僕の初雪。初めての雪。君たちと。






---------------------------------------------------------------
カナタフルユキハトオク
---------------------------------------------------------------











 目覚めたのは、ホテルのよく効いた暖房にも負けず室内に指を伸ばした寒さの所為だった。
 沖縄はともかく、本土はこの月はまだ寒い。
 四月に入る前は、温暖化と騒ぐ世界が嘘のようだと思うと全国大会で再会した橘が言っていた。
 橘と千歳とは比嘉のメンバーは数回面識がある。
 沖縄から出たことなどほとんどない平古場たちは、そうか? という印象。
 親族の用事で沖縄をよく出る木手も、行って九州止まりだから、彼もわからないらしい。
 千歳と橘の転校先は東京と大阪だから、そういう言葉が出るのだろうか。
 雑魚寝状態の布団から這い出すと、既に甲斐と知念がいなかった。
 平古場が何故だろうと思いながら上着を羽織る。既に起きていて、本を読んでいた木手が笑って。
「外、見てみたら? すごいよ」
 と言うので、カーテンを思い切り引っ張って開けた。
 一面に広がった、白。初めてみる光景に、平古場は一言目が出なかった。
 単純な感動より喜びより、ただ圧倒。
 雪だ。
 三月だと言うのに、外は一面銀世界だった。
 屋根の上から、道路まで、雪がないところがない。
 雪自体は止んでいたが、相当降ったのだろうことが予想出来た。
「…………す……っげえ………」
 ようやく出たのはそれだけだ。
「すごいですよね。俺は白石クンに起こされました」
 木手たち比嘉のメンバーは、今大阪に来ている。
 受験のためだ。別に沖縄から出るつもりは全くない。第一志望はみんな沖縄の学校。
 しかし経験と今年の功績を考えて、本土の試験も受けて来いという教師の言葉に従って選んだ学校の一つに大阪の学校があった。
 その話をおおかた早乙女辺りが四天宝寺の監督である渡邊オサムに言ったのだろう。
(早乙女と渡邊は全国のインターバルのように行った焼肉パーティ(?)で知り合って以降そこそこ連絡を取り合うらしい)
 渡邊は「ほなそこうちの連中も受けるから案内は任せてくれ」と言って、ホテルについた一行を迎えたのは白石たち四天宝寺メンバーだった。
 試験が終わってからも数日滞在の予定で、その間ひたすら彼らと打ち合う予定だ。
 その件で携帯の番号を交換しあった部長同士。礼儀の範囲を出ない程度に白石は木手に連絡を寄越す。木手曰く、背後がいつも喧しいらしい。
 白石は気にするなやと言うらしいが、明らかに五月蠅いのが事実。
 こちらにすれば関西弁も大概珍しいのだが、彼らにすれば珍しいのは琉球方言の方で、その言葉に興味をやたら持たれてか、白石が木手に電話する時は白石の背後で金色というやつとか一氏というやつとか特に遠山という一年がうるさい。
「ワイとかわれ白石―――――――――――――――!」
 という声が入った時、木手は本気で白石を心配した。
「部長ですよね? キミ。呼び捨てなんですか?」と。
