パノラマスピカ

◆日曜日のソロモングランディ◆













 味方は、多分一人。
 目的は、一つ。

 他人にどう映ろうと構わない。
 願いを叶える。叶えられる人間だと自分自身知っていた。
 そしてその為に、いつしか、自分を酷く慕う弟が。
 邪魔になるだろう事も。
 今はまだ、純粋な幼子のように自分を慕う弟は、自分が切り捨てただけでも絶望するかも知れない。
 しかし、最近になって、それはどうか。と頼朝は思うようになる。
 景時は問題ない。自分を裏切れはしない男だ。
 だが今、弟九郎の傍らには白龍の神子と多くの仲間がいる。
 切り捨てるのは、やや難しいか。
 そう思いながら、その白龍の神子と会い、別れた後。
 ふとある人物の存在に気づいた。
 その人物自体はもっと昔、弟が自分の名代になった時から彼の側にいたのだから知っているが。
 あの時は大した価値があるとは思っていなかった。
 しかし神の力で見つめた先、弟が酷く無垢に信頼し微笑みかける相手。
 漆黒の外套を被った青年。
 面白い事を知った。
 彼は存外、いい“足枷”になるかもしれぬと。
 その白龍の神子と会った日、太陽が沈まぬうち。
 九郎を政子に引き止めさせてから、その青年に文を出した。




 邸。
「失礼いたします」
 数人欠けた八葉が話す中、割り込んできたのは一人の使い。
「…いえ、何か?」
 一番に反応して使いに声を掛けたのは弁慶だ。
 同じ室内で景時が、使いの姿を見て緊張した面になる。
「頼朝様からの文に御座います。武蔵坊弁慶様」
「……僕、ですか?」
 弁慶も、頼朝からの文を渡されるなら九郎か景時だと思っていたので少し目を見張る。
 景時も同じだ。
 使いは文を弁慶に渡すと言葉少なに去る。
「…何でしょうね? 鎌倉殿がわざわざ僕に?」
「…おかしな事もあったもんだな? あんたまた変な事やったんじゃねーだろうな?」
「それは疑りすぎですよヒノエ?」
 悪態付きながらも不思議がる自分の甥にそう言ってから弁慶は文に目を通す。
 誰も他にそれを読む者はいなかったが、いても特に意味は掴めなかっただろう。
 ただ、弁慶を呼び出すだけの言葉がしたためられていたのだから。
「……弁慶。頼朝様、なに…?」
「…そんなに緊張しなくていいですよ景時。貴方に用、というのではないですから。
 ただ僕に用が出来てしまいましたが。少し出掛けます。
 九郎が帰って来たら適当に言って下さい」
「……、そう。……でも、頼朝様が?」
「多分望美さんか九郎の事でしょう。景時、君じゃ聞き出せない事もあると踏んだのでは?」
「……う、うん」
「……大丈夫かよ?」
「おや、心配してくれるんですか? ヒノエ」
「別に。ただあんたが何しでかすかが心配と言えばそうかな?」
 この甥は会ってもそんな悪態しか言わないが、何となく視線の端に自分を案じるような感情が見え隠れしている事に気づいて、弁慶は悪戯っぽく笑い。
「それは失礼ですね。たまには素直に自分の叔父さんの事を心配して下さいよ?
 昔はあんなに可愛かったのにね?」
 ぽんと、言ってみる。
 案の定甥は顔を“ゲ”と言いたげに歪ませた。
 自分とヒノエが叔父と甥だという関係だと知らない他の八葉や朔はただ驚いている。
「…お、叔父って……ヒノエって弁慶の甥だったの〜?」
「おや、初耳でした? 景時」
「俺は叔父なんて思ってねえ!」
「はいはいではさっさと行きますか」
 笑いを含んだ声を残し去っていくまだ年若い叔父を見送りながら、それでも何か取り憑くような嫌な予感に、ヒノエは消えた背中を、その廊下を見つめる。
 それから日も傾いて、九郎が帰って来るのだが。





