責任もちます! 自分たちの教室。窓際の席。隣に座る謙也が妙にご機嫌だ。 白石はそう思って訊いてみた。 「ああ、明日デートで」 なるほど。そう納得してすぐ、訊いた癖へこんだ白石に、謙也の方がびっくりする。 中学、高校で既に三回同じクラスになった。もう腐れ縁だ。 「どないした?」 「心が、サムイ」 「……千歳?」 白石は無言で、こっくりと頷いた。 「連絡は?」 「ある」 「…会って、」 「ナイ」 「……さよか」 謙也は、正直困った。 中学時代の同級生、千歳は今は大坂にいない。 高校進学前に、熊本に帰り、熊本の学校に通っている。 それで、白石との付き合いが途絶えたわけはなく、謙也の方にもたまに電話が来る。 内容は全て「白石の近況を吐け」である。白石本人に訊いただけじゃ信用出来ないのかお前、と言うと「あいつボケやけん、気付いとらん場合もあるし」と返答が。あと、本人じゃわからない近況も訊きたいらしい。たとえば「また綺麗になったか」とか。謙也的には、白石は本当大概にしていただきたいくらい、また更に綺麗になったと思う。身長も伸びた。男らしさに磨きがかかったし、男前で美人。女っぽいとこなど全くない。が、千歳にとっては「綺麗」と形容するしかないことなんだろう。謙也だって綺麗だとは思うが、千歳みたいに臆面なく言えない。 要するに今でもラブラブカップルだ。 ただ、白石曰く、会いに来てくれない、らしい。 「俺が行く、ていうと嫌がるし…」 「うん」 「来てくれんし」 「うん」 「……全国大会会場では避けられるし」 「…うん」 「……やっぱり余所の女が出来たんや」 「いやいやいやそれは早合点……………」 「…謙也、否定するなら途中から無言にならず、視線逸らさず否定せえや」 途中から、『そんなこともあるかもしれへん…』という気になってしまい、視線を白石から逸らし、無言になった謙也は、すまんと謝った。 「別に謙也は悪くない」 「いやそうなんやけど」 「千歳が悪い」 「うん」 「…浮気された」 「いやいやそれは……」 「やから、否定するなら最後までしなさい」 「…すまん」 以下同文なやりとりになってしまう。 そこに、背後から二人の肩を掴んで、二人の顔の間にヌッと顔を出した男が低い声で言った。 「不幸の手紙、出せばええっすわぁ」 「…っうわ!」 「うおっ! …て、なんや光か」 「どーも」 二人の間からヌッと出てきた後輩は、驚きから離れてしまった白石と謙也を見て、にっこり微笑む。 「普通に出てこいや。そこ庭側の窓やぞ」 謙也が指さしたのは庭に面した窓で、財前の背後。 「謙也、ここ、三階」 まさか三階の空を飛んで背後に出現したわけがない。財前はしれっと、「後ろに回っただけです、しゃがんで」と答えた。 「…疲れた」 「まだ会ったばっかやのに」 「出現方法が怖いぞ財前」 「夏ですからね」 「会話になっとるようななっとらんような…」 「俺的にはうきうきな会話のキャッチボールです」 「そう…」 無表情にそうのたまう後輩も、微妙に上機嫌な様子だ。謙也とデートするからか。 「で、さっきのなに?」 「ああ、不幸の手紙」 「それって、今時? それ、オサムちゃんが子供の頃に流行ったもんちゃう?」 「…少し、それよりは後世っすわ」 ほんの数年ってだけですが、と財前は訂正した。中学時代の顧問とは、今でもたまに会う。もっとも、大学受験を控えた高校三年の夏。謙也たちは会いに行く暇が減った。 「そうやなくて、そんなもんであの腐れ神が動きますか」 「…すごい例えだしたな」 「好きっすからね、千歳先輩。真っ黒ク○スケの巨大バージョンでも可っす」 「いや、そんなんはええ。いらん」 「そすか。…あ、ずれた。…不幸の手紙いうたかて、普通の内容やないです」 「どんなん?」 「……」 財前は唐突に、にしゃり、としか擬音では形容出来ない笑い方をして、白石の肩をがしっと掴んだ。耳元で囁く。 「あのですね」 「蔵からメールが来ん…」 熊本。大会が終わったあとだし、白石の方も暇になったはずだ。 なのに、最近メールが来ない。 受信フォルダを見ると、最後の彼からのメールは一ヶ月前だった。 千歳の眉間にしわが出来る。 当然ここは実家だ。部屋の扉が叩かれ、妹が顔を出す。手紙が来た、と。 受け取って、千歳はすぐ礼を言った。妹が顔色を変えた兄をいぶかしみながら部屋を出ていく。 それを魂が余所にいった顔で見送ってから、千歳は手紙の封を切った。 白石からの手紙だ。 メールが途絶えるなんて、彼らしくない。自分だって彼との連絡に関してはマメだったけど。だって、朝早くに起きて「おはよう」と寝る前に「おやすみ」電話すると言い出したのは自分で、それは連絡が途絶えるまでは毎日していた。 なにかあったのかと開いたレターセットの手紙には、彼らしい綺麗な字で一行。 