 白石は笑って、「金太郎がああなだけで他は部長って呼ぶで。てか俺はもう部長やないし」と言ったそうだ。
「大阪って、三月でも雪降るんか?」
「降らないそうです。でもたまに、何年かに一回くらい、こういう年があるそうで」
 木手がぱたん、と本を閉じて時計を見る。朝の八時。
「十時に歩いて十分の公園に集合。だそうです」
「……白石から? それ」
「ええ。比嘉対四天宝寺で雪合戦、だそうで」
 淡々とでなく、どこか楽しさを滲ませて言う木手も楽しんでいるのだろう。白石からの命令とも挑戦ともとれる要請に了承するくらいには。
「へー……。あ、雪玉って丸めればいいんか?」
「千歳クンが指の付け根で押さえて丸めると当たった時に痛い雪玉が出来る、と言ってましたけどね」
「雪玉に石は?」
「それは反則です」
「つまんねー」
 そんなことをしたら雪が赤くなってしまうでしょうと木手が諫める。
 まあ、その通りなのでそれ以上は言わなかった。
 ふと下を見下ろして、甲斐と知念がいない理由を悟る。
 ホテルの庭で彼らは甲斐甲斐しく雪だるま作り。出来上がりの全体像はなんとなくわかっても、途中の行程がよくわからないのだろう。甲斐が下に積んだ雪玉より大きな雪玉を作ってしまい、首を傾げる。
 知念は雪だるま自体はまともに作れていたが、その頭に何故か不格好な雪ウサギを乗っけていた。そこで待ち合わせ時間が待ちきれないのだろう。ホテルを強襲したらしい白石と忍足謙也が「雪だるまに雪ウサギ乗っけてどうすんねん!」と笑いながら怒鳴っているのが聞こえた。その後ろで大阪在住人の意地を見せようと思っているのか、千歳が小さめの雪だるまを作っている。あの図体で雪だるまは似合わない気もしたが、知念も似たようなものだと思って終わった。千歳は大きいが並んでもさして平古場たちはビビらなかった。
 そのことを合流初日に渡邊に驚かれたが、甲斐が知念をそっと見ると、納得したらしい。
 面白がって二人を並べた白石が二人に手を広げさせて、腕の長さを比べたことがあった。
 長さだけなら、知念が勝った。
「…永四郎」
 声に滲んだ響きを悟られたのだろう。木手は笑って「どうぞ」と言った。行ってきていいよ、の合図。平古場の声には子供らしい遊びへの欲求が滲んでいた。
 木手の合図を待って、それでも意識は既に外。個人主義で一匹狼に見えて遊び好き。
 そんな平古場はすぐジャケットを着込むと部屋を飛び出して行った。
 いびきをかいてまだ寝ている田仁志を見やって、木手は少し迷う。
 田仁志も遊び好きだ。十時までには全員起こすつもりではいるが。
 全員といったって、二年の新垣は来ていない。新垣は出発の日に、頑張ってのついでに土産の要求。案外子供らしい。
 部屋に残っているのは自分と、田仁志と不知火。考えて、やめた。
 田仁志は文句を言うかもしれないが、遊びたいなら早くアラームをセットするなりすべきなのだからと強引な理屈で。雪が降るなんて自分だって予想外。自分が起きたのは白石からのコールのおかげだということを見ない振り。その白石は今階下にいて、雪だるま作りに苦戦する甲斐を笑っている。来ない木手を再度呼ぶ様子はない。それならもう少し部屋にいよう。大阪に来てから買った文庫本の続きを、まだ読み切っていない。





