかよ…。
 帰りになんか奢っちゃるけん。それでよか?」
「……うう。千歳ぇ〜………」
 誕生日自体を知らず、当然プレゼントの用意などなかったものの祝う単語を口にしてくれる人間がやっと現れたことに謙也は涙して千歳に抱きつく。
「お前やっぱええやつや…俺めっさ癒されとる…」
「よかとね?」
「ほらほら浮気しとらんと。千歳、お前今日二セット目俺やからな相手」
「そうなのや? それは嬉しか」
 白石の邪魔するでもないつもりの声はしっかり謙也にとっては邪魔だったらしい。久々に公に白石に相手をしてもらえると知った千歳は破顔して白石の方へ歩いていってしまう。抱きついていたため退かされた形の謙也が、恨めしそうに二人を見るも二人は気付いた様子がない。
 あれが白石の千歳への嫉妬ならまだ嫌みの言いようがあるが、今回は全く意識のないものだったらしく、白石の表情にも口調にも棘の欠片もなかった。
 彼にしてみれば、部室の入り口で邪魔だぞと言った気分程度なのだろう。
「あー謙也クゥン。どうしたの〜?」
「謙也〜背中が黄昏てんで〜」
 そこでやってきたのは引退&卒業後も健在の漫才コンビ。
「小春…ユウジ…」
「あらあら謙也クン。十五歳の誕生日にそないな顔はあきまへんで?」
「そうやど謙也! もっと喜んでしかるべきや!」
「……そ、そない言うってことは、小春たちは俺に誕生日…」
 プレゼント用意してくれたんやな!? と続く筈の言葉は小春がずいっと差し出したビニール袋に遮られた。
「………?」
「プレゼント。アタシとユウくんからの」
 言葉だけ聞けば喜ぶべき内容。しかし受け取ったビニール袋の柄とその軽さと、なによりビニール袋から透けて見えるパッケージが謙也を素直に喜ばせなかった。
 おそるおそるビニール袋から取り出せば。
「……………“しょうが湯20袋パック”」
 背後から覗き込んだ白石がパッケージに記されたタイトルを読み上げた。
 しょうが湯。十五歳の誕生日。初めてもらった友人からのプレゼントがしょうが湯。
 その事実に呆然とする謙也の横で、白石がまだ誰も謙也にプレゼントのたぐいを渡していないことを二人に教える。
「…あ、そうだったの…てっきりもう蔵リンとかからもらってると思って」
「“なんやこれ―――――!”ってなものを持ってきたんやけど、……タイミングがあかんかったなぁ…」
 とコメントする小春とユウジ。
「……………お前らなんか…お前らなんかだいっきらいや――――――――――!」
「あ、謙也…お前も試合あんねんけど…(酷)」
 引き留める白石の言葉も聞かず、部室を飛び出していってしまった謙也をしかし誰も追わない。後からやって来た銀が、手持ちぶさたのように律儀に用意してきたプレゼントを謙也の鞄の傍においた。





「……寒う……もう三月やっちゅーねん」
 運がよいのか悪いのか、今の場合わからないが屋上の扉は開いていた。
 フェンスに寄りかかって、謙也はがっくりと肩を落とした。
 いつだって、自分は白石の誕生日を忘れたことなんてない。
 一度だって祝い損ねたこともない。プレゼントだって毎年必死になって考えて渡した。
 なのに、その白石が自分の、中学三年の誕生日を忘れていたなんて。
 誰に祝ってもらえないことより、初のプレゼントがしょうが湯だったことより、謙也にとってショックだったのはそれだった。
 逆を言えば、白石にさえ祝ってもらえていれば誰に祝ってもらえなかろうが構わない。
 そんな風に白石は謙也にとって絶対だった。
(……やっぱ、白石変わってしもた)
 千歳と出会って、白石は変わってしまった。千歳が自分から白石を奪ってしまった。
 子供じみた親友への独占欲を口にするほど子供ではなかったが、常にその思いは謙也の胸にあったし、寂しくさせた。それでも、いくら千歳が大事だからって彼だけは自分の誕生日を祝ってくれる。そのことが当たり前なのだと信じた俺が馬鹿だったのだろうか。

“人間、恋人が出来ると友人に冷たくなる”

