―――――――――――――白石に会わせてくれ。
そう願って来たつもりだった。
拒まれたら、なんだってしてやるつもりだった。
ただもう一度、
“謙也、侑士”
白石に会いたいだけだった。
「忍足謙也に忍足侑士…くんか。兄弟と?」
「従兄弟や」
「ああ、そう」
テーブルに座った千歳は淡々と言うだけで、似てないとかつっこまなかった。
白石の方を見る。彼はあの後、自分たちに気付いても視線を一瞬向けただけだった。
声すら、向けなかった。
「…謙也、しっかりせえ。本題はまだやで」
「…ああ」
侑士に言われて顔を上げる。
「…で、あんたが白石を酷くしとらんのはわかった。
…せやけど、なんで白石を引き取ったんや?」
それだけは確認しなければならない。白石には、男も女も引きつける魅力があるのだ。
彼も、白石を邪に見ているなら。
「…蔵ノ介を好いとうから…かね?」
「初対面の話や」
「…いや、最初から」
「…」
言葉がない。
「…なんでか気になって引き取る言うてた。引き取ったその日に好いとうたからって気付いた。好いとうから大事にしたか。…それだけたい」
「……白石と、…一緒に寝てたり」
「しとるよ」
「…寝とるだけ?」
「うん」
「…ほんまに? あんたみたいな大人が。半年も? 手を出さずに?」
「…うん。ほんなこつ」
「「…………………」」
揃って絶句した二人を、横で見ていた橘が笑った。
「お前ら、千歳を真っ当な男と思うな。
千歳は好きな奴には一生我慢出来るくらいどっかおかしいんだ」
「桔平、フォローするんかけなすんかどげんかして…」
「フォローしただろ」
「…どーだか」
怪しい、と言った千歳の手を白石が引っ張った。
「ちぃ…」
「ん? なに、蔵?」
「…部屋…」
「部屋行きたか?」
「…疲れた」
千歳の腕の中で、全くこちらを見ない。部屋に戻りたいと言う白石を侑士も謙也も茫然と見遣った。
「…白石?」
「……」
「俺、…やで? 謙也。忍足謙也! こっちは侑士で! …お前の」
「…………」
首を傾げることもせず、ただ見ては興味のなさそうな白石の顔に、降りたままの手が小さく震えた。
「…なんで…」
わからんようなってん。なんで俺らがわからんの。なんで。
俺らが会いたかったように、お前は違ったんか。
言いたくて、でも言えなくて。
「…また、来るとよか。いつでも来てよかよ」
「……」
俯いたままの謙也の腕を、侑士が軽く叩いた。
彼も不安のように白石を見たが、なにも言わなかった。
「………、」
「蔵?」
“白石、宿題見せてや!”
“阿呆謙也。自分でやれ”
あれは―――――――――――――。
「蔵ノ介?」
走り出した足が、駆け寄ったのは背中を向けようとしていた謙也の傍。
その力無く降りた手を、その手が掴んだ。
「……」
ぽかんとして自分を見る謙也と侑士を見て、笑うと謙也の瞳に滲んでいた涙を拭った。
「…けん…や?」
落とされたのは、間違いなく自分を呼ぶ声。
思わず抱きしめた謙也に構わず、白石は謙也の服を掴んで頬を寄せた。
「白石…!」
「…けん……。…ゆーし…………ごめん」
小さく零された言葉に、一瞬で胸を渦巻いていた疑問も声も消える。
“ありがと”
もういい。お前がお前でいるから。
また会いに来るから。
ちゃんと、わかった。
「今度は、みんな連れてくるな。蔵ノ介」
侑士の言葉に頷いた白石を撫でて、侑士は謙也を促して玄関を出た。
千歳が中に入ろうと促すまで、白石はそこにいた。
その数日後のことだった。
千歳も橘も忙しく、家に帰るのは午後になると聞いていた。
ベッドの上に座ったまま、ふとこの前のことを思い出した。
あれは謙也と侑士が帰った後、どこか寂しげな千歳に気付いたからだ。
「ちぃ…?」
「ん? なに。蔵」
「…ちぃ。…どっか…痛い?」
言うと、彼はきょとんとした。そんなことはない、と言うかと思ったが、千歳はすまなそうに笑うだけだった。
「俺は、心狭か…」
そう言って逸らされた視線が寂しくて、ぎゅっと首にしがみついた。
「…蔵?」
「…俺は…ちぃ…好き」
「…く」
「…ちぃが…一番…好き」
真っ直ぐ告げる声に、何かを気付いたように千歳は一瞬驚くと、すぐ泣きそうになって抱きしめてくれた。
あの時、自分は初めてぬいぐるみを手放した。
千歳を抱きしめるために。
それに気付いた千歳は、泣きそうになった後、とても嬉しそうに髪を撫でてくれた。
千歳が好きだ。
誰より何より、大事だった。
不意に外で物音がして、もしかして帰ってきたのかとベッドから降りた。
部屋を出て、廊下を歩く。
「なんだ。千歳坊ちゃんはいないのか」
「いや本当に。橘もいないとはなぁ」
「それもいい豪邸に住んでて…。社長の持論は自力出世じゃなかったのか」
誰だろう。
千歳の会社の人?
