気付けば真田を殴っていた。 彼は甘んじて受けて、柳を省みた。 自分はどこか他人事にそれを見た。 放課後、偶然真田と二人きりになった。 幸村が未だ病気の淵にある以上、真田と一緒になるのは不自然なことではない(そもそもクラブハウスの施錠は柳の役目だ)。 しかしいきなり口付けられて、思わず手は彼の頬を殴っていた。 血の滲んだ真田の頬を見て、柳は漸く冷静になった。なってから、言う。 「気持ち悪いんだが」 真田は「そうだろうな。そうだ」と言って血を拭うと鞄を背負った。 「俺も、お前以外は気持ち悪い。幸村なら大丈夫だろうが」 「意味を聞いていいか?」 「接吻をする理由が、好きだという以上にあるのか?」 真田の答えは真っ直ぐすぎた。 キスを接吻と言われて、柳は笑ってしまった。 先ほど無理矢理キスをした人間の前でわらってしまった。 「いや、ならば先に好きだと言ってからやってくれ。でないと大抵の人間は殴る。 これは男同士に関わらず」 「…わかった。気をつける」 真田の言葉に、柳は若干イヤな予感がした。 気をつける、ということは「また」があるということだろうか。 単純に、受け答えの言葉だろうか。 しかし彼と二人きりの室内。言及すると大変なことになりそうだったので、やめておいた。 「柳さん」 翌日、中庭で食事をとっていると、後輩が見つけて眉根を寄せた。「なんですかそれ」と。 「なにがだ?」 「いや、柳さんの昼飯の量。俺ですらその倍食っても足りないのに、柳さんのタッパでその量って…やばいですから」 丸井先輩なんかジャッカル先輩の弁当いつも横取りすんのに、と後輩。 「……そうだな。少なかった」 「なんですか今気付いたってその反応は」 「…いや……食欲がないらしい、と気付いたのが今だったんだ。腹が空腹を訴えないからこの量で充分だと思っていた」 「…柳さんって、たまに馬鹿ですよね」 「自覚はある」 「あるのにほったらかしですか」 「前は精市が注意してくれていたからな」 「ああ…」 食欲がないんだ、と繰り返した。 どうしても唇に何か触れるたび、真田との昨日の接触を思い出してイヤになるのだ。 昨日も、ろくに夕飯を取らなかった。 「なんかあったんですか?」 「確定事項なのか、それは」 「当たり前でしょ。青学の都大会の結果でも気になってんですか?」 柳が昔の相棒との再戦を望んでいるのは赤也も知るところだ。 「いや、結果はもう聞いた。優勝だと」 「じゃ、なに」 「…赤也、お前告白の前にキスされたらどう思う。それも同性に」 「殴りますよ? 普通に、わけわかんないし」 「だろうな」 「なんですか? なんかそゆことされたんスか?」 「昨日は俺の誕生日だったんだが」 「ああ、みんなで部室で騒ぎましたよね。それが?」 「あれがあいつ流の誕生日プレゼントなんだろうか…」 溜息を吐いた。赤也は意味が分からない、とそういう顔で覗き込む。 だがこれ以上は言えないだろう。まさか弦一郎にキスされた、なんてことは。 赤也にでも、誰にでも。 ―――――――――――――…… ふと思い至って、放課後電話をしてみた。 「精市。お前弦一郎になにか吹き込んだのか?」 『なに唐突にやぶからぼうに』 「いや、あいつに影響力があるのは、俺かお前だ」 消去法だ、と言うと笑い声。 『あー……なに、告られた?』 「やっぱりお前か」 『そんなたいそうなこと言ってないよ。ただ俺は話の流れで「柳が好きなのは真田だよね」って言っただけなんだけど。…まずかった?』 その話の流れが非常に気になったが、後回しにした。 それ以上に、今非常に引っかかることを言われた。 「…誰が、真田を好き? 