白石はあのことを覚えていない。
彼の記憶にあるのは自分に助けられたところまでだ。
橘から受け取った書類に目を通して、ようやく理由を知る。
白石は家族惨殺事件の前から、暴力団とも繋がりのある不良達に、姉妹を盾にされて身体を差し出していた。
おそらく一度ではなかった。
だから、記憶だけが一人歩きしているのだ。
その時だけ。
あの後、何度あの白石に会っただろう。
彼は凍り付いたように否定しか出来ない千歳を笑って、自分自身で自分の身体を暴いていた。
傍で眠る白石の髪を撫でて、それでも思う。
あの白石は、―――――――――泣いてるんじゃないのか。
笑う顔が、泣きそうに歪んでいるようにしか見えなかった。
「……ちぃ?」
頬に触れる手に目を覚ました白石を抱きしめて、額にキスをする。
「…ん」
甘え声を漏らす身体をもう一度抱きしめると、耳元で囁いた。
「俺は蔵が全部好いとうね。…やけん」
―――――――――――――ごめんな。
言ってベッドに押し倒した。
白石は不思議そうに見上げて与えられるキスにくすぐったそうにしている。
千歳の手がズボンにかかった。
その瞬間、首に伸ばされた手に、確信する。
…来た。
「…」
自分を見上げた身体が、ひどく綺麗に嗤った。
「そんなに―――――――――――――」
微笑む白石の手を取る。
「俺の身体、好きなんか? 千歳」
いつものように凍り付いているだろう千歳を嗤おうとした時、掴まれた手を強く引かれた。
「また会えたと。…待っとったよ」
至近距離に顔が近づくまで引き寄せられて言われた。
一瞬驚いて、反応が遅れた。
「…俺を? …あんた、趣味悪いなぁ?
あんた、昼間の俺が好きなんちゃうん?
可愛くて、素直で、あんた疑わん、馬鹿にせん俺が」
「好いとう。…俺は、昼のお前を確かに好いとう。
あの子が俺に笑う。俺を好きて言う。それだけで、…よか」
「…なら、それで満足してろや」
「…やっぱり」
吐き捨てた白石の頬を片手で包むように触れて、自分の方を向かせた千歳が、悲しげに、それでもはっきりとして言う。
「…お前、そげん眼で俺んことば見るとね」
「……は?」
「お前、…俺んことば、…自分を姉妹餌に女代わりにした奴らを見る目で見とう。
やけん、お前は生まれたとか」
「………」
喉の奥から笑いがこみ上げた。
「わかってんなら早いわ。あんたも一緒や」
「たいが汚かって目で俺を見る。…………蔵ノ介」
「なんや、その呼び方。…犯せばええやろ?
あんたの力なら好き放題出来るやろ。ほら」
掴まれた手を、千歳は振り払わないまま、頬を包む手の方で髪を撫でた。
「…蔵ノ介。わかって。…お前も、“蔵ノ介”たいよ」
「……」
真面目な顔して、そんなことを言う、馬鹿な大人。
可哀相な、こんな子供に、人生を狂わされて。
無性におかしくて声を上げて笑った。千歳は嫌になる程静かな目で見るだけだ。
「…ちとせ?」
声に驚いた橘が入ってきて、入り口で驚いて足を止めた。
彼は、今の俺を知らない。
その前で千歳の胸ぐらを掴んだ。
「…“可愛くて小さくて、自分が守ってやらなあかん子供”…あんたが好きなんはそういう俺や!
俺にまでそんな理想押しつけていい大人ぶるな! 抱ければどっちの俺でもええんやろ! ホンマは可愛がりながらこう思ってるんちゃうん?
この自分信頼しきった笑顔が恐怖に染まって泣き叫ぶとこ見たいって!」
ただなにもわからず、言葉を発せない橘と逆に、千歳は静かに見下ろすだけだ。
「…なんか言えや。あんたもあの橘ってヤツも、あいつらも一緒や。
汚い男や。人を女代わりにしたあいつらとおんなじ男―――――――――――――」
叫びかけた声が途切れた。千歳の手が、初めて白石の頬を打ったからだ。
一瞬、茫然とした白石が我に返ってなにか言う前、千歳は打った頬を撫でて言う。
「…そげんこつ、言ったらいかん」
「…は、結局自分が悪く言われるんは嫌ってこと」
「お前も」
「お前も“男”やろ?」
言われた声に、言葉は止まった。
「蔵ノ介も男たい。…自分を自分で否定したらいかん」
優しく頬を撫でる手が、そっと瞼に触れる。
「自分で自分を、傷付けたらいかん。…これ以上ないくらい目一杯傷ついて、そのうえ、自分を傷付けたら、いかん。
俺は…そいが痛か」
白石を見下ろす目から、一筋涙が流れた。
ぽたりと、白石の頬に落ちる。
「蔵ノ介…………、………ごめんな」
彼は、今なんと言った?