(……正直、見当がつかない、と考えたいだけですね)
 頼朝のいる大倉御所に招かれて、室内で頼朝を待ちながら弁慶はそう思う。
 頼朝に強い味方がいるのは知っている。その力なら、下手をすると自分のはかりごとも見抜かれているのではと。
 そう、自分が裏切ると。知っているなら、この呼び出しもおかしくはない。
 裏切り者と処断されてもおかしくはない。あるいは頼朝ならば自分の企みを見抜いてそのまま何食わぬ顔で平家へと行かせるかもしれない。
 本当は見当がつく。だから怖い。
 どちらに転んでも、最早九郎の側にいる事は叶わないだろう。
「…急に呼び出してすまないな」
 突然、いや足音はした。ただ自分が思考にふけっていて頼朝が来た事に気づかなかっただけ。
「……いえ。鎌倉殿」
「ならばよいが」
「…あの、何か?」
「驚いたか?」
「……それは、僕も人ですから。てっきり九郎か景時に御用だと…」
 向き合って話す男に知らず威圧感を覚える。
 自分にやましい事があるからなのだろうか。
「お主にしか頼めぬ事だ」
「…僕に、しか? それは鎌倉殿とは思えない気弱な言ですね」
 声は、出た。だが冷たい汗が流れるのは止められなかった。
 やはり、知っているのか。自分のはかりごとも。
「……景時が、何故私に従うか……判っておるだろう?」
「……、それは鎌倉殿、貴方だからでしょう?」
「素直に申せ。私があ奴の家族を手中にしているから、そのことくらい知っておろう」
「何を、おっしゃりたいのですか?」
(…何か、風向きが違う。僕の裏切りを知っているにしては…)
 頼朝は口の端を上げた。

「…九郎にも、同じ手綱が必要とは思わないか?」

「…、鎌倉殿…?」
「必要だろう。お前にはそれがよく判るはず…。
 そしてそれは、今私の手中にあるも同然」
「…鎌倉殿。それはいくらなんでも九郎に対し不義理というもの。
 源氏を勝ち戦に導いた九郎に、同じく源氏の為剣を振るった神子を盾にするなど」
「…誰が、“白龍の神子”を使うと言った?」
「……、か」
 一瞬だった。
 外套が風に吹かれたように床に落ちたと同じくして、自身も床を背にしていた。
 天井は、今まで自分と話していた男の身体越しに見える。
 自分の首筋、男の割に細いそれを片手で捉えたのは眼前の男の手。
「…不義理、と申したな」
 その手に、軽く力がこもる。
 少し呼吸は苦しくなって、だがそれだけだ。
 それ以上頼朝は力を込めないし、まだ呼吸は出来る。
 陸に上げられたばかりの魚のように。その程度には。
 武器はない。何より、力を振るう事が出来る相手ではない。
 それは自身の死とはかりごとの失敗と、九郎への一番の裏切りを招く。
「……九郎を今まさに裏切らんとしているお前が、言えた言葉か?」
「……っ」
「驚く事ではあるまい。賢しいお前の事だ。私に呼ばれた時点で可能性は考えただろう」
「……あれは、敵の撹乱に過ぎません。…彼を、源氏を裏切る事など僕には」
「それほどにか」
「…………? か、まくらどの?」
「それほどに、…九郎が愛しいか?」
「…っ!」
 手の力が増す。本格的に呼吸も出来なくなって、弁慶は視界が歪み始めるのを理解した。
 だがそれだけだ。何があっても頼朝には逆らえない。ここで逆らえば、いつか本当に彼が九郎を邪魔に思った時、自分は盾になれない。
 頼朝の空いた手が弁慶の頬をなで、額にかかる髪を掻き上げる。
「ならば、お前が九郎の手綱となれ」
 そんなことが、出来るわけがない。
 言葉は声にならない。
「あれの為に死しても構わぬ命、…あれの為に使って見せよ」
 不可能なことを。
 自分の命ごとき、九郎の足枷にもならない。
 そう、彼は甘いし、自分を信頼してくれているけれど。
 痛いほど、自分を信じてくれるけれど。
 自分が彼の兄を、そして源氏を裏切れば、その分それは憎しみになる。
 自分への信頼なんて、脆いものだ。
 もうろうとした意識の中、頼朝が笑う。
「自分に価値がないと思っているなら、あれの命を縮めるだけ。
 覚えておく事だ」
 違うな。そう思った。
 可愛がった鳥も、蝶も、閉じこめる程脆くなる。
 飛べる翼は羽ばたけなくなり、やがて死ぬだろう。
 それを食い殺した猫なら、可愛がった分憎くもなる。
 愛しく思った分だけ、思った年月だけ憎くなるなら。
 それでいいのだ。
 皮肉にも、最後の後押しは彼の兄がくれた。
 想い出になる事すら許されない程に、憎まれる存在になろう。
 彼が、決して自分の事で嘆く事などないように。
 死してなお憎まれる者になろう。迷いは見せずに、君を見限ろう。九郎。
 それが君のためになる。
 君さえ完全に自分を放してくれれば、きっとなんでも出来る。
 罵りも死も、きっと恐れはない。
 自分を呪うほどに、彼が愛しいのだから。