俺が? 弦一郎を?」 『ちがうの?』 「…ちがう」 『いや、好きでしょ蓮二は。俺が真田構うとたまに不機嫌だし』 「それはお前に仲間はずれにされて不機嫌になるんだ。重点を勝手にお前から弦一郎にしないでくれ」 『そうだったんだ。でも女子に真田がたまに囲まれてても不機嫌だよ蓮二は』 「……そうか?」 『気付いてなかったの? おいおいしっかりしてくれよ参謀』 「…そうか」 言われると、なるほどと納得した。 理解もした。すとん、となにかが落ちた。 確かに自分は真田が好きなのだろう。と納得した。 だから真田は自分にキスをしたのだろう。絶対と信じる幸村に言われたから。そして多分、あいつも俺が好きだから。 しかし解せない。 「精市。大体理解と納得はしたが、一つ解せない」 『なに?』 「なら何故俺は弦一郎を殴ってしまったんだ?」 『殴ったのか…』 幸村は何故か向こうで忍び笑いをしている。それはお前、あれだ、と。 『お前、真田が好きな相手が俺だと勘違いしてたからだろう。あと、お前は好きな奴が二人いるからな。それでじゃないか?』 「…二人いるのか」 『他人事だな本当に』 「…いや、大体わかった。そうか。では俺も殴られるな」 『…キスするつもりか、赤也に』 お見通しらしい。苦笑した。 「多分な、あいつは男にキスされたら殴ると言っていた」 『…赤也は殴らないと思うぞ。少なくとも蓮二はね』 「だといいがな」 電話を切って、通話履歴から赤也の番号を押した。 「赤也、お前昼間の話、覚えているか?」 『馬鹿にしてます? 覚えてますよそんくらい』 「だろうな。お前、殴ると言ったな。男にキスされたら」 『当然っス』 「俺でもか?」 『……は?』 「俺でも、殴るか?」 意地悪のように聞いたら、赤也は沈黙して無理っス、と一言。 『流石に好きな人間殴れるほど、器用に出来てねっスから。つか柳さん、それは意地悪の延長ですか』 あっさり告白された。すんなり受け入れられたということは矢張り俺は赤也も好きなのか。 それはそれで困った。 「赤也、俺はどうしたものか迷っている」 『は? 返事とかなしになんですか』 「いやな、俺はお前が好きなわけで、今の告白を諸手をあげて喜んでいいはずなんだが」 はぁ、と電話の向こうで後輩が喜んでいいのかわからない反応をする。 「俺はどうやら弦一郎も好きらしくてな」 どうしたらいい―――――――――――真面目に後輩にすがったら、後輩はしばらくしてじゃ言ったもんがちってことで俺にしといてください、と告白を重ねた。 『少なくとも、副部長は二人も好きな人間がいるって言って、受け入れられないと思います。打算じゃなくて、普通に』 「俺もだ」 『だからね、受け入れられる人間を選ぶのは別にいいと思いますよ。 俺は気に入らないけど、副部長を嫌いにはなんねーですから。 だから俺にしてください。そのうち片方に絞られますよ。そんなもんです』 「…そんなもん、か」 じゃあ、一応断っておいた方がいいんだろうな、と呟く。 後輩が向こう側、もう一度、好きですよ、と改めて言った。 俺も好きだ、と言ったら笑われた。自分も同じ意味で笑った。 嬉しい。 けれど、自分は真田を選べないから、真田は悲しむかもしれない。 初めての溝というヤツかと、少し悲しくなった。 しかしそうことは簡単ではなく、真田は変わらず俺を好きな奴だったので、俺は取り敢えず祈って置いた。 心変わりしてくれ。お前のためだ。そうだな、精市あたりに。 後日そう祈ったことを精市に言ったら「やめてくれ。普通に気持ち悪いじゃないか。俺に迫る真田を想像しただけで怖い。サダコだ」と首を横に振られた。 |