誰のために、泣いている?
「…心ごと、守ってやれなくて、ごめんな」
「……」
「向けられる笑顔だけで、好きって声だけで、心まで守れてるって信じとった。
…自惚れとったんね。俺…。
こげんに傷ついたお前を夜に一人にしたまま…お前の夢見て、勝手に安らいで。
…ごめんな。…蔵ノ介」
「…な、んで…あんた」
「どっちのなんて、関係なか。…確かに、俺を好いてくれるお前を好いとう。
ずっとあのままいられたらって思う。
ばってん、お前は俺の前に現れた。やけん、もうしらんふりできん。
…泣いてるお前を、一人にできん。
…お前が、蔵ノ介の心がいくつあっても…同じたい。
全部守って、愛したか。…俺は、…白石蔵ノ介全部を、…好いとうから」
頬に触れる、暖かい大きな手。
でも、許したらいけない。
心を揺らしたらいけない。
彼も、同じ筈だ。
「…」
なのに、言葉が浮かばない。
優しい、優しい瞳を前に、なにも。
「…言うたとだろ? 俺は、蔵ノ介がおれば、よか」
お前も、蔵ノ介だ、と。
お前も要るんだと、彼は言う。
そっとその腕が囲うように抱きしめて、瞳を見つめて微笑んだ。
「なぁ、俺の一生は蔵ノ介より長いかわからんけど、俺に守らせて。
今度こそ、お前の全部、守らせて。…お前が二度と、一人で泣かないよう、…傍で髪を撫でてたか。“おやすみ”て。“大丈夫”やって…」
「……な、んで」
「お前の気持ちは欲しかけど、なくてもかわらん。
お前がおってくれるだけでよか。罵るだけでも、俺を嫌ってても、…お前が、お前であればよか。
…蔵ノ介が、蔵ノ介であれば…俺はそれでよか。
全身で、お前を守っていける」
千歳の腕を掴んでいた手が、力無く落ちた。
それまで強ばらせていた顔を、緩めた橘が後ろ手に扉を閉めた。
少しずつ、よくわからないけれど。
千歳の言葉は、彼を癒しているとわかる。
「…なぁ、蔵ノ介。俺、お前にどげんしてやればよか?」
紡いだ千歳が白石の身体をそっと腕の中に閉じこめる。
「俺の幸せだった記憶も心も、切り取ってお前にやればよか?」
そう言った千歳の目から、また涙が新たに零れた。
阿呆ちゃうんか。こいつ。
記憶と心なんて、永遠の時が経ったって人間から切り取れないもん、やるなんて。
いい歳した大人が、そんなこと真剣に言って。
…もし切り取れるなら、大事な記憶も心も俺にやる、なんて。
…自分を汚いって目で見る子供に、そんな馬鹿なこと。
(…ああ)
「…あんた、阿呆ちゃうか。
…こんな、一回りもちゃう、身体以外なんも持っとらん子供にそんなに全部捧げて。
人生狂わされて。
…それなんにその上一生なんて…。
…阿呆や」
「蔵ノ介はちゃんと持っとうよ」
「……」
「綺麗な心」
「……あんた阿呆や」
「ひどか」
言って見つめた先で、彼は彼のままなのに、昼の彼のように微笑んだ。そして千歳を見た。
「…あんた、…そういう馬鹿な大人やんな。
…夢物語も、時間も、なんも省みず、やるなんて言える、そんで一生ほんまに傍おって守ってくれるような…救いようのない、馬鹿な大人やもんな」
「…蔵」
「……絶対誰も信じひんって誓った。
昼の俺も、同じ筈やった」
白石から伸ばされた手が、さっきとは違う意味で千歳に触れる。
「その“俺”があんなにあんたを愛しとる…。あんたを信じとる。
…なら、俺が拒める筈ない。俺の気持ち、否定出来るわけない。
昼の俺の全てがあんたやのに、…俺がちゃうわけないやろ。
…俺の全てがあんたなら…それを振り切ってまで…、欲しい居場所なんか…ない」
自分の胸を押さえて、そっと千歳の胸に寄りかかった細い身体が呟くように囁く。
「…そうやんな………。“ちぃ”」
「………、」
思わず泣きそうになって、堪える。それでも、涙は零れてしまった。
拭わないまま千歳は白石をそっと抱きしめる。離さないよう、離れないよう。
「…ちぃが、背負ってくれる…? 俺の痛いも、全部…。
一人で抱えるん…疲れた。泣くんも疲れた…。
誰か一緒に背負ってくれんと……潰れてまう。
…俺の痛いも…背負ってるもんも…半分に切り取って、ちぃが背負ってくれる?