 呼吸の為に無意味に開いた唇に、何かが重なった。
 それが最後の記憶だ。




 次に弁慶が気づいた時、日はとっくに暮れていた。
 頼朝の姿はなく、自分はあっさりと帰された。
 誰かに気づかれはしないかと案じた首の跡はなかった。
 ただ身体が酷く重かった。痛みもある。
「……欲求不満というお年でもないでしょうに」
 帰り道で呟いてみる。
 大体気を失った間に何をされたかくらいは判る。
(…というかやがて裏切り者になる相手を性欲処理に使うか? しかも男を)
 邸が近くなったのでそれ以上の愚痴は止めたし、何時も通りの姿勢を作ったけれど。

「弁慶! 兄上に呼ばれたと聞いたが」
「…九郎、何でもありませんよ。少し今後の事と……」
 邸の中で真っ先に自分を迎えた九郎に、不自然に見えないようからかうように言いながら。
 その後ろ。廊下。
(…ヒノエは…。素直に言ったんですか九郎に……)
 睨んでくる甥に、睨みたいのはこっちだ。と思いながら。
「……事と?」
 九郎の問いに、にっこりと微笑んで。
「仲睦まじい許嫁達が第三者からどう見えるか兄として聞かれただけですよ」
「…い……、それは方便だと知っているだろう!」
「そんな事を言ったら彼女が傷付くでしょう? 女心が判っていませんね九郎は」
「あ、あのな……」
 これで大概納得してくれる。
 まあ、若干一名。
 勘の鋭い甥は、無理かも知れないが。こういう事になると、下手をするとリズヴァーンより鋭いのだから。