『俺、結婚するんや。よかったら、来て』 「……………………え?」 千歳は固まった。手紙を持った姿勢で。出た声は、あり得ないと言いたい声。 結婚? 誰が? 『俺』がってことは白石? え? 白石が? そりゃ出来るけど。白石は四月生まれ。もう十八歳だ。 でも誰と!? 「…」 久しぶりにみんなで会おうということになった日。 集合したカラオケ店内ロビーで、白石の不審さは目に余った。 挙動不審だし、虚ろだ。目とか表情が。 「出したん?」 「…」 白石はこっくりと頷いた。 「…出したて、なにを」 訊いていない小石川が虚脱しきった白石の首を腕で抱えてぎりぎりぎりと絞めている。白石は無反応だ。やめてやれと言いたいが、小石川があんまりにも関心薄い顔でやっているから、周囲は黙ってしまう。 「光曰くの不幸の手紙」 「どんな?」 「『俺、結婚するんや』って送ったら、流石の阿呆も来ます、って話です」 また二人の間にヌッと現れた財前が言った。謙也だけ後退った。小石川は白石を抱えたまま微動だにしない。 「ああ、そりゃ、飛んでくるな。千歳にとっては不幸の手紙や」 「健二郎、お前ちょっと関心強めろ」 今の光見てもその反応か、という謙也に、小石川は首を傾げた。ダメだ。 「ちゅうか、千歳ってそない会いに来うへんの?」 「来ないで? なんでも向こう帰ったきり、一回も」 「…ふうん」 小石川は白石を抱えたままで、気もなく言った。関心薄い。 「お前、そんなんでよう師範と遠恋でけるな…」 石田は、中学卒業後、東京に帰っている。 「…でけてる。でも電話するたび怒られるな」 「なんで」 「…俺がようメールの返事忘れて」 「できてへんやん!」 謙也が突っ込んだが小石川は無表情に白石を抱えたまま、「?」だ。 「…なあ、………千歳?」 唐突に小石川はそう言って手を振った。ジェスチャー。 カラオケの店の入り口を指す。そこに、前より身長の伸びた千歳の姿。 「早っ。手紙届いたん昨日とかの筈やで」 「驚くんそこすか謙也くん…」 冷静な周囲のツッコミを余所に、白石は小石川の腕の中で「ふっ」と吐き捨てるように笑うと、小石川の腕から抜け出してつかつかつか、と早足で千歳の前に向かった。白石が今日さっきまで虚ろだったのは、千歳がコレでも来なかったらと思っていたに違いない。 固唾を呑んで見守る仲間たちの空気の中、千歳の眼前に立つ。 「蔵、今日ここやって訊いて…てか結婚て!」 問いただそうとした千歳の胸ぐらをぐい、と掴んで白石は上目遣いに千歳を見た。 「そんなんええから、とりあえず、来い」 「………え、いや、よくなかよ…?」 思わず勢いに押されて黙ってしまったが、千歳も切り返した。 「なんで会いに来ない」 「…会ったら、蔵んこつ離せんくなる」 「俺が会いに行くのは」 「監禁してしまうとよ?」 「物騒な台詞を吐くなと言いたいが、お前、それ限りなく本音やろ」 白石は疲れながら突っ込んだ。千歳は不安そうな顔で「うん」と頷く。 否定すらしない。 「遠恋のカノジョ放置したらこういうことになんねん、わかったか?」 「…そもそも、俺は認めちょらんよ?」 「なにを」 「蔵の結婚」 千歳は情けない顔だが、芯の強い声でそう言った。途端、抱きしめられる。強く。 二年半ぶりの感触で、白石は思わず声を失う。 「俺以外のもんになるこつ、認めんよ」 心臓が、どくりと音を立てた。それくらい、真剣な千歳の声だ。 「今はもう遅か? こっちば来る。傍におるけん。 …許して」 「…」 もっと千歳の腕の中に酔いたかったが、白石はしかたなくため息を吐いてみせる。 「千歳、」 「うん」 「お前は、いつまで俺に責任とって欲しい?」 「…一生」 「俺の恋は、一生面倒見るか?」 「一生もらう」 「…なら、問題ないな」 「蔵?」 千歳の腕の中、白石は久しぶりに千歳が見る柔らかい微笑みを浮かべる。 「結婚して、千歳」 「……」 「俺、手紙に書いた? 他の女と結婚します、なんて」 「…あ」 「プロポーズは、直接会うてやないと、おかしい」 「…」 数秒かけて真っ赤になった千歳は、声もなく白石をきつく抱きしめた。 そのまま、深く口付けてくる。 答えて唇を開きながら、千歳の首に手を回した。 「…喜んで」 キスが終わったあと、千歳は甘く溶けたような顔で、そう言った。 「…それ、誤魔化したって言うんやないんかな?」 一方、その頃のカラオケ部屋。 小石川が戻ってきて、そう言った。さっきまで二人の様子を見に行ってきたらしい。 「…え? 誤魔化しなん? 千歳に結婚して、は」 「誤魔化しでしょう。だって、そういうことにしないと、千歳先輩が泣きながらキレて面倒やないですか」 「……そうなん」 「本音でもあるやろうけどな」 「ね」 謙也が一人青ざめた。それは、多分、小石川達の秘密。 2009/08/24 |