…ちぃが一緒なら…俺は生きてける」
切り取ってあげる。
彼も、俺のように、出来ないことを口にして。
そこまでして願ってくれるんだ。
こんなに綺麗に微笑んで。
“一緒にいたい”―――――――――――――と。
「……ちょうだい。…俺が半分、あの世まで持っちゃるよ」
「……よかった」
手を握りあったら、瞳が交わった。そのまま、どちらからともなくキスをした。
「…どっちの俺も同じやから。
覚えとって。
…ちぃ…、…大好きやよ……」
「……うん。俺も」
きつく、きつく抱きしめて願うように告げた。
「愛しとう…」
君が君であるなら、どんなに傷ついていても構わない。
全て守りたいから。
だから俺に教えて。
痛い、も、苦しい、も、嬉しい、も。
俺に教えて。
俺の一生かけて、君を守ると誓う。
例え百歳のお爺さんになっても愛を誓うよ。
―――――――――――キミが俺の、世界の全て。
微かに聞こえる鳥の声で目が覚めた。
もぞと動くと、柔らかい肌に手が触れる。
隣で小さな寝息をたてている白石の顔を見て、思わず笑みが零れた。
そのまま頬を撫でて、ついばむようにキスをする。
ぴくりと動いた瞼が開いて、数度瞬きをした。その様が可愛くて、もう一度キスをすると、くすぐったそうに笑った顔が応えるように顔を寄せてくる。
もう一度軽くキスをすると、「おはよう」と腕の中の身体に言った。
「おはよう、ちぃ」
返された挨拶に、千歳は一瞬、星を喰らったような顔をした。
「…ちぃ?」
「…あ、いや」
不思議そうに見上げる白石になんでもないと手を振って、起きあがると欠伸が零れた。
(…気のせい、…?)
今、一瞬白石があっちの白石に思えた。
別にどっちだって好きだから、嫌じゃないが。
(…片方にしか会えなくなるんは…)
寂しい、ような。いや、そもそも一人の人間なんだ。“二人”という方がおかしい。
しかし、千歳にとって昼の白石もあの白石も大事だった。
両方欲しい、というと違う。そうじゃない。
…片方しか会えないのが嫌なんじゃない。そのために片方がまた自分の知らないところで泣いているかもしれない、それがいやだ。
…いつか、一つに戻れるんだろうか。戻れなくても、全部を守るつもりでもういるのだけれど。
考え込んだ千歳の手首のところの服を白石が引っ張った。
「ああ、ごめんな。着替えてご飯食べよな。今、何時…」
「今、まだ六時やけど、もう食べんの? ちぃ」
「…………」
「ちぃ?」
どないしたん?と伸びた手が千歳の鼻をつつく。
一瞬混乱した千歳が、我に返って白石の両肩を掴んで叫んだ。
「蔵ノ介!?」
「…」
掴まれたことに驚きもせず、白石はぽかんとした後、にこりと笑う。
「なに? ちぃ」
「……お前…と? ……あの」
「うん。昨日の夜、ちぃに半分背負ってって言った俺。
ちぃが心やればええかって聞いた俺」
「…俺、…がキスしたから?」
「そん程度でスイッチ入って堪るかダァホ」
「…スイッチ式とねあれ…?」
「んなわけあるか。…やのうて…」
言いかけてはー、と溜息をつくと白石はやから、とベッドに座り直す。
「昼の俺と俺は、記憶繋がっとるって昨日にちぃもわかったやろ?
記憶繋がっとって、心も一緒なんや!