「……随分ありきたりな言い訳をするね? 鬼若?」
 夜の自室。
 急な訪問に、今更驚きはしないが。
「その呼び方は、止めてくれません? ヒノエ。
 大方兄の入れ知恵でしょうが」
「じゃ“おねえちゃん”」
「…その呼び方を一番嫌っていた君が自ら使うとはね」
「あんただってそーだろ。ま、いいさ。
 で、…何されてきた」
「ですから、ただ話を」
「それが俺に通じると思うなよ。…まさかあの頼朝に女の代わりにされたとか言うんじゃないだろうね?」
 否定しろと言いたげな視線に、けれどそれを事実だから肯定した方が、それで甥は納得するだろうと思った。彼だからこそだ。
「………さて? 鎌倉殿にそんな趣向はないでしょうからその場凌ぎでは?」
「…っ! っざけんな! 九郎の兄貴だから好きにさせたってのか……、」
 詰め寄ろうとしたヒノエの言葉は宙に浮く。
「…君が思ったより端緒でなくて助かりましたよ。流石に皆の前で、こんな真似はとても出来ない」
 夜着の姿で、しかし素早く構えた薙刀がヒノエの首筋に突きつけられている。
「先程の言葉はそのままおかえししましょう? 九郎の兄“だから”ではなく“源氏の大将”だから、源氏の者として逆らわなかっただけの話。
 相手がただの個人なら、こうやって刃を向けていますよ」
「……………、それでも、ふざけるなよ……だ。
 あんた……なんか考えてるだろ………、甥だからって甘く見るなよ。
 だから判る事だってあるんだ……」
「何が判ると?」
「何かまではわかんないね…。でも、あんた今……思いやっちゃいないだろ?」
 刃を向けられたままの甥が、言う事が一瞬判りかねた。
「……あんた、“鬼若”って呼ばれてた時と今同じだろ…。
 あんた…自分を守ってるフリして思いやっちゃいない。多分…その身体も…心も」
「…本当に、このまま突かれたいですか?」
「まさか。
 でも、一個覚えときな。
 あんた……、自分を思ってる他人の心も思いやっちゃいない。
 ……それ、踏みにじんないよう気ぃつけな」
 痛い目見るぜ。そう言って、ヒノエはひらりと刃から離れると振り返らずに部屋を後にする。
(…なんの、ことだか)
 頼朝といい、同じ事を。
 うんざりする。
“他人の心”なんて思いやるのはもう止めている。諦めている。
 そんな事で軍師が勤まるものか。
「…そんなの、今更興ざめだ」
 九郎。
 君を守る。その為なら、君を愛する気持ちごと、君の信頼を虐げて行こう。
 それが自分に出来る、一番酷い愛し方。

 世界で一番、幸福から遠い愛。

 失う事の怖さと、それが全ての存在の意味。

 許されないから、欲しくても、何もかも。


 戻らない時を生きている。
 例え、あの日々が遠くなったとしても。
 平和な世界へ。

 あの場所へ、君を連れて行く。

 きっと、僕の全てを、犠牲にして。





『弁慶!』


 わかってる。


『お前だけは許さん!』


 覚悟は出来ていた。
 ヒノエの顔は見なかった。きっと僕を射抜く目をしているから。
 聡い君は、少しでも迷いを見せたら僕の狙いを見抜くかも知れないから。
 だから、九郎が真っ直ぐで良かった。
 すぐに自分を斬り捨てられない程、甘い分、一度信じた裏切りを疑わない。
 君はきっと僕を救う為には動く事はない。
 それを見届けられたなら、もう迷わない。


 何か鈍い痛みを感じて、失敗したかと思う。
 望美を盾にすればその場は凌げると思ったが、そう甘くもなかったか。
 ただ、君を見限ろうとしている僕を庇ってくれた事は、嬉しかった。
 それは、きっと本当。





 ふ、と気づくと天井が見えた。
 木の天井。牢獄、ではなさそうだ?
 まだ殺されていない。随分不用心な事だ。
 大体何があの行宮で起こったのかよく把握していない。
 途中までは上手く行った、のに。
 何故か痛む後頭部をさすって上体を起こして、弁慶は凄く驚いてしまった。
 それはまあ。

「…………………………………………………根性試し…な、わけない」

 わけあってたまるか。
 と思って口に出してしまうくらいには。
 だって平家にしても源氏にしても自分は裏切り者だ。
 あの記憶からして寝返るのは変な場所で失敗しているのだから多分此処は源氏軍だとして。
 …何故牢獄でもなければ鎖も繋いでなければ。

(……使って下さいといわんばかりに側に僕の薙刀が堂々と置かれてるんだろうか…?)