 なにかの雑誌の使い古された言葉がまさにぴったりだった。
 そのとき、ポケットの携帯が振動して、白石か!?と喜んだのもつかの間。
 液晶に浮かんだ名前に、がっくり半分、それでもどこかでうれしさ半分。
 二秒の沈黙の後、通話ボタンを押して、まさかこの従兄弟まで忘れてるはずはないだろうと祈って名を呼んだ。






「……ちょお、かわいそうやったかな」
 部員が声を出して打ち合うコート。
 自分と試合を終えた白石が零した言葉を聞きつけて、千歳が“謙也?”と聞いた。
「んーまぁ……あれは、可愛そうやったよな」
「……白石、今の“かわいそう”。字が絶対可愛いの方だったとやろ?」
「ようわかったな?」
「そらわかるばい」
 千歳はくすくすと笑って白石の隣に腰掛ける。
「白石は、俺がたいが羨ましくなるくらい謙也が好きだけん。忘れとったなんて嘘ばいね?」
「……まあ、毎年あげるのが恒例なんに、忘れる筈ないやろ」
「なんで嘘いいよーと?」
「……………千歳、お前、俺の誕生日に自分が一番にプレゼントあげたい場合、他の奴になんて言う?」
 その質問に、千歳はすぐピンと来たようで、なるほどたいっと笑った。
「光も謙也も可愛かねー」
「お前、なんとかせえや…。その自分より小さい奴は誰でも可愛いって認識…」
「ん? でも小春とユウジは渡しとったとよ?」
「…お前、あの二人がマジに謙也が喜ぶもの渡すと思うか?」
「…………」
「で、俺があいつの喜ぶプレゼントをはずすと思うか?」
「………なるほど。それでそうなったとね」
「そういうことや」
 白石はため息一つを吐いて、その瞬間なくなった背もたれ(千歳)に驚く暇なくベンチに倒れてしまう。その驚いた顔を上から見下ろして、千歳は笑うと周囲を確認もせずキスを唇に一つ。
「……ッ…お前…」
「一番可愛かは白石たい。襲ってもよか?」
「いいわけあるか!」
 怒鳴りながら意地で起きあがった白石はすぐベンチから立つと二年への指示出しに行ってしまう。
 残された千歳は軽く笑って、“今のはわざと?”と聞いた小春に応か否か不明な頷きを返す。
「………?」
「んー……ま、白石があんまりにも謙也を好きばいいよーと。気にいらん時もあるばい。
 俺は基本心狭かよ?」
「あら、愛されちゃったものねぇ〜蔵リンったら」
「ばってん謙也のことも好きだけん。あまりひどかことは出来んね」
 言って、千歳は謙也が行ったと当たりのつく屋上付近を見上げてもう一度笑った。