別に分離してたわけちゃう。ただ、あの一件まで、女代わりにされとったこと綺麗に忘れとったから、思い出した後しばらく記憶だけが身体使うてふらふらしとったん。
やけど途中から記憶に心もついてくるようになって…それが丁度昨日。
ちぃの言葉でやっと心と記憶が全部一致して、俺はちゃんと年相応の言葉とか使えるようになったん。言葉はどうも、記憶の底に置きっぱなしやったらしくて…」
「…ええと、…その記憶が一緒に言葉の知識…自分がどんな風に人と話しとったかの知識も引っ張ってきたから今、普通に話せとる…ってこつ?」
「大体そんな感じ。ちぃ、頭回転早いな」
腕組んでさらっと言われて、千歳は納得はしたがなんだかしっくり来ない。
「…蔵」
「ん?」
「俺、なんか納得したけん、納得いかんような」
「日本語話してくれ」
「…や、………そんだけにしては」
態度が違うって言いたいんやろ、と言った白石が傍にあった櫛で髪を整えながら考え込んだ。
「態度はちゃうかもな」
「…?」
「ちぃへの気持ちは変わっとらんよ。世界で、一番大好きや」
そう言う笑顔は、矢張り白石で。
「ただ…俺…、元々意地っ張りやねんな。おまけに甘え下手で恥ずかしいんはいややねん。
…そしたら、前みたくストレートにちぃに甘えられんやん?
そしたらつい好きなんとか隠すし、したら口調は自然こうなるわ」
櫛片手にまた腕を組んだ白石の頬が微かに赤い。照れている。
年相応の意志がある。年相応の、以前の自分の態度を思い出したから、甘えたいけど恥ずかしい。という意味がわかって、思わず笑っていた。
「…なんや、そのものっそい笑顔」
「ううん。…やっぱり、蔵は可愛か、って話」
「…前の俺ならともかく今の俺を可愛いとか言うか。あんたやっぱり変や」
言いながらも、顔は真っ赤であからさまに恥ずかしがっているのがわかる。堪らなくなって抱きしめた。
「あー、蔵ほんなこつ可愛か」
「ちぃ! ちぃ! 顔近い! 近っ…」
「そげんとこも可愛か」
「こっちは砂吐く…」
「そげん恥ずかしか?」
「こっちはあんたみたいに二十歳過ぎてもガキみたくストレートではいられんねん。
…?」
じっと見られていることに気付いて、白石は顔を染めながら千歳の腕の中で少し身体を引く。
「…ちぃ?」
「今の蔵は俺んこつ、“千歳”って呼べるとだろ?」
「…!」
「なんで“ちぃ”?」
「………………や」
「や?」
「約束した時“ちぃ”って呼んだから忘れんため! あと俺を大事にしてくれてたあんたは俺にとって“ちぃ”なんや!」
「はいはい」
真っ赤になった白石をわかったわかったと笑って、千歳は離れた。
着替え自分ですっと?と言われて、頷く。また背後でくすくす笑う声がして、白石は振り返ると睨んだが、千歳はまだ笑っている。
(…あれ、わかってんちゃうか?)
それでも言えるか。
「…千歳、って呼んだら…ホンマの恋人みたいで恥ずかし過ぎるんや…なんて言えるか」
「本当の恋人でどこが悪いんだ?」
「っ!!!!?」
背後で聞こえた声に、思わず後ずさると橘がいつの間にかいた。
あの後千歳が呼ばれて出て行って、今は食事に千歳を待っているところだった。
「け、気配なかった! あんたなんなんや!」
「いやぁ…白石がぼーっとしてただけだろ? 人を忍者かサムライみたいに…。
…で、…恋人でなにが悪いんだ?」
と不思議そうに聞く橘は、何故か白石が既に普通の十五歳の態度であることを追求するつもりはないらしい。あるいは、あの千歳の親友というくらいだから、昨晩で全て察したのかもしれないが。
「…ち、ちぃはええて言うかもしれ…いや絶対言うけど。
…俺が嫌やねん」
「なんでだそれこそ。男同士なのが? 歳の差か?」
「俺はちゃんと自分でまた生きられるようになって仕事も大人になったら出来るようになって、そしたら…そやないと…ちぃに相応しないし」
「…そうかそうか。白石にはそんなに千歳が格好良く見えてるんだな」
「…え? ちぃって…橘…さんから見て格好良くないん?」
あからさまに、天変地異でも見るように驚いた白石に、苛めた気分になっていや、と橘は訂正する。
「すまん。悪のりしすぎた。いや、ちゃんと格好良いよ。
ただ、男友達同士だと、真面目に格好良いって褒めるのは難しいんだ。
女の子の“あたしの友だち可愛いんだよねー”みたいには男は言えない」
「……そんなもんか?」
「そんなもんだ。あと俺はやんちゃ過ぎた頃のあいつも知ってるから。
それら見てきて、素直に格好良いはないんだ」
「…ふうん」
「…でも白石、大人になるまで待たせたら千歳が寂しくて死ぬぞ?」
「話をそこに戻すなや!」
「いやいや本気で」
笑顔で言われて、やっぱりこの人も普通じゃないと白石は思い知る。
言葉がうまく使えなかったころはただ真っ当で優しい人に見えたが。
(若干…いや思いっきり変人…! この人も変人!)