「……何か悪い薬でも飲んだのかな………?」
 それか景時の幻影か。
「何も飲ませてねえよ。頭痛いかもしれねえがな」
「…! ……ヒノエ」
 今の自分はとんでもなく注意散漫らしい。
 気づけば目の前に甥がいた。
 甥だけではない。景時やリズヴァーン、敦盛に、…九郎までいる。
 という事は。
「……とりあえず、平家ではない、ですよね……?」
「当たり前だ。此処は源氏の船の中だ」
「こんな面子で仲良く捕まってたら怖いじゃない?」
「……景時」
「…わかったよ九郎」
「……ではどうして“使ってくれ”と言わないばかりに僕の武器があるんですか?
 どう見ても裏切り者への対応には見えませんが?」
「そりゃそうさ。あんた“裏切り者”になりそこねてるんだからな」
「……はい?」
「…あんな後味の悪い芝居をさせないでくれ。俺はああいう事は苦手だ」
「……九郎? あの、何を?」
「……神子が言ったのだ。時空を越えた世界で、お前が源氏を裏切ったフリをし、清盛と刺し違え、黒龍の逆鱗を破壊する。と」
「……リズ先生……、あの」
 それは、確かに白龍の逆鱗を持つ彼女なら判っていてもおかしくはないかも、しれない。
 が、
「混乱してそうだから言うけど。屋島での事は全部お芝居。その前にあんたが何するつもりか全部姫君に聞いて、鏡まで見せてもらって、どうにかこうにか此処まで来たんだから」
「…鏡…って」
「三種の神器の一つ。もっとも砕けてるけど…、一個ずつ答えよっか?
 一つ、あんたのやる事は全部判ってたから総門に配置したあんたの部隊は先に手を回して、あんたが裏切ると思ってる平家を奇襲させた」
「…本当に平家は信じてたんだね〜。すっごい見事に奇襲にはまってくれちゃって」
「二つ、行宮で俺達を襲ったのはその残党。半分は平家に扮した源氏。
 ちなみにあんたのお芝居には途中まで合わせて、合図で姫君と背後に回ったリズ先生があんた気絶させたの。で、そのまま逃げた平家を現在追撃中」
「……のぞ…みさんが?」
「…あーあ、段々笑顔が引きつってきてるよ。…姫君ね、うん。
“弁慶さんは絶対止めるからね!”って勢いこんでだから。隠し持ってた扇子であんたのみぞおちをどがっとね…。同時にリズ先生がね。…姫君は今は謙達と話してていないけど……それは怒ってたよ?」
「……うん…俺達もやりすぎだな〜と思うくらいに凄いみぞおちだったもん。あれ。
 その後君の頭殴ってた。九郎もね…。痛いでしょ?」
「…………それは痛いでしょうね。
 …………って、じゃあ行宮での」
「“弁慶お前だけは許さん”…か?」
「…………、く」
「…なんて誰が芝居でなければ言うか! お前はもう少し人の気持ちもまともに取り合え! 俺はお前のように器用じゃないんだ!」
 怒鳴る九郎の姿は、もう見れないと思っていた。
 それも心から憎む叫びではなく、自分を労ってこその怒りの声なんて。
「………器用……か」
「……弁慶?」
「…何処が僕が器用なんです? もっと器用なら上手くやれた…清盛殿を倒す事も。
 ……僕が器用だって言うなら、器用貧乏ってやつですよ……っ!?」
「…もう一回言ってみるか?」
「……九郎…ちょっと今のいい音したよ?」
 とは弁慶の頭を剣の柄でぶっ叩いた九郎を見ていた景時の言葉。
 弁慶は三回は殴られた計算になる頭を抱えて床に上体を倒している。
「………いえ、あのね……何事も前向きで真っ直ぐなのはいいことだと思いますがね…?
 ……ちょっと…こういうのはどうかと………」
「当然だ。こんなのはこれ一回で済むように自重してくれ」
「…責任全部僕に丸投げですか?」
「お前に投げないで誰に投げる」
「………、はいはい。じゃあ戦が終わったら僕は」
「処断しないしさせないぞ。お前は源氏軍では“清盛の計画を見破った軍師”になってるからな」
「…………君本当に九郎ですか? 景時の幻影じゃなく?」
「現実逃避するな! 曲解されたくないから真面目に話してるんだろうが!」
「…、眩暈して来ただろ“叔父さん”? だから言ったろ? “痛い”ぜって?」
「………ヒノエ」
 そうこうする間に、望美達もやってくる。
 散々怒られて、もうするなと言い聞かされて。