「……ちゅーわけやねん。聞いとるか侑士!」
『聞いとる聞いとる。お前の世界の中心は今日も蔵ノ介やんなぁ…』
 電話口から聞こえる声は笑っている。その従兄弟は、開口一番に祝ってくれた。
 一時期小学校が白石と一緒だった侑士は、謙也の白石への執着の半端なさを知っているので、変な茶化しをいれず聞いてくれた。
「当たり前や。俺は白石がおらんようなったらどない生きたらええかさっぱりわからん!」
『えばることか阿呆。しかも今は蔵ノ介には特別がおんのやろ? 蔵ノ介はそいつと最期は過ごしたいっちゅーやろな』
「そないなこと関係あらへん! 俺は白石が世界の中心やー!!!!!
 ……待て、なんや最期の日って?」
『一時期流行ったやろ? 地球最期の日は誰と過ごす? っちゅーやつや』
「あー流行ったなぁ……」
『蔵ノ介、今やったら確実に千歳やんなぁ?』
「……そうやな」
『反論せんの?』
「……まあ、……事実やし」
 ずるり、とコンクリートに座り込んで、卑屈になったわけでもなく謙也は言った。
「今の白石、…すごい綺麗やねん。そら昔から綺麗やったけど…千歳が傍んおるようなってからずっと綺麗んなった。作り物みたいやなく、心から笑っとる顔んなった。
 そういう今の白石が、なんだかんだで俺は好きやねん……」
『……ほんま蔵ノ介馬鹿やなぁ謙也は。千歳の代わりになったろ! とかはないんか』
「ないない。俺やったらあんな風に白石笑わせてやれんもん。俺は白石の一番でいたいんであって、恋人になりたいわけちゃう」
『一番って、同じことちがうんか?』
「恋人に順番がつくか阿呆。順番がつくんは友人や」
『…そういう風に、白石が大好きやねんな。謙也は』
「そら? だいっ好きな親友やし」
『ほな、謙也が最期の日に過ごしたい相手は他におるんか?』
「………………まあ、いてる」
『誰や? 聞いたことないわ』
「……そら言ってへんもん。無愛想やし、口調は棒読みでええかげんにせえよって奴やし。
 ……やって好きやねんから、そらそいつがええわ。最期一緒に過ごすならな」
 次に続く侑士の言葉は聞こえなかった。
 指に触れた感触に、見上げるといつも無愛想な後輩の姿。
 いつからいたのか、いつの間にか謙也の横に立って通話をオフにしていた。
「……光。なにすんねん」
「……ほんまは」
「は?」
「ほんまは、あんまり謙也さんが部長を好き好きいうから、ヒィヒィ鳴かせたろーかとも思っとったんですけど、やめときますわ」
「…は!?」
 驚いた声を発した謙也と同じ目線になって、財前はその無愛想と言われる顔に珍しい笑顔を浮かばせた。
「やって俺ですよね? 謙也さんが最期の日に一緒にいたいって相手」
「…お前……いつから聞いて」
「俺はそれで十分ですわ。いつも部長馬鹿や思うてたけど、嬉しかったし…。
 …………。…謙也さん、ほんまかわええ」
 言葉が進む度に真っ赤になっていった先輩を見つめて、財前は誰も見たことがないような顔で笑った。
「ほんまかわええ。どないしよ…。ねえ謙也さん、謙也さんって、俺のもんですよね?」
「……ここで他の奴の名前出したらそれこそヒィヒィ言わせる癖に」
「そらもちろん」
「………………お前や。悪いんか」
 耳まで真っ赤にして答えた謙也を一度抱き締めると、財前は年相応の子供の顔で飛び切りの笑顔でキスを一つ。
「…もちろん、上出来ですわ」

 ああ、やっぱりあんた可愛すぎる。怒るけど、やってあんた子供っぽいしいじりやすいし、そういう性格なんやって諦めてや。
 ええやろ?

 俺はそういうあんたが大好きやねんから。



「ところで、お前までプレゼント忘れてへんよな?」
「ああ、ありますよ。謙也さんの好きなバンドのライヴチケット」
「マジか!?」
「マジです。一緒に行きましょね」
「おっしゃー! 光! 大好きや!」
「……なんや、今の“大好き”は部長への大好きと同じ匂いがしたわ………」
















後書き
多分十七日近くなるとかつかつになって書きそびれたまま過ごしちゃう予感がしたのでフライングで書いておく。
謙也ハピバ!てかテニプリ最終回の週にアップするのがこれか…。いやいいんだけどな。
相変わらず千歳の言葉いい加減。そしてうちの謙也はどこまでも白石馬鹿。
あそこで「最期はもちろん白石!」と言ったらどうなっていたことか…。
謙也BD小説は謙蔵で書くか光謙で書くか迷って光謙に。
ラストの財前の「上出来ですわ」が言わせたくてこっちに。
光蔵だとどこまでも子供っぽくなるか暗くなる財前も、謙也とだと年相応だなー。
侑士は最初っから出そうと決めていた。ちなみにいたよ? 高校で。
友人にしょうが湯渡すクラスメイト…。おいおい。みたいな。
ちなみに私は手作りクッキー。わー安上がり。
ちなみに謙也の最初の方の「三月下旬生まれはいつも祝ってもらえない!」的な叫びは私の叫びそのまんま。
私も三月下旬なので、三月上旬の友達の誕生日を祝ってあげたのに自分は卒業式後だから誰も祝ってくれない…。
さみしかったー…。
ちなみにタイトルの「僕に捧ぐ」は財前の台詞みたいなもんなのですが、意味がよそにもう一個。
「私(海瀬)に捧ぐ」……だってあのね、アバウトにあるけど私も三月十七日生まれなんだよ!
40.5見た時吹いたさ!びっくりだよ!
まあ、なのでぶっちゃけ、ぎりぎり十七日前後は「なんで自分の誕生日に小説書いてんだ…」って気分だろうから今のうちに書いておこうっていうやつです。
でも、多分今年はそんな祝ってもらえない私……事故った年のどこがめでたい……。
とにかく、謙也誕生日おめでとうでした!初めての光謙!思ったよりラブラブに書けたけど財前の出番少ない!
…次は頑張ろう。









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