 平古場が庭に飛び出した時には、甲斐は雪だるまを放ってなにやら雪玉を沢山作っていた。放置された雪だるまを、忍足謙也と白石が完成させようと小さい方を持ち上げている。
「ちゅーか…っこの雪玉でかすぎやっ!」
「加減がわからんかったんやろーなぁ。どこまでの大きさの雪玉なら人力で持ち上げられる、とかが」
「あー…沖縄人やしなぁ」
「おーい忍足、白石!」
「あ、平古場。おはようさん」
「おはよう。お前も雪だるま作るんか? そろそろ積もった雪のストックなくなるで?」
 白石、忍足の順に返事が返る。
「いや俺は雪の上走ってみたいだけだから。雪合戦は十時から思い切りやればいいしー?」
「ああ、手袋貸した方がええ? 素手で雪合戦はしんどいで?」
 ないやろ? と白石。確かにない。はて、では雪玉を作っている甲斐や知念の手袋は?
 その疑問が出ていたのだろう顔に。千歳が。
「ああ、知念くんには俺が貸したばい」
「甲斐には俺が貸した」
 と忍足。彼らはそれを予期していたのだろう。手には当たり前のように手袋。
 聞くまでもなく自分たちの分の手袋を用意してくれたのだろう。平古場は遠慮なく“くれ”と催促してから甲斐の背中を見た。
「で、裕次郎はなにやってんだ?」
 白の手袋を忍足から受け取りながら平古場が聞く。
「さあ? 教えてくれんかった。なんや雪合戦ではないらしいんやけど」
 一応雪合戦するんか? とは聞いたらしい。それで甲斐が違うといったので、それ以上は聞かなかった、ということか。平古場には彼らの興味の範疇内と範疇外がわからない。
「そういえば今日は何日か知っとーと?」
 千歳の声に、振り返って雪だるまを確認。小さい雪だるま。かわいいが、千歳本人とのギャップがありすぎる。
「……えー、今のは“知ってるか?”って言ったんだよな?」
「多分」
「多分なのかよ…。千歳の言語が珍しくなくなったから俺らの言葉が珍しいんじゃねーのか?」
「一人で喋っとるなら意味の把握くらいで興味ないけど、集団で「それは日本語か?」って言葉話されると興味わくやろ?」
 つまり、彼らの中で千歳の言語は“日本語”だが自分たちの言葉は“外国語”の印象らしい。
「ぬーが……九州と沖縄は近いんに……」
 何故沖縄の言葉ばかり外国語扱いを受けるのか、と平古場が不本意に呟く。
 千歳がでかい図体に似合わない子犬のような顔で白石の服の裾を引っ張った。
 自分の質問の返事が来ない、と言いたいのだ。白石は馴れているのか、少し待てやと腹を小突きながらも掴まれた裾を無理にほどくつもりはないらしい。
「……ああ。今日が何日か? って?」
 平古場がそう言うと、千歳はぱっと破顔した。
「……三月三日だろ? 雛祭り。沖縄ではやらんけど」
「しないんか?」
「沖縄の行事は旧暦なんだよ」
「あー……」
「なさそうやなぁ。お雛様仕舞い忘れたら嫁行き遅れとか」
「そんなんただの迷信だろ? 仕舞い忘れたくらいで婚期が遅れるとか女は細けーな」
「女性にとったら死活問題やねん。うちの姉貴なんか俺が口滑らした日には大変やもん」
 姉がいるらしい白石が言った。
「お前の姉ちゃんまだ若いやんか」
「うち早婚の家系なんや。母さんも婆ちゃんも二十歳そこらで結婚しとる。
 やから行き遅れの気分なんやと」
「あー白石の母ちゃん結構若いよな」
「ミユキはもう出してもらっとるらしいばい。メールで画像が今来た」
「…彼女?」
 千歳の言葉に平古場ではなく知念が聞いた。平古場は少し驚く。関心をこちらに向けていない様子だったのに。
「や、千歳の妹」
 忍足が答えた。知念はそうかとだけ言って甲斐の方に行ってしまった。
「ふうん?」
 平古場はそう言っただけでそれ以上を言わない。妹と未だにメールとかしてんのかとか。言うつもりはないらしい。
 しかし忍足はそれに疑問を持ったのか逆に聞かれた。なんだ、折角スルーしてやったのにと思いながら平古場は答えた。
「永四郎とか知念とか、あいつら妹いるし。特に知念はよく妹とメールとかしてっから。
 おかしいとか思わねー。つーかいいじゃん雛祭りの連絡メールくらい許容だろ」
「平古場は自分の感性ってのがあんねんな」
「そうやなぁ。うちは一人が言い出すとみんな言い出すから」
 そのおかげで千歳は転校当初九州に女を置いてきたという噂が流れた。結局千歳がなにげなく妹だと口にするまで、白石にすら彼女扱いをそのミユキとやらがされたらしい。
 平古場は人は人、自分は自分という人間なのでその集団の相乗効果というものが部活の勝利以外でわからない。
「凛! 凛!」
 甲斐がようやくこっちに来た。何度も呼ぶのでうるせーと怒鳴ったが彼は笑顔のままで上を指さした。
「部屋戻れ!」
「はぁ!? なんで?」
「いいから」
「なんで、やだ」
「いいから! 溶けちゃうだろ!」
「なにがよ」
「いいから」
 今度のいいから、は知念だった。相方にまで言われて、平古場は意味がわからない。
 上を見上げる。気付けばいつの間にか窓を開けていた木手が、驚いた顔を笑顔に変えると平古場を手招きした。
 そうされると逆らえない。ちくしょー結託したとぼやきながら平古場はホテルの入り口を目指した。顔を見合わせた白石・忍足・千歳が一秒ほど迷って、平古場を追いかけた。