「………、判りましたよ。降参です。……こんなに頭が痛い事はもうこれっきりにしますよ」
「…本当に?」
「一度崩した信用を得るのは大変だって今身に染みて判りましたよ…。この場の全員と龍神に誓って本当です……(信用ないな…)」
「今度やったらただじゃすまさんぞ」
「……今度こそ処断ですか?」
「へえそんな甘いもんで済むと思ってるんだあんた?」
「……ヒノエ? それにあの…皆してなんですかその笑みは……?」
「今度やったら“みんなで尻百叩き”だって…弁慶?」
「……………………、そこは素直に処断しません?」
 一人何もわかってなさそうな白龍が言った台詞に、弁慶は脱力する。
「だから真面目に話を聞け! しろ!」

 また九郎に剣で頭を殴られた(四回目)。





「……懐は深いに越したことはありませんけどね?
 今回のはどうかと……」
「まだ言うかお前は」
 戦が終わった後、九郎達に謀反の疑いがかけられたが、景時の働きで全員お咎めなく、京で暮らす事を許された。
 頼朝も懐刀だった神を失い、九郎をこれ以上追いつめるつもりもないらしい。
 最後に会った時に、弁慶は頼朝に面と向かって“お前は確かに手綱だが握っているのは九郎の方らしいな”と言われてしまった。
 景時の母への監視もなくなり、白龍の神子といえば謙達と共に元の世界へとかえ…ったわけではなく、望美は景時と一緒に暮らしている。ただの有川将臣に戻った彼と謙もこの世界に残る事にしたらしい。
「……ところで、ヒノエから聞いたんだがお前兄上に」
「………、え?」
(まさか大倉御所での事まで話したのかあの甥は……?)
「……本気で尻叩きされたって本当か?」
「…」←机に肘を突いていたのでずっこけた。
「…大丈夫か?」
「………一応は」
(…とても有り難くない説明だ)
「………、まあ、そういう事もあったかもしれない、と言っておきましょうかね?」
「…お前は」
「はいはい、九郎もいい加減伴侶見つけなさいね。望美さんは景時に取られちゃったし」
「何を言っている」
「え?」
「兄上が言ったろう」
「……?」
 腕を掴み肩を抱き寄せ、額の当たる距離で子供のように笑って彼が言う。
 此処は彼が望んだ戦のない世界。
「お前は俺の“手綱”だ。………側に居ろ」
 囁くように、それでいて必死に言われて。
 駄目だなと、思った。
 本当に、もう降参。はかりごとはもうおしまい。

「………馬鹿ですね」
「何だと?」
「………だから……、愛しいけど」
「…べんけ」
 名を呼ぶ口を塞いで、やがて彼の方から深くされる口づけに、自分も彼も此処に生きていると実感する。

 愛しい分、鳥も蝶も猫も憎くなって。
 憎いと思うはずの分、愛しくなって。
 それで終わった。
 この世界でなら笑うことも出来るだろうか。
 なんの隠し事もはかりごともなく。

 ただ君に向けて。








==============================================================

 ネタバレ激しくてすいません。
 捏造が行き過ぎてすいません。
 弁慶ルートで、神子が先に全員に弁慶のはかりごとを話していたら?
 の話です。頼朝に九郎が呼び出される、は九郎ルート。
 景時が頼朝を説き伏せるは景時ルートの終章。なので神子は景時とという事で。
 混ぜすぎてます。いいのでしょうか?
 途中バッドで終わらせるかとも思いましたが投稿作品でそれはどうかと思い、
 無理矢理捏造でハッピーエンドへ。
 頼朝との絡みはいらなかったかなと思いましたが、そこをカットすると後の話のつじつまが合わなくなるので止めました…(もう充分つじつまあってないですが)。
 暴走しすぎな話ですいません…。
 タイトルは日曜日に死んでしまうというマザーグースの「ソロモン・グランディ」から。
 ラストではかりごとをしていた軍師としての弁慶は死んだ、という感じの意味合いで。
 景時ルートではまだきっと軍師やってるんでしょうが。九郎も。