でも、なんだか。
「…ん?」
不意に二人のうち一人が自分に気付いて口角をあげた。
嫌な感じがした。
「誰だこのガキ」
「あれじゃないか。千歳が引き取った身よりのないガキ」
「…ああ」
一歩近寄られて思わず後ずさる。
「なんだ…」
吐いた声が、一瞬後にすぐ大股で近寄って白石の手からぬいぐるみを乱暴に奪った。
「…や!」
「男だろ。こんなもん抱いてんなよ」
「…かえ…して…!」
「…お前」
なにかに気付いたように手を止めた男が、今度は歪に笑った。
「言葉、…このガキ使えないらしい」
伸ばされた手がすぐ、逃れる前に腕を掴んで床に引きずり倒した。
空いた手が服を掴んで、シャツの前を引き裂かれる。
怖い。
なのに、手が動かない。
頭をよぎるのは、あの日の家。
死んでいた家族。
床に引きずり倒された白石が身にまとっているのは既に破れて腕に引っかかった袖だけだった。流れた髪が床に散らばっている。
見開いたままの翡翠の瞳が、凍ったように動かない。
怖い。
怖い。誰か。
あれ。
(誰かって、…誰―――――――――――――?)
男の手が下肢に触れようとした時、骨が骨を打つ音と、うめき声が頭上で響いた。
「…千歳っ!」
「蔵になんばしよっと!」
千歳だった。よほど急いで来たのか、暑い季節でもないのに汗が頬に滲んで。
「……」
白石を抱き起こすと、千歳は自分の服をかけてやって、傷がないことやなにもされていないと確認してから、男たちに向き直った。
「帰れ。あとで処分は決めっと」
声なく、怯えて去っていった男たちの足音が聞こえなくなってすぐ、千歳はきつく白石を抱きしめた。
「…ごめん」
「…怖かったとだろ…? 気付かんで。傍おれんで…。ひどか目に遭わせて…ごめん」
抱きしめる身体が震えていることに気付いて、白石はすがりつくと必死に自分を責める顔に向かって微笑んだ。
「…ちぃ」
「……、…蔵」
それだけで許されていると知る。
優しくて、綺麗で、だからキミは俺をひどく甘やかす。
俺が甘やかしてるんじゃないんだ。
ただ、とてもお前の心が綺麗だから。だから俺はそうやって守られる。
それでも、自分も彼を守れていると思っていた。
「着替え持ってきたとよ。…風呂入っと?」
「……」
ベッドに座らせた白石の手を引いて言う。白石は首を一度横に振ったが、不意に千歳をじっと見上げてきた。
「蔵ノ介?」
「……」
「…蔵?」
呼んだ瞬間だった。一瞬、視界が入れ替わった気がした。
気付いたとき、自分は彼の下にいた。
「…蔵?」
「…」
その顔が微笑んだ。
とても、人形のように綺麗に。
「なに驚いてるん? 千歳」
―――――――――――――え?
今のは、白石の、言葉?
「…シたかったんやろ? 他の誰でもなく、お前が」
千歳を見下ろして、白石は嗤った。
呼ぼうとした唇が白石から塞がれる。舌まで絡めるキスを白石の方からされて、驚きに身体が動かない。
「…っ!?」
白石の空いた手が、千歳のズボンのファスナーを辿るように降ろした。
「…く…!」
「なんや…結局勃ててんや…」
「…蔵ノ介?」
理解が追いつかない。茫然と見る千歳の前で不意に白石が腰をあげた。
すぐ思考が追いついた時には遅かった。
嫌な音が響いて、無理矢理乾いたまま貫かれたそこが血を流してシーツにシミを作る。
自分で強引に貫かせた白石が、痛みなど感じないように笑うと動く刺激に眉を寄せながら手を掴んで止めようとする。
「…気持ちようない?」
「そ…やなか…なんでこげん…!」
「…あんたがシたいんやろ?」
いっそ淡々と言った白石が乱暴に腰を動かした。
「…っ」
「…結局感じてんやん。理性ぶっとると損すんで?」
「…俺は…お前をそげん風にしたくなか」
「……なんやそれ」
ぽつりと呟いた白石が、不意に頭を押さえて、苦しそうに顔を歪める。
咄嗟に手を伸ばした千歳の腕の中に倒れ込んで、白石は意識を失っていた。
血を洗い流して、服を着せても、感触も全て自分が覚えていた。
(あれは―――――――――――――蔵ノ介?)
ベッドで眠り続ける白石を見下ろして、問いかけても、答えなどない。
そして事実がなんでも、それでも白石を好きな自分がいた。
不意に白石の瞼が動いて、目が開く。
一瞬戸惑った千歳に気付いたのか、白石は不思議そうに見上げた。
「…ちぃ?」