疑問をぶつけた時の、殴打が痛かった。 「そういえば、真田くんに殴られたことがないのは、幸村くんだけですね」 クラブハウスで着替えている途中、ふと柳生がそう言った。 「ああ、そうじゃな。てか、幸村を殴る真田って想像つかんし」 「…そんな気はしてましたけどね」 赤也がぼそりと納得した単語を吐いた。 「てゆーか、幸村くんはしないじゃん。殴られるようなこと」 「この部での殴られるようなことってイコール敗北でしょ? そりゃないでしょ」 「だよな」 うなずきあっていると真田が戻ってきた。 「何の話だ?」 傍らにいた柳が訊いた。 「いや、真田って幸村だけは殴らんの、って話」 仁王が言った。怖い物知らずというより、彼は真田が気に入らないところがあるのでその所為だ。 「何故幸村を殴らなければならない?」 真田の返答も、これまた真っ直ぐ過ぎた。なにか問題があるのか、という姿勢。 「や、なかけど」 「あの人、強いし正しいですもんね。殴られる理由、俺たちみたいにないですよね」 「当たり前だ。幸村は全てに置いて非がない。お前たちも幸村を見習え」 「…あの人を見習ったら死ねます」 赤也はいや、あの強さを見習うには相当無茶しなきゃ無理だと言ったようなものだったが真田は無言で出ていってしまった。 「…柳さん…? 俺なんかまずいこと言いました? 今」 「ああ、精市を見習ったら死ねます、と言ったのがまずかったんだろう」 「…?」 首を傾げた赤也は、すぐに“見習ったら病気になる”を連想させる台詞だったと気付いて青くなった。 「い! いやそんな不吉な意味で言ってねっス!!!!」 「それはわかっちょる」 「ただ、弦一郎は流せなかったんだろう」 よかったな殴られなくて、と赤也をペットボトルでこづいた仁王が言った。 「なにを言う。弦一郎は殴ったりしないぞ」 「そうなん?」 「負けた時などはともかくな。今のは、赤也に悪気も邪気もなかったことくらいあいつにだってわかる。そんな言葉にまで反応してあいつは殴ったりしないさ」 「まあ、そうだよな」 丸井がガムを口内に放り込みながら賛同した。 「なにか知ってるんですか? 丸井くん」 「や、なんにも?ただそんな気が今しただけ」 「今ですか…」 柳がちらりと時計を見遣った。 「なにかあるん?」 「今日、精市の検診なんだ」 柳がいうと、柳生も仁王もああ、と納得の反応。 「だから過敏に反応したんですか、切原くんの言葉に」 「おそらくな。他に病はないとわかっているが、また悪い要素が見つかったらと気が気じゃないらしい」 「参謀は?」 「俺も普通に気が気じゃない。ただ俺は自分が打たれ弱いことは知っているのでな。 取り乱す前に準備が出来るだけだ」 「それえばることじゃないだろぃ柳…」 真田は、強い。 けれど、幸村はもっと強い。 俺は、三人の中じゃ一番弱い筈の柳さんにすら全く届かない。 赤也はそんなことを考えながら、着替え始める。 でも、精神的には、副部長よりきっと柳さんが強い。 思っても言わない。この場に真田がいないので、陰口になってしまう。 そんなことを考えながら、赤也は春の終わりのことを思い出した。 あれは五月の、容態が一度ひどく悪化して、やっと落ち着いた幸村の病室を見舞った日のことだった。 病室の扉を開けた瞬間、頭にとんでもなく痛い衝撃を感じて赤也は悲鳴を上げていた。 「……あたた…」 「あ、なんだ赤也か」 入った瞬間、扉の横に隠れていた幸村が残念そうに言った。 「なんですか…その本は」 「いや、真田が一番に入ってくると思ったから、殴る準備」 「なんで?」 「や、思うところあってね」 言いながら、幸村はにこにこ笑っている。 よかった、元気だ。 「部長、元気ですよね」 確認のように訊いたら、おう任せろと笑われた。 安堵したら、気が抜けてしまって。 「……泣くなよな。困るよ普通に」 泣いてしまったらしい。幸村は苦笑してティッシュで拭ってくれた。 「すいません」 「いやいいよ。他のみんなは?」 「柳さんと副部長は医者センセに話し訊いてます。他の先輩たちはちょっと遅れるんです」 「そっか」 幸村は残念がるでなく、ベッドに腰を下ろした。 こっちおいで、と招かれる。 おとなしくベッドの前に座ったら笑われた。犬みたいだな、と。 「そうじゃなくて、ベッドの上」 「あ、はい」 言われるままに、幸村の隣、ベッドの上に腰掛けた。 すると肩に頭を乗せられて、肩を幸村の腕に抱かれた。 「どうしたんですか…?」 元から結構スキンシップはあった人だったが、そう訊いていた。 「ううん。ずっとね、誰ともさわれなかったから、充電。人の心地って、暖かいよね」 病状が悪化して人から隔離されていた時のことを思い出したのだろう。 なった経験はないが、気持ちはわかる気がしたのでおとなしくされるがままになった。 「赤也はいい子だね」 「俺、どっちかってっと悪い子だと思います」 「大衆にはね」 でも俺にはいい子だよ、と隠さない幸村の言葉。 