「なんだよ永四郎まで……。足腰の訓練とか言ったら殺す」
「いいから、ほら見てみたら?」
 室内では田仁志と不知火はまだ寝ている。窓あいてるのに、信じられない。
 後から入ってきた白石たちは礼儀もあったものではないのか、木手に挨拶すると遠慮なく室内に足を踏み入れる。
 平古場はいぶかしみながら、不満だらけの顔で開け放された窓に首を出した。
 そこから庭を見下ろす。手を振る、甲斐と知念。並んだ雪だるま。それから。
 それから。

「…………………………」

 石が埋められた雪玉で庭一杯に描かれた文字は

 おたんじょうびおめでとう りんへ

 で。
 そこで、今日が自分の誕生日だと思い出す。千歳の質問も、納得した。
 自分が来る前に、甲斐たちに「今日は凛の誕生日」などと聞いたのだろう。
 一年前だって、二年前だって彼らは祝ってくれたけれど。それはケーキだったり駄菓子だったりの即物的なもので。
「…なんだよー……反則じゃんこれー……」
 ようやくそれだけ言えた。木手に笑われた。怒る気力はない。
 中学最後の誕生日は、初めての雪の中で迎えて、祝うのは雪玉で描かれた地上の文字。
 こんな誕生日は初めてだし、一生忘れられそうもない。
 なんだよ、本当に反則だ。
 白石たちもそれを見下ろしておめでとうやんなぁと平古場に。
 俺も今月やからなという忍足の声に、おめでとうございますと木手。
 俺に対するより忍足が先かよと平古場はぼやいたが、木手は読み終わったらしい本を閉じてスルー。いっぺん文句言ってやろうかと身構えた平古場はそこでチカチカと着信ランプを発光させる自分の携帯に気付く。
 親からのお祝いメールだろうか、と開くと今日の午前丁度0時にメール一件。
“お誕生日おめでとう。プレゼントは沖縄に帰ってからね”とだけのメールの発信者名は木手永四郎。
 メールの受信時刻は嘘を吐かない。昨日は早く寝た。
 なんだよ、お前も充分反則だ。という感情を視線に込めて木手を見遣ると彼は矢張り笑うだけで、窓の外から甲斐の声が響く。
 愛されとんなぁ平古場、という忍足の声になんだか泣きたくなった。



 白い、白い空の彼方からの遠い贈り物。
 祝福は平等に、なんて木手の声が酷く優しい。
 きっと同じ日が誕生日の奴は同じ光景を見ている。少なくとも大阪の奴は。
 平古場が見た初めての雪は、生クリームより白くホールケーキより大きな雪の庭というケーキ。
 後でケーキ買ってくれ、とは流石に言えなくて、平古場はもう一度その庭を眺めた。


















後書き
平古場二日遅れてすまんのハピバ!
雪ネタをやりたくてどこに行かせようと思ったら自然大阪に。
素直な阿呆がここにいる。素直に四天宝寺書きたかったと言えばいいよもう。
てゆーか平古場BD小説に四天宝寺が出てくるなんて私だけだな…。
ここの木手と平古場はカプでもカプじゃなくてもよし。
千歳と白石は…カプがいいなぁ…。さりげなくカップリングな二人。
実際沖縄は旧暦かは知りません。聞きかじっただけなので。あったらすいません。
あとここではあえて謙也を「忍足」と書いてます。四天宝寺中心じゃないのに「謙也」はおかしいよなぁと。
あくまで比嘉が主役なので比嘉からしたら「忍足」だろうな。
最初から四天宝寺VS比嘉の雪合戦は書く気なし。書くと平古場BD関係なくなっちゃう。
私は見たい!という方いたらひっそりメルフォとかくれると喜ぶ。そしたら小話で書くかも。
とにかく平古場おめでとう!沖縄なのに雪ネタでごめんよ!実際受験から遠ざかって長いので受験が三月頭かどうかわかんない!
違ったら……まあ気にしないでください。
とにかくおめでとう!







戻る