「だから、意地を張るだけ張ったら“千歳”って呼んで傍にいてやれ。
白石だって、千歳と離れたいわけじゃないだろ?」
「……それは、そやけど」
「俺も、この家で白石が見れなくなるのは、寂しいよ」
真面目に、真剣に言われて、思わずどきりとした。
(…なんか、それでも大人やなぁ…。こないはっきり寂しいって言えるんか…)
どきりとした一方で、素直にすごいとも思える。その時背後から伸びた長い腕が白石を抱き寄せた。
「桔平…なに蔵を口説いとうね…?」
地を這うような低い声に、びびったのは橘ではなく白石の方だった。
「千歳。おはよう。どうでもいいんだがお前、今、目が据わってるぞ?」
「わかっとうならなんか言わんね?」
「いやだからなにを。俺はただ寂しいって言っただけだろ? 好きだ、なんて言ってない。
俺はお前らをずっと見てたんだから、親みたいな気持ちになっておかしくないだろ?
勘ぐりすぎだぞ千歳」
「……そう…かねぇ…?」
「そうそう」
「……ん」
「ただ白石を見てて魔が差しそうになるのは否定しない」
「お前は俺を宥めとうか刺激しとうかどっちたい!」
「何を今更俺は自分に素直にありのままに人生を謳歌してるだけだ。苛めてないない」
「…桔平、俺はお前のそげん真面目な癖自由奔放なとこが未だに理解できなかよ…」
「永遠の少年と言ってくれ」
「口が裂けても言いたくなか」
「一夜を共にした親友に酷いことを言うな」
「気持ち悪い言い方せんでくれ! 単純にテニス部の合宿と修学旅行で同じ部屋で寝ただけとだろ!」
「“一夜を共に”ってわかりにくい言い方だと思わないか? 広く考えたら修学旅行に一緒に行った生徒はみんなそういう仲だ」
「…桔平、お前…今誰と会話しとーとね……………?」
「千歳の理性」
仏の笑顔で言い切られて千歳は疲れ果てたようにしゃがみ込んだ。
白石はというと、一瞬千歳の声の低さに驚いたものの、橘のあまりの千歳へのいじりっぷりに冷静になって、つくづく思い知る。
「…やっぱ、あんた…例外なく変人やんな」
「千歳? つわりか? 救急車呼ぶか?」
「俺とも会話しろや!」
「ああ、悪い。テンションあげるのはここまでにしとこう。
で、会話してるよ。これを壁に向かっていったら本当の変人だ」
「…既に充分変人や」
「知ってる。周囲はよく俺に“よく千歳の友人なんかやってられるな”って言われたが、俺の家族は千歳のことを“よく桔平の友人なんかやってられる。同情する”って言ってたぞ。そういうヤツなんだ俺は」
「……あんた、単純に実は好きな子苛めしたいだけやな?」
「そうそう。俺に愛される奴はそういういじめを受けるんだ。
でも相談にも乗るから不利益ばっかじゃないさ。
で、千歳。お前の親父から今日は必ず会社来るように連絡だ。俺もな」
「自分自身で不利益ばっかじゃないって断言せんでくれ。蔵が退く…。
…ああ、またか。わかった」
「…」
「ああ、すぐ帰ると。一時間も向こうおらんよ」
不安げな顔をした白石の髪を撫でて告げると、額にキスをされた。
「だけん、鍵はしっかり掛けとうてな?」
「…うん」
それでも寂しくて、手を伸ばしてすがりついたらキスをしてくれた。