こうした方がいいのかな、と腕を持ち上げてその柔らかい髪を撫でた。 嬉しいのか、くすくすと笑われて懐くようにすりよられた。 服越しの幸村の肌は、暖かかった。生きている人間の温もりに、また泣きたくなった。 あの後、入って来た真田を見て、幸村は穏やかな口調のまま「迷惑だ」と言った。 幸村が人に手を上げる様を赤也は初めて見た。 殴られた真田より、柳の方が追いつめられたような顔をした。 打たれ弱いという根拠は、あの日から来たのだろうか。 「おじゃましまーす」 その数日後、病室を訪れた赤也を幸村は常の微笑で迎えた。 「いらっしゃい。どうしたの?」 一人?と訊かれて頷いた。 「大会後で緊張?」 「違いますけど」 考え込んで、赤也はベッドに腰を下ろした。 今日は許可もらってなかったけれど、幸村は文句を言わなかった。 「ちょっと、訊いておきたかったっていうか」 幸村は手術も成功して、今リハビリ中だ。もうすぐ、退院だ。 「…なにを?」 「あの、五月ん時。…なんで副部長、殴られたのかなって」 それは記憶の付箋のように、赤也の頭の中にある。 聞く気は、本当はなかった。 ただ、今日自分から真田に殴られた柳を見て、訊くべきだと思った。 柳は自分のためのけじめだから、付き合わせた弦一郎に申し訳ないと笑ったけれど。 「五月って、真田の誕生日じゃないか」 「…あ、そうですね」 「なのに、俺の病状が一回悪化したよね」 「はい」 「それで、あいつ不謹慎だって親御さんからのお祝いを断ったんだって。 祝ってくれなくていいって」 思い出したのか、幸村の口調に不機嫌が混ざった。 「傲慢だよな。俺の病気と、あいつの誕生日は関係ない」 「…」 「そりゃあね、真田の気持ちもわかるんだけどさ」 赤也のなんともいえない迷いに気付いて、幸村は赤也の頭を撫でて微笑んだ。 「俺だって真田の誕生日祝いたかったし。なのに俺の所為にされたみたいで、迷惑だ。 祝いを断る理由に俺の不幸を使われていい迷惑だ。お前は俺を不幸ぶらせたいのか、って殴ったんだ」 「……………なんか、難しいっス」 「だよな。俺も真田も難しいんだ。気にするな」 そう笑うけれど、真田の気持ちもわかる。ああいう人だから。 幸村が一番の人だから。 でも、そんなことで一年に一度の生まれた日の祝福を断って欲しくないという幸村の言い分だって正しい。だから、難しい。 どっちが悪い、とは言えない。これを言っていいのは、当事者だけだ。 「でも俺はね、特に真田のお兄ちゃん気分だからさ。イヤだろう。弟の誕生日を取り上げた非道なお兄ちゃんみたいで」 だから余計怒っちゃってね。と笑う。 幸村はことあるごとに「俺は真田のお兄ちゃん」という。誕生日は真田の方が早いし、身長も真田の方が高い。けれど、お兄ちゃんなんだそうだ。 確かに、真田は幸村に追従しているところがあるけれど。 「家のお隣にさ」 急に幸村が言った。 「夏生まれの兄弟がいて、二人とも誕生日が同じ月なんだって。 でも、誕生日祝いはしないんだ」 「…なんでですか?」 「お祖父さんの命日が、お兄ちゃんの誕生日なんだって。だから祝えない」 「……」 「真田見たとき、それ思い出したよ。その家のお兄ちゃんは、弟まで祝われなくなって可哀相だって言ったよ。死者を馬鹿にしたくないし、お祖父ちゃん好きだけど、でもイヤだって。それが普通だと思うよ。だから、真田は馬鹿だ」 死者に礼儀を払っていても、イヤなことだってあるのに、生きてる人間にまでそんなものは払わなくていい。という幸村はきっとイヤだったのだ。 お隣の、誕生日が祖父の命日の兄。 真田に払われた礼儀に、まるで自分が殺された気分になったのだろう。 そんな顔をするな、と軽く頬を殴打された。 全然痛くなかったけれど、泣いてしまった。 痛かった。殴打が、痛かった。 意味がわからないことの方が多くて、痛かった。 宥める幸村の手に背中を撫でられながら、泣いた。 痛かった。早く、強くなりたかった。同じものがみたい。 この人たちと同じ物が見たかった。 そうすれば、自分だって殴れるし、意味だってわかる。 意味がわかれば、決勝のように単純な庇いじゃなく、手から人を守れる。 あの日、自分はいといけないからなにもわからず殴打される真田を見るしか出来なかったから。 強くなりたい。 全て守れるくらい、理解れるくらい。 強くなりたかった。 幸村の気にするなという言葉に、守られないで済む強い人間に、早くなりたかった。 =========================================================================================== 真田BD小説。 ほとんど赤也の話になった。さなゆき難しいなぁ(これはさなゆきじゃないだろ) 五月真田の誕生日だった!と気付いてあわてて書いた。 真田、誕生日おめでとう! 全然祝ってなくてすまん。 ちなみに「隣の兄弟」の話は我が家の実話。別にお祖父様は嫌いではないです。 ごめんねお祖父